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113話 最悪ですわ

 ◆


 普段は見る事のないミズホの切迫した表情に、さすがの私も驚きました。

 いつもは、ぼや〜っとして物事に動じないミズホが「大変」とまで言うのですから、マリアードは相当に大変なのでしょう。

 それをアーリアがやったと言うのなら、昨日の報復であろうことは容易に想像がつきます。


 しかし――引っ掛かるのはアーリアがマリアードを狙うのか? ということ。

 相手は腐ってもアーリアです。彼女のプライドは富士山よりも高い――だから誰かを狙ったとして、マリアードは後回しにすると思っていたのですが……。

 

 まあ、そんなことを考えていても始まりません。

 私はミズホに頷き、ラファエルを伴って走りました。

 クロエとわんわんも慌てて席を立ちましたが――それを制します。


「あなた方には、別の仕事があるでしょう。マリアードのことは、わたくしに任せなさい」


 ――――


 生徒会室を目の前にして、道が塞がれています。

 たいして広くも無い廊下が、人で溢れ返っていました。

 彼等も中の様子を知りたいのか、口々に情報交換をしています。


「何が起きてるんだ?」

「アーリアさまがマリアードって子をボコボコにして、生徒会室に押し入ったんだよ」

「え……酷くない?」

「いやそれがさ、辻試合の結果で――マリアードが怪我をしたから運んでやったって……」

「それなら、優しいのかな……?」

「だけどそれがさ、おかしいんだよ。アーリアさま、部屋に入った途端、今度の休みに試合をしろって生徒会長に申し込んだらしい」

「なんで? 手下がやられたから?」

「だと思うけど、会長が負けたら辞任しろってさ」

「……駄エルフ会長――勝てるの?」

「いやぁ……勝てないと思うよ」

「なにそれ――だったら今度は、アーリアさまが会長になるの? ちょっとそれはなぁ……」

「だったら、投票すんなよ」

「でも投票してないってバレたら、ヤバそうでしょ……入れるって」

「だよねぇ」


 すべて、野次馬ですね。 

 彼等が背伸びをしたり押し合ったりと、ひしめいています。

 

「どきなさい、愚民ども! わたくしは今、その部屋に用があるのですッ!」


 私の叫びも、ドヤドヤガヤガヤとした声で掻き消され……それどころか群衆の背中に押し戻される始末。

 もうこれ、魔法を使って蹴散らそうかしら――なんて考えていると、ミズホが豪腕を振るい始めました。

 私の前を走り、目の前の生徒を男女問わず、千切っては投げて進むミズホ。その様はまるでラッセル車のようです。


「お姉ちゃん、こっち!」


 ミズホがズンズン進むと人垣が割れて、一筋の道が出来ました。

 やがて見慣れた生徒会室のプレートが目に入り、その下には開かれたままの扉があって……。

 部屋の中に目を向けると、すぐに大きな女子生徒の制服が見えました。

 

 波打つ髪は黒の混じった黄金色で、私よりも二十センチは背が高い。三年生であることを示すグレーのベレー帽を被り、その脇に可愛らしいネコミミが付いています。そんなのアーリアに間違いありません。


 彼女は手に、何かを持っています。


 真っ直ぐ伸ばして持ち上げた手の中には丸いモノが収まっていて、その下ではぶらり、ぶらりと小さな棒状のナニカが揺れている。

 それはまるで、大きなてるてる坊主を手に持ち揺らしているようでした。


 もちろんそれが、てるてる坊主のはずもなく……。

 私は大声で叫びました。


「マリアード!」


 目の前で頭を掴まれ、持ち上げられたマリアードがユラユラと揺れています。

 その足下には真っ赤な血溜まりがあり……今もポタポタと血が零れていました。


「ちょっと、アーリア! あなた――一体何の真似ですのッ!」


 思わず私は飛び出し――アーリアの腕にしがみついて……。


「放しなさいッ!」

「あ? なんだ、ティファニーか」

「マリアードが何をしたというのですッ! 下級生をこんな風にしてッ!」

「おう――まあ、辻試合をやったんでな。この程度は覚悟してたんだろ?」

「あなたねぇ! この子があなたに勝てるはず無いでしょうッ! それなのに試合なんてッ!」

「勝てるか勝てないかは、やってみなきゃ分からねぇだろうが。現にウチのラトスが世話になっているしな……コイツによォ」

「それとこれとは、別の問題ですわ!」


 アーリアがジロリと私を睨みます。彼女は鳶色の瞳を細め、可笑しそうに口元を歪めました。


「まあ、話なら後で聞いてやるよ。今――生徒会長と交渉してて忙しいからな……」

「はあっ!? そんな場合じゃないでしょう!?」

「うるせぇな、ちょっと寝てろッ!」


 アーリアが身体を僅かに捻ります。瞬間――マリアードを持つ左手にしがみつく私に、アーリアの右手が迫りました。コイツ、私を思いっきり殴る気です!

 私は物理防御魔法を全力で展開し、アーリアの腕を放しました。


 “ドォォォオオン”


 アーリアの打撃は私の頬を捉え――といっても、物理防御越しですが――破砕音をまき散らしました。

 そのまま私は吹き飛ばされ、部屋の壁にぶつかって……。


「あぁ〜あ……もう……」


 私は壁際で尻餅をついた恰好になり、ムッとしました。

 頭の上には、パラパラと崩れた壁の破片が降ってきます。


「やってくれましたわね――あなた、ブチ殺しますわよ」


 スカートの裾を手で払い、私は立ち上がりました。

 もちろんノーダメージですが、いきなり殴ってくるタコを許したのでは、私の立つ瀬がありません。

 だいたいマリアードをさっさと助けないと、血が止まっていませんから……。


「アタシが殴っても壊れないのは流石だけどな……今、テメェと遊んでる場合じゃねぇんだ。少し黙ってろ」

「黙っていろと言われて黙っている程、わたくし――善良じゃありませんのよ……」


 剣帯にぶら下がった剣を確認し、抜き放ちます。そして胸元で構え――「アーリア、わたくし、あなたに辻試合を申し込みますわ」


 再びアーリアが私をジロリ――


「いや、お前――魔導師だろう? なんで剣帯に剣をぶら下げてんだよ。しかも何だそれ――騎士風の……」

「か、カッコいいと思いまして!」


 ……というのは本当ですが、私の主武装メインウェポンは紫ババアの形見ですからね。部屋で大切に保管してあるのですよ。

 それに彼女、生徒達に慕われていたようで――だからアレを持ち出すと、泣き出す女子生徒が続出なのです。


「お前――結構アホだろ?」

「な、な、なな! 家畜先輩に言われたくありませんわッ!」

「なんでもいいけどな、まあ、辻試合は断る。忙しいんでな」

「はぁ!? あなたねぇ! わたくしが挑んでいるのを断るなんて! どういう了見ですのッ!?」

「そもそもだ……どうせ辻試合は生徒会の意向で禁止になるんだろ? なのにお前が禁を破るってのは、どうなんだ?」

「うぐっ……」

「だいたいアタシは今、交渉中なんだよ。何度も言わせるな」

「交渉?」

「ああ、交渉だよ、交渉。この、なんだ――マリアードとか言ったな……コイツを返して欲しけりゃ三日後、アタシと勝負しなってさ――会長に言ってんだ。それで恨みっこ無し、最後の試合ってことで良いじゃねぇか」


 そう言えばマリアードに気をとられて、リリアード達がアーリアと対峙していることを忘れていました。


 リリアードはマリアードを人質に取られて、目に涙を溜めています。

 もともと判断力も思考力も人一倍低い彼女は今、私をじっと見て判断を求めているようでした。


 サラステラは身を乗り出し、「お蕎麦の大食い競争なら、受けて立つ」とか言っています。

 あなたねぇ、こんな時こそしゅの力を見せて下さいよ。言葉の力で相手を縛るナントカカントカなら、今のアーリアだって何とか出来るんじゃあないですか。

 そう思っていたら、アーリアが何かを思い出したように目を上に向け……。


「ああ、そういや蕎麦、ありがとな」


 おい、アーリア! 昨日の蕎麦を喰ったんですか!?


「えっ……いや……美味しかった?」

「おう、美味かった」

「よかった」


 すごすごと下がり、崩れた机と椅子を直してサラステラが席に座ります。

 こら、サラステラ! あなただけ、なに休戦してるんですか! マリアードはまだ、血塗れなんですからね!


 そうこうしていたら、イグニシアが奥歯をギリギリと鳴らしながら叫びます。


「だから――アーリア、貴様ッ! おれが風紀委員として勝負すると言っているだろう!」

「駄目だ。これは、ただの辻試合じゃあないからな。アタシが勝ったらリリアードには、生徒会長の椅子から降りてもらう――知ってたか? 生徒会長には、辞任って選択肢もあるんだぞ? くっく――」

「アーリアッ! そうまでして会長になりたいのかッ!」


 私はイグニシアの隣に立ち、腕組みをしました。

 そこでマリアードの顔を見て、「あっ!」と叫び声を上げてしまい……。

 彼女の頬が、大きく斬り裂かれていました。あの傷は――正しく後のマリアードのものです。


 まさか私の迂闊さでマリアードが、あの傷を負う事になるなんて……。

 なんて謝れば良いのか、見当も付きません。


 目の前のマリアードは、すでに意識を失っています。

 目が覚めたとき彼女は自分の顔を見て、何を思うのでしょうか。

 彼女は私と違って、正真正銘の女の子です。

 代われるものなら代わってあげたい……。


 私はマリアードを見て、目を逸らし、口元を押さえ泣いてしましました。

 そこにフラフラとリリアードがやってきて、目尻を指で拭っています。


「ティファ? なぜ……泣くのじゃ?」

「だってリリア……マリアードの顔が……」

「そう……じゃな……」

「あの子、これからきっと、凄く綺麗になるはずなのに……あんな傷が残って……」

「ティファもマリアの為に、泣いてくれるのじゃな……」


 リリアードの瞳からも、ポロリと大粒の涙が零れました。


「うむ……そうじゃの、勝ち負けではない。一刻も早くマリアを救ってやらねばの……」


 リリアードが一歩前へ進み出ます。

  

「試合……受ければマリアードを返して貰えるのじゃな……?」

「やめろ、リリアード! 会長じゃ、アイツには勝てないッ!」

「でもイグニシア……ヤツはわしを指名じゃ。それにお主でも、勝てるか分からんじゃろう」


 なんでしょう――頭にくる。こんな理不尽、許されて良い訳が無い。

 それなのに仲間が、アーリアの言いなりになろうとしている。しかも傷ついた仲間を救う為に……。

 そう思ったら私は泣きながら、いつの間にか笑っていました。


「ぷくっ……あはっ……二人とも、そう悲壮にならないで……くくっ……くはっ……ふははは……あははははは!」

「な、なんじゃ、ティファ……こんな時に笑いおって」

「おい、ティファ……」

「お蕎麦、食べる?」


 全員、サラステラは無視します。


「考えてもみてごらんなさい――相手は、たかがアーリアですわ」

「そうじゃが……ティファ……」

「ですからリリアード。ここは一つ、この身の程知らずを懲らしめて、やろうじゃありませんかッ!」


 どうも怒りが脳天から溢れ出してしまったらしく、アーリアを苦しめる為の名案が次々に浮かびます。

 こんなことをしたアーリアを、どうしてやりましょう? 考えるだけで楽しくて。

 マリアードと同じ目に合わせる? いいえ――猛将の顔に傷を付けたところで、ご褒美ですね。

 どちらにしても、決めました。私はアーリアを許さない。だから――愉快にお仕置きです。


「そうしたいのじゃが、どうすれば良いのじゃ?」

「そうですわね、リリアード。まずはこの試合、さっさと受けておやりなさい」

「だけどティファ!」


 イグニシアが私の肩を掴み、揺すります。


「大丈夫――まずはマリアを返して貰いましょう」


 私は舌なめずりをして、アーリアを見やります。それはもう足下から腰、胸元を這う蛇のような視線で……。


「てめぇ……姑息な真似をしようってんじゃねぇだろうな?」

「姑息? このわたくしが? そんなこと、する訳がないでしょう。だってわたくし先ほどは正々堂々、あなたに辻試合を申し込んでいますのよ? それなのにあなたときたら、臆病風に吹かれて『今は忙しい』なんて」

「て、てめぇ……言わせておけばッ!」

「じゃあ、やりましょうか――今、ここで」


 アーリアが僅かに重心を落とし、私を睨んできます。

 やる気になったのなら、ありがたいですが――とはいえ、この場でやれば私が不利。

 狭い部屋では、あっという間に距離を詰められてしまい、呪文の詠唱が間に合いませんからね。

 さっさと窓から外に出て、魔法で狙撃――って感じでいきますか……。


 と、対策を考えていたら、アーリアが私から目を逸らしました。


「ふん……やらねぇ。そんな安い挑発に乗ってやるかよ、用があるのはコイツだけだ。さ――どうする、リリアード? 試合を受けないなら、マリアードはアタシが連れ帰って、きっちり看病してやるだけだが?」


 あら――この単細胞が、私の挑発を受け流すとは。

 何か裏が有りそうですが……まあいいでしょう、それならそれで……。

 私はリリアードに目配せをして、重ねて試合を受けるよう指示をします。

 するとリリアードは頷き、喚く様に言いました。


「分かった! 受ける! 受ければ良いのじゃろう!」

「よし、決まりだ。日時は三日後――休日の正午。お前が負けたら、生徒会長を辞任しろよ?」

「承知じゃ。さ、早くマリアードを放すのじゃ!」

「よし――試合が決まれば、こんなヤツに用はねぇよ」


 アーリアが頷き、マリアードを放ります。そして後ろに居並ぶ野次馬達に、堂々と言い放ちました。


「聞いたか、お前達! これで決まりだ! 三日後の休日、アタシとリリアードは試合をする! これに負けたらリリアードは、生徒会長から降りるってよォ!」


 リリアードが、放られたマリアードを受け止めます。それから傷ついた妹の頬にハンカチを当て、回復魔法を唱えました。

 だから私が彼女の代わりに、言ってあげます。


「家畜先輩――あなたこそリリアードが恐くて、逃げ出すのではなくて?」

「はん――誰が逃げるかよ!」

「そうですか、それならば良いのですけれど。一応、心配なので……指定の時間から一時間以内に現れなければ敗北――というルールも付け加えておきましょうか」

「ちっ、面倒くせぇな。構わねぇよ、好きにしなッ!」


 そう言うと家畜先輩は踵を返し、廊下へと出て行きました。

 私はその背を睨みつつも、唇の端が吊り上がるのを我慢出来ません。

 だって――これで私達の勝利が確定したのですから。

 

「では、そういうことで――あはっ、あははは……もがっ……」

「ティファ――笑ってボロを出したら、姑息で陰険なやり方が見破られて、台無しになるよ?」


 ラファエルが私の口を抑え、笑顔を隠します。


「ちょっと、あなた! 気安くわたくしの口に触れるんじゃねぇですわ! しかも陰険って!」

「はは、ごめん、ごめん。だけどね、今回ばかりは賛成するよ。しっかりアーリアに刻み付けるといい。君の恐さを、ね」

「むぅ……」


 そんな言葉に反応して、思わずラファエルの顔を覗き込むと……。

 彼もまた怒気を込めた瞳で、アーリアの背中を睨んでいるのでした。

お読み頂き、ありがとうございます。


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