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120話 男装の麗人ですわ

 ◆


 夏休みに入ると、すぐにクライン公国へ向けて出発しました。だというのに十日近くが過ぎても、まだ私達は馬車に揺られています。


 旅行の流れは、最初にクライン公国公都ローズカッファに二泊三日、ミール市に三泊四日。

 それから魔導王国へ向かい、浮遊城で二泊三日、最後にエイジス湖で七泊八日という完璧なモノ。

 

 ですが移動だけで合計一月を要しますからね。

 なので余裕を持たせ、夏休み早々から出かけたのです。

 夏休みが二ヶ月もあるのは、移動に時間が掛かるから――という理由かも知れませんね。


 で――同行者はミズホ、クロエ、ラファエル、わんわん、そしてイグニシアの五人。

 ヒルデガルドとニアも一応誘ったのですけれど、ヒルデガルドは国で追悼式典に出席するから行けないと――ニアはそんなヒルデガルドに拉致されて、湾口都市同盟ルーヴェへと旅立って行きました。


「湖の方がいいべ〜〜! ラファくんも居るし〜〜!」


 と――悲痛な叫び声を上げるニアの姿は、ちょっと面白かったです。

 ていうか先日手助けして貰ったお礼に、ラファエルはちゃんと彼女とデートをしたらしく。

 きっと、そこで仲良くなったのでしょうね。ニアがラファエルを愛称で呼んでいました。


 だからこそヒルデガルドは、ニアを強引に拉致ったのかも知れません。

 私はラファエルに興味ありませんし、イグニシアも同様――ミズホは色気より食い気ですし、クロエはわんわんと仲が良いみたいですから――ヒルデガルドにとって私達は安全。

 となると最も気をつけるべきライバルは、ニアということになりますからね。


 ――――まったく、恋の嵐とは恐ろしいものです。


 なお、お蕎麦先輩も誘ってみました。

 これだけ周りの人を誘っておきながら誘わなかったら、流石に気を悪くするかな――と思ったので。

 そうしたら彼女、残念そうに項垂れて――しょんぼりしながら首を左右に振りました。


「神国の夏は、外せない行事がある。七夕――巫女として出席しない訳にはいかない」

「あら、お蕎麦関連のイベントではないのですね?」

「いつか天の川にお蕎麦を流して、みんなで食べたい」

「壮大な夢だとは思いますが、それって“そうめん”でやるべきことではありませんか」

「あれは駄目。うどんの親戚」


 ギロリとサラステラに睨まれてしまいました。

 小声で「裏切り者」なんて言われたので、呪われるかと思ってヒヤヒヤしましたよ。

 でも――


「神国と魔導王国は近いから、時間があったら寄って。来てくれるなら歓迎する」


 ――なんて言われましてね。

 まあ、神国は日本文化がベースですし七夕なんて言われたら、ちょっと行ってみたくもなりますけれど……。

 だから「日程的に余裕があったら」と答えておきました。

 もっとも私達が神国へ行けたとして、七夕には間に合わないでしょうね。

 

 それにしても……正直なところイグニシアが本当に来てくれるとは、思っていませんでした。

 だって、イグニシアは一国の姫君なのです。

 彼女には自分の意志で行動を決定する自由なんて、無いと思っていましたからね。


 だけど……そういえば一緒に行こうと誘ったあの日、イグニシアは妙に暗い顔をしていましたっけ。

 何か事情があるのかも知れませんね……。

 まあ、その辺は彼女が話したくなったら、語ってくれればいいなと思います。

 そんな想いを込めて馬車の中――隣に座るイグニシアを見つめました。


「ね、イグニシア」

「ん? なんだ、ティファ?」

「呼んだだけですわ」

「そうか……なあ……あとどのくらいで着くんだ?」

「うーん……半日、といったところかしら? ここはもうローズカッファですもの。あ、そうだ。イグニシア――今夜も一緒に寝ましょうね」

「な、なんでだよ?」

「だってほら、ここのところ毎日一緒でしたから。今日からいきなり一人で眠るだなんて、わたくし寂しくって死んでしまいますわ」

「セフィロニアと同じかよ」

「あ、イケメンと一緒にして〜〜! 違いますったら!」

「ま、まあいいけどさ……あんまり変なトコ触るなよな……ティファったら、手がいやらしいから……」

「――でも嫌いじゃないのでしょう?」

「き、嫌いじゃないけど……でも……あんこと……されたら……」


 イグニシアは照れた様にそっぽを向き、顔を真っ赤にしています。

 あー、なんて可愛いのでしょうね、もう。


 公国から父が――父というのも憚られるほど私とクライン公爵の仲は冷えきっていますが――彼が寄越した迎えの馬車は、二台ほどでした。

 一台がクライン公爵家の紋章が入った黒塗りの馬車と、もう一台が荷物運び兼従者用の馬車です。


 むしろ父は、今年も私が帰って来ないと思っていたのでしょう。

 馬車を護衛する人員も付けず、ただ二台の馬車と二人の馭者を送って寄越しただけでした。 

 これを見たイグニシアは「質素だな」と言って笑い、むしろ父に好感を持ったようで……。


「やはり強国は質実剛健でなければ」


 なんて言っていましたが……違うのですよねぇ……。


 道中で手紙を書き、イグニシアを伴って帰る旨を伝えたら、あの髭モジャ公爵――慌てて護衛兵を五百も送って寄越しましたし。

 それで公都ローズカッファに入る直前、護衛の部隊と合流したのですけれど。

 護衛隊長から話を聞いたら、そりゃもう傑作でしたよ。


「聖王国の姫君を同道されるなら、事前に知らせて頂きませんと。万が一のことあらば国際問題になると、公爵閣下は大変な慌て様でございましたぞ、お嬢様!」


 あの父ときたら、頭を抱えて執務室で狼狽えたそうです。

 私――思わずケラケラと腹を抱えて笑ってしまいました。


 まあ、アルフレッド・クラインなんて所詮はその程度の男なのです。

 領土拡大を目指す野心的な君主のくせに、より強者である聖王国クレイトスには頭が上がらない。

 八大列強に数えられていても、所詮は新興四国の君主といったところでしょうか。


「なあ、ティファ。護衛ってこんなにいるか? 物々しいったら……」


 そのイグニシアは私の隣で窓の外を眺め、厳重に馬車を護る騎馬兵達を眺めて溜め息を吐いています。

 いつの間にか市街地に入っていて、辺りはレンガ作りの町並みが広がっていました。


 ローズカッファは学園都市シエラと比べて、それほど都会という訳ではありません。

 というより軍事施設と言った方が、しっくりくるでしょう。


 緩やかな丘陵地帯に作られたこの街は、公爵の居城を頂点として三段階の階層を成しています。

 各階層を区切るよう備えた長大な壁は、その都度敵の侵入を阻むでしょう。

 もっともそれは、味方を見捨てることも意味しているのですが……。


 ただ――リモルの戦いを経験した今の私なら、この構造の意味も理解できます。

 この要塞都市は、間違い無く魔物の侵攻に備えて作られている。

 そうでなければ、かくも厳重な防壁を備える必要など無いのですから。

 

 ガラガラガラガラ……。

 馬車の車輪が石畳にぶつかり転がる音が、規則的に響いています。


 イグニシアはさっきから窓の外をずっと見ていて、物思いにでも耽っているのでしょうか。

 馬車の中は私と彼女の二人だけですから、そうなると当然退屈な訳で……。

 私はだんだんと、眠くなってしまいました。

 それからどれほど眠ったのか分かりませんが――次に目を覚ますと、辺りは薄暗くなっていて……。


 “ペチペチ”


「ティファ、ティファ。着いたぞ」

「ん、あ……?」


 薄ら目を開けると、キラキラとした紫色の目が私を覗き込んでいました。

 それから銀色の髪が目の前で揺れて……あら?


「ここは?」

「公爵閣下の居城だ」


 なんとも神秘的な美女が、私の頬をペチペチと叩いていました。

 彼女が「ティファ」と私の名を呼ぶたび、柔らかそうな唇から甘い吐息が漏れて、私の前髪をくすぐります。

 

「あら、イグニシア」


 頭は丁度良い弾力の枕――ああ、これはイグニシアの太腿ですね――に乗っていて。

 となると私、断固として起きたくありません。

 顔をイグニシアのお腹に埋め、「う〜〜〜」と唸ってみせます。


 “ガチャリ”


 馬車の扉が開けられました。


「ティファ! もう公爵さまのお屋敷よ!」


 クロエの声が聞こえます。しかし無視! ここは私の絶対領土、イグニシアのお腹! 時々くるくると音が鳴って、彼女の内部の動きが感じ取れます。


「あっ、イグニシアの中で何かが動いた。わたくしがパパですわ」

「もう無茶苦茶だな、ティファ」

「なんですか、ママ」

「おまえなぁ……恥ずかしいから、あんまり音を聞くなよ」


 言われながらも、更にギュッと顔を押し付けて。


「ティファ! 降りてッ!」


 クロエが更に怒鳴り……。

 

「う〜う〜う〜!」


 私は威嚇する様に唸りました。断固としてイグニシアから離れたくありません。

 イグニシアも私の頭を撫でてくれていますし、暫くはこのままでも良さそうですね。でへへ。

 とか思っていたら……。


「ティファニー。イグニシアさまにご迷惑を掛けてはならん。さ、早く起きなさい」


 むむ。

 この声は、髭モジャ公爵。

 自らイグニシアを迎えるとか、何の魂胆が?

 イグニシアの到来を、聖王国との繋がりを得る為に利用しようと云うのでしょうか。

 ま――この男なら、その程度は考えそうですが……。


 まあ、それはよいとして。

 私が醜態を見られるのは良くありません。

 だってコイツは父親とはいえ、母さまを捨てた男。つまり潜在的な敵なのですから。


 私はムクリと起き出して、ジロッと髭モジャ――アルフレッド・クラインを睨みました。

 相変わらず無駄に大きな体格は健在ですが、一年見なかったせいでしょうか。少し老けたような、そんな気がしました。

 ほら、自慢の赤毛にも白いモノがチラホラと覗いていますしね。


「お父様、レディの寝室を無断で見てはいけませんわ」

「え……ティファニー。いやこれ馬車……余が迎えに出した馬車なんだけど……」

「だまらっしゃい! 仕方が無いから出てあげますけれど――さ、イグニシア。わたくしをエスコートして下さらない?」

「まあいいけど……父君の前で、お前……言い方……」

「いいのです、あんなものは放っておいて」

「あんなもの呼ばわりかよ……まあ……おれには関係無いけどさ」


 言うとイグニシアは先に馬車を降りて、私に手を差し出してくれました。

 その手に軽く掴まり、馬車のステップを降りる。

 というかこんな姿が絵になるのも、イグニシアが男装をしているからです。


 イグニシアは今、聖王国の夏用軍装に身を包んでいました。

 それは全体的に白を基調とした爽やかなもので、肩に飾り帯のあるものです。

 とはいえ美し過ぎる容姿と大きな胸、そして優美にして繊細なる身体のラインから、彼女が女性であることは隠せません。

 なので――ザ・男装の麗人――となる訳ですね。

 

 こうして私達は、最初の目的地に到着しました。

 面倒な晩餐会などもありますが……ここでの目的はラファエルを騎士爵に叙すること。

 明日サクッと彼を騎士にして、適当にお披露目したらさっさとミールへ向かいましょう。

 本当の夏休みは、そこからなのですよ……あはは♪

お読み頂き、ありがとうございます。


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