21話 計画通りですわ
◆
日が暮れてから、私はクロエと共にナルラ湖へ向かいました。
クロエは私にとって愛馬も同然。彼女無しでは、このぬかるんだ道を行く事は不可能です。足が汚れてしまいますからね。
それに彼女は夜目も利きますから、馬よりも高性能なのですよ。
あ、ミズホは万が一のことを考えて村に残しています。戦闘能力を考慮すれば、当然の選択ですね。
「ねえ、ティファ。酷いことを考えてない?」
「いいえ、まさかクロエが愛馬だなんて思っていませんわ」
「そう? ならいいけど」
「ええ、兎ですからね」
「ん?」
「どう、どう! この辺りでいいですわ」
「ちょ、耳を引っ張らないで!」
眼下には満水になったナルラ湖が、まるで嵐の海のように荒れ狂っています。
そこから発する水はゴウゴウと音を立て、エルシード川に注いでいました。
水はそこかしこで白波を立てて渦を巻き、濁流となって下方へと流れて行きます。
流木が波間で揉まれ、上に下にと揺れては消える――果ては割れて粉々になりました。これに飲み込まれれば生命など小さな灯火に過ぎないと、誰もが思わずにいられません。
そして私はここから更に多くの水が川下へ流れるよう、堰を破壊するのです。
死ね、死に絶えろ――心の奥底でアイロスの声が聞こえます。
人々に絶望と悲哀を与える――それこそが私の使命ですからね。
「恐いよ、ティファ。笑ってるの?」
「あは……あはは……」
私は手で印を結び、呪文を唱えます。
ちょうど暗雲が上空にひしめいているので、雷撃魔法にしましょうか。
呪文の詠唱を始めると、雨を降らせる黒雲の中に、光り輝く大蛇が無数に現れました。
それはバリバリと雷鳴を轟かせ、大気を斬り裂いています。
かつて人類はそれを「天へと昇る竜」に例えました。
もちろん地球の人類に雷を操る魔法などありませんでしたから、科学が発達するまでは理解不明な現象だったのでしょう。だからこそ、「雷神」などという呼称も生まれたのです。
「吠えよ、風の精霊! 世界を貫く雷となりて、我が敵を穿てっ!」
私は無数の雷光を束ね、一点に集中させました。
それは濁流の流れる脇に落ち、轟音と共に土砂を跳ね上げます。
途端、水はうねり、弾けて飛び出しました。
もはやエルシード川は、怒れる巨竜に等しい存在です。下流にいるクライン公爵の兵など、一息に飲み込んでしまうでしょう。
「す……ごい……ティファ……これ」
振り返ると、クロエがブルブルと震えていました。
もう雨は止んでいます。これ以上、降らせ続ける意味など無いですからね。
「これが軍略というものです、クロエ。けれど真に恐るべきは、軍師の力ですわ」
「どういうこと?」
「今に分かります――さ、戻りましょう。やるべきことが、後一つ残っていますから」
再びクロエの背に乗ると、私は小さな溜め息をつきました。
「なに? 溜め息なんてらしくないわ、今の結果に満足できていないの?」
「満足なんて出来ませんわ、クライン公アルフレッドを殺せなかったんですもの」
「えっ……あれでも死なないの!」
「ええ、死にませんわ。あれでも公爵――それなりの防御結界は持っていますもの」
正直、イライラします。
もしもクライン公爵を殺そうと思えば、余勢を駆って敵の本営に攻め込めば良い。
けれどそれが出来ないのは、セフィロニアからの手紙があったからです。
手紙には、このように書かれていました。
「君が今クライン公爵を殺せば、彼の息子が大軍を率いて再び村へやってくるだろう。それを防ぐ手立てが無いのなら、今回だけは私の策に従って欲しい」
そんなことは関係ない――そう言い切ってしまえる程、私はこの村を嫌いになれません。
だから私はセフィロニアの言に従って、クライン公爵の兵力を減らし、有利な条件で講和を結ぶことに決めたのです。
その条件は、セフィロニアしか知らないのですけれど。
◆◆
村に戻った私とクロエは、皆の歓声に迎えられました。
深夜になっていたにも関わらず、盛大に焚かれた篝火の中、グレイが私を抱えてクルクルと回ります。
「ティファは俺達の女神だ!」
イラっとしたのでグレイを引っ叩き、蹴り上げ、地面に降りました。
「調子に乗るな、愚民共! わたくしはクライン公爵が嫌いなので、こうしたまでです! あなた方の女神などになった覚えはありませんわっ!」
そうです、私は人々に不幸と災厄を齎すべき存在。悪魔と契約しているのに、女神なんぞなってたまるものですか。
ましてや女神では、モテモテになってしまいます。そんな迷惑なものに祭り上げられてごらんなさい、貞操の危機ですよ。
「うおっ、痛ぇ!」
グレイが悲鳴を上げ足を抑えていると、パットが慌てて広場にやってきました。
「大変だ! ライネン子爵セフィロニア・クラインってのが、クライン公爵の名代で来てる! 和議の会談を求めているぞっ!」
「何言ってやがる、今更! 敵兵は、ほとんどが水に流されたんだ! 構うこたぁねえ! やっちまおうぜ!」
ボードが威勢よく、拳を振り上げています。
「そ、それが――兵を率いて渡河してやがる……黒竜騎士団の精鋭だ。正面からぶつかったら、とても勝てそうにねぇ……」
パットは悔しそうに拳を握りしめています。
「まんまと騙されたって訳か、あの坊ちゃんに……!」
グレイは苦笑し、腕に嵌めた鉄甲で近くの石を砕きました。
「あーっはっはっはっはっは――違いますわ! これこそ、わたくしの計画通りなのです!」
私は懐に忍ばせていた扇を取り出し、広げて言いました。
「え、ティファ……本当なのか?」
「五月蝿い家畜ですわね、パット! いいですか、会談の時刻は明日の午前十時、場所は村の入り口で――こちらからは、わたくしとグレイ、そしてパット、あなたが行くとお伝えなさい。一言一句間違わないようにっ!」
私はパットのお尻を蹴飛ばし、さっさとセフィロニアの下へ向かわせました。
それにしても私、どうして扇を持っていたのでしょう。無意識かしら?
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