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114話 お仕置きですわ 1

 ◆


 リリアードがアーリアの挑戦を受けた――という話は瞬く間に広がりました。

 しかも休日の正午から試合が行われるとのことで、観戦チケットまで売られる始末。

 まあ、こんなチケットを売り始めたのは、どうせアーリアの一派でしょうけれど。

 それに出店もあるようです。なになに……かき氷にフランクフルト、チョコバナナに椀子わんこ蕎麦……何です、最後の椀子わんこ蕎麦って。


「ねえ、椀子蕎麦って何ですの?」

「私……せっかくだから、お蕎麦を広めようと思って」

「こんな時でもブレませんわね! このすっとこ副会長!」


 生徒会室の光景は、いつもと変わらぬ日常です。

 それが良いか悪いかは別として、ラファエルは黙々と資料を整理、マリアードは頬の傷跡を気にするでもなく、図書室から借りてきた本を膝の上で広げていました。

 もちろんサラステラはお蕎麦を口に含み、「むふっ」と無表情で笑い……。


 夕暮れ時の、長閑な一時です。

 それは長閑であろうと、マリアードが必至で努力をしているからでした。

 なにしろ傷跡が残ってしまう事に気付いた彼女は、引き攣りながらも笑顔を浮かべ、こう言ったのです。


「マリアード、誇り高い戦士なのじゃ! だから傷は勲章なのじゃ!」


 でもそのとき彼女の目には、決壊寸前の堤防を思わせる程の涙が溜まっていたのです。

 まぁ、今は大分落ち着いているようですが……。


 私がそんなマリアードをチラリと見たとき、耳を劈く怒声が隣室から聞こえてきました。


「会長! 明日の試合、止めや! こんなん、勝ち目なんて無いやないの! どないするん!?」

「んだ、んだ!」


 ちなみに隣の部屋は会長室です。いわゆる大きな机と椅子があって、会長が一般生徒達と面会する為の部屋ですね。

 まあ、その大きな机はリリアードの枕と言い換えても良いのでしょうけれど。だって仕事が無い時のリリアードは、大体あっちの部屋で寝ていますから。


 怒声の主は、ヒルデガルドとニアのようです。二人もリリアードの身を心配して、苦言を呈しに来たようですね。


「ファッ!?」


 どうやらリリアードも目を覚ましたらしく……。


「なんじゃ、お前達か……むにゃ……」


 と、恍けた声を出しています。

 

「会長! 呑気に寝てる場合じゃねぇべ! 試合、もう明日だべ!」

「せやで! 考え直しぃや!」


 “ドンッ”と机を叩く音が聞こえました。きっとリリアードが癇癪を起こしたのでしょう。


「うるっさいのう! そんなに騒がれたら、眠れるモノも眠れんじゃろがい!」

「何言うとるんや! このままじゃあんた、明日殺されるで! さっさと謝って、試合なんか中止にしてもらいや!」


 しばしの沈黙があって……。


「……そうもいかぬ。戦わずに逃げるなど、もう沢山じゃ」


 まあ――今日に限ってはリリアードも寝ていた訳では無いでしょう。


 どういう訳か今日は、ひっきりなしに誰かが会長室を訪れています。

 それも皆、試合に反対の者ばかり。お陰でリリアードのご機嫌は、最大傾斜の角度つき。

 彼女は彼女なりに、マリアードの仇を討つ為に戦いたいのです。

 だから明日に向けて集中しようと、一人になるべく会長室へ行ったのですから。

 それなのに、この有様では、ねぇ……。


 まあ――試合を受けろと言ったのは私ですし、ここは一つ、助けてあげるとしましょうか。

 それに相手が他ならぬヒルデガルドとニアならば、揉め事を起こされても困ります。

 彼女達が敵に回れば、学院生活が苦痛になってしまいますからね。

 それにマリアードが長い耳をピクピクと動かして、不安げに眉を下げていますから……。

 

 扉を開けて、ひょっこり――。


「あ、ティファやん! おったんかい! ちょっと、ちょっと、あんたも会長はん、しっかり止めなアカンて〜〜!」


 掌を前後にヒラヒラと揺らし、ヒルデガルドが大阪のおばちゃんのようになっています。


「んだ〜! 負けると分かってる試合なら、棄権してもう一回選挙をやったら良いだけだべ!」

「ニア、それはアカンで。今、選挙をやったら確実にアーリアが会長になるで!」

「え、ヒルダちゃん、何でだべ?」

「そんなん、みんなマリやんの――その――あないなった顔見せられたら、恐いがな!」

「じゃあ――どうすればいいべ……」

「せやから、ここは戦略的撤退をしてな、会長職を譲るフリをするんや! そんでタイミングを見計らい、再起したらええっ!」

「でもでもヒルダちゃん、それじゃせっかく去年頑張ったのに、水の泡だべ……」

「せやかて仕方ないやん! マリやんに続いて会長はんまでヤラれたら、えらいこっちゃで〜〜……なんやヤラれるって、エロないか? グフッ、グフフッ……」

「ヒルダちゃん、なんか笑い方が恐いべ……あと、別にエロくないべ」


 私は言い合う二人を順番に見つめ、リリアードの後ろに立って「こほん」と咳払いを一つ。


「アーリア強しと皆が言いますけれど、真面目にやればリリアードだって強いのですわ。その証拠という訳ではありませんが……あなた方のどちらかでも、正面から会長と戦って、勝つ自信――ありますか?」

「そりゃ、ウチは無理やで? 勝てる訳無いやろ。だって後方支援派やからな!」

「う〜ん……会長の精霊魔法は厄介だども……やってみないことには……」


 私は二人に相槌を打ってから、話を続けました。


「じゃあ、アーリアには勝てますか?」

「そんなん、無理に決まっとるやろ! ウチは後方支援派やと言うとるやろが!」

「むしろヒルダ――あなたはいったい、誰と戦ったら勝てるのですか?」

「え? そりゃ、ティファやんとか」

「あなた、わたくしの事を舐めてません?」

「いや――実際ティファやんなら、食べ物とかで釣ればイケるかなぁ〜なんて思うんやけども……落とし穴にも落ちてくれそうやし」

「ぐぬぬッ……わたくし、飛べますわ!」

「ふぇっ?」


 何ですか、そのビックリしたチワワみたいな顔は……。


「ちっ……ヒルダはもういいですわ。ニアはどうです?」

「アーリア先輩が相手でも、隙を作って攻め込めば……う〜ん……これもやってみないと……」


 私は腕組みをして大きく頷き、「ほら」と言います。


「要するにリリアードは、イグニシアやニアとも互角なのですわ。ただ普段の余りに残念な言動から、誰もが、そのことを忘れているのです」


 リリアードは不満そうに私を見上げ、首を傾げています。


「なあ、ティファ。わしは今、褒められておるのか貶されておるのか――どっちじゃろう?」

「両方ですわね」


 とまあ――こんなやり取りをしていると、二人は納得したのかしないのか、激励の言葉を残して去りました。


「まあ、勝算があるんやったら、そんでええわ!」

「会長さん、頑張って勝つべ!」


 こうなると私とリリアードが二人きりになる訳で……。

 リリアードが椅子を回転させて、私の方を向きました。そのまま手を頭の後ろで組み、ニヤリと笑います。


「こうもひっきりなしに生徒が来るとは……わしってもしかして、大人気生徒会長じゃろうか?」


 私は机に腰を凭れ掛け、身体を窓側に向けました。そのまま首を巡らせ、笑みを浮かべるリリアードを見下ろして。


 リリアードは確かに、他を圧倒する程の美貌を持っています。

 今も桃色の唇を僅かに開き笑みを浮かべ、夕日を浴びた髪が金色に輝く様は本当に美しい。

 黙っていれば、そりゃあ人気も出るでしょうね――とは思います。

 反対に、これほどの美を誇っても頭蓋の中に脳は無く、そのせいか腹痛を起こして迷宮で野グソをする。そう考えると、彼女の造詣を神の蛮行と呪いたくもなりますが……。

 

 そんな訳ですから決してリリアードに人気がある訳では無く、今回の場合は……。


「はぁ……相変わらず、お馬鹿ですのね。あなたが人気と言うよりも、アーリアに人気が無いだけですのに」

「ぬぅ――ずけずけと。でも、それならいっそ、試合を棄権して再投票にしたら……」

「それはヒルデガルドも言っていたでしょう。無理ですわ……マリアードをあんな風にしたアーリアを、皆が恐れていますもの」


 私の言葉を聞き、リリアードが下唇を噛み締めました。


「そう……じゃな。マリアードを……妹をあんな目に遭わせたヤツを野放しになど、絶対に出来ん。わしは、やるぞ……」

「ふふ……期待していますわ――リリアード・エレ・ロムルス会長」


 ◆◆


 その夜――リリアードに「期待していますわ」なんて言った私ですが、もちろん全くぜんぜん彼女に期待など、これっぽっちもしていません。

 だってリリアードが、あの純粋戦士アーリアに勝てる訳が無いじゃありませんか。相性が悪いんですよ、相性が。

 

「――だって、考えてもみなさい。リリアードはバカ、アーリアもバカ。いってみればバカとバカの頂上決戦ですわ。バカバカしい。『どっちの脳が小さいか対決』ならリリアードに軍配が上がるでしょうけれどね、力と力で戦ったら絶対に負けますわよ、あのバ会長は!」


 と――私の部屋でミズホとクロエに、人差し指を立てて説明します。 

 彼女達は何故か正座をしていて、私の言葉に「はぁ」と頷きました。


「で――だからティファが闇討ちに行くと?」


 クロエが紅い瞳をジットリと細めて、私を見上げています。


「お姉ちゃん、ずるい! わたしも闇討ちする!」


 ミズホはポニーテールをブンブンと左右に揺らし、喚きました。

 私は腕組みをして二人を見下ろし、頭を左右に振ります。


「闇討ちとは人聞きの悪い。わたくし、これからお仕置きに参りますの」

「お仕置き?」


 ミズホが首を傾げて、頭上にクエスチョンマークを展開します。


「ええ。闇討ちなどと無粋なモノではなく――これはあくまでも折檻。結果としてアーリアが明日の試合に欠場したとして……それは仕方がないことでしょう」

「うっわ……ティファって卑怯」

「だまらっしゃい、クロエ!」

「でもさ、お姉ちゃん。リリアードが勝てないアーリアに、お姉ちゃんなら勝てるの?」

「ふっふっふ――ミズホ、良いですか。戦いには、相性というものがあります」


 そこで私はしゃがみ、ミズホと目線を合わせました。


「確かにアーリアは、肉弾戦ならば最強かも知れませんが――わたくし、空間を自在に操る魔導師ですので、位相をずらして戦えば、何の問題もないのですわ。彼女には、それに対抗する術が無いでしょうからねぇ……あは、あははは……」

「意味が分からないよ?」

「例えばミズホは、幽霊を斬る事が出来ますか?」


 目の前で身体をブルリと振るわせて、ミズホが首を左右に振ります。ブルン、ブルン。


「つまり、自分の攻撃だけをアーリアに当てるってことね? 確かに、辻試合なら反則だわ」

「そう。つまり、これは実戦なのですわ」

「どちらかと言えば暗殺向きの魔法ね、陳腐だわ。高位の魔導師なら、すぐに相手の位相が分かるもの」


 クロエが、つまらなそうに言いました。

 ああ、そういえばこの子、随分と熱心に魔導の勉強をしていましたものね。

 今では様々な魔物も召喚出来るようですし――思ったより強くなっているのかも知れません。


「そう馬鹿にしたものでも無いでしょう――クロエ。その陳腐な魔法でも、わたくしが使えばどうなるか……」


 私は立ちがると紫ババアの形見である杖を掲げ、呪文を唱えました。

 実はこの杖、こういった怪し気な魔法を扱うとき、妙に効果が高まるのです。


「巡る巡る世界の理、冥府の門を開き幽界の府へと導け。されど我が身の留まりしは現世なり――」


「うわぁぁ! お姉ちゃんが透けてる!」


 びっくりして仰け反ったミズホの後ろに回り、身体を支えてやります。

 するとミズホは目と口をまん丸に開いて後ろを向き、手を伸ばして――。


「うわああああ!」


 再び絶叫。

 ミズホの指先が、私の透けた身体の中を突き抜けていきます。

 クロエは私の居る階層を探るべく目を閉じましたが、「分からない……」と冷や汗を垂らし。


「こういうことです――分かりましたか?」

「ふぉぉおお!」


 と、驚くミズホを尻目に、私は自室を出ました。

 こうなれば、私の身体は幽霊と同じ。扉を開ける必要さえ無く、悠々と移動します。

 ただ、気をつけなければならないのは、寮の警備システムですね。

 一応、この学院は各国首脳の子弟が集う場所。こうして忍び込む賊を想定した、魔導防御システムがありますので……。


 一端魔法を解除して、上階にあるアーリアの部屋へ行きましょうか。


 ――――


 “コンコン”


 重厚な、白に金の縁取りがある扉をノックします。するとすぐに、誰何の声がありました。


「誰だ?」


 女性にしては低く、重々しい声。アーリアですね。


 “コンコン”


 更にノックします。ここで名乗っては、面白くありません。


「誰だって聞いてんだろッ!?」


 “ガチャリ”


 勢い良く扉が開き、アーリアが姿を現しました。

 まあ――なんと愛らしいネグリジェ姿なのでしょう。

 そのままアーリアが、キョロキョロと廊下に身を乗り出して、左右を見ています。


「何だ? ……悪戯か? ……犯人が分かったら、ぶっ飛ばしてやるからな!」


 私は半透明となり、さっさと部屋の中へ入っていました。

 ですから今、目の前に見えるのはアーリアの背中です。

 そこで、声を掛けました。


「まあ――それは野蛮ですわ。まったく――」


 アーリアが恐る恐る振り返り――真後ろに立つ私を見て「ひっ」と小さな悲鳴を上げました。


「何も、驚くことは無いでしょう?」


 私は腰からキャメロン先生の杖を抜き、その先端でアーリアの頭を軽く叩きました。

 杖は“コン”と小さな音を立てて、アーリアの額を弾きます。

 

「て、てめぇ!」


 怒ったアーリアが杖を掴もうと手を出しますが――スカッ――と宙を掴むだけ。

 私はニヤリと笑ってみせて、優しく彼女の頬を撫でました。


「さあ、お仕置きの時間ですわよ。アーリア・アーキテクト・ゴールドタイガーさん」

お読み頂き、ありがとうございます。


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