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121話 公爵家の晩餐会ですわ

 ◆


 クサレ親父ことアルフレッド・クライン公爵は、どうやらイグニシアの来訪ですっかり気を良くしたらしいですね。到着初日だと云うのに晩餐会を開くだなどと言い出して、私に準備するよう申し付けたのですから。


 まあ――準備と言ったって沐浴して新しいドレスに着替えること位なのですが、これがけっこう面倒でしてね。

 だって沐浴するにも、ここは公爵家。丸裸にされ、侍女達にあられもない姿を晒して洗われるのですよ。

 

「痒いところはございませんかー?」


 なんて言われた所で、「お尻の穴が痒いですわ」とか口が裂けても言えません。だって恥ずかしいですからね。


 それが終ると今度はコルセットで腰をギュイギュイと締め上げられて、ざっくり胸元の開いた深紅のドレスを着せられました。

 次は休む間もなく丹念に化粧を施され、同時にクルクルと髪を結い上げられて。

 孔雀の羽から作った扇を持って完成です。

 

 さあ――大きな姿見の前でクルリと回って確認しましょう。


「素敵でございます、お嬢様!」

「ですわね、ですわね、見事なまでに悪役令嬢の完成ですわ! ……ってねぇ、てめぇらぶっ殺しますわよ? なんですか、この目はッ!」

「ひぃぃ、お嬢様、お許しを!」


 侍女達が平伏して、私に許しを乞うています。


 ……髪を結い上げたら、ただでさえ吊り目なのに余計に吊り上がって目付きが悪くなること必定。

 しかも濃いアイラインを引いて紫の――というかダーク系のシャドウを乗せるとか、有り得ないでしょう。しかも何です? シルバーまで混ぜて、キラッキラしてるじゃないですか!


 口紅だって真っ赤だし、胸元のネックレスは大きな紫水晶アメジストを選ばれて妖しさ満点。

 例えばこれに黒いマントでも羽織って紫ババアの形見の杖を振りかざせば、完っ璧に悪魔ですよ。


「で、でも……お嬢様は睫毛が濃いので、マスカラや付け睫毛は必要ないかと……」

「そこじゃねぇんですわッ! この顔が恐いって言ってますのよッ!」

「とってもお綺麗ですけれど……」

「綺麗と恐いは両立しますのッ! やり直しなさいなッ! か わ い くッ!!」


 腕をブンブン振り回して文句を言っていたら、使用人の一人が部屋に来ました。


「……お嬢様、大変申し訳ございませんが、やり直すお時間はございませんぞ」


 彼は初老の男性で、騎士の称号を持っていますが引退した今は執事として働いています。


「なぜです?」

「晩餐会の準備が整いましてございますので……」


 何ということでしょう。

 もう、着替えも化粧のやり直しも間に合わないとは……。

 くっそ……本当は部屋でポテチでも食べ、適当にピザでも持って来て貰おうと思っていたのに。

 そのあとイグニシアを部屋に呼んで、朝までキャッキャウフフのイチャイチャタイムだと思っていたのに!


 す べ て 台無し!

 しかも完璧なる悪役令嬢姿をイグニシアの前に晒すとか……。 

 まさかこれで彼女が正義に目覚めて、ゲームと同じ様に敵対しないでしょうね?

 いまさら彼女と戦う羽目になったら、私、悲しくて泣いちゃいますよ。


 ですがここでブーたれ晩餐会に出席しないと公爵が臍を曲げるかも知れず、あの男がグレたらラファエルが騎士爵になれないので、仕方なく私は食堂へと向かうことにしました。


 そんな訳で無駄に大きな食堂に到着すると、部屋は相変わらず。

 上座の後ろには重厚な暖炉が備えられ、その上には公爵家の紋章を象った盾が飾ってあります。


 部屋の中央には純白のクロスを掛けた、やたらと長いテーブルがデンと鎮座しており、椅子もびっしりと二十脚以上が揃っていました。

 

 もちろんモジャ公爵ことアルフレッド・クラインは夫人と共に上座に座っています。

 ちなみに夫人は、私の事が大嫌い。

 何しろ私は妾の子供で、にも拘らず大魔導スキルまで得て――しかもクラインでは絶対に生まれない髪色――金髪だからという理由でしょう。


 しかも悪いことに彼女は少しくすんだ金髪で、私の髪と色が似ているのです。

 そしてそのことこそが公爵夫人の心を抉るのだと、どこかの誰かが言っていました。

 まあ――セフィロニアですけれど。


 つまり私ことティファニー・クラインは、公爵夫人が不義の末に生んだ子供だと言う噂があるのです。

 それもこれも、「クライン公爵家は大きな魔力と引き換えに、決して金髪が生まれない家系」などと言われているから、仕方がないのですけれど。


 勿論これは事実無根の誹謗中傷ですが……。

 

 しかしながら公爵夫人――それを認めれば今度は妾に愛情を奪われた哀れな女性と目されるので、結局どう転んでも、あの人にとって私は害悪でしか無いのです。


 そんな彼女の息子が私の兄、イリスラ・クライン。

 彼が上座の左手に座っていたので、私はその隣に座りました。

 これがまあ、クライン家の序列というヤツですね。

 当主、妻、長男、妾の子――的な。


 イリスラは父譲りの赤髪で、身長百八十センチくらい。ラファエルとだいたい同じ様な背格好です。

 というかラファエル、一年で凄く背が伸びたんじゃないですか? いやぁ、成長期ですね……捥げろ。

 私なんて身長伸びない体重増える。結果おっぱいばっかり大きくなって、エロエロボディの爆誕ですよ。使い道も無いっていうのにね。


 まあ、それはいいとして……。


 イリスラは今年二十歳か二十一か……ちょっと年齢は忘れましたが、まあ俗に言うボンボンです。

 自分は何でも出来るナイスガイな金持ちと思っていますが、実際は単なるザコに過ぎず、私としては、はよ死ねとしか思いません。


 というよりゲームの設定に忠実であれば彼もまた、私の台頭と共に世界からフェードアウトする運命。

 私が戦いの道を選んだ以上、正直言って彼等の利用価値は刻一刻と低下しているのです。

 まあつまり、今の彼等は私の仕送り要員という訳ですね――あーっはっはっはっは!


「……ティファニー、行儀が悪いぞ。いきなり大口を開けて笑うとは、気でも違ったか?」


 そのイリスラ・クライン。私をチラリと見て、不愉快そうに唇の端を吊り上げています。


「あら、兄さまこそ、頭にチン毛が生えていますわ、行儀の悪い」

「……これはどう見ても髪の毛だろう。お前は目は、泥団子ででも出来ているのか?」

「そうでしたの……いい感じに縮れていましたので、間違えてしまいましたわ。でも不思議ですわねぇ……セフィロニア兄さまの髪は燃える様な赤毛で綺麗だったのに、どうしてイリスラ兄さまの髪は、血塗れのチン毛に見えるのかしら?」

「どうやらお前の目は、泥団子よりも酷い何かのようだな」

「あらやだ――赤石ルビーのような瞳のわたくしを捕まえて、なんと言うおっしゃりようかしら?」

「何が赤石ルビーだ! お前の目は青いだろうがッ! 自分の瞳の色さえ分からんのかッ!?」

「なんですか、兄さま――しっかり、わたくしの瞳をご覧になっているじゃありませんか。それなのに泥団子だなんて言って、酷いですわ」

「お、お前ッ……!」

「あら、お怒りになられるの? まるでお顔が猥褻物わいせつぶつですわ」

「私の髪はチン毛じゃあ無いし、顔だってチンコじゃあ無いッ!」


 イリスラが卓をダンと叩き、立ち上がりました。


「ププーッ! わたくし、そこまでは言ってませんわッ――ププププッ!」

「やめよ、イリスラ。ティファニーはまだ子供なのだ」


 父――アルフレッドがギロリと息子を睨み、座らせます。

 それから私を見つめ、眉根を寄せて言いました。


「……だがティファニー。セフィロニアのことは言うな、不愉快だ」


 あ、そっか。

 そういえばセフィロニアは、このクライン家を捨てた――という事になりますからね。アルフレッドが不愉快になるのも当然ですか。


 でもセフィロニアが将来を真面目に考えたなら、イリスラに仕えるよりメティルに仕えた方が遥かにいい。出て行くのも当然です。

 ただ――彼が元々私に仕えるつもりだったのだとすれば、やはり捨てられたのは私という事になりますから……複雑な気分ですが。


「――いっそ、クライン家を彼に渡せば良かったのですわ。そうしたらセフィロニアは出ていかなかったでしょうし、クライン家も安泰でしたのに」


 アルフレッド、公爵夫人、イリスラ――全員の目が私に向けられます。

 どれも怒りに震えた、感情剥き出しの視線でした。

 となると皆、彼の才能に気付いていたのでしょう。

 イリスラがセフィロニアに勝てないことも、当然ながら理解していたのですね。


 丁度そんなところで、イグニシアが部屋に入ってきました。

 彼女は何故か青いドレスに着替えて、きらびやかな銀髪をアップに纏めています。

 どうやら私と同じく、沐浴からの着付け、化粧――というギッチギチのコンボを決められたのですね。

 

「おお、イグニシアさま! 良くお似合いですぞ!」


 クソ兄貴が再び立ち上がって、にこやかにイグニシアを迎えています。

 先ほどまで私と言い争っていた不快感は、微塵も感じさせません。

 イグニシアもイグニシアで、満更でもない様な顔をしています。

 

 むぅぅぅ……。


 確かにイリスラは、言いたく無いですが顔は整っていますよ。でもねぇ……。

 やっぱりイグニシアも女の子なのでしょうか。

 イケメンに褒められて嬉しいとか……。


 にしても変ですね。

 テーブルを見ると、食器の数がとても少ないです。

 こんなに長いテーブルなのに、五人分しかありません。

 となるとイグニシアが着席したら、人数分です。


「ねえ、クロエ達の分は――」


 イグニシアがイリスラの正面に座ると、私を無視してアルフレッドが重々しい声で言いました。


「イグニシアどの――遠路、我が国へようこそ参られた。ささやかではあるが、本日は我ら一同で歓迎させて頂きましょう。さ、まずは乾杯を」


 アルフレッドがパン――と手を打ち鳴らし。

 するとメイド達が次々に料理を運び始め、私達の前に並べていきます。

 皆はワインの注がれたグラスを持ち上げ、言いました。


「「乾杯」」


 もう一度、私は声を大きくして問い掛けます。


「ねえ、お父さま。まだみんな揃っていないでしょう。だってミズホ達が来ていませんもの」


 ジロリと私を睨み、アルフレッド・クラインが答えます。

 その手はワインのグラスを掴み、今まさに口へ運ばんとしているところでした。


「ティファニー、彼等はお前の従者であろう。ましてや平民ではないか」

「んなっ……ミズホとクロエ、それからわんわん――じゃなくてルイードは去年、魔将討伐の功績で騎士爵に叙したでしょう! お忘れになられましたの!? セフィロニア兄さまが、そうしてくれたと言っていましたわ! それにラファエルだって明日には騎士になります! いいえ! むしろ魔将討伐に関しては彼の功績が最も大きかったのですから、今だって立派な貴族ですわッ!」

「ティファニー……騎士に叙したと言うがな、ミズホは魔法を使えんのだろう? クロエは魔法が使えても獣人だし、ルイードに至っては単なる獣人だ。そのような者等を認めてやったのも、偏にお前の頼みと言うから――……あくまでも例外中の例外。この上さらに食事の席まで共にするなど……貴族としての沽券に関わろう」


 ここまで言って、アルフレッドが「やれやれ」といった調子で頭を振りました。


「それから、セフィロニアの話はよせと――申したはずだ」


 これで話は終わりとばかりに、アルフレッドは前菜を頬張ります。

 ちなみに前菜は、“季節の野菜のテリーヌ”でした。私も負けじと頬張ります。

 

「さすがは下賎な妾の子。平民の男を連れ込み騎士にしようなどと……そう言えば母も騎士家の生まれであったな。

 思えばあの男、平民にしては顔が整っておった。ふふ――なるほどなぁ、あれがお前の恋人かぁ。それで騎士にしてやり、やがては婿にと――……」


 イリスラがニヤニヤと私を笑って、見下しています。

 ええい――そのテリーヌ貰った!

 という訳で、イリスラの分を口の中に放り込みました。


「あっ! ティファニー! 私の料理をッ!」

「ラファエルはお友達です。そのような――モグモグ――関係じゃありませんわ」

「……か、関係など、どうとでも偽れるだろうッ! だいたい、そうまでして平民を貴族にする意味がわからんッ!」

「意味ですか――ラファエルは平民ですけれど軍師スキルはSSですし、大魔導Cのスキルも持っています。このような才能を平民として眠らせておくのは、まったくもって資源の無駄と云うもの。

 むしろ兄さま如きの力で今後、クライン家を守っていけるとお考えですか? だってあなた――大魔導のスキルにすら届いていないでしょう?」


 私の言葉で、隣の兄がワナワナと震えています。


「わ、私とて魔導スキルSだ……」

「魔導Sごとき――木っ端貴族でも持っていますわ」


 フフン――と私が笑ったら、イグニシアが困った様に言いました。

 かなりゆっくり喋ったので、相当に考えた言葉なのでしょう。

 色々と気を使ったのかも知れませんが……。

 

「ティファニー……その……言いにくいことだが、魔導Sに達する者は世界に百人といないし……なにより貴族と平民が同じ席で食事をするのは、学院くらいのものだ――これは別に差別をしている訳では無くてだな……ただ、その……互いに作法が違うから、あちらだって気を使うだろうし、共に過ごしたいとは思わないのではないか……」


 私はイグニシアからもテリーヌを奪い、頬張りました。

 なんかもう、テリーヌだけでお腹いっぱいになりそうですね。

 でも……。


「イグニシア――あなたの口から、そんな言葉が飛び出すとは思いませんでしたわ」


 私、少しカチンときました。


 こうしてまったく寛げない、非常につまらない晩餐会が幕を開けたのです。

お読み頂き、ありがとうございます。


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