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128話 今回だけですわ

 ◆


 叙勲式が終ると場所を移し、昼餐が始まりました。

 立食形式のパーティーが行われ、そのあと舞踏会へと移行します。

 まあ、立食と言っても私たち公爵一家は正面の席に座り、皆の挨拶を順番に受けるのですけれど。

 当然ながら私の下にも次から次へと紳士達がやってきたので……。


「ご機嫌麗しゅう、ティファニーさま。舞踏会の際には、ぜひ私と踊って頂きたく存じます」

「たった今、すごぶる機嫌が悪くなりましたわ。お下がりなさい」


 プイッと顔を背けたり。


「初めてお目に掛かります、公爵令嬢。この後の舞踏会では、ぜひ私にお相手を務めさせて頂きたく……お声掛けをさせて頂きました」

「初めまして、そしてさようなら。今日はわたくし、踊る気なんてありませんの」


 思いっきり眉を顰めたり。


「本日は“麗しきクラインの華”であらせられるティファニーさまに、ぜひダンスのお相手をお願い致したく、まかりこしました」

「お疲れ――呼んでいないので結構です」


 手をヒラヒラ振ってみたり。


「ボ、ボクは大きいだけしか取り柄がないと言われているけれど、ティファニーさまの為なら精一杯がんばります! ……だから一緒に踊って下さいッ! あ、ボクの家は侯爵家だから、大事にしてね!」

「うるっさいですわッ! あたなのようなデクは、蝋人形とでも踊りなさいッ!」


 と――あまりにも次から次へと来るものですから、いよいよ私も我慢が出来なくなりました。

 こうなれば立ち上り、トトト……と走って人ごみに紛れてしまいましょう。


 実際、料理が並んだテーブルの辺りは人で溢れ返っています。ここに来れば、そうそうバレないでしょう。

 まあ私のことを知る者はギョッとしていますが、口元に人差し指を立てて「シーッ!」と言えば大丈夫。まさかクライン公国の姫君たる私に逆らえる者など、この場にはいないのですから。


 それから食べたかった料理をぜーんぶ、お皿に盛りつけましょう。

 まったく……あんなところに居たら食べたいものだって食べられませんからね!


「あ、おい、ティファニー! 戻らんかッ!」


 ん? なんかモジャ公爵がブツブツ言ってますが、気にしてられるかっての。

 パストラミビーフにフライドポテト、スモークサーモンを食べたらワインで口を潤して。

 それからゼリーにヨーグルトにバニラアイス……うぉぉぉおお! 私は誰にも邪魔されず、いろいろと食べたかったんですよ!


 ただね――いくら私へ挨拶にくる人が多いと言っても、イグニシアだって凄いんですよ。だから逃げ出せたっていうのもあるんです。


 だって彼女は聖王国の姫君でしょう?

 だから通常、他国の――しかも一介の騎士叙勲に出席するはずが無い人なのです。

 けれどここに居るということは、即ちクライン公国と聖王国の同盟関係を示すもの――と考える人も多い訳で……。


 もちろんモジャ公爵はそういった見られ方も考慮した上で、イグニシアを私の隣に座らせていたのでしょう。

 このような政治的思惑は、当然イグニシアも理解しているはず。なのに否定せず、白いドレスの上に聖王国の紋章が縫い付けられた紺のマントを羽織り、澄まし顔で座っているではありませんか。

 しかも彼女ときたら挨拶にやってくる人々へ柔和な笑みを向け、


「両国が末永く友好的であることを、心より願っております……」


 何て――しおらしく言うのですから、モジャ公爵は心の中で、さぞやニンマリしていることでしょう。

 まあね、私が立ち上がってこっちへ来た時はイグニシアも何だか慌てた顔をしていましたけれど。

 でももう知りませんよ、うちのガチャピン家族に媚諂うイグニシアなんて! ったく!


 でもでも私よりイグニシアより、今日の主役は、もちろん“聖竜騎士団”です。

 なのでクロエやわんわん、それから以前私を炎竜フレイムドラゴンの炎から身を挺して守ってくれたフォン・ルドルフ等、聖竜騎士たる彼等に人々は集まり、賑わっていました。

 

 そんな中でも当然ラファエルは注目の的。何しろ今日、叙勲された張本人ですからね。

 また今日は無礼講ということで“鑑定”も解放しており、誰が誰を見ても文句を言わないことになっています。


 ――となればまぁ、ラファエルは常に見られっぱなし。しかも鑑定した貴族達は皆、目を丸くして驚く訳で……。

 鑑定はされた方も気付きますから、自分に注がれる視線の先を見つめ、ラファエルは幾度も会釈をしていました。


 おや?


 ラファエルのやつ、さっそく大臣に声を掛けられワインでチーンと乾杯しています。如才ないですね。


「卿が学院きっての天才と言われておる、ラファエルどのとは……」

「天才などと過分なご評価を頂き恐縮ですが、ええと……あなたは?」

「ああ、拙者でござるか? 拙者はご覧の通り、この国の大臣でしてな」

「拙者!? ご覧の通り!?」


 まぁ、ラファエルが驚くのも無理はありません。

 彼は全身をピエロの装束で包み、顔に白い光沢のある仮面を付けています。

 その理由は全身に火傷の跡があるからだとのことですが――いや待てそれなら服は関係ないよな!? だったら仮面だけでよくね!? と、私だって思いますしね。

 

 あと不思議なのは口の穴の無い仮面を身に着けているのに、いつの間にかグラスに注がれた紫紺の液体が減っていること。

 セフィロニアによれば魔法で口へ転送して食べてたり飲んだりしている――とのことですが、初見では誰だって驚きます。それに言葉遣いも独特ですからね。


 しかし彼はこの国最高の頭脳。内政力においては右に出る者が居ません。だからこそモジャ公爵さえ彼にあの様は服装を許しているのです。


「いやしかし――鑑定させて頂いたのだが本当に凄まじい能力値ですな……まったくマジパネェ!」

「マジパネェ!?」


 ラファエルがさっきから仰け反り、幾度も目を白黒させています。これは見てて飽きません。楽しいですね、あはは♪


「流石、我らが姫の眼鏡に叶うだけはあります。期待しておりますぞ! ……――む、いかんいかん、拙者ベッケンバウアーがあるので、これにてドロンするでござるよ……!」

「ベッケンバウアー!? ドロン!? ……あ、その……私はまだまだ若輩の身、今後は何卒ご指導ご鞭撻の程を……では」

「むむ――では早速指導をば! ベッケンバウアーとは別件のことでござるッ! それから自己紹介がまだでござったゆえ……拙者の名はダニエル・ド・カルティエール。何か困り事があれば、何なりと申されよ! しからば御免ッ!」


 ラファエルってば狐につままれた様な顔をして。あはは。

 でも、そりゃそうでしょうね。いきなりあんな濃い大臣に会ってしまっては。

 

 でも彼ってセフィロニア派だったから、私の味方だと思うのですけれど。

 ああ……だからなのでしょうかね? ラファエルを気にかけてくれたのは。


 あら――次にラファエルへ声を掛けたのは、どうやら長身の男。黒衣に金糸で竜の紋章とくれば、彼は黒竜騎士団の団長ですね。


「やあ、ラファエルどの。私は黒竜騎士のジェイク・ロドムです。お噂はかねがね――セフィロニアさまより聞いておりました」

「初めまして、ラファエル・リットです。……セフィロニアさまと閣下は、仲がよろしかったのでしょうか?」

「ええ――何と申しますか……あの方がお帰りになられた後、共に働く事を楽しみにしていたのですが……」

「ああ……それは……――残念でしたね」

「いやしかし――その代わりラファエルどのに来て頂けるのであれば、あの方の損失も埋まりましょう。やがては貴公こそが我が国を担う人材であると、期待しておりますぞ」

「まさか――私ごときが……――とにかくティファニーさまのお役に立てれば、私はそれで満足です……」

「ははははッ! 忠義ですなぁ! いや――忠義だけですかなぁ!? はははははッ!」


 バンバンとラファエルの背中を叩き、ジェイクが去っていきます。

 確か彼もセフィロニアと親しかったから、やっぱりラファエルにも好意的なのかしら?


 にしてもまぁ――流石に能力値の高いラファエルは、この後も色んな貴族や騎士に引っ張りだこ。もちろん丁寧な受け答えで、全員にきちんと一目置かれたようですね。

 その様を我が兄イリスラ・クラインは歯をギリギリと鳴らして見つめ、悔しがっていました。

 何しろ彼は能力で何一つラファエルに勝っていませんから、仕方が無いのです。


 ◆◆


 ラファエルを観察していたら、いつの間にか歓談の時間が終っていました。

 広間には音楽が流れ始めて、ついにダンスの時間となったようです。

 今度は騎士や大臣に代わり娘達が、こぞってラファエルに群がっていきました。

 

 おお――流石イケメン。


 ついでにイリスラの所にも、ワラワラと女達が集まってきましたね。

 今度は女性の人気を二分した――という感じでしょうか。

 流石にクライン公国の跡取りと目されるイリスラです。女達も放ってはおかないのでしょう。上手くいけば玉の輿ですから、そりゃ皆さん頑張りますよね。

 

 だけどイリスラはイグニシアを一点集中で狙っているのか、他の娘達に見向きもしていません。

 というかイグニシアってば、何で今日もドレスなのかしら。

 聖王国の軍装だったら、私が踊ってもらおうと思っていましたのにッ!


 って――あっ! イグニシア! にこやかにイリスラの誘いを受けるなんて!

 あなた、婚約者が居るんじゃないですの!? まさか一夏のアバンチュールとでも言うんじゃないでしょうねッ!

 などと私がハンカチを噛み締めムキーッとしていたら、ラファエルが結構綺麗な貴族の令嬢と踊り始めました。

 

 ふーん……。


 あいつ、私に好き好き言いまくってたクセに、なんですか。

 黄色いドレスを着た令嬢と、随分楽しそうに踊ってますね。

 キスマーク、私にいっぱい付けたクセにッ!


「姫、ぜひ私と踊って頂けませんか?」


 あっ……隅っこのソファーに座って目立たないようにしていたつもりが、いつの間にか私のところにも人だかりが出来ていました。


「ティファニーさま。よろしければ私と一曲……」

 

 うーん……これは面倒です、逃げましょう。


 トトト……。


「ティファニーさま。私と一曲――……」

「嫌ですわ」


 移動したのに、またも声を掛けられて……。

 だけどそんなの、もちろん即座に断りました。


 トトト……。


「ティファニーさま。でしたら私と……」

「お断りです」


 ああ、また!

 五月蝿いですわね。誰ですか、まったく――。

 私、誰とも踊りたくないんですよッ!


 トトト……。


「ティファニーさ……」


 ギロリ! 私の目力、舐めないでくださいまし。

 ――とかやっていたら、いつの間にかラファエルに側に来てしまい。


 仕方がないので私はラファエルに近いテーブルに陣取り、男達を排除したあと彼を監視することにしました。

 なにせアイツは私の騎士しもべですからね。勝手なことをしたら、許さないのです。

 すると何だか楽しそうな会話が聞こえてきて……。


「ラファエルさまったら、お強いのに魔法のスキルも大魔導をお持ちだなんて、本当に凄いのですわね」

「いえ――魔導のスキルでは到底ティファニーさまには及びません。あの方こそ、いずれは偉大な大魔導師になられることでしょう」


 あらあら……私を褒めているなんて、殊勝な心がけじゃあありませんか。むふん。


「それはそうと――ところでラファエルさま。お好きな女性はいらっしゃるのですか? もしかして、もうお付き合いしている女性がいらっしゃるとか……」

「……」


 答えませんね、アイツ。

 私のこと、さんざん好きだと言っていたのは嘘なんでしょうか? 

 嘘じゃあないなら、私のことが好きだと言えばいいじゃあないですかッ!


 それとも、今踊っている子にも好きって言ったりして……。

 そうしたら誰にでも「好き」って言うってことだから……うわぁ、最低!


「もしも……もしもいらっしゃらないのでしたら、わたくしと――……」


 ――ガタンッ!


 思わずテーブルを蹴ってしまいました。むむぅ!


「いえ、その――お付き合いしている方は居ないのでが、好きな女性ならいます」

「まぁ……それは――……」

「ただ――……その方は、まったく僕を見てくれなくて、それで……」


 なんですかぁ? 現在ただいま、あなたをガン見している私の立場はッ!?

 はっ! まさかアイツ、私以外の女が好きなんてことはッ!?


 ……てことはイグニシア! 


 確かに彼女はイリスラと踊っていて、ラファエルを見ていませんがッ!?


「そんな――ラファエルさま程の方を蔑ろにする女性なんて……」

「はは――蔑ろというか、むしろ蹴られたり踏まれたりするんですよ……」


 あっ……踏んだり蹴ったりしたのは、やっぱり私ですね……カァァァ……思わず顔が赤くなって……。


「まあっ! なんて酷いッ! そんな女性なんて止めた方がいいですわッ! わたくしならきっと、ラファエルさまを幸せにしてあげられますものッ!」


 ムカーッ!

 きっと私の顔、怒りで赤くなったのです! 許せませんね、あの女! 

 酷いのはラファエルの方なのです! 私、何の意味もなく踏んだり蹴ったりした訳じゃありませんからッ!


 でもまあ――確かにあなたの方がラファエルを幸せには……出来るかも知れません。

 となると私がここで見ていても仕方がありませんね……他人の恋路を邪魔するなんて最低ですし。この場を離れましょう。


 ……トトト。


 はぁ……でもなんか――だんだんイライラしてきました。

 だいたい私、何をやっているのかしら。虚しいやら悲しいやら寂しいやら……。


 やってられませんわ……。


 一人でバルコニーへ行き、ワインをチビリチビリと飲み始めて……。

 とかやっていたら――……。


「ティファ――やっと見つけた。さっきまで側にいたと思ったのに」

「なんですか、あなた。楽しそうに踊っていたんじゃありませんの?」

「楽しそうに? ぜんぜん――」

「おかしいですわね? 綺麗な黄色いドレスを着た彼女、どこに行ったのです? お付き合い、申し込まれていたのでしょう?」

「ああ――見ていたのかい? はは――悪いけれどお付き合いは出来ないって、断ったよ」

「勿体ない。あれでも確か――伯爵令嬢でしてよ。上手く結婚できれば逆玉でしたのに」


 ラファエルは苦笑して頬を指で掻き、それから徐に跪いて私に言いました。


「姫――我が忠誠はあなただけのものと、今日誓ったばかりではありませんか」

「そ、それとこれとは……」

「――同じだよ。僕は死ぬまでティファの騎士だ。君のモノだと言い換えたっていい。だからさ、ティファ――今日は僕に、君と踊る栄誉を下さいませんか?」


 それから私の手を取り、片目を瞑って微笑んで……。

 パチパチと目を瞬いて、私が少し考えて見せると……。


「お嫌ですか?」


 彼は悲しそうに項垂れて……。

 だから仕方なく――本当に仕方なく言いました。


「こ、今回だけですからねッ! こ、こここ、これはあくまでも騎士になったお祝いの、ご、ご、ご褒美です。に、にににに、二度は無いのですわッ! だからこ、こ、ここここここ、心してわたくしをエスコートしなさいなッ!」

「――ありがとう、ティファ」


 ラファエルは言うや私の手の甲にキス。

 立ち上がると私の腰を優しく抱いて広間の中央へと誘い、踊り始めて――。


「お美しい――」

「まさに美男美女――」


 ラファエルと踊っていたら、賞讃の声が方々から聞こえてきました。

 そうしていつの間にか広間には、私とラファエルの為だけの音楽が流れていたのです。

お読み頂き、ありがとうございます。


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