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112話 ありえませんわ

 ◆


 昨日は実に清々しい勝利で終わりました。

 特に私の活躍が光っていましたね! だってキリキアを捕まえてきたのですから!

 アイツがいなければ、的確に敵の居所を掴むことなど出来なかったでしょう。


 そ れ な の に !


 リリアードのヤツ、「ティファ〜〜お主、あまり活躍しておらんのぉ〜」なんて言いやがって。


「そんでそんで、わしの活躍、凄かったじゃろ〜〜? 剣でビュン、ビュン――じゃ! あひゃひゃ!」


 しかも鼻の穴のまで膨らませて、朝から絡んできたのです。

 ああ、もう――危なくなったら助けてやろうと思っていたのに、本当に腹が立ちました。

 

 ですから今日の昼休みは久しぶりに、少し生徒会を離れています。

 クロエと食堂にやってきた私は、ここでラファエル、わんわんと合流しました。

 まあ、彼等と会って話をするのは、何も腹が立っていたから――というだけではないのですが……。


「なんだかダブルデートみたいですね、ティファニーさま」


 わんわんがペットの分際で、何か言っています。飼い主として無視も出来ませんので、適当に話を合わせて上げましょう。


「そうですわね。わたくしとクロエ、わんわんとラファエルのカップリング――これは中々にアリだと思いますわ。名案を思い付きましたね、わんわん」

「それは迷案だよ、ティファ……性的志向が倒錯している」


 ラファエルがげんなりとして、言いました。


「そうかしら? 銀髪狼男と黒髪のイケメンなんて、腐女子にしてみれば垂涎の的ですわよ?」

「確かにそうね、ティファの言う通りだわ。それなら私は、ルイードの『受け』を推そうかしら」


 おや? クロエの目がギラリと光り、話題に食いつきました。

 この子――あまり男の子に興味が無いのかと思っていたのですけれど、声を掛けることが出来ないだけで、本当は拗れていたのかも……。

 可哀想なので、少し話に乗ってあげましょう。


「あら、クロエ。わたくしは、ラファエルが酷い目に遭ってくれればと思うのだけれど……」

「だめよ、だめなのよッ、ティファ。狼が屈服するのが良いんじゃない! 分からないのッ!?」

「そ、そう? ……アオーンって鳴くからかしら?」

「もちろん最後はそうなんだけどね……襲い掛かるラファエル――そして鳴き叫ぶのを必至で我慢するルイードッ――蹂躙されながらもルイードは『……好き』って気持ちが抑えられなくなって――ついに彼は吠えるのよッ!」

「な、なるほど……ストーリーが大切なのね……」


 クロエが腐った情熱を燃え上がらせている最中、ラファエルは顔を青くして頭を振っていました。

 わんわんは気にせず、サラダを黙々と食べています。


「二人とも……僕はルイードを襲ったりしないからね……? 変な想像はやめてくれないかな?」


 ふむ……確かに男同士のイチャイチャを想像したって、何も楽しくありませんからね。

 私は大人しく頷き、クロエに目を向けます。


「やめましょう、クロエ……本人達の前で語るべき話ではありませんわ」

「そ、そうね……そう思うわ。私もつい、うっかり……」


 そう言って俯くクロエは、僅かに頬を赤くして……。

 

 とはいえ、彼女の隠された趣味が図らずも露見しました。ちょっと嬉しいですね。


 ――最近のクロエは白い肌にも磨きがかかって、更に美しくなったのではないかと思えます。

 彼女はバニーの獣人ですからね。根本がとても可愛らしい。

 これも種としての生存本能なのでしょう――兎人バニーというのは種族として弱い分、亜人種に分類される存在であれば、誰とでも交わり子を為せます。

 でも、この本性があれば男達はきっとドン引き。クロエは永遠に私のものに違いありません。


 ほら、今だってクロエは、とっても可愛いのですよ。

 長い耳の片方を折り曲げ、紅い瞳を嬉しそうに細めながら極太のソーセージを齧る様は……え? お昼ご飯がソーセージ? エッロ! 何ですか、このエロエロな絵は!


 “パキリ”


 歯を軽く立てて、クロエはソーセージを中程から折り……。


「ふぁあああああ! エロい! エロいのですわッ! なんでソーセージなんてチョイスをしているのッ!」

「ど、どうしてって……私の好物なんだけど。ほら、付け合わせのザワークラフトも好きだし……」

「あなた、ニンジンはどうしたのッ!? 兎さんは草食でしょ!?」

「いいじゃない――そんなことを言ったらルイードなんて、どうなの? 狼人ウルフなのにサラダを貪り喰らっているわ」

「あれはいいのだわ、放っておきなさい! そんな事よりクロエ――ほら、ソーセージをもう一本食べなさい。今度は齧るのではなく、舌先で先端を舐めるように……アハ、アハハ……」

「な、なによ。どうしたの、ティファ。目が血走っているけれど……」

「良いではないか、良いではないか……ハァハァ……」

「ちょっと、気持ち悪いんだけど……あんまり食べるところ、見ないでよね。あと、さりげなくお尻を触らないで」


 ……おっと、いけませんね。

 今度は私の迸るリビドーが溢れ返り、うっかりクロエのプリッとしたお尻を撫でていました。

 彼女を見ていると、私の中で男が呼び覚まされるのです。

 ハッ! これこそが兎人バニー、種としての生存戦略では!?


 というか――こんな話をする為に、彼等を呼んだ訳ではありません。


「ちょっと、あなた達。真面目にやりなさい」

「一番遊んでいるのは、ティファだと思うけれどね」


 ラファエルが溜め息交じりに言いました。

 コイツは片手でホットドックを齧っています。

 それがまたイケメン風で、腹が立つといったら……もう。

 私は彼から目を逸らし、わんわんに声を掛けました。


「ところで、わんわん」

「はい、ティファニーさま」

「本当に、良く調べたのですか? あなたの鼻が詰まっていた――なんてことは?」

「ありません。学院にいる全ての生徒の匂いを、二度嗅ぎましたから。でも――怪しい者はいませんでした」

「そんな……馬鹿な……」

「もう一度、調べてみますか?」

「いえ――二度まで調べて出て来ないのなら、匂いは完璧に隠していると判断した方が良いでしょう」

「そう……ですね」


 私の正面に居るルイードが、真剣な眼差しで頷きました。

 実のところ私は、魔将リーバ・ベルレを操った張本人が学院内にいるのではないか――と考えています。


 何故なら魔将は、私達八君主を殺そうとしなかった。

 その理由を推測すると、一つの仮説が浮かび上がります。


「ゲーム開始前に、主要キャラが死ぬ事は無い」


 これ――実は私、試したんですよ。

 自分に蘇生魔法を掛けず、炎に塗れてみたんです。

 どうせランドもいないし、死んでもいいかなって――自暴自棄にもなっていたのかも知れませんね。

 そうしたら、そんな時だけアイロスが帰って来て「何してるんだ?」って、サクッと火を消して……。


 つまり現状の私達は、死ねないんです。死のうとしても、それから逃れる何らかの作用が発生する。

 だからあの時もアイロスが来て、援軍が間に合ってしまった――そう考えたら辻褄が合うのですよ。


 ですが、ならば何を目的に魔将を操り、大陸東端に攻撃を仕掛けたのか。

 現時点で人間側の勢力に危機感を抱かせる意図は、どこにあるのか。

 と、このような疑問も同時に浮かびます。


 これに対しても、私は仮説を立てました。


 真の魔王側に対する牽制ではないか――と。それは即ち、私とアイロスへの挑戦です。

 これを裏付けるかのように、アイロスは姿を消して目に見えぬ「敵」を追い始めました。


 東を攻撃した理由は、近年目覚ましい発展を遂げているルーヴェの国力を落とす目的だとして、それで利益を最も享受する国家は?

 やはりこれも、八大列強のいずれかである可能性が高い。


 また同時に人間側の、魔王に対する包囲網が着々と作られています。

 これならば後に闇側の勢力として巨大化するであろう私の力を、随分と牽制できるでしょう。


 つまり犯人は、これがゲームであることを知る者――でなければ、未来を知っている者……。

 しかも世界に覇を唱えようとしているのではないか、と考えられます。

 

 これを踏まえて最悪のケースを想定するなら、犯人は「Herzog」をプレイしたことが有り、私と同じく何らかのキャラクターに転生した存在――ということになる。

 

 そんな存在ならば、どこにいる可能性が一番高いのか?


 そこまで考えたら、蓋然性が最も高いのは学院にいること。

 付け加えるなら、それも八君主のうちの一人である可能性が高い。


 ついでに言えば魔将による襲撃を、私に擦り付けてくるでしょう。

 何故なら相手は未来を知る者です。私の正体も、とうの昔に知っているはず……。

 だからこそ、それまでに相手の正体を突き止め、八つ裂きにしなければなりません。


 もしも私にアドバンテージがあるのなら、私が転生者であることを相手が知らない。この一点に尽きるのです。

 

 けれど残念ながら私の力では、これ以上の推理が出来ませんでした。

 それでラファエルに協力を頼んだのです。

 もちろん彼には、この世界がゲームである可能性、そして私と魔王の繋がりは伏せています。

 その上で、リーバを操った者が学院にいるのではないか――と打ち明けました。

 以来、私と彼は親友でありながら同志として、共に仲間の仇を討つ為の活動を始めたのです。


 その中でクロエとルイード――わんわんですね――には、魔将リーバと繋がりのあった生徒が居ないか、匂いや直感を使い探らせていました。

 しかし、結果は芳しくありません。

 

 だって、今わんわんが言ったのは――「リーバの匂いを漂わせている者は、一人も居ませんでした」という意味だったのですから。


「クロエさんの直感に引っ掛かる人も、いなかったのかな?」

「ええ……皆無だわね」

「そっか……うーん……」

 

 クロエの正面に座ったラファエルが、腕組みをして唸りました。


「そんなバカなこと、ありませんわ……絶対……居るはずですもの……」


 唇が、震えてしまいます。

 ランドの仇が居るはずなのに、誰か分からないなんて……。

 

「でもティファニーさま。リーバの匂いなんて誰からも……」

「ええ、そうね。私も全身が総毛立つような感覚は、誰からも……」

「クロエの臆病力を持ってしても、駄目ですか……」

「あのね、ティファ。臆病力って何よ? 直感力よ、直感力!」

「そんなの、どっちでも良いのだわ」

「良く無ぇから」


 ラファエルが「まあまあ」と言って両手を広げました。


「――だとすると、可能性が高いのはメティル・ラー・スティームですわ」

「一足先に学院を卒業したからね。可能性はあると思うけれど……でも、決して高くは無いと思うよ」

「ラファエルの言う通りですよ、ティファニーさま。去年嗅いだ限りでは魔物の匂いなんて、彼女からはまったくしませんでした」


 わんわんの言にクロエも頷き、「私の直感・・にも引っ掛からなかったわ」と言っています。


「それに、彼女の側にはセフィロニアさまも居る。あの方なら、民が巻き込まれる様な戦争や災害は避けようとなさるはず……」


 顎に指を当てて、ラファエルが言いました。


「そうですか? あの人って悪魔的な部分、結構あると思いますわ」

「それはティファの思い過ごしさ。あの方は誰よりも、ティファの身を案じていたのだし……」

「だったらなぜ、メティルの下へ? 悪魔に操られている――という可能性だってあるでしょう」

「それは無いね――だってあの方も、軍師スキルSSなんだから」

「ふぅん……まあ、そうですわね。こんなことなら、味方に引き込んでおけば良かった……」


 まあ、逃した魚は大きかった――というところでしょうか。

 でも私のイメージではラファエルが諸葛亮、ゲイヴォルグが周瑜、セフィロニアが司馬懿といったところ。決して並び立たないし、だからこそラファエルを選んだのですけれど……。

 でもそれなら、どこかに法正とか龐統がいないかしら?


 などと考えていたらラファエルがパンを細かく千切って、テーブルの上に起きました。そして一番大きなパン切れを指差し「僕が思うに、これが魔将だとしたら――」と言い始めます。


「美味しそうですわね」

「ティファ、茶化さないで。イグニシアじゃあ無いんだから」

「イグニシアはメロンパンにしか、興味を示さないでしょう?」

「いいから、聞いてくれ」

「ういうい」


 頷く私をまじまじと見て、ラファエルが軽く吹き出しました。


「ういういって――はは」


 笑いを収めたラファエルが、“魔将”と名付けたパン切れの横に、小さなパン切れを置きます。


「……いいかい、これが魔将だとしたら、それを操る人間がコレだよね?」


 それから“操る人”と名付けたパンの隣にもまたパン切れを置いて……三つのパン切れが横に並びました。

 その三つを順に指差し、最後に置いたパン切れをチョンと突ついてラファエルが言います。


「で、魔将を操る者に対して、この人物が指示を下しているとしたら――この人物まで魔将の匂いが届くかな? 直感は働くかい?」

「いや、匂わない」

「私も、分からないわね……」

「つまりだ、二人が探さなきゃいけないのは、魔物の臭いを漂わせて学院へやってくる人物――ってことになるね」

「え……それは範囲が広いし、いくら何でも二人だけじゃあ……」


 眉を顰めるわんわんに対し、ラファエルが爽やかに笑っています。


「実のところ、それほど多くの人に当たらなくても良いと思う。何故なら、これだけ巧妙に正体を隠せる者は、それだけで限定出来ると思うからさ。例えば知謀90以上の者を訪ねてくる者とかね」

「――さすが軍師スキルSSですわ!」


 私が手を叩いて喜ぶと、ラファエルが照れた様に笑います。

 そしてまた、説明を続け……。


「具体的に言えば、知謀、統率力共に90を超えている者を重点的に調べれば、恐らく見つかるだろう――というより……実は調べて欲しい人物がいるんだ……」

「何ですの、ラファエル――見当、付いているんじゃありませんか」

「うん、まあ……全生徒の経歴を見ることの出来る生徒会にいればね、予測くらい出来るさ。本当はティファの思い過ごしなら良いのに――とも思ってはいたのだけれど……」


 そんな話をしていたらミズホが転がる様に走ってきて、私の前で止まりました。「ハアハア」と荒い息をして、目には溢れんばかりの涙を溜めている――こんなミズホを見るのは、初めてかも知れません。


「マリアードが……マリアードが大変なの! お姉ちゃん、急いで生徒会室へ来て!」

「どうしたのです、ミズホ?」

「いいから、お願い!」

「だから、詳しく……」

「血がドバーって! 顔から血がドバーって! アーリアがやったの! とにかく、早く来てッ!」

お読み頂き、ありがとうございます。


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