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14話 カモがネギを背負ってきましたわ

 ◆


 ギラン・ミールを倒してから三週間が過ぎました。

 村の皆が水車小屋を直してくれたので、今日も元気に小麦を挽いて白い粉を作っています。

 こう言うと、何だか悪い事をしている気分ですね。でも仕方がありません、実際に私は白い粉を売って荒稼ぎしているのですから。

 なんで荒稼ぎかと言いますと、ギランを倒したのが本当は私だということを喋らない代わりに、パットが高値で小麦粉を買ってくれるからです。


「あは……笑いが止まりませんわ」


 クルクルと回る粉引きの石をときおり見ながら本を読んでいると、クロエの声が聞こえてきました。彼女は今、使用豚として我が家に住み込みで働いています。


「ティファ、小麦粉、ぜんぶ積み終わったよ」

「ご苦労様、畑の方はどうかしら?」

「終ってるわ。春にはきっと沢山のキャベツが収穫できると思う」

「良いですわ、これで我が家の貧困問題は解決したも同然。くくく……農業を知らない原住民どもに、目にもの見せてやりますわ」

「ティファ、そんなことより早く村に行こう! 今日はミズホと剣の訓練をしたいの!」

「面倒ですわ、歩くなんて。行くなら一人で行きなさいな。あ、そうそう、貴女、ミコットの料理を持ち帰って下さらない? ええと、そうね……ピザがいいわ。ほら、ギランの城から出て来たでしょう、ソーセージやらなにやら。あれをトッピングして……あと、ビールを樽ごとお願いね」

「ティファ、太るよ。いや……太ったよね、確実に」

「ふぁっ!?」


 クロエは時々、思いもかけないことを言い出します。

 私が太ったなんて、何の冗談でしょうか。

 これでも私は悪役キャラ。

 太って癒し系になど、なる訳がないのです。


 とはいえ、今の私はとくに働いていません。

 ですから太る要素が無くはない……とも考えられます。


 なにしろ今は労働の一切をクロエに押しつけ、悠々自適に暮らしています。

 だって仕方ないじゃないですか、悲しみは何かをやっていた方が忘れることが出来るのです。

 クロエは身も心も領主に踏みにじられ、両親を殺されました。

 この悲しみを癒すことなど、私には出来ません。ですから少しでも忘れることができるようにと、私はそのお手伝いをしているのです。

 もちろん魔法を教えるという約束をしたので、彼女にも悪魔との契約を結んでもらいました。

 クロエにとっては、この謝礼という意味もあるのでしょう。

 

 このとき出て来た悪魔は私の時と違い、小さな小さな魔族の女の子です。

 捧げものはおいしい料理とのことで、呪いの類は一切ありませんでした。

 とりあえずスキルを取り戻したミコットにご飯を作ってもらい、小さな悪魔に食べてもらいました。

 するとクロエは魔導Bのスキルを獲得し、「異端の書」にある炎系の魔法を習得したのです。

 ですがこれだけでは悔しいので、私が自ら彼女に呪いを施して差し上げました。

 万が一「私を裏切ったら醜いヒキガエルになる」というものです。

 ですから彼女は私の為に「生き続けなければ(・・・・・・・・)」なりません。ざまぁないですね。

 

 とはいえミコットの料理が復活して以来、私、食べ過ぎかもしれません。

 ちょっと、川の水にでも自分の顔を映してみますか。


「ふぁっ……!」


 なんということでしょう。

 相変わらず金髪に緑眼は美しいのですが、心持ち頬がふっくらしています。

 これはクロエの呪いですね。

 そう言えば彼女は毎晩、こんな事を言って床につきます。


「貴族ども……許せない、許せない……」


 私も貴族の一員ですからね、まさかこのような形で呪われるとは。

 クロエ、恐るべし……ですわ。


「ほら、ティファ、分かったでしょ? あなた、絶対太ったもの」

「クロエ……貴女の呪い、恐ろしいですわね」

「何言ってるの、動かないからでしょ? うーん、その感じ、二キロくらいかな?」

「に、二キロくらい……誤差ですわ……」

「三週間で二キロって、ダメよ」

「ふぐぅぅぅ……」

「あ、ティファの泣き顔、可愛い」

「い、行きますわよ! 今日は訓練も付き合いますわ!」


 私だってクライン公爵に対する復讐が終っていません。

 考えてみれば戦闘訓練は私にも必要でした。

 太ったからとか、別にそういうことは関係ないのです。


 そういえばミズホも冒険者の父の影響か、魔力に目覚めました。

 まさに眠れる獅子が起きた――という感じでしょうか。

 ちなみに、ミズホが得意とするのは風系です。

 風系といえば「雷撃ブリッツ」ですが、流石にまだ彼女に雷を操ることは出来ません。

 せいぜい「風刃ウィンドレッター」を使う程度で、ミズホはいつもしょんぼりとしています。


 さて、そんな訳で仕方なく村へ行くと、何やら広場で自警団が騒いでいるではありませんか。

 顔をひょっこり出して、パットに事情を説明するよう求めます。


「ひょっこりはん」

「あ、ティファニー……丁度良かった。今、迎えをやった所だったんだが……」

「何かありましたの?」

「何かどころじゃない……クライン公爵が攻めてくる。もう既にエルシード川の対岸に布陣して、こっちに呼びかけてるんだ」

「へえ……そうですの?」

「そうですの、じゃないぞ、ティファ! クライン公爵はミール騎士爵を討ち取った者を出せと言って来ている! もしも出さなければ皆殺しだそうだ!」

「へぇ……大変ですわね」

「だ、だからティファ、逃げろ!」

「は? どうしてわたくしが逃げなくてはいけませんの? ギラン・ミールを討ち取ったのは貴方でしょう」

「え! 俺!? あっ、そ、そうだ! そうだった!」


 パットは哀れなほど狼狽しています。

 敵が攻めてきたことで、今まで隠していたことを全て忘れてしまったのでしょう。

 それでも私に助けを求めず「逃げろ」というパットは、本当の意味で勇気がありますね。


 現在、村は評議委員制となり、代表者達の合議によって統治しています。

 とはいっても、まだあれから三週間。決まったのは自警団から二名、農家から二名、商家から二名の六名が評議員となることまで。

 僅か三週間で崩壊の日がくるとは、せっかく評議委員長になったパットには思いもよらなかったことでしょう。

 しかしまあ――当然といえば当然の帰結です。


「クライン公爵の兵力はどれほどですか?」

「見たところ、凡そ一〇〇〇。そのうち一割が騎兵だ」

「で、こちらの兵力は?」

「老人や子供も合わせれば、何とか一五〇。騎兵はいない」

「何言ってんだ、あたしらも戦うよっ!」


 ミコットが分厚い胸を叩きます。


「メスブタ共を合わせれば、なんとか二〇〇といったところですわね……」

「ティファ……あんた、まだその口治ってなかったんだね……ぐすん」


 私は顎に指を当て、考えました。

 一〇〇〇の兵とは、舐められたものです。

 クライン公爵が本気で兵を動員すれば、一五〇〇〇から二〇〇〇〇はいくはず。

 もっとも、こんな辺境なら確かに一〇〇〇もいれば十分でしょうね。

 私がいなければの話ですが。


 とはいえ、雀の城(スペアリングブルク)――ではなく鷲の城(アドラーブルク)が健在なら良かったとは思います。

 一体誰ですか、完膚なきまでに破壊し尽くした愚か者は。


 私は辺りの地形を脳内に描きました。

 敵がエルシードの対岸からこちらに向かって布陣しているのなら、ちょうどS字の下側にいることになります。

 そしてそこは、かつて幾度も川が氾濫した為に作られた堤防がある場所。その上流にはナルラ湖があります。

 ここに水を溜める事が可能ならば、面白いことが出来るでしょう。


「わたくし、思いついてしまいましたわ」


 これはどうやら、カモがネギを背負ってやってきたようなもの。となれば、こちらは鍋を用意して待つだけのことです。

 首を落として転がしてやりますわ、アルフレッド・クライン公爵。あは、あははは……


「パット家畜長、貴方は家畜どもを率い、急いで陣を敷きなさい。クライン公爵の渡河を、決して許してはなりません」

「わ、わかった! それで何とかなるのか、ティファニー! ……て、家畜長!?」

「なりますわ」

「どうするんだ、ティファ!?」

「そんなもの、どうしてわたくしがあなた如きに説明しなければなりませんの!? さっさと陣を築きなさいっ!」

「は、はいっ!」


 私は笑みを浮かべながら、呪文の詠唱を始めました。

 それは暗雲を呼び、川の上流に雨を齎す為のもの。三日三晩降り続く豪雨です。


 やがて時がくれば、彼等は知るでしょう。

 水に飲まれた一〇〇〇の兵は自らの運命を、アルフレッド・クラインは自らが孤立したということを!

 そして私は痩せるのです! 二キロと言わず、三キロでも! そのくらい魔法とは、カロリーを消費するのですから! 


「ああ、流石わたくし。か・ん・ぺ・き・な計画ですわ」

穴だらけの計画……

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