表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
129/130

129話 ミリア・ランドルフ 3−1

 ◆


 ここはケーニヒス大陸北方の山脈を越えた先にある不毛の土地、忘却の大地(エルドラド)。この地には草の一本も生えない。

 それはかつてケーニヒス貴族達の呪法により、精霊達が根付く事さえ許さぬ大地へと変えられたからだと云う。


 それ以前は麗らかな陽光が降り注ぎ、大きな湖が青々と煌めいて、樹木が生い茂る緑豊かな大地であったらしい。しかし今はもう、見る影もなかった……。


 けれど、だからこそ私のような者が潜むには恰好の場所だ。

 誰にも見られず誰にも邪魔されず……自由気ままに暮らす事が出来る。


 ここは私の生まれた場所。だから地下には大勢の私と私と私と私がいて……。

 あの作戦が成功していれば、今頃私はこんな場所にいなくて済んだ。

 そうだ――あの作戦さえ成功していればぁあああ……!


 思い出すだけで、奥歯がギリギリと鳴ってしまう。

 迷宮都市キーマを奪えなかったのは、ティファニー・クラインが邪魔したから。

 リモルの街を奪取出来なかったのも、ティファニー・クラインが邪魔したから。

 貴重な戦力であるシュテッペンを失ったのだって、ほとんどあの女のせいだ!

 許せない、許せない、許せない!


 あああ……考えるとすぐにも脳裏に浮かぶ、あの金髪高飛車女。

 大量の氷槍を打ち込んで来たり、熱々の紅茶を頭に掛けてきたり……。

 それだけでも十分腹が立つのに、あの女ときたら“あの方”から借り受けた魔将まで殺して……。

 いや――実際に魔将を殺したのは妙な男だったけれど、ティファニーとは確実に何らかの関わりがあるようだった。ていうか全部あの女のせいだッ!


 そんな事を考えていたら、いつの間にか夜が明けていて。

 窓の外からキラキラとした陽光が降り注いでいる。

 それがあの女の金髪を思い起こさせ、余計に感情が爆発しそうになっていく。


 くそ、くそ、くそ、くそーッ!


 そして――私は自分の失態を思い出す。

 結局ティファニー・クラインに勝てなかったのは、私が弱かったから。

 弱い私を“あの方”は許してくれるだろうか?


 ――否。


 処分される。

 だって私の代わりは、いくらでもいるのだから……。

 

 朝日が燦々と部屋に降り注ぐ中、私はベッドの上で掛け布にくるまり踞った。

 

 ガチガチガチガチガチ――――……。


 全身が震え、奥歯が鳴り続けている。

 恐い、恐い、恐い、恐い恐い恐い恐い恐いい恐い恐い恐い恐い。


 私は失敗した。あの方に殺される。廃棄される。

 私の代わりは城の地下にいっぱいいるのだから、敗者になんて価値はないの。

 だけど私が最高傑作だって言っていたのに、なんでなんでなんでなんで……。


「ミリア」

「恐い恐い恐い恐い恐いぃ」

「ミリアッ!」


 なに? 耳元で誰かが私を呼んでいる。

 ニック? ああ、気持ち悪いニック、何であんたが私の側にいるのよ!


「ミリア、これを飲んで――……」


 ニックが強引に掛け布を取って、私の顎を掴み……。

 何? ナニ、ナニナニナニ? 何なの?

 キス? キスされたの? ゴックン――。


 ニックの口が近づいたと思ったら、何か粒状のモノを飲まされた。

 

「ふぅー……はぁー……ぐぅっ……――ニック……?」

「大丈夫かい、ミリア?」

「大丈夫よ……ていうか私、薬は自分で飲むって言ってたよねッ!?」


 私の身体を抱いていたニックをベッドの下に蹴り落とし、自分の胸元に手を置いた。早まっていた鼓動が落ち着きを取り戻し始めている。


 ベッドの横にあるナイトテーブルの上には白い錠剤の薬と水差し、それからコップが置いてあった。

 私が震えていたのを見て、ニックが用意してくれたのだろう。


 正直、意味わかんない。 

 こんなに拒絶しているのに、なんでコイツは私の面倒をみてくれるのか。

 いくら幼馴染みに似ているからって、こんなのコイツ、変態じゃない!


 だいたい私、大丈夫なのよ。


 自分が何でこんなに不安になっているのか、よく分かっているもの。

 だってこの一月、あの方から何の連絡も無いから。

 もちろんやるべき事はあるし、その経過だって報告をしている。

 けれど今、あの方が何を考えているのか、私を必要としてくれているのか――そういうことがハッキリ分からないと不安になるのよ。


 ようやく動悸が収まったから、私は床に降りて窓辺へ寄った。

 石の床がひんやりとして心地良い。季節は夏だというけれど、ここはいつだって丁度良い温度だものね。

 

 私が今いる場所は、古い城。

 所々がひび割れて、建物の一部だって倒壊しているけれど。

 それでも固定化の魔法で崩落を防ぎ、ある程度の家具を入れれば十分に暮らせるの。正直に言えば、何不自由の無い暮らしだわ。


 ただ足りないのは“あの方”の存在。

 私は“あの方”の役に立つ為に生まれたのだから、役立たないなら存在の意味すら否定される。

  

 だけど私は知っていた。

 私は酷く未完成。

 常に薬を飲み続けないと、精神の形状を保てないんだって。精神の形状って何よ、そんなもの。

 あと私の寿命は、普通の人の半分以下。二十年――生きられたらマシな方。

 だけどいいの、代わりがいるから。私が死んだら新しい私が“あの方”の役に立つわ……――。

 

 私は窓から雲海を眺めた。

 城の直下は断崖で、広く大きな穴が広がっている。

 かつてここは湖で、大きな大きな港があったらしい。


 港といってもそれは海を行く船の港ではなく、天駆ける空船の港。

 そういったもろもろさえ全て消し去る、かつての魔法の恐ろしさに少し身震いをして……。


 さらにその先へと目を向ければ、真っ白い雲が海の様に走っている。

 

 だからなに、いつもの景色じゃない――そんなもの。


 私は頭を左右に振って、一人溜め息を吐く。

 椅子に座り本を読み始めたニックの視線が、こちらを向いた。

 あんなヤツと会話なんてしたくはないけれど、ここにいるのは私とニックの二人きり。

 そりゃ――首無し騎士(ジークハルト)を呼んでもいいのだけれど、わざわざ魔力を消費してまで退屈しのぎはしたくない……。


「はぁ〜あ……ねえニック、あの方から連絡は、まだ無いの?」

「無いね。学院も今は夏休みに入ったから、正直どこにいらっしゃるかも分からないし」

「なによ……つまんない」

「いいじゃないか……休暇だと思えばさ」

「嫌よ、あんたと二人だけの休暇なんて。あの方と二人きりだったら、そりゃ嬉しいのだけれど……あっ……」

「――ん、どうしたの、ミリア」


 ぼんやりと外を眺めていたら、だいぶ大きくなった炎竜フレイムドラゴンが円を描く様に飛んでいた。たぶんもう、大きさだけなら紅竜グラナートロートに匹敵するだろう。


炎竜フレイムドラゴン、大きくなったなぁって……」

「確かにね……」


 目を凝らすと、少し離れて白い竜と黒い竜も飛んでいる。どちらも以前に捕獲した下位竜だ。

 けれど黄竜イエロー白竜セレナイトに匹敵するほど白く輝いているし、茶竜ブラウン黒竜モリオンに劣らないほど黒い鱗が光っていた。


「ねえ、ニック! これならもう、三頭とも色竜カラードラゴンと言ったっていいわよね!?」

「ああ、そうだね。これもミリアの手柄さ」


 ニックも私の横に立ち、目を細めて空を旋回する三頭の竜を見つめていた。


「手柄……ね、でも中途半端よ、失敗だってしているし。だってあの女に邪魔されなければ私達、こんな所に居る必要だってなかったじゃない……! そうよ! キーマやリモルを治める領主になっていたはずなんだからッ!」

「そうかな? 僕はこれで良かったと思うよ。キーマにしたってリモルにしたって、街を治めるとなれば別の苦労がある。その点、ここの方が安全だし静かでさ、ゆっくり休むことだって出来るだろう?」

「そうだけど、それは私が失敗したからで……あの方がどう考えていらっしゃるか……」

「だからさ……あとは青竜ラピスラズリをどうにかすれば……」

「それで、許して下さるかしら?」


 ニックはニッコリと笑って頷いている。


「ああ。むしろ褒めてくれるさ」


 そうか……褒めてくれるなら頑張ろう。

 私は足りないあと一色の竜のことを考えて、顎に指を当てた。

 でも駄目だ。いくら考えても名案なんて浮かばない。

 

「……ああもうッ! そんなこと言ったって、青竜ラピスラズリはニア・ローランドが手懐けたって言うじゃない! そうなった以上、配下の氷竜アイスドラゴンを手に入れようったって簡単じゃあ無いのよッ!」

「うん……そのことなんだけどさ。水竜ウォータードラゴン青竜ラピスラズリに進化するらしいんだ」

水竜ウォータードラゴン? そんなの――どこにいるのよ?」


 ニックは広い石畳の部屋を歩き、ひび割れたバルコニーへ出た。


「ミリア、こっちへ来て」

「なによ?」

「いいから、さ」


 この男は、たまに何を考えているか分からない時がある。 

 そんな時は彼の銀色の髪と灰色の目が、神話に出てきそうなくらい綺麗に見えるんだけど……。

 だけど基本的に気持ち悪いから、私は頭を振った。こんな男を魅力的に思うなんて、絶対無いんだから。

 だけど質問の答を聞いていないので私も渋々、彼の後に付いていき……。


「ほら、下を見てごらん」


 ブォオオ――と風の音が聞こえ、目の前の雲が一気に晴れた。その先には一点の曇りも無い青空が広がっている。


 そう――ここは地上一万メートルの上空に浮かぶ大陸なのだ。

 かつてこの大陸で生まれた高度な魔法文明が、空飛ぶ巨大な艦隊をもって地上への侵略を開始した。

 そして地上の人々と戦いを繰り広げ、領土を拡張して王国を築き上げ――……彼等はやがて悪魔と呼ばれたのだ。

 

 なんて――まあ、そんな歴史はどうでもいい。

 

 とにかく悪魔は人間に敗れ、本拠地であった浮遊大陸は破壊し尽くされたのだ。

 その結果、この城も放棄されてから既に千年以上の時が流れている。

 だから私とニックがこうして隠れ住んでいても、誰一人文句を言わないのだ。


「下って……普通に地上の大陸が見えるだけじゃない」

「あっちかな……南は――……」


 バルコニーから眼下を指差すと、ニックが言う。

 手前には未だ溶けない雪と思しき、白い稜線の山々が見えた。その先に、ようやく緑と褐色のコントラストが美しい大地がある。方向は南――というが……。


「あっちに魔導王国があってね」

「魔導王国がなによ?」

「うん。魔導王国には大きな湖があってね」


 ああ、要領を得ない話し方……イライラしてくるわね。


「ねえニック、話は簡潔にしなさいよねッ! 分かりやすく、短くが鉄則よッ!」

「あ、ああ……ごめん」

「謝らなくていいからッ!」

「つまり魔導王国の大きな湖――エイジス湖に水竜ウォータードラゴンが住み着いているというんだ。これを捕えて進化させれば、僕達の使命も果たせるんじゃあないかと思ってね」


 思わず私はニックの両手を握り、ブンブンと上下に振った。


「それよ!」


 あの方に任務を与えられてから、もう何年になるだろう?

 

色竜カラードラゴンを集めるなど、容易いことではない。まだ時間はあるし、他の仕事だってあるのだから……」


 いくら“あの方”がそう言って下さっても、不安は尽きなかった。

 だって私の代わりなら掃いて捨てるほどいるし、何より寿命の心配だってある。

 けれどこれで色竜カラードラゴンを全て集められたなら、私は本当の意味であの方の役に立ったということ。

 

 胸が高鳴る――私はニックに言った。


「行くわよ、魔導王国へッ!」

 

 私が指笛で炎竜フレイム・ドラゴンを呼ぼうとしたところで、不意に冷気が全身を包んだ。

 でも決して嫌な冷気じゃあない、これは――……。


 冷気は薄い靄を作り、それが徐々に黒く変わっていく。

 黒い靄は、その中心を目指して渦を描きながらも広がっていた。

 

 “ヴゥゥウウウウウウン”


 空気が震えている。いや、もっと根源的なものが震えているような音。

 だけれど私は、これが何かを知っている。転移の魔法だ。そして、この魔法を使う人のことも――……。


 私の期待は裏切られず――靄の中から現れたのは“あの方”だった。

 私は“あの方”の腕に抱き付き、大声で名前を呼ぶ。


「わぁ! ゲイヴォルグさまッ! 直接いらしてくれたんですねッ!」

「やあ、私のミリア・ランドルフ。元気だったかい?」

 

 ゲイヴォルグさまは優しくギュッとしてくれたあと、頭を撫でてくれた。

 それだけでもう、私は最高に幸せな気分になれたのだ。

お読み頂き、ありがとうございます。


面白かったらブクマ、評価、お願いします!

評価ボタンは最新話の下の方にあります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ