118話 二度目の夏休みがやってきますわ
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照りつける太陽が情け容赦なく紫外線を放出する――それは即ち夏。
そんな季節が今年もまた、やってきてしまいました。
去年の夏を思い出すと、憂鬱以外の感情が沸いてきません。
どうしたって、戦いの記憶が呼び覚まされますからね……。
キャメロン先生、リュウ先生、ドナ、カレン、メルカトル、ウィリアム、スコット、ジュリア……そしてランド。
夏の暑さは彼等の命日とセットだから――私はきっと、これから一生夏が好きになれないでしょう。
何てことを言っていますが私、実はもともと夏なんて大嫌いです。暑いの暑いの飛んでいけ〜〜!
ですから本来ならば魔法で冷気を生み出し、よく冷えた部屋でゴロゴロとポテチでも貪り喰らう日々が理想なのですが……だからといって、今年は寮に留まろうとは思いません。
だって去年と同じく学院の寮に居たら、また魔将が現れて、任務だなんだと駆り出されたらどうするのです。
まあ、去年よりは悪魔に対するシステムが整備されていますので、いきなり学生が戦線に投入される事態は避けることが出来るでしょうけれど。ほら、秋にはケーニヒス軍だって正式に発足しますから。
でも、だからって簡単に不安は拭えません。私だってトラウマなんですよ、あんなことは……。
ですからね、私――夏休みの計画を色々と考えていました。
どこに行こうかなぁ、なんて。
何して遊ぼうかなぁ、なんて。
もちろん、魔将を操っていた人物を探っていましたよ。
当然ラファエルが指示した通りの条件に見合う、外部の人間も調べました。
でもね……該当者ゼロ。もうお手上げなんです。
そりゃ、怪しい名前だって見つけましたとも。
だけどリリアードとアーリアの試合以降、パタリと姿を現さなくなりましてね。
つまり証拠が掴めないのです。
こうなったらもう、遊ぶしか無いじゃないですか。
アイロスだって全然帰ってきませんし。
たまに帰ってきたと思ったら、溜まった洗濯物を私に投げて寄越し「洗っておけ」とか。
私は家政婦かっつの!
何で女になってまで男の下着を洗わなきゃならないんだって!
こちとら公爵令嬢やぞ!
よっぽど怒鳴ってやろうかと思いましたよ。
でもね、思い出したのです。
あ、私の心臓に呪い、あったよね……って。
彼を裏切ったら大変なことになるんだよね……って。
実際アイロスがジロッと私を睨んだら、胸が苦しいでやんの。
「真実の愛は遠のいたか。のみならず、我に対する忠誠心も足りぬようだ……」
そう言われちゃったら、もうね……「かしこまりました」しか言えね。つらたんです。
しかもアイロスのやつ、そのあと私に顎クイ決めて言うんですよ。
「お前が我に惚れれば、真実の愛となるやもな。どうだ、一度、我に抱かれてみる気は無いか?」
もちろん丁重にお断りしましたけれど。
「無 い で す 捥げろ!」
そんな私に、先週素敵なお手紙が届いたのです。
要するに夏休みの選択肢を増やしてくれるお手紙なのですが……。
ただ問題が有りまして……差出人が、なんとセフィロニア・クライン。
あの完全無欠なイケメン仮面。
アイツがなんと一人暮らしを始めた魔導王国から、わざわざ手紙を寄越してくれました。
いったい何のつもりでしょうね?
メティル・ラー・スティームとくっついたはずなのに、もう飽きたのかしら?
それで私にちょっかいを出して、二股を? ナメンナー、オラー!
でもまあ文面を読むと、単純に親切心からのようにも感じられますが……。
ちょうど今日は夏休み前の最後の休日ですし暇なので、もう一度読んで確認してみましょうかね。
……おほん。
『親愛なるティファニーへ。
学院を離れてから、もう少しで五ヶ月。きっと君は見違えるほど成長していることだろうね』
ええまあ、体重でしたら二キロほど増えました。目覚ましい成長と言っても過言ではありません。
『私の方は魔導王国の魔導研究の素晴らしさに日々、感心しているよ。まったく、目から鱗が落ちてばかりさ。クライン公国がどれほど後進的な国であるのか、離れてみてようやく実感することが出来た。
その意味では私も君に負けず、成長できているのかも知れないね』
なるほど、なるほど。
セフィロニアときたら、目が鱗で出来ていたのですね。
それで、あんなにキラキラとした瞳をしていたのですか――納得です。
イケメンとは、すべからく滅びれば良いのですわ。
『そういえば、我が主君となられたメティルさまのスキルも、ついに大魔導SSSになられたよ。やはり魔導に関しては学院よりも魔導王国の方が進んでいるようだ。これはその証左だろうね』
……ムカッとします。
それはお前ごときじゃ足下にも及ばねぇぞ、とでも言っているのですかね?
ちくしょう! ナメやがって!
私だって、あと少ししたらSSSになるんですからね。
どこにいたって、なる人はなるんですよ、スキルSSS!
逆に届かない人は絶対に届かない、それがスキルってモンなのです。
フー! フー!
『ところでティファニー。私は少し心配をしているよ。心根の優しい君のことだ、きっと今年の夏は学院に居たくないのではないかな?
なぜ私がそう思うのかと言えば、そうだね……少しだけ想像力の翼を羽ばたかせた、ということなのだけれど……。
ああ、要領を得ない文章ですまないね。
つまり、もし良ければ一度、こちらへ遊びに来てはどうだろう。
もちろん魔導の研究をしろと言うんじゃなくて……例えばエイジス湖で遊んでも良いだろうね。来てくれるなら私が誠心誠意、案内を務めさせて貰うよ。
それにメティルさまも、ご自身と同じく強力な魔導師である君を歓迎してくれるだろう。参考になるお話も、色々と聞けるのではないかな』
ふむふむ……エイジス湖で夏のバカンスですか。
キラリと光る太陽に青い湖……うん、悪くありません。
本当は海が良いのですけれど、ここから一番近い海はヒルデガルドの国――ルーヴェ……。
ルーヴェとリモルは近いですからね、ちょっとこの時期は行きたくありません。
メティルとは……うーん……彼女が学院にいる頃は、あまり話が出来ませんでしたし。
それに魔将を操っていたという可能性が全く無い、という訳でもありません。
確認の為にも、会ってみて損は無いでしょう。
そして最後は、なになに……。
『君を誰より大切に想う兄――セフィロニア・クラインより』
ちゃうやろがい! 兄じゃなくて従兄弟じゃろがい!
と、ツッコミを入れつつ読みましたが。
結論――どうやら遊びに来いと誘ってくれているようです。
それも去年の出来事で、私が参っていると理解した上で。
何だかホント、兄みたいな人ですね。
実際、私も「セフィロニア兄さま」――なんて呼んでいましたから、兄のような感じではあるのですけれど。
とはいえ――夏休みをまるまる魔導王国で過ごすというのも如何なものか。
そんなことをしたら、まるで私がセフィロニアに会いたいみたいじゃあないですか。
あ、そうだ!
それなら、たまには実家にも帰ってやりましょう。
公都ローズカッファに仲の良い人は少ないですけど、たまには顔を見せないと仕送りが止まっちゃうかも知れませんからね。
まあ、仕送りが止まったら自分のミールからお金を出せば良いだけですが……。
あ、そうだ! 実家に戻ったら、ついでにミールにも行きましょう。
久しぶりに我が居城、“天空の城”にだって帰りたいですしね。
となると――ラファエルの家族もミールに引っ越していますし、アイツも誘うとして……。
せっかくだから、私の騎士団にアイツも入れちゃいますか。
総勢十人にも満たない騎士団ですけれど……ぷくく。
って……この騎士団もセフィロニアが私の為に作ったものでした。
クロエに聞いたら黒竜騎士団の内部に、この前身である私の護衛部隊を作っていたとかで。
彼が魔導王国に行く前、これに“聖竜騎士団”なんて名前を付けて髭もじゃ親父のアルフレッド・クラインに認めさせたとか。
一番大変だったところが、平民のクロエに団長職を与えたことだって言ってましたね。まして臆病で有名な兎人ですし。
それにしても、騎士団ですか……。
魔将を操っていた者と戦うって考えたら、ミールの自警団も騎士団に取り込んで、きちんとした戦力にした方が良いでしょうね。
正直、彼等を戦いに巻き込むのは気が引けますが、受け皿としての騎士団があって良かった。
どうせ大陸全土に戦火は広がり、誰もが遅かれ早かれ巻き込まれる。
だったら私の下で強力な武力集団に変貌を遂げた方が、ミールの自警団にとっても幾分かマシというものです。
あれ? なんだかセフィロニアって、影でもの凄く私の為に働いてくれていたのでは?
それなのに肝心な時を前に、アイツってば私の下を去って……。
そりゃゲーム中のあなたはラファエルのライバルキャラですから、一緒にいられない法則かも知れませんが。
そもそも、私を担当するライバルキャラですらありませんし……。
でもね、ここはゲームじゃあ無いのですよ。少しくらい法則を破ったっていいじゃないですか。
それともメティルって、そんなに良いのかしら? つるぺた合法ロリってイメージしか無いのですけれど。
ふーむ……もしかして私、単純に捨てられただけ、的な?
もしも私がラファエルを選ばなければ、ずっと側にいてくれたのかしら……?
そういうことも確認したいような……癪に触る様な……。
机を前にあれこれ悩んでいたら、部屋の扉がノックされました。
“コンコン”
「開いていますわ」
「おねえちゃん、カキ氷もってきたよ!」
扉が開くとミズホを先頭にして、クロエとリリアード、それからマリアードが入ってきます。
相変わらずミズホはレモン味のカキ氷を三個も持って、他の面々はそれぞれ一個ずつ手にしていました。
窓の外に目を向ければ、午後の日差しが燦々と照りつけていて……。
「わたくしの分は、どれです?」
「はい、ティファの分」
クロエが赤いシロップの掛けられたカップを私に差し出し、「ほれ、ほれ」と言っています。
他の面々は思い思いの場所へ腰を下ろし、シャクシャクとカキ氷を頬張り始めて……。
「ねえ、みなさん。わたくし、今年の夏休みは実家に帰って、それから魔導王国へ遊びに行こうと思いますの。クロエとミズホは一緒に来るとして、リリアとマリアも一緒に来ませんか?」
キョトン――と目を丸くした二人の駄エルフ姉妹。
暫くして姉妹は顔を見合わせ、「う〜〜」と唸りました。
「行きたいのじゃが……わし……次代の女王じゃからして……儀式があるんじゃよ」
「マリアードも森の番をせねばならぬのじゃ〜〜……お役目、誰かに代わって貰えぬかのぉ……」
ガックリと項垂れた駄エルフ姉妹は、「嫌じゃ嫌じゃ、行きたいのじゃ〜〜」といって、カキ氷をシャクシャクと頬張っています。
とはいえ――家の事情とあっては仕方が無いでしょう。
あとは明日、イグニシアも誘ってみるとして……。
まあ、彼女も聖王国のお姫さまですからね。首を縦に振るとは思えませんけれど。
どっちにしろ来週の半ばまで頑張れば、夏休みに入ります。
何だかちょっと、楽しみになってきました。あははっ♪
夏休みまで頑張るぞー! おー!
新章スタートです!
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