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117話 決着ですわ

 ◆


 あれから、どの位の時間が経ったでしょうか。アーリアがビクン、ビクンと痙攣し続けています。

 彼女は焦点の定まらない視線を中空に漂わせ、「あひィィイイ」と言って涎を零し続けていました。

 

 それにしても、流石はインキュバスですね。

 あのアーリアを、ここまでヒィヒィ言わせるのですから。


「では、アーリア。わたくし、そろそろお暇しますわね」

「ま、待ってぇ……ティファニー……んあ、あんっ……壊れる、壊れちゃうぅぅうう」


 アーリアとは思えないえっちな声が、私の鼓膜にねっとりと絡み付き……。

 立ち去りかけた私の後ろ髪を、思いっきり引っ張ります。


「お願いだから、もうやめてぇええ……初めてなのにィィ」


 彼女の身体にはカーマインがまとわりついて、舐める、触る、揉む、擦る――など、あらゆる性技を尽くしていました。

 私を見つめるアーリアの瞳には涙が溜まり、その大きな身体が小刻みに震えています。

 

 ふむ……。


 流石に――私も鬼ではありません。

 いくらアーリアといえども、初めての相手がインキュバスでは可哀想。

 ですからカーマインには股間のバナナを使わぬよう、言い含めておくとして……。

 

「ですが、随分と楽しんでいるように見えますわね?」

「ふぅぅぅえええええ……見ないでぇえええ……んっく……」


 あら……カーマインにキスをされて、アーリアの口が塞がれました。

 彼女が抵抗出来ないのは、相手がセフィロニアに見えているからでしょうね。

 アーリアはトロンとした目を閉じて、カーマインの為すがまま。

 せいぜい、欲望に溺れなさい。あはは♪


 私はそんなアーリアを尻目に、異界と化した空間に穴を開けました。

 闇の世界から光の世界へ。

 開かれた扉を潜る様に、私は現世へと帰還します。

 するとそこは、大きな寝台を失ったアーリアの部屋でした。まあ、当然ですね。

 

 辺りをグルリと見回すと、窓の外が明るくなっていました。

 どうやら、夜が明けていたようです。随分と時間を潰してしまったみたいですね……。

 慌てて時間を確認すると、午前十時。


 ふむ――リリアードとアーリアの試合まで、あと二時間程です。

 湯浴みでもして眠気を覚まし、約束の場所へ行きましょうか。

 どうせアーリアは、来ないのですけれど。


 ふんふんふ〜ん。

 

 鼻歌混じりに自室へ戻ると、部屋の隅に置いた長椅子の上で、ミズホとクロエが仲良く眠っていました。

 二人は互いの頭を支えにして、スースーと可愛らしい寝息を立てています。


 どうやら二人は私が戻るのを、自室に戻らず待っていたらしいですね。

 私はそっと寝台から掛け布を取り、二人の上に掛けてあげました。


 それからバスルームに行き、身体を洗い湯船に浸かっていると……。

 フフフ、アーリアの痴態が思い出されます。

 彼女は今頃も、カーマインに色々と責められている事でしょう。

 

 私は湯船に鼻まで浸かり、フフフフ……と笑いました。

 当然、泡がブクブクと立ち上り、弾けて消えます。


 思い出されるのはアーリアの胸の張り、そして柔らかさ。

 私は自分の胸をじっと見て、大きさなら彼女にも負けていないと思い……。

 もしも私がインキュバス――カーマインを使ったら、どうなるのだろうと考えてみたり……。


 仮にカーマインがランドの姿になったとして、それが私を慰めることになるのでしょうか?


 いいえ、なりませんね。


 彼が望むから、私は受け入れようと思っただけ。

 いくらランドに姿を似せても、あの心は真似出来ない。


「ふぅ……」


 湯気の立ち込める浴室に、私の溜め息が響きました。

 自分の身体が女であることに、戸惑いさえ覚えなくなって数年。

 正直言って近頃は、無理して女性を好きになろうとしています。

 そうでなければ、自分が自分ではなくなりそうで……。


 でも、思えばランドを好きになった時から、私は本当の意味で「ティファニー・クライン」になったのかも知れない。

 それは「Herzog」というゲームの中で大陸制覇を他の七人と競い合う、君主という呪縛を与えられたキャラクター。


 覇者たりえるか、隷属か。

 誰を喰らい、誰に喰われるか。

 はたまた生か死か……。


 私は頭を振って、浴槽から立ち上がる。

 これ以上考えていても、思考が良く無い方向へと行くでしょうから。

 

 お風呂から上がると、ミズホが手の甲で目をゴシゴシと擦り、フラフラとしていました。

 クロエは照れくさそうにソッポを向いて、「何よ。帰ってたなら、起こしなさいよ」などと言っています。


「お姉ちゃん、勝ったの?」


 ミズホが欠伸を噛み殺しながら、聞いてきます。


「ええ――まあ、まだお仕置きの最中ですけれど」

「最中?」

 

 クロエが首を傾げながら、私の着替えを手伝ってくれます。

 下着を身に着け、制服を着て――それから剣帯には――うん、今日は剣でいきましょう。

 

「アーリアにインキュバスを、けしかけましたの」

「うっわ、それってかなり可哀想」

「どこが可哀想なものですか。マリアードは一生――顔に傷を負ったままですのよ」

「だからってインキュバスに陵辱されるとか……」

「最後までやれ、とは言っていません。あの女、まだ男を知らないようですし。ただ、尊厳を奪うだけですわ」

「あら、案外優しい? てかアレで処女とか……まあ、逆に相手がいないか……」

「それが、ああ見えてアーリアって、意外と一途なのですわ」

「ふうん、そうなんだ。でもそれなら、逆恨みで仕返しに来るってセン、あるんじゃあないの?」

「それは――大丈夫ですわ、クロエ。アーリアの痴態を記録していますから、彼女は二度とわたくしに逆らわないでしょう」

「そう。なら――安心ね」


 クロエが納得したところで、私の準備も整いました。

 さあ、アーリアの来ない、試合会場に行きましょうか。

 

 ◆◆


 試合会場は学院内にいくつかある広場の一つ、ザックラー広場。

 ここは寮棟から最も近い広場で、同時に最も狭い広場でもあります。

 

 おそらくアーリアは、リリアードの機動戦術を厄介だと感じていたのでしょう。

 それを封じるには、狭い空間で戦う方が良いですからね。


 私とミズホ、クロエが広場に到着すると、そこはまるで、お祭りのような賑わいを見せていました。

 辺りには生徒主催の屋台が立ち並び、客寄せの声が響いています。


「カキ氷いかがっすかー!」

「お姉ちゃんッ!」


 ミズホの目が、キランと輝きました。

 途端、彼女は疾風のようの駆け去り、屋台に吸い込まれて行きます。


 そんな中、広場の中央には制服の上に支給品の鎧を身に纏い、腕組みをするエルフの少女が立っていました。


 時間は正午の十分前――組んだ腕の上で、指を忙しなくトントントントンと動かしている。正しく彼女は、駄エルフのリリアードです。


 そんなリリアードを、少し離れた場所から見守る四頭身の童女が一人。

 もちろん、こっちはマリアードです。

 彼女は胸元に両手を寄せて、自らを落ち着かせようと深呼吸をしていました。


「すーはー」


 マリアードの頬には、一筋の傷が走ってる。

 傷はまだ赤みがかっていて、生々しい。しかも少し盛り上がっているから、どうしたって目立ちます。けれど彼女は気丈にも、傷を隠そうとしません。


 私はそんなマリアードに近づき、親愛の情を込めて頭に手を乗せ、グッと力を込めました。


「ギャース!」


 それから、軽く撫でてやります。


「な、何をするのじゃ、ティファニー! 頭は撫でるだけにせよ!」


 プンプンと頬を膨らませて、マリアードが怒りました。

 私は彼女の頬の傷をそっと撫で……プニプニとしたほっぺをギュッ。

 ふぁああああ、お餅みたいで柔らかいですね〜〜!


「ギャース! なぜ抓るのじゃ! 酷いぞ、ティファニー!」

「何だか、辛そうな顔をしていましたので」

「べ、別に姉さまが心配だった訳では無いのじゃ! だって姉さま、今日は勝つのじゃから!」

「ええ、そうですわね」


 きょとん――とマリアードが私を見上げています。


「ティファニー、今日は酷い事、言わぬのか?」

「ええ。今日は――ね」


 私は大きく頷いて見せ、ニンマリと笑いました。

 だって今頃アーリアは、亜空間でインキュバスとイチャイチャしていますからね……リリアードに勝てる訳ありませんもの、フフフ。


 ――ミズホが、カキ氷を六つ買ってきました。


「六つとは……ミズホ。少し多いのではありませんか?」

 

「えと、ぴったりだよ? だってメロンがお姉ちゃんでしょ、イチゴがマリアードちゃんで……ブラックペッパーがクロエちゃん、レモン三個が、わたしだもん!」

「ふうん。ミズホ、そんなに食べて、お腹を壊しませんか?」

「大丈夫! レモンだから!」


 ちょっと、意味が分かりませんが……。


「ねえ、ミズホ! なんで私がブラックペッパー味なのよ! 私だってレモンがいいわよッ!」


 クロエが怒り、レモンを要求しています。

 まあ、そうですよね。なんで氷に胡椒振っただけのモノを食べるんだろうって、私も不思議に思っていました。

 しかしミズホは眉毛を八の字にして、嫌そうに首を左右に振って……。


「どんな味か、試してみてよ」

「自分で試しなさいよ!」

「えぇ……じゃあこれ、お姉ちゃんにあげる」


 ミズホがブラックペッパーを私に差し出し……。


「メロンでいいですわ」

「だって、クロエちゃん」

「マリアードなら、何でも食べるんじゃありません?」


 クロエがボンヤリと姉を見つめるマリアードに、ブラックペッパー味のカキ氷を手渡すと……あら不思議。

 マリアードは自動運転の如く、ターゲットをロック。対象をスプーンで掬い、口の中へ投入しました。


 シャク、シャク――


「ぶぺぇええええええ! な、なななな、なんじゃ、これはぁあああああ!」


 マリアード、盛大に氷を放出。


「ありゃあ……美味しくないんだね」

「見りゃ分かるでしょ、ミズホ」


 言いながら、クロエがマリアードに正解のイチゴ味を渡します。

 それからレモン味を一つミズホから没収し、自分のモノにしました。


「ふええええ……二個になっちゃった」


 ミズホはしゃがみ込み、いじけたのか後ろを向いてかき氷を頬張ります。

 

 ――そうこうしていると、いつの間にか正午を四十五分ほど過ぎていました。


「アーリアさん、来ないぞ」

「どうしたんだ?」


 見物に集まった生徒達も皆、訝しんでいます。

 リリアードは珍しく落ち着き払って、腕組みをしたまま……。


 時間だけが過ぎて行きます。残り時間は、あと十分を切りました。

 いよいよ、リリアードの勝利が確定しようという頃。

 私の足下――影の中から僅かに羊の角が覗きました。


「申し訳ありません、ティファニーさま。思わぬ邪魔が入りました」

「カーマイン?」

「アーリアに逃げられてしまいました」

「何ですって? 触手とあなたのコンボから逃れるなんて……」


 ギリッと奥歯を噛み締め、カーマインを睨みます。

 すると彼は目を細め、口元に笑みをたたえて言いました。


「協力者がおりましたようで……クフ、クフフ……」

「どのような人物ですか?」

「仮面を被っていたもので、正体は不明でございます」

「で……まんまとアーリアに逃げられたと? どうして戦わなかったのです?」

「手加減して戦える相手とは思えず――ゆえに」


 確かにカーマインが本気でやって魔力が外部に漏れようものなら、魔将であることが露見する。

 そうなれば、彼を使役した私の正体が疑われるのは必定です。

 ふむ……危ない橋は渡れませんね。


「で、水晶玉は?」

「無論――無事にございます……」


 スッ――と、カーマインが掲げたのは、あの水晶玉。

 中ではアーリアの痴態が再生されていて、ムフッ――な気分にさせてくれる素敵アイテムです。


「――脅して負けさせる、ということも出来ますか。なら、良いでしょう。問題ありません。ご苦労様」

「御意」

「ただし……次に失敗したら、消しますわよ」


 カーマインは恭しく頭を垂れたあと――再び私の影に潜み、姿を消しました。

 もちろん、他者に彼の姿は見えませんからね。


 寮の方へ目を向けると、ゲッソリとしたアーリアがこちらへ向かっています。

 逃げ出した理由が、ここへ向かう為だなんて……まったく。


 あれだけヒィヒィ言わされても心が折れていない。流石は八君主の一人だと言えるでしょう。

 だけど夜中イキ続けた結果か、身体はボロボロ。歩く速度だって、すごく遅いです。

 それでも真っ直ぐ歩いているのですから、本当に大した精神力ですこと。

 

 そうして今、ようやくリリアードの正面にアーリアが到着しました。

 残り時間は、僅かにあと一分。ギリギリで間に合ったようです。


「遅かったな、アーリア!」

「……黙れ、卑怯者」

「ん、卑怯?」


 首を傾げるリリアードの姿に、吠え掛かろうとするアーリア。

 けれど私が観衆の前に進み出て水晶玉を掲げると、顔を真っ赤にして彼女は下唇を噛みました。


「し、勝負だ、リリアード!」

「望むところじゃ、アーリア!」


 それにしても……こうしてリリアードとアーリアが並ぶと、体格差は歴然ですね。

 同じ制服に同じ鎧を身に着けていても、大人と子供ほどの差がありますよ。

 リリアードの身長は、私と変わらないのですけれど……。


 睨み合う二人の間に審判役の女子生徒が立って、互いの武器やアイテムをチェック。不正がないか、確認をしました。

 まあ、不正のアイテムは今、私の手の中にあるのですけれどね。あはは……。

 

 さて、審判が右手を上げました。あれが振り下ろされると――開始の合図です。


「始めッ!」


 審判の合図と共に二人は剣を抜き。

 刹那――――アーリアが弾ける様に飛び、剣先をリリアードへ向けました。

 しかし、リリアードも速い。

 本調子の出ないアーリアなど、相手にならないのでしょう。


 “ギィィィィン”


 リリアードがアーリアの突きを、剣を絡めて逸らします。

 そのまま回り込み――「風刃!」

 アーリアの背中に魔法を叩き込みます。


 “ズゥゥゥゥン”


 アーリアは、それで沈みました。たったの一撃。

 恐らく、カーマインに精気――女性にそう言って良いのかわかりませんが――その殆どを吸われていたのでしょう。


 だからアーリアは、最初の一撃に賭けた。

 だけどリリアードに躱され、背後からの一撃を喰らい倒れたのです。


 限界を超えて立っていたアーリアに、始めから勝機などありません。

 それでも勝負を捨てずに現れたアーリアには、ある種の敬意さえ抱きますが……。


 審判が駆け寄り、倒れ伏したアーリアを確認しました。

 彼女は白目を剥いて、ビクン、ビクンと痙攣しています。

 審判が両手を交差させ、首を左右に振りました。

 そしてリリアードの左腕を掲げ、高らかに叫びます。


「勝者! リリアード・エレ・ロムルスッ!」


 辺りが静寂に包まれました。

 誰もが信じられない面持ちで、立っているリリアードと倒れ伏すアーリアを見比べています。

 そんな中、ただ一人マリアードだけが両手を上げて、姉の下へと駆け出しました。


「わあああああ! 姉さま〜〜〜! おめでとうなのじゃあああ!」


 それを切っ掛けとして、凄まじい歓声が次々と上がります。


「うおおおおッ! 信じらんねぇえええええ! リリアード会長が勝ったぞォォォ!」

「「うおおおおおおおお!」」

「「会長万歳!」」


 誰もがリリアードの勝利を願い、叶えられたのです。


 思えば、アーリアも哀れな女。

 好きな人に振られ、部下に踊らされて私に嵌められる。

 もしもあなたがマリアードさえ傷つけなかったら、私だってここまでやらなかったでしょう。


 私はアーリアに近づき、声を掛けました。


「あなた――気合いと根性を向ける方向、間違えましたわね」


 もちろん意識を失っているアーリアは無言です。

 その代わり、近づいて来た一人の男が私に答えました。毒々しい紫髪の男です。


「同感だね、ティファニー・クライン。だけど敗北を知るのは、悪く無い。ああ――悪く無いね」


 言うなり、男はアーリアに浮揚の魔法を掛けました。

 彼はそのまま彼女に深紅のマントを掛けて、運んで行きます。

 その様は不思議と荘厳で――誰も敗者を罵倒しませんでした。もちろん、私もです。


「ゲイヴォルグ・ファーレン」


 どうやら、あの男が私の邪魔をしたようですね……。

お読み頂き、ありがとうございます。


ちょっと最終話が長くなりましたが、六章はこれにて終了。

次回から始まる七章では、魔導王国の合法ロリが活躍する予定です。


面白かったらブクマ、評価、お願いします!

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