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123話 ラファエル・リット 3-1

 ◆


 学園都市シエラからクライン公国公都ローズカッファへと向かう荷馬車の中――僕は考えに耽っていた。


 ティファニー・クラインのことをティファと呼ぶ様になって、もうすぐ一年が過ぎる。

 だからと言って、このことを喜ぶ気にはなれない。何故なら一年前――僕とティファは大切な仲間達を失ったからだ。


 もし今もドナやランドが生きていたら、僕達はどうなっていたのだろう?

 

 僕はドナのことを、心から好きになっていただろうか?

 それともティファに対する想いだけが膨らんで、彼女と別れてしまっていただろうか?


 だけどティファとランドはきっと、あの日よりも深い仲になっていたはずだ。

 もっともティファのことだから、なんだかんだと難癖を付けてランドを困らせていることだろうけれど……。

 

 僕はあの頃、自分で自分に見切りを付けていた。

 僕の身分ではティファと結ばれることなど、永遠に有り得ない。だったら僕のことを思ってくれる女性――ドナ・アップルスを好きになる努力をしようと考えて……。

 けれどランドは悩まずに、ティファとの身分差を超えようと努力した。


 ティファ自身は、自分の身分も他人の身分もあまり気にしていないらしい。

 その事に僕が気付いたのは、ランドとティファが上手く行きかけていた時だった。 

 

 けれど気付いた所で、どうにもならなくて。

 僕も僕でドナの好意を、ある程度は受け入れていたからだ。


 彼女は積極的な女の子で――僕がティファのことを好きだと知っていても好意を寄せてくれた。

 だからあの頃の僕は、何とか彼女の気持ちに応えようとしたのだけれど……。

 けれどそれは自分自身に嘘を吐き、ドナの心を本当の意味で大切にする行為とは言い難かった。

 

 本当にドナの事を想うなら、僕はきっぱりと断るべきであったのだ。

 その上でランドと、直接対決すべきだった。

 もっとも――今となってはどちらの機会も永遠に失われてしまったのだけれど。

 

 だからティファと僕の関係は、あの日から変わっていない。

 ティファにとって僕は親友で、僕にとってティファは大切な女性。

 報われないし報われたいと思うことも許されない。

 多くを望めば、今の関係が壊れてしまうから。

  

 でも、それは仕方が無いことだ。

 僕はティファに好きだと言っておきながら、一度はドナに流れてしまっている。

 本来なら好きだなんて、今更言える立場じゃあ無いのかも知れない。


 けれど、そんな僕を今のティファは必要としてくれる。

 魔将を操った者を倒したい――というのが動機だけれど。

 けれど構うものか。僕だって、みんなの仇を討ちたいのだ。


 とは言っても、あれから一年……――。

 僕はずっと、ティファに気持ちを伝え続けてきた。

 そろそろ少しくらい、応えてくれてもいいのにな……とは思ったりもする。


 ただ一つ言えることは――あの日以来、ティファは優しくなった。

 それが僕には、たまらなく悲しい。

 きっと彼女は、人が死ぬという現実を実感したのだ。

 だからいつかやってくる大切な人との別れに対して、臆病になってしまったのだろう。

 その大切な人に僕がなれたとしたら、僕は絶対ティファの側から離れないのに……。


「なあ、ラファエル。さっきからずっと、何を書いているんだ?」


 ルイードのツンと尖った耳が、ヌッと僕の目の前に差し出される。

 彼は僕の手元にある“君主論”に目を遣り、それから不思議そうに腕を組んだ。


「理想の君主とは理によって動く中にも、必ず情を持っているものである……なんだ、これ?」

「これはね……こんな君主にこそ、ケーニヒスを統一して欲しいなって願いを込めて書いているんだ」

「ふぅん、ケーニヒス統一ねぇ……話が大き過ぎてピンと来ないや」

「そうでもないよ、ルイード。例えばティファがクライン公国を継いだなら、それだけで世界を動かせる立場になるのだから」

「……そっか、そうだよな。ティファニーさまってクライン公国の姫君だもんな……」

「そうさ。それにケーニヒスがティファニーさまの下で統一されたなら、獣人も平民も貴族も――皆が彼女の下に平等になる」

「それは嬉しい話だけど、いくらクライン公国でも他の列強を敵に回してケーニヒス統一なんて、さすがに無理だろう?」

「そうかな? 例えば彼女の下ある自警団を発展させれば、国民軍が創設できる。騎士階級――例えば君達が士官として中隊長になれば、ティファは現在いまの十倍の軍隊を手に入れることが可能になるんだよ」


 ルイードが目をパチパチと瞬いて、僕をマジマジと見ている。


「……もしかしてさ、ラファエル。お前ってティファニーさまにケーニヒスを統一して欲しいのか?」


 暫く考えて、僕は言った。


「……彼女が望むなら、僕は全力でその手助けをするさ」


 ルイードが僕に右手を差し出し、握手を求めてきた。


「そうか――難しいことは分からないけど、ティファニーさまがケーニヒスの女王になるのなら……俺も手伝いたい。統一するってことは、ヴァルキリアは滅ぼすんだろ? 俺……ヴァルキリアには恨みがあるんだ」

「個人的な怨恨で国を滅ぼそうというのは、ちょっと感心しないね。ただ――確かにヴァルキリアの情勢は良く無い。ゴールドタイガー家が政治権力を掴んで以降、彼等に近しい獣人家や貴族以外、のきなみ奴隷にされたと言うのだから……」

「ああ……我が家――シルバーウルフ氏族だって俺とメル以外は皆殺しにされた……クロエのバーニー氏族だって奴隷に落とされ、売られてさ……だから俺、軍事国家ヴァルキリアだけは許せないんだ。アーリアの時だって俺、ティファニーさまに魔将と接触した者を探れって命じられていなかったら、アイツらなんか――……」


 ルイードがギリギリと歯ぎしりをして、眼光に殺意を宿らせている。

 僕は君主論を閉じると、肩を竦めて見せた。


「殺していたかもしれない、かい? だからティファは君に、別の仕事を与えたのだろうね」

「まさか――?」

「そういう気遣いを、さらっとやって見せる人だよ。ティファは」

「じゃあ、ティファニーさまはヴァルキリアを許すのかな……?」

「学院内の問題と国際政治の問題を混ぜることは出来ないけれど、目下クライン公国とヴァルキリアは反目しているからね。今後――それこそ魔王の登場でも無い限り、いずれ戦争になるとは思うけれど」

「よっし! じゃあ俺、ティファニーさまの為に先鋒をやるッ! 当然ラファエルが軍師をやるんだろ!?」

「はは……」


 そんな話をしていたら、向かいに座るクロエにジロリと睨まれ……。

 

「あんた達、良からぬ相談をしているみたいだけど……どんな事情があったって、ティファを焚き付けて、戦争するのとかだけは止めなさいよねッ! 惨めに負けたりしたらどうするのッ!? ティファが戦犯になるのよッ!」


 クロエが肩を怒らせ動いたせいで、彼女に凭れ眠っていたミズホの鼻提灯が割れた。


「ふぁっ!? ふぁ〜〜……あ?」


 平和なミズホは頭を左右に振って、「もう着いたの?」などと言っている。


「もうすぐよ」


 クロエがミズホの頭を撫でて、微笑んだ。

 そうか――どうやらもうすぐローズカッファに到着するようだ。


 ◆◆

 

 公都に着くと早々にクロエは荷台から降りて、ティファの乗る馬車へと向かって行った。


「ティファ! もう公爵さまのお屋敷よ!」


 きっとティファは寝ているのだろう。

 クロエは状況が分かっているから、さっさと彼女を起こしに行ったのだ。


 そう……彼女達にとってクライン公国とは、決して故郷ではない。敵地なのだと旅の道中、聞かされていた。


 かつてミール村をティファニーが救った理由。

 その後クライン公爵の軍とティファニーが戦い、協定を結んで受け入れた条件……。

 そんな話を聞けば、クロエの緊張感も頷けるというものだ。


「ラファエル、俺達も行こう」


 荷台に入る陽光に銀髪を輝かせ、ルイードが僕に微笑みかける。

 袖の無い衣から溢れるのは、彼の引き締まった二の腕だ。

 ヒョイと荷台の外へ飛び出すと、ルイードは大きく伸びをした。


 近頃の彼は、精悍という言葉がとても良く似合う。

 引き締まった身体は類稀なるバネを生み、向かうところ敵無しだ。

 武力も90を超えているから、将来は有望な将軍候補に違いない。


 ただティファは、彼を過小評価している。

 まあ、それも仕方がないと言えるのだけれど……。

 何しろティファの周りにはイグニシアやミズホ、ニア――それからリリアードやマリアードといった強過ぎる面々が揃っている。

 そんな中にあるのだからルイードの武力が目立たなくなるのも、当然と言えば当然なのだ。

 

 さて――荷台から降りた僕達は、早々にティファとイグニシアから引き離された。

 それから僕は、さらにルイードとクロエ、ミズホの三人からも引き離されて、今はここにいる。

 流石にその時はルイード達が反対してくれたけど……。


「我が侭を言ってティファに迷惑が掛かるといけない。僕が言う事を聞けば良いだけならば、問題ないよ」


 そう言って、僕が皆を納得させた。

 その結果連れてこられた場所は――正直笑うしか無いけれど、薄汚い物置小屋である。


 まあ――馬車の荷台から物置小屋といえば、大差ないとも思ったけれど……。

 しかしここは、思ったよりも酷かった。

 何しろ使われなくなった掃除道具や馬具、壊れた武器などが散乱している。

 屋根は所々が壊れていて……夕焼けに瞬く一番星が、とても綺麗に光って見えた。


 案内してくれたのは使用人にすら顎で使われる奴隷らしく、身なりも随分と酷い男だ。

 彼は「ヒッヒ」と笑いながら僕をここに連れて来ると、壷に入った汚い水を置く。


「飲み水だ。公爵さまの温情に感謝するんだなぁ」


 どうやらこれが「飲料水」らしい。

 水を飲めば出るモノも出るが……それで厠の場所を聞くと、小屋から出た先の壁を指差された。


「飲み水は良いとして、どこで用を足せばいい? まさかその辺で、という訳にもいかないだろう?」

「ああ、丁度良い場所があるぞ――ほら……厠だ」


 男が指差す壁際には、汚物が堆積していた。厠と言えなくも無いが……。

 上を見上げると、城の壁面に開いた穴から汚物が降ってきて、べちゃ、べちゃ――と音を立てていた。

 よく見れば大きな桶に汚物を落して入れるシステム――つまりここは肥溜めということか。

 幸いなことに臭いは少なかった。風向きの問題だろうけど、有り難いことだ。臭過ぎたら眠れないからね。


「この城にゃ、平民の居場所なんぞねぇ。そういうこった」


 そう言うとニタリと笑って男は去り、僕は取り残された――という次第である。

 ああ、そうか。ルイードやクロエも、一応は貴族になったんだ。

 だけどティファは明日、僕を騎士にしてくれると言っていたけれど……。

 たった一日でも、今はまだ平民ってことか。

 しかも単なる平民は、貴族に飼われた奴隷以下って……はは――まあ、いいや。

 こんなことは、馴れているしね。


 そう思いながら小屋の隅へ行き、身体を横たえた。

 丁度良いところに藁束があったのだ。こういう時は、休める時に休んでおこう……。


 ――――


 ……ん? 暗いな……。


 どうやら、いつの間にか眠ってしまったらしい。

 夏の虫が鳴いていて、心地よい夜だった。

 けれど――ぐぅぅ――と腹が鳴る。

 食事も無しか……ははは。

 どうも僕は、忘れ去られてしまったようだ。


 まあ、一日くらい食べなくても死ぬ事は無い。

 だからもう一度目を瞑り、僕は眠る事にした。

 流石に騎士になる日に、何も食べさせてくれないってことは無いよね……。


 “ガタンッ”


 木が倒れるような音がして、正面の扉が開かれた。

 外の灯りが真っ直ぐ奥へ達すると、僕の足下を浮かび上がらせていく。

 それから声が聞こえて――。


「ラファエル? どこですか? ここにいるのですか、ラファエル? 居るなら――さっさと返事をなさい」


 思わず僕は跳ね起きた。


「ティファ! どうしてこんな場所にッ!?」

お読み頂き、ありがとうございます。


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