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23話 セフィロニア・クライン 4

 ◆


 よく晴れた良い日だ。空に舞う鳥を見上げて、私は、そう思った。

 もっとも――我が軍の損害は七割にものぼる。大敗だ。

 そしてこれは取りも直さずアルフレッド・クライン公爵の不敗神話に、一つの汚点を付けたことになる――まだ十二歳に過ぎない少女が、だ。


「座ってお待ちになられたら如何です、叔父上」


 用意された椅子を引き、私は百九十センチの巨体を誇る叔父に着座を勧めた。

 しかし叔父は首を左右に振り、鋭い眼光で私を睨むだけだ。

 愉快だと思う心の内を見透かされているようで、よけい楽しくなってしまう。だからその目は、やめて欲しいな。


「セフィロニアよ、あれは本当に来るのか?」


 組んだ腕の中で人差し指を上下に揺らし、アルフレッド・クラインが苛立ちを露にしている。

 私は微笑を浮かべ、小さく頷いた。


「叔父上にとどめを刺さなかった以上、彼女が来ない理由がありません。交渉こそ望む所でしょう」

「まるで余の命を救ったのだと言わんばかりだな、セフィロニアよ」


 忌々しそうに吐き捨て、公爵は顔を背けた。

 だが、まさにその通りなのだから仕方ないだろう。命を長らえたこと、もう少し感謝して欲しいものだ。


 約束の午前十時までは、あと十分といったところ。

 アルフレッド・クラインと言う男は他にどんな欠点があるにしろ、時間だけは守る。

 だからこそ彼は性格に難があっても、軍勢を束ねることが出来るのだ。

 軍にあっては規律こそ正義。時間を守れない軍隊など、正常に機能する訳がないのだから。


「罠――という可能性は無いのでしょうか?」


 地面に置いた盾を僅かに寄せて、ジェイクが言った。


「このように平坦で開けた土地では、弓兵も隠れる場所が無い。害意が無いことを示す為にこそ、彼女はこの場所を選んだのだろうね」

「――ですが相手は一〇〇〇の兵を、水の魔法で丸呑みにする悪魔です。警戒して、しすぎるということはありますまい」

 私は目だけで笑い、「まあね」と言うにとどめた。


 私以外の二人は、彼女を化け物のように思っている。

 まあ、それも当然かもしれない――未だかつて、水属性の魔法で七〇〇人もの兵を倒した者はいないのだ。

 もっともアレを水属性の魔法だと考える時点で、私に言わせればお粗末だ。

 ティファニーは地形を巧みに利用し、こちらの兵をあの場所に貼付けておき、最終段階で湖を決壊させた。

 だから彼女が使った水系統の魔法は、「降雨」のみ。

 これこそが軍略であり、力に頼るだけの前時代的な魔法戦闘とは訳が違う。

 この結果、クライン公爵が親率した兵は全滅。

 生き残ったのは、私の護衛を兼ねた黒竜騎士団のみだった。


 恐らく叔父はティファニーのスキルを、大魔導S以上だと考えているのだろう。

 もちろん私は彼女のスキルを知っているが――あえて伝えていない。

 というより私が鑑定Aのスキルを持っていることも教えていないので、伝えることが出来ないという側面もある。

 しかし今回の場合に関しては、このことが功を奏していた。

 

「あれが余の下にくるのであれば、七〇〇の兵ごとき惜しくは無い。大陸に覇を唱えるには、力ある魔導士が是非とも必要なのだ。だが、大丈夫なのか……」

「大丈夫です、彼女はミールの民を見捨てられません。だからこそ、閣下は今でも生きておいでだ」

「今後も、そうだと言えるのか?」

「保証は出来かねます、が……赤髭と恐れられる閣下が、十二歳の少女、しかもご自身の娘を恐れておられるのですか?」

「な、何を馬鹿な。恐れるものか!」

「では、待ちましょう。期待を込めて」

「うむ。余は必ずや、悲願を叶えるぞ……」


 私は公爵の言葉に頷き、遠くを見つめた。

 三つの人影が悠々と近づいて来る。

 その中央にピンク色の日傘を差した、美しい少女が見えた。

 

「大陸に覇を唱えるのは……陛下・・をおいて他にございません」


 ティファニー・ミールこそ、伝説にある八君主の一人。

 だからこそ、あの方を当家に迎えなければならない。

 なぜなら八君主の一人に仕えることこそ、私の幼い頃からの夢だったのだ。

 

「ふっふ……セフィロニア、陛下呼ばわりとは、ちと気が早いぞ」

「……私も些か、高ぶっておりますようで」


 ◆◆


「ティファニー……我が娘よ」


 ティファニーを見て、こう嘯く公爵に他意は無いだろう。

 彼はおおよそ、身内や血縁というモノに興味が無い。あるのはただ、自身にとって役に立つか立たないかの一点だ。

 そして今、彼はティファニーを役に立つ道具だと認識している。


 しかし案の定ティファニーは不快気に目を細め、圧倒的な魔力を周囲に放った。


「何ですか、髭もじゃ。今のわたくしとあなた、どちらに主導権があるのか、お忘れかしら?」


 そう言ってクライン公爵より先に腰を下ろしたティファニーは、お茶が無いことに怒り始めた。


「パーット! どうしてこの肌寒い季節、お茶の一つも出てこないのですかっ!」

「ひぃぃっ! す、すまない、ティファ!」

「家畜の分際でわたくしを愛称で呼ぶなど、なんという不敬なのでしょう! 吊るして捌いて丸焼きにしますわよっ!」

「も、申し訳ございません! ただいまお茶を入れてまいりますーっ!」

「よろしい、ダッシュですわ」


 ティファニーに怒られ慌てて村に戻る青年は、確か評議委員長だと聞いていたのだが……。

 まあ、君主たるティファニーに逆らえる者など、この村にはいないということだろう。

 それにしても、こんな風にティファニーが成長していただなんて。

 昔も勝ち気だったが――この他を圧する雰囲気を身に纏ったティファニーは、本当に素晴らしい。

 私も「セフィローニアッ!」と怒鳴られたら、どれほど嬉しいだろうか。想像するだけでドキドキしてしまう。


「さて……聞かせて頂こうかしら。和議の条件とやらを」


 ティファニーは座ってもまだ、ピンク色の傘を差している。

 とても似合っているが、誰かからのプレゼントだろうか?

 魔道具マジックアイテムの可能性もあるけれど、あんな形のものは初めて見た。

 

「う、うむ……ではセフィロニア……いや、ライネン子爵。説明を頼む」


 公爵がやや鼻白んだ様子で着席し、私の横顔を見た。

 私は目の前の二人にも着席を促し、自らも席に着く。


「では、ご説明させて頂きましょうか、ティファニーお嬢様」

「お嬢様!?」


 椅子からピョンと飛び上がったティファニーは、とても可愛いらしい。

 私は笑みを抑えきれず、「はは」と笑ってしまった。


「よろしいですか? ことの発端は、ミール騎士爵家の壊滅でした。しかしそれはティファニーさまに対し奉り、ギラン・ミールが不逞を為そうとしたがゆえ……やむなくお嬢様は、かの一族に正義の鉄槌を下された――相違ございませんね?」

「え、ええ、そうですわね。あの豚騎士がわたくしに欲情し、我が家に火まで放ったものですから」

「つまりそれは、騎士爵ギラン・ミールが公爵令嬢たるティファニーさまに対し劣情を抱き、あまつさえ御座所を破壊した――ということになります。となれば、懲罰はむしろ当然のことかと。ゆえに、この村に如何なる罪もなく、我が軍は懲罰の対象を失った、ということですね」

「懲罰の件は理解しました。ですが……わたくしが公爵令嬢とは?」

「はい。ティファニーさまのご身分は大神ヴォーグに誓って、アルフレッド・クライン公爵のご令嬢に相違ございません」


 ティファニーは首を盛大に傾げ、ぽかんと口を開けている。

 それを見た竜殺しの(ドラゴンスレイヤー)グレイが、両手を広げて説明をした。


「ま、実際のところ、お前の親父はそこの髭もじゃだろ?」

「あれは、殺すべき対象ですわ」

「つまり殺すべき対象は、親父なわけだ」

「そうですわね!」

「すると、やっぱりお前は公爵令嬢だな、うん」

「どうしてそうなるのですか!」

「なるだろうがよ」


 そこでようやくパットが戻り、カップを六つ用意して紅茶を注ぐ。

 ティファニーは現実から逃れるように湯気の立つ紅茶に口を付け、「あ、美味しいですわ」と言っている。

 しかし彼女の気持ちに構う余裕は無い、私は話を続けることにした。


「幸いティファニーさまは、ミール家とクライン家の血を両方お持ちです。よって公爵閣下は、このように提案なされました。お聞き下さいますか」

「え、ええ、聞きましょう」

「クライン公爵アルフレッドは、娘、ティファニー・ミールにミール家の領土、及び財産の相続を認める。ただし十四歳まではクライン家に入り、礼儀作法を学ぶこと。十五歳からケーニヒス連邦学院に入学し、三年間学び、文武の道を修めること。然るの後にミール家を伯爵とし、もってティファニー・ミール女伯爵はクライン家に仕えるべし――以上です」


 眉を顰め、眉間に人差し指を当てるティファニー。

 村の住民を助ける為には、この条件を飲むことが最良だ。それと気付かない彼女ではない。

 身の安全を考えても、ここに留まるより遥かに良いだろう。

 しかし彼女は、本気で悩んでいるように見えた。

 クライン公爵家に入ることが、それ程に嫌なのだろうか。

  

 私は席を立ち、彼女の下へ行き跪いた。


「不肖セフィロニア・クラインが一命に代えて、お嬢様に仕えさせて頂く所存にございます」


 そして立ち上がり、耳打ちをする。


「あの様な俗物、いつでも殺せます。今は口約束だけでも――」


 ティファニーは口角をつり上げ、悪魔めいた笑みを浮かべた。

 ああ、背筋がゾクゾクする。

 やはり彼女こそ、私の求めていた合理主義者だ。

 このような君主の下でこそ、世界は統一されなければならない。

 それでこそ、真の平和が生まれるのだから。

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