117話 決着ですわ
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あれから、どの位の時間が経ったでしょうか。アーリアがビクン、ビクンと痙攣し続けています。
彼女は焦点の定まらない視線を中空に漂わせ、「あひィィイイ」と言って涎を零し続けていました。
それにしても、流石はインキュバスですね。
あのアーリアを、ここまでヒィヒィ言わせるのですから。
「では、アーリア。わたくし、そろそろお暇しますわね」
「ま、待ってぇ……ティファニー……んあ、あんっ……壊れる、壊れちゃうぅぅうう」
アーリアとは思えないえっちな声が、私の鼓膜にねっとりと絡み付き……。
立ち去りかけた私の後ろ髪を、思いっきり引っ張ります。
「お願いだから、もうやめてぇええ……初めてなのにィィ」
彼女の身体にはカーマインがまとわりついて、舐める、触る、揉む、擦る――など、あらゆる性技を尽くしていました。
私を見つめるアーリアの瞳には涙が溜まり、その大きな身体が小刻みに震えています。
ふむ……。
流石に――私も鬼ではありません。
いくらアーリアといえども、初めての相手がインキュバスでは可哀想。
ですからカーマインには股間のバナナを使わぬよう、言い含めておくとして……。
「ですが、随分と楽しんでいるように見えますわね?」
「ふぅぅぅえええええ……見ないでぇえええ……んっく……」
あら……カーマインにキスをされて、アーリアの口が塞がれました。
彼女が抵抗出来ないのは、相手がセフィロニアに見えているからでしょうね。
アーリアはトロンとした目を閉じて、カーマインの為すがまま。
せいぜい、欲望に溺れなさい。あはは♪
私はそんなアーリアを尻目に、異界と化した空間に穴を開けました。
闇の世界から光の世界へ。
開かれた扉を潜る様に、私は現世へと帰還します。
するとそこは、大きな寝台を失ったアーリアの部屋でした。まあ、当然ですね。
辺りをグルリと見回すと、窓の外が明るくなっていました。
どうやら、夜が明けていたようです。随分と時間を潰してしまったみたいですね……。
慌てて時間を確認すると、午前十時。
ふむ――リリアードとアーリアの試合まで、あと二時間程です。
湯浴みでもして眠気を覚まし、約束の場所へ行きましょうか。
どうせアーリアは、来ないのですけれど。
ふんふんふ〜ん。
鼻歌混じりに自室へ戻ると、部屋の隅に置いた長椅子の上で、ミズホとクロエが仲良く眠っていました。
二人は互いの頭を支えにして、スースーと可愛らしい寝息を立てています。
どうやら二人は私が戻るのを、自室に戻らず待っていたらしいですね。
私はそっと寝台から掛け布を取り、二人の上に掛けてあげました。
それからバスルームに行き、身体を洗い湯船に浸かっていると……。
フフフ、アーリアの痴態が思い出されます。
彼女は今頃も、カーマインに色々と責められている事でしょう。
私は湯船に鼻まで浸かり、フフフフ……と笑いました。
当然、泡がブクブクと立ち上り、弾けて消えます。
思い出されるのはアーリアの胸の張り、そして柔らかさ。
私は自分の胸をじっと見て、大きさなら彼女にも負けていないと思い……。
もしも私がインキュバス――カーマインを使ったら、どうなるのだろうと考えてみたり……。
仮にカーマインがランドの姿になったとして、それが私を慰めることになるのでしょうか?
いいえ、なりませんね。
彼が望むから、私は受け入れようと思っただけ。
いくらランドに姿を似せても、あの心は真似出来ない。
「ふぅ……」
湯気の立ち込める浴室に、私の溜め息が響きました。
自分の身体が女であることに、戸惑いさえ覚えなくなって数年。
正直言って近頃は、無理して女性を好きになろうとしています。
そうでなければ、自分が自分ではなくなりそうで……。
でも、思えばランドを好きになった時から、私は本当の意味で「ティファニー・クライン」になったのかも知れない。
それは「Herzog」というゲームの中で大陸制覇を他の七人と競い合う、君主という呪縛を与えられたキャラクター。
覇者たりえるか、隷属か。
誰を喰らい、誰に喰われるか。
はたまた生か死か……。
私は頭を振って、浴槽から立ち上がる。
これ以上考えていても、思考が良く無い方向へと行くでしょうから。
お風呂から上がると、ミズホが手の甲で目をゴシゴシと擦り、フラフラとしていました。
クロエは照れくさそうにソッポを向いて、「何よ。帰ってたなら、起こしなさいよ」などと言っています。
「お姉ちゃん、勝ったの?」
ミズホが欠伸を噛み殺しながら、聞いてきます。
「ええ――まあ、まだお仕置きの最中ですけれど」
「最中?」
クロエが首を傾げながら、私の着替えを手伝ってくれます。
下着を身に着け、制服を着て――それから剣帯には――うん、今日は剣でいきましょう。
「アーリアにインキュバスを、けしかけましたの」
「うっわ、それってかなり可哀想」
「どこが可哀想なものですか。マリアードは一生――顔に傷を負ったままですのよ」
「だからってインキュバスに陵辱されるとか……」
「最後までやれ、とは言っていません。あの女、まだ男を知らないようですし。ただ、尊厳を奪うだけですわ」
「あら、案外優しい? てかアレで処女とか……まあ、逆に相手がいないか……」
「それが、ああ見えてアーリアって、意外と一途なのですわ」
「ふうん、そうなんだ。でもそれなら、逆恨みで仕返しに来るってセン、あるんじゃあないの?」
「それは――大丈夫ですわ、クロエ。アーリアの痴態を記録していますから、彼女は二度とわたくしに逆らわないでしょう」
「そう。なら――安心ね」
クロエが納得したところで、私の準備も整いました。
さあ、アーリアの来ない、試合会場に行きましょうか。
◆◆
試合会場は学院内にいくつかある広場の一つ、ザックラー広場。
ここは寮棟から最も近い広場で、同時に最も狭い広場でもあります。
おそらくアーリアは、リリアードの機動戦術を厄介だと感じていたのでしょう。
それを封じるには、狭い空間で戦う方が良いですからね。
私とミズホ、クロエが広場に到着すると、そこはまるで、お祭りのような賑わいを見せていました。
辺りには生徒主催の屋台が立ち並び、客寄せの声が響いています。
「カキ氷いかがっすかー!」
「お姉ちゃんッ!」
ミズホの目が、キランと輝きました。
途端、彼女は疾風のようの駆け去り、屋台に吸い込まれて行きます。
そんな中、広場の中央には制服の上に支給品の鎧を身に纏い、腕組みをするエルフの少女が立っていました。
時間は正午の十分前――組んだ腕の上で、指を忙しなくトントントントンと動かしている。正しく彼女は、駄エルフのリリアードです。
そんなリリアードを、少し離れた場所から見守る四頭身の童女が一人。
もちろん、こっちはマリアードです。
彼女は胸元に両手を寄せて、自らを落ち着かせようと深呼吸をしていました。
「すーはー」
マリアードの頬には、一筋の傷が走ってる。
傷はまだ赤みがかっていて、生々しい。しかも少し盛り上がっているから、どうしたって目立ちます。けれど彼女は気丈にも、傷を隠そうとしません。
私はそんなマリアードに近づき、親愛の情を込めて頭に手を乗せ、グッと力を込めました。
「ギャース!」
それから、軽く撫でてやります。
「な、何をするのじゃ、ティファニー! 頭は撫でるだけにせよ!」
プンプンと頬を膨らませて、マリアードが怒りました。
私は彼女の頬の傷をそっと撫で……プニプニとしたほっぺをギュッ。
ふぁああああ、お餅みたいで柔らかいですね〜〜!
「ギャース! なぜ抓るのじゃ! 酷いぞ、ティファニー!」
「何だか、辛そうな顔をしていましたので」
「べ、別に姉さまが心配だった訳では無いのじゃ! だって姉さま、今日は勝つのじゃから!」
「ええ、そうですわね」
きょとん――とマリアードが私を見上げています。
「ティファニー、今日は酷い事、言わぬのか?」
「ええ。今日は――ね」
私は大きく頷いて見せ、ニンマリと笑いました。
だって今頃アーリアは、亜空間でインキュバスとイチャイチャしていますからね……リリアードに勝てる訳ありませんもの、フフフ。
――ミズホが、カキ氷を六つ買ってきました。
「六つとは……ミズホ。少し多いのではありませんか?」
「えと、ぴったりだよ? だってメロンがお姉ちゃんでしょ、イチゴがマリアードちゃんで……ブラックペッパーがクロエちゃん、レモン三個が、わたしだもん!」
「ふうん。ミズホ、そんなに食べて、お腹を壊しませんか?」
「大丈夫! レモンだから!」
ちょっと、意味が分かりませんが……。
「ねえ、ミズホ! なんで私がブラックペッパー味なのよ! 私だってレモンがいいわよッ!」
クロエが怒り、レモンを要求しています。
まあ、そうですよね。なんで氷に胡椒振っただけのモノを食べるんだろうって、私も不思議に思っていました。
しかしミズホは眉毛を八の字にして、嫌そうに首を左右に振って……。
「どんな味か、試してみてよ」
「自分で試しなさいよ!」
「えぇ……じゃあこれ、お姉ちゃんにあげる」
ミズホがブラックペッパーを私に差し出し……。
「メロンでいいですわ」
「だって、クロエちゃん」
「マリアードなら、何でも食べるんじゃありません?」
クロエがボンヤリと姉を見つめるマリアードに、ブラックペッパー味のカキ氷を手渡すと……あら不思議。
マリアードは自動運転の如く、ターゲットをロック。対象をスプーンで掬い、口の中へ投入しました。
シャク、シャク――
「ぶぺぇええええええ! な、なななな、なんじゃ、これはぁあああああ!」
マリアード、盛大に氷を放出。
「ありゃあ……美味しくないんだね」
「見りゃ分かるでしょ、ミズホ」
言いながら、クロエがマリアードに正解のイチゴ味を渡します。
それからレモン味を一つミズホから没収し、自分のモノにしました。
「ふええええ……二個になっちゃった」
ミズホはしゃがみ込み、いじけたのか後ろを向いてかき氷を頬張ります。
――そうこうしていると、いつの間にか正午を四十五分ほど過ぎていました。
「アーリアさん、来ないぞ」
「どうしたんだ?」
見物に集まった生徒達も皆、訝しんでいます。
リリアードは珍しく落ち着き払って、腕組みをしたまま……。
時間だけが過ぎて行きます。残り時間は、あと十分を切りました。
いよいよ、リリアードの勝利が確定しようという頃。
私の足下――影の中から僅かに羊の角が覗きました。
「申し訳ありません、ティファニーさま。思わぬ邪魔が入りました」
「カーマイン?」
「アーリアに逃げられてしまいました」
「何ですって? 触手とあなたのコンボから逃れるなんて……」
ギリッと奥歯を噛み締め、カーマインを睨みます。
すると彼は目を細め、口元に笑みをたたえて言いました。
「協力者がおりましたようで……クフ、クフフ……」
「どのような人物ですか?」
「仮面を被っていたもので、正体は不明でございます」
「で……まんまとアーリアに逃げられたと? どうして戦わなかったのです?」
「手加減して戦える相手とは思えず――ゆえに」
確かにカーマインが本気でやって魔力が外部に漏れようものなら、魔将であることが露見する。
そうなれば、彼を使役した私の正体が疑われるのは必定です。
ふむ……危ない橋は渡れませんね。
「で、水晶玉は?」
「無論――無事にございます……」
スッ――と、カーマインが掲げたのは、あの水晶玉。
中ではアーリアの痴態が再生されていて、ムフッ――な気分にさせてくれる素敵アイテムです。
「――脅して負けさせる、ということも出来ますか。なら、良いでしょう。問題ありません。ご苦労様」
「御意」
「ただし……次に失敗したら、消しますわよ」
カーマインは恭しく頭を垂れたあと――再び私の影に潜み、姿を消しました。
もちろん、他者に彼の姿は見えませんからね。
寮の方へ目を向けると、ゲッソリとしたアーリアがこちらへ向かっています。
逃げ出した理由が、ここへ向かう為だなんて……まったく。
あれだけヒィヒィ言わされても心が折れていない。流石は八君主の一人だと言えるでしょう。
だけど夜中イキ続けた結果か、身体はボロボロ。歩く速度だって、すごく遅いです。
それでも真っ直ぐ歩いているのですから、本当に大した精神力ですこと。
そうして今、ようやくリリアードの正面にアーリアが到着しました。
残り時間は、僅かにあと一分。ギリギリで間に合ったようです。
「遅かったな、アーリア!」
「……黙れ、卑怯者」
「ん、卑怯?」
首を傾げるリリアードの姿に、吠え掛かろうとするアーリア。
けれど私が観衆の前に進み出て水晶玉を掲げると、顔を真っ赤にして彼女は下唇を噛みました。
「し、勝負だ、リリアード!」
「望むところじゃ、アーリア!」
それにしても……こうしてリリアードとアーリアが並ぶと、体格差は歴然ですね。
同じ制服に同じ鎧を身に着けていても、大人と子供ほどの差がありますよ。
リリアードの身長は、私と変わらないのですけれど……。
睨み合う二人の間に審判役の女子生徒が立って、互いの武器やアイテムをチェック。不正がないか、確認をしました。
まあ、不正のアイテムは今、私の手の中にあるのですけれどね。あはは……。
さて、審判が右手を上げました。あれが振り下ろされると――開始の合図です。
「始めッ!」
審判の合図と共に二人は剣を抜き。
刹那――――アーリアが弾ける様に飛び、剣先をリリアードへ向けました。
しかし、リリアードも速い。
本調子の出ないアーリアなど、相手にならないのでしょう。
“ギィィィィン”
リリアードがアーリアの突きを、剣を絡めて逸らします。
そのまま回り込み――「風刃!」
アーリアの背中に魔法を叩き込みます。
“ズゥゥゥゥン”
アーリアは、それで沈みました。たったの一撃。
恐らく、カーマインに精気――女性にそう言って良いのかわかりませんが――その殆どを吸われていたのでしょう。
だからアーリアは、最初の一撃に賭けた。
だけどリリアードに躱され、背後からの一撃を喰らい倒れたのです。
限界を超えて立っていたアーリアに、始めから勝機などありません。
それでも勝負を捨てずに現れたアーリアには、ある種の敬意さえ抱きますが……。
審判が駆け寄り、倒れ伏したアーリアを確認しました。
彼女は白目を剥いて、ビクン、ビクンと痙攣しています。
審判が両手を交差させ、首を左右に振りました。
そしてリリアードの左腕を掲げ、高らかに叫びます。
「勝者! リリアード・エレ・ロムルスッ!」
辺りが静寂に包まれました。
誰もが信じられない面持ちで、立っているリリアードと倒れ伏すアーリアを見比べています。
そんな中、ただ一人マリアードだけが両手を上げて、姉の下へと駆け出しました。
「わあああああ! 姉さま〜〜〜! おめでとうなのじゃあああ!」
それを切っ掛けとして、凄まじい歓声が次々と上がります。
「うおおおおッ! 信じらんねぇえええええ! リリアード会長が勝ったぞォォォ!」
「「うおおおおおおおお!」」
「「会長万歳!」」
誰もがリリアードの勝利を願い、叶えられたのです。
思えば、アーリアも哀れな女。
好きな人に振られ、部下に踊らされて私に嵌められる。
もしもあなたがマリアードさえ傷つけなかったら、私だってここまでやらなかったでしょう。
私はアーリアに近づき、声を掛けました。
「あなた――気合いと根性を向ける方向、間違えましたわね」
もちろん意識を失っているアーリアは無言です。
その代わり、近づいて来た一人の男が私に答えました。毒々しい紫髪の男です。
「同感だね、ティファニー・クライン。だけど敗北を知るのは、悪く無い。ああ――悪く無いね」
言うなり、男はアーリアに浮揚の魔法を掛けました。
彼はそのまま彼女に深紅のマントを掛けて、運んで行きます。
その様は不思議と荘厳で――誰も敗者を罵倒しませんでした。もちろん、私もです。
「ゲイヴォルグ・ファーレン」
どうやら、あの男が私の邪魔をしたようですね……。
お読み頂き、ありがとうございます。
ちょっと最終話が長くなりましたが、六章はこれにて終了。
次回から始まる七章では、魔導王国の合法ロリが活躍する予定です。
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