127話 しもべ爆誕ですわ
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部屋に戻った私は、すぐにお風呂へ入りました。
昨夜は汗をかきましたし、化粧だって落としていませんからね。それにこれから、すぐにラファエルの騎士叙勲式が始まりますので。
けれどこんな時間ですし当然浴場に、お湯なんてありません。だからバスタブを部屋に運んでもらい、衝立てを立てて入浴します。
そのバスタブは純金製で、見事なまでに悪徳独裁者が使いそうな逸品でした。
こういうの、ほんとヤメて欲しいんですよね。
なんていうか私、似合い過ぎますので……。
入浴中、手鏡で首元を確認。早速ラファエルが付けたキスマークを見つけました。
うわぁぁぁ、なんと一カ所じゃねぇですし! ほんとアイツ、ぶっ殺せば良かったですね。
だけどまぁ髪を下ろせば隠れるし、襟のある服を着れば目立たないでしょう……。
ったく、このクソ暑い最中に襟のある服なんて冗談じゃねぇんですけどね、仕方がありません。
だけど……。
そっとキスマークに手を触れたら昨夜のことが思い出されて、なんだか変な気分になってしまいます。
例えるならば、ふわふわな気持ちと言えばいいのでしょうか。
ふふ――ラファエルのやつ、本気だなんて言って……。
ランドに好きだと言われた時は私、あえて考えようとしなかったのですけれど。
こういった行為の先に、えっちがあるのです。それは間違いありません。
あのまま止めなかったら、ラファエルは私を求めたのでしょうか?
いいえ――好きだと言う位なのだから、私とそういうことをしたいのでしょう。
だいたいアイツはエロゲ主人公。えっちは仕事のようなモノなのです。
そして私は、そんなゲームのヒロインなのですから……。
好きとか嫌いとか……。
もしもこの世界で一生を過ごすなら、私もいつかは結婚するのでしょうか?
いいえ――そういう対象になりたくないから、私は色々と考えるのです。
でもそうしたら、最後は孤独のうちに死ぬのかしら?
孤独……嫌ですね。
だけど私には友達がいます。
イグニシアやミズホ、クロエ、それからリリアードにマリアード……ヒルデガルドやニアだって。
でも彼女達はみんな女の子で、好きな人が出来たら結婚して子供を生むのでしょう。
そのとき友達って、二の次になっちゃうのかな。
だからみんな、恋人が必要なのかも知れません。
自分のことを一番好きになってくれて、大切にしてくれる人。
リリアードやヒルダやニアは、みんなラファエルが好き。
だから彼と恋人になりたくて、毎日色々頑張っているみたい。
みんなラファエルに選ばれなかったら、凄く落ち込むのでしょうね。
クロエは私が一番だと言うけれど、近頃はわんわんの事ばっかり目で追っています。
でもでもミズホには、今のところ男の気配なんてありません。
じゃあ私はミズホと……。
だけど私達って、女同士なんですよね。
女同士?
いつから私は私のことを、女の子だと自覚しているのでしょうか?
もしかして本当に、精神が身体に引っ張られているのだとしたら。
ラファエルは私を『愛している』と言いました。
愛するって何でしょう?
恋人になること? 結婚すること?
いいえ――きっと自分ではない誰かを大切に想うことじゃあないかと私は考えます。
究極的には母親が幼い子供を命懸けで守ったりすることや……。
身近なところでは、捨てられた子猫を拾うことなんかも……。
というか――そのことを教えてくれたのはランドですけれどもね。
だから私はランドを愛していたのだと、今なら胸を張ってそう言えます。
だってあの時は、彼の代わりになら自分が死んだって良かったのですもの。
でもそれなら――……。
今の私は、いったい誰を愛しているのでしょう。
たぶんきっと、誰も愛していません。
この人の為なら我が身も厭わず――なんて人、いませんからね。
そりゃあ、大切な友人達の為なら命だって張るでしょう。でも、そういうことじゃあ無いのです。
そういえば、なんで私ってばランドのことを好きになったのかしら?
ああ、そっか。
あの人、しつこかったんですよね。それで私……――。
だったらラファエルに『好きだ』って言い続けられたら、彼のことも好きになっちゃうのかな。
そしたら、そのまま結婚しちゃったり……。
ヒロインなのだから、それが最高のハッピーエンドには違いないのだけれど……。
……でも、でも。駄目です、駄目!
ブルンブルンと頭を振って、嫌な考えを追い出しましょう。
何を考えているのですか、私!
だいたい私は、えっちなことをされたくなて色々と考えてきたのです。
なのにこれが運命なんて考えたら、それこそ私の敗北なのですから!
おお、神よ! いいえ、この世界に神がいるとするならば、それは即ちゲームのプログラマー!
私は貴様等の命令には従わない、そう決めたのですから覚悟なさい!
などと浴槽から立ち上がって虚空を指差してみても、その先にあるのは湯気を含んだ深紅の衝立て。
その上にある天井には黄金色をふんだんに使った天使のフレスコ画が描かれていて、水滴が滴っています。
(うわぁ、まるで天使のよだれですわ!)
とか思ったら思わず「ぷっ!」吹いてしまい……。
侍女達はそんな私を、珍獣を見る様な目で見つめていました。
……うう、ちょっと恥ずかしい。のぼせたようで頭がクラクラします。
「こほん……衣服をこれへ。急ぎませんとね」
湯浴みが終わり公爵令嬢としての身嗜みを整えたら、すぐに大広間へと向かいましょう。
トットコトットコ部屋を出て、廊下を進んで右へ曲がる。
大きな扉の前に出たら、召使い達が一斉に頭を垂れて……。
「姫は反対側へ。こちらはラエファエル卿の入り口にございます」
ああ、そうでしたね。
私が彼を叙勲するのですから、出入り口は真逆です。
召使いに頷いて、もう一度廊下をトットコトットコ……。
ドレスの裾を持ち上げて、ちょっと急いで向かいます。
大広間へ入ると、そこは磨き抜かれた大理石の床がピカピカに輝いていて、まるで鏡のようでした。
私は公爵家の一員として、モジャ公爵が座る席の一段下に用意された椅子に座ります。
暫く待っていると呼び出しの浪々とした声が響き、ラファエルの入室が告げられて……。
大きな両開きの扉が開くと、目映い光と共にラファエルの影が目に入りました。
その姿は白を基調とした上衣とズボン、そして青のクラミスを肩に掛けた“聖竜騎士”の正装です。
じっと彼を見つめていたら、思わず目と目が合ってしまい……ポッ。
ポッてなんですか、私!
ちょっとイケメンがカッコいい服を着たからといって、デレてなんかやらないんですからねッ!
顎を上に向け、ツーンと澄まし顔を見せてやり――徹底的に見下してやりましょう。
なにせ今日、アイツは私の騎士になるのです。
ラファエルが所定の場所まで進み、止まりました。
そこは深紅の絨毯が敷かれた大広間の真ん中です。周囲には公国の群臣達が犇めき、彼を好奇の眼差しで見つめています。
そこでクロエが横から進み出てラファエルの前に立ち、モジャ公爵に一礼しました。
クロエも同じく騎士の出立ちで、気品さえ感じさせる優美な仕草。
彼女のことを獣人と蔑む人々でさえ、その様子にウットリと目を細めていました。
取り決めでもあったのか、クロエとラファエルが同時に片膝を付きます。それからクロエが口を開き口上を述べました。
「本日は我が騎士団の一員となるべきラファエル・リットの為――お時間を頂き誠に忝く存じます」
モジャ公爵は小さく頷くと階の下へ降りていき……、剣を抜くと胸の前で構え、決められた言葉を重々しく語ります。
「汝、ラファエル・リットは我がクライン公国が誇る華、ティファニー・クラインを守護したる爪牙、“聖竜騎士”として力を尽くすこと、ここに誓うか?」
「誓います!」
「誓い破りたるときは、その命をもって償うか?」
「いかようにも!」
「騎士の長たるクロエ・バーニー……汝はこの者、ラファエル・リットを信ずるに足る戦士と心得るや?」
「はっ……」
「では――ティファニー・クライン。この者に知と勇を授けよ」
モジャ公爵に呼ばれて、私はクロエとラファエルの前に立ちました。
それから手に持った杖の先端でラファエルの左肩を一回、右肩を二回――トン、トントンと叩きます。
これが“聖竜騎士”になる為に儀式。肩を叩くのは、知と勇を意味しているとのこと。
黒竜騎士団は同じ事を剣でやるそうですね。
ま、私は魔導師ですし紫ババアの形見の杖だって、こんな風に晴れやかな儀式の時にこそ使ってあげなくちゃ……。
「面を上げよ」
私の言葉でクロエとラファエルが、同時にこちらを見上げてきて……。
二人を交互に見たあと、私はラファエルに言いました。
「卿は今よりわたくしの剣、そして盾。その命尽きるまで、ただわたくしの為に尽くさねばなりません。よろしいですね?」
「――御意。我が忠誠は本日ただ今より、ティファニーさまだけのものにございます」
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