115話 お仕置きですわ 2
◆
アーリアがギザギザ眉をつり上げ、私を見下ろしています。その表情は困った様な、怒った様な……。
そして私の肩に手を伸ばし――スカッ――。
空振りした自分の手を見て、アーリアは首を傾げました。
「おまえ、死んだのか?」
眉を下げたアーリアが、「うぅ」と唸りながら頭を押さえて、よろり。
「いえ、生きていますけど」
「そうか……死んだ事を自分で理解できないんだな。そりゃ、未練も多いだろう……好きな男を残して死ぬなんて」
「は? 好きな男?」
「だってあれだろ、ラファエル。お前ら、いつも一緒にいるじゃねぇか」
“ポカポカポカポカ”
私は幾度も杖で、アーリアを殴りました。
「いて、いて……殴るなって」
「てめぇの目は節穴ですか。わたくし、あんな男のことなんて、何とも思っていませんからね!」
「でもお前、ラファエルがイグニシアと二人でメシを食ってたら、怒っていただろ?」
「それはイグニシアがわたくしの嫁であって、ラファエルはエロゲ主人公だから危険なのですわッ!」
まったく、予想の斜め上をいくアーリアの解釈には困ったもの。
私が死んだと思い、しかもラファエルのことが好きだと勘違いしているなんて。
「まあ、それはいいとして、だ。お前さ、いつ死んだんだ? ……なんかアタシにやって欲しいことがあるんだろ?」
「だから、死んでねぇと言ってるじゃあありませんかッ!」
「そんなに怒るなよ、死んでまで。ほら、天に召される手助けをしてやるって言ってんだ。いつまでも亡霊ってわけには……いかねぇだろ?」
くっそ、この女、リリアードとは別の意味で天然ですね。
「天に召されるのはてめぇの方ですわ、アーリア。いいえ、あなたは地獄の方が相応しいかしら」
「いや、お前さ、自分の身体を見てみろよ。透けてるぞ? だけどアタシは透けてない。つまり――死んでるのはお前だ。な、天に召されなきゃいけないのは、お前の方だろ?」
むむむ……持論を曲げないバカ女ですね。言っても分からないなら、こうですッ!
殴ってやる、叩いてやる! えい、えい、えい!
「いてっ、いてっ、いてっ! ポカポカ叩くなよ、本当のことだろ!」おでこを摩りながら、アーリアが文句を言っています。
こっちもだんだん腹が立ってきました。いえ――もともと怒っていますけれどね!
「だぁかぁらぁ! わたくし死んでいませんし、何なら、あなたにお仕置きに来たのですけれどッ!」
「お仕置き?」
「そうです! マリアードに対する仕打ち! それから生徒会に対する様々な挑発行為! これらに対するお仕置きですわッ!」
「ま、まさか――そんなものが未練になって、アタシのところに化けて出たってのかよ……そりゃヤベぇな……」
アーリアがヨロヨロと部屋の隅に行き、なにやら本を掴みました。
それから私の前に戻り、本を開いてブツブツと言い始めます。
見れば本は祈禱書。そこには死者に贈る神聖な文言が書いてあり……。
「――ええと、不幸にして命落とせし勇者の御霊よ、迷えることなく戦乙女を待ち給え……ええと……」
「おい! 死んでねぇって言ってるだろうが! この家畜女! だいたいそれは、あなたの国の天界へ行く為の文言ですわ!」
「お、そうなのか?」
「知らないで唱えないで下さいましッ! そもそもそれは、戦いで死んだ戦士の魂を鎮める祈りじゃあ――ありませんことッ!?」
「詳しいな、流石に……」
「これでも聖女と呼ばれたりしてますからねッ! このアンポンタンッ!」
あまりに頭にきたので、今度はアーリアの足をゲシゲシと蹴りまくりです。
しばらくするとアーリアは首を傾げながら歩き、天蓋付きの寝台に座りました。
「なあ、お前――本当に死んでねぇのか?」
寝台の上で腕を組み、首を傾げてアーリアが私を見ます。「むむぅ……」
と――いうかコイツ、杖で叩いたり蹴ったりしているのに、何でノーダメージなんでしょうか?
まあ、それはいいとして……。
痛めつけるのは、あとでも十分できます。
何しろこれから、アーリアを監禁するのですからねぇ……ふはははは。
「ええ、死んでませんとも。それが証拠に、こぉんな魔法だって唱えられるんですからねぇ……来れ真なる闇よ――遍く地へと続く扉を今、開かん」
杖を掲げてぐるりと回し、私はこの部屋そのものを異界へと変えました。
途端、真っ黒な世界で寝台に座るアーリアが、スポットライトを当てられたように浮かび上がって。
これは時空を歪める魔法。以前キリキアを捕まえた時に使った、転移魔法を応用しました。
要するに全ての出入り口を閉じて、アーリアを出られない様にしたのです。
ついでに私は姿を闇に紛れさせ、彼女の目から完全に姿を消しました。
「なんだ、これは?」
これには流石のアーリアも焦っています。立ち上がってキョロキョロと辺りを見回し――。
「おい、ティファニー! 何だ? これも、お前の得意な魔導か?」
「…………」
「なあ、いるんだろ? 出て来いよ」
「…………」
私が無言でいると、アーリアがウロウロと暗闇の中を歩き始めました。
「おい! いい加減にしろ!」
だんだんと苛つき始めたようです。
色々と遠回りしましたが――そろそろお仕置きを始めましょうか……。
闇の中から、ゆっくりと姿を現して見せましょう。
「いい加減にするのは、あなたの方でしょう」
「なんだと……?」
「アーリア……あなたは、やってはいけないことをしたのですよ。それが何だか、分かりますか?」
「知らねぇよ!」
「マリアードの顔に傷を付けたでしょう。あの様なこと……わたくし、許せませんの」
「だから、なんだってんだ」
「だから……マリアードに謝り必至で償いをするというのなら、多少は手加減をして差し上げますが?」
「やっちまったモンを謝ったりはしねぇよ。謝るくらいなら、手出しなんざしねぇ……」
「そうですか」
ふぅ……根本的に価値観が違い過ぎますね――これ以上の問答は無用です。
私はアーリアの前に姿を現し、杖で思い切り横っ面を殴りました。
今までの様に、手加減なんてしませんよ。
“ブン”と杖が空を切り、アーリアの頬に当たって――バキリ。
激しい音が鳴ります。
けれど今までと違い、その音は何処にも届きません。何しろここは、亜空間ですから。
誰も気付かない、誰も助けに来ない――その恐さを、まずは味わって貰いましょう。
「恐いですか、アーリア。ここには、あなたの味方なんていませんよ。せいぜい泣き叫びなさい――そして、許しを乞うがいいわ」
アーリアは殴られた衝撃で、顔を横に向けています。
杖の先端――髑髏入りの水晶の部分――を左の頬に受けたまま、だけどアーリアはニヤリと笑いました。
「ふぅん――アタシの顔にも、マリアードと同じ様に傷を付けようってか? だけどよ、ティファニー。アタシって硬ぇんだ」
「硬いから、何だというのです。あなたは、わたくしに触れることさえ出来ない――だったら傷つくまで、何度も叩くだけですわ」
むむう――。
その後、暫くアーリアを叩き続けましたが、まったく傷つきません。
最終的にアーリアはまたもベッドに座り、欠伸をする始末。
「ちょっとは痛ぇけど……でも効かねぇって。だんだん眠くなってきたんだが――そろそろ寝ていいか?」
こぉのぉやぁろぉぉぉ! 怒りで血管から血がピューしそうですが……!
しかし、慌てる必要はありません。
時間は、まだまだタップリとありますからね。
打撃のお仕置きは失敗しましたが、そもそも私は魔導師。
死ぬ直前まで、炎の魔法で痛めつけてやりましょう。
火傷の跡を顔に作ってやりましょうかね……ククク。
でも、流石に傷は残さない様に治療してやりますよ?
ただ――恐怖を刷り込んでやるだけです。
私はいつぞやの要領で透明の壁を作り、箱形にしました。
そこにアーリアを閉じ込め、精一杯イヤミったらしい表情を作ります。
「箱入り娘のアーリアさん。これから何が起こるか、あなたに分かるかしら?」
「お、なんだ? 壁? にしちゃあ透明だが……」
「ええ――土の魔法は便利なもので、透明にも出来るんですよ」
「ほぉ、こんなの初めて見たぞ」
こんこんと壁の正面を叩き、アーリアが感心しています。
にしてもコイツ、私が生きていると分かってからは、まったく動じませんね……。
「そんなに余裕で大丈夫ですか……アーリア。さあ、畏れ慄きなさい……これから、その中に炎の魔法を放ちますわ」
「お前さ……とことん卑怯だな」
アーリアが目を細め、私をジロリと睨みました。
この状況でも怯えないのは流石ですが、それが逆に私の感情を逆撫でします。
「褒め言葉ですわ」
「嘘つけ。今、イラついたろ?」
透明の箱の中で、アーリアが腕組みをしました。
時間稼ぎでも、しているつもりなのでしょうか。
だとして逃げ場もありませんし、逃げたところで、この空間からは抜け出せません。
――だったら、少しだけ話に付き合ってやりましょう。
そこに希望をアーリアが見出すなら、すぐに絶望へと変わるでしょうからね。
「……別に、正面から戦っても良かったのですわ。だけどあなたが、わたくしの申し出を断ったんじゃありませんこと?」
「ああ、あの時か――無駄な戦いだからな。誰彼構わず壊そうなんざ、思ってねぇし」
「だったら! どうしてマリアードをあそこまでやったのですッ!」
「それは――その――実は、なんだか記憶が曖昧なんだよ。アタシだって、まさかあそこまで自分がやってるとは思ってなくて……」
「はぁ? 何を恍けたことを言っていますのッ!? さっさと――燃えなさいッ!」
ブチンと頭の中で、何かが弾ける音が聞こえ……。
思わず私は、かなりの上級魔法を発動させてしまいました。
並の人間なら、簡単に死んでしまう程の威力を持った魔法です。
まあ、アーリアなら死なないでしょうけれど。
それにしても、あ〜あ……絶望させる前に、魔法を放ってしまいました。
“ゴォォォォォォォォォ”
壁の内部が炎で満たされ、勢い良く燃え上がっています。
炎の色は青く、まるで巨大なガスコンロに着火したかのよう。
その中でアーリアの影が黒く揺れ、もがいているように見えました。
「あれ、もしかしてわたくし、やってしまいました……?」
思った以上に火力が強いです。
私――犯罪者になってしまったかも知れません。
でもアーリアが、この程度で死ぬかしら……。
そんなことを思いつつ、慌てて水の魔法で内部を消火。
するとずぶ濡れのアーリアが、裸で出てきました。
胸と股間を手で押さえて隠し、頬をヒクつかせて私を睨んでいます。
「おい……流石にこりゃ、やり過ぎじゃあねぇのか? 熱かったし冷てぇし……死ぬかと思ったぞ」
「お、おお……おお……無傷?」
コイツ……一体何で出来ていますの……? 硬いどころじゃあ……ないですわ。
しかし、これほど有利な状況で怯む訳にもいきません。
「アーリア。いい加減、泣いて謝ったらどうですの? 反撃も出来ないクセに強がったって、意味なんてありませんのよ?」
「うるせぇな。てめぇだって、アタシに傷一つ付けられねぇじゃねぇか。互角だろ、互角!」
ピクリ――と私の頬が引き攣りました。
何としても、コイツの心をへし折ってやりますからね。
お読み頂き、ありがとうございます。
面白かったらブクマ、評価、お願いします!
評価ボタンは最新話の下の方にあります!




