112話 ありえませんわ
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昨日は実に清々しい勝利で終わりました。
特に私の活躍が光っていましたね! だってキリキアを捕まえてきたのですから!
アイツがいなければ、的確に敵の居所を掴むことなど出来なかったでしょう。
そ れ な の に !
リリアードのヤツ、「ティファ〜〜お主、あまり活躍しておらんのぉ〜」なんて言いやがって。
「そんでそんで、わしの活躍、凄かったじゃろ〜〜? 剣でビュン、ビュン――じゃ! あひゃひゃ!」
しかも鼻の穴のまで膨らませて、朝から絡んできたのです。
ああ、もう――危なくなったら助けてやろうと思っていたのに、本当に腹が立ちました。
ですから今日の昼休みは久しぶりに、少し生徒会を離れています。
クロエと食堂にやってきた私は、ここでラファエル、わんわんと合流しました。
まあ、彼等と会って話をするのは、何も腹が立っていたから――というだけではないのですが……。
「なんだかダブルデートみたいですね、ティファニーさま」
わんわんがペットの分際で、何か言っています。飼い主として無視も出来ませんので、適当に話を合わせて上げましょう。
「そうですわね。わたくしとクロエ、わんわんとラファエルのカップリング――これは中々にアリだと思いますわ。名案を思い付きましたね、わんわん」
「それは迷案だよ、ティファ……性的志向が倒錯している」
ラファエルがげんなりとして、言いました。
「そうかしら? 銀髪狼男と黒髪のイケメンなんて、腐女子にしてみれば垂涎の的ですわよ?」
「確かにそうね、ティファの言う通りだわ。それなら私は、ルイードの『受け』を推そうかしら」
おや? クロエの目がギラリと光り、話題に食いつきました。
この子――あまり男の子に興味が無いのかと思っていたのですけれど、声を掛けることが出来ないだけで、本当は拗れていたのかも……。
可哀想なので、少し話に乗ってあげましょう。
「あら、クロエ。わたくしは、ラファエルが酷い目に遭ってくれればと思うのだけれど……」
「だめよ、だめなのよッ、ティファ。狼が屈服するのが良いんじゃない! 分からないのッ!?」
「そ、そう? ……アオーンって鳴くからかしら?」
「もちろん最後はそうなんだけどね……襲い掛かるラファエル――そして鳴き叫ぶのを必至で我慢するルイードッ――蹂躙されながらもルイードは『……好き』って気持ちが抑えられなくなって――ついに彼は吠えるのよッ!」
「な、なるほど……ストーリーが大切なのね……」
クロエが腐った情熱を燃え上がらせている最中、ラファエルは顔を青くして頭を振っていました。
わんわんは気にせず、サラダを黙々と食べています。
「二人とも……僕はルイードを襲ったりしないからね……? 変な想像はやめてくれないかな?」
ふむ……確かに男同士のイチャイチャを想像したって、何も楽しくありませんからね。
私は大人しく頷き、クロエに目を向けます。
「やめましょう、クロエ……本人達の前で語るべき話ではありませんわ」
「そ、そうね……そう思うわ。私もつい、うっかり……」
そう言って俯くクロエは、僅かに頬を赤くして……。
とはいえ、彼女の隠された趣味が図らずも露見しました。ちょっと嬉しいですね。
――最近のクロエは白い肌にも磨きがかかって、更に美しくなったのではないかと思えます。
彼女は兎の獣人ですからね。根本がとても可愛らしい。
これも種としての生存本能なのでしょう――兎人というのは種族として弱い分、亜人種に分類される存在であれば、誰とでも交わり子を為せます。
でも、この本性があれば男達はきっとドン引き。クロエは永遠に私のものに違いありません。
ほら、今だってクロエは、とっても可愛いのですよ。
長い耳の片方を折り曲げ、紅い瞳を嬉しそうに細めながら極太のソーセージを齧る様は……え? お昼ご飯がソーセージ? エッロ! 何ですか、このエロエロな絵は!
“パキリ”
歯を軽く立てて、クロエはソーセージを中程から折り……。
「ふぁあああああ! エロい! エロいのですわッ! なんでソーセージなんてチョイスをしているのッ!」
「ど、どうしてって……私の好物なんだけど。ほら、付け合わせのザワークラフトも好きだし……」
「あなた、ニンジンはどうしたのッ!? 兎さんは草食でしょ!?」
「いいじゃない――そんなことを言ったらルイードなんて、どうなの? 狼人なのにサラダを貪り喰らっているわ」
「あれはいいのだわ、放っておきなさい! そんな事よりクロエ――ほら、ソーセージをもう一本食べなさい。今度は齧るのではなく、舌先で先端を舐めるように……アハ、アハハ……」
「な、なによ。どうしたの、ティファ。目が血走っているけれど……」
「良いではないか、良いではないか……ハァハァ……」
「ちょっと、気持ち悪いんだけど……あんまり食べるところ、見ないでよね。あと、さりげなくお尻を触らないで」
……おっと、いけませんね。
今度は私の迸るリビドーが溢れ返り、うっかりクロエのプリッとしたお尻を撫でていました。
彼女を見ていると、私の中で男が呼び覚まされるのです。
ハッ! これこそが兎人、種としての生存戦略では!?
というか――こんな話をする為に、彼等を呼んだ訳ではありません。
「ちょっと、あなた達。真面目にやりなさい」
「一番遊んでいるのは、ティファだと思うけれどね」
ラファエルが溜め息交じりに言いました。
コイツは片手でホットドックを齧っています。
それがまたイケメン風で、腹が立つといったら……もう。
私は彼から目を逸らし、わんわんに声を掛けました。
「ところで、わんわん」
「はい、ティファニーさま」
「本当に、良く調べたのですか? あなたの鼻が詰まっていた――なんてことは?」
「ありません。学院にいる全ての生徒の匂いを、二度嗅ぎましたから。でも――怪しい者はいませんでした」
「そんな……馬鹿な……」
「もう一度、調べてみますか?」
「いえ――二度まで調べて出て来ないのなら、匂いは完璧に隠していると判断した方が良いでしょう」
「そう……ですね」
私の正面に居るルイードが、真剣な眼差しで頷きました。
実のところ私は、魔将リーバ・ベルレを操った張本人が学院内にいるのではないか――と考えています。
何故なら魔将は、私達八君主を殺そうとしなかった。
その理由を推測すると、一つの仮説が浮かび上がります。
「ゲーム開始前に、主要キャラが死ぬ事は無い」
これ――実は私、試したんですよ。
自分に蘇生魔法を掛けず、炎に塗れてみたんです。
どうせランドもいないし、死んでもいいかなって――自暴自棄にもなっていたのかも知れませんね。
そうしたら、そんな時だけアイロスが帰って来て「何してるんだ?」って、サクッと火を消して……。
つまり現状の私達は、死ねないんです。死のうとしても、それから逃れる何らかの作用が発生する。
だからあの時もアイロスが来て、援軍が間に合ってしまった――そう考えたら辻褄が合うのですよ。
ですが、ならば何を目的に魔将を操り、大陸東端に攻撃を仕掛けたのか。
現時点で人間側の勢力に危機感を抱かせる意図は、どこにあるのか。
と、このような疑問も同時に浮かびます。
これに対しても、私は仮説を立てました。
真の魔王側に対する牽制ではないか――と。それは即ち、私とアイロスへの挑戦です。
これを裏付けるかのように、アイロスは姿を消して目に見えぬ「敵」を追い始めました。
東を攻撃した理由は、近年目覚ましい発展を遂げているルーヴェの国力を落とす目的だとして、それで利益を最も享受する国家は?
やはりこれも、八大列強のいずれかである可能性が高い。
また同時に人間側の、魔王に対する包囲網が着々と作られています。
これならば後に闇側の勢力として巨大化するであろう私の力を、随分と牽制できるでしょう。
つまり犯人は、これがゲームであることを知る者――でなければ、未来を知っている者……。
しかも世界に覇を唱えようとしているのではないか、と考えられます。
これを踏まえて最悪のケースを想定するなら、犯人は「Herzog」をプレイしたことが有り、私と同じく何らかのキャラクターに転生した存在――ということになる。
そんな存在ならば、どこにいる可能性が一番高いのか?
そこまで考えたら、蓋然性が最も高いのは学院にいること。
付け加えるなら、それも八君主のうちの一人である可能性が高い。
ついでに言えば魔将による襲撃を、私に擦り付けてくるでしょう。
何故なら相手は未来を知る者です。私の正体も、とうの昔に知っているはず……。
だからこそ、それまでに相手の正体を突き止め、八つ裂きにしなければなりません。
もしも私にアドバンテージがあるのなら、私が転生者であることを相手が知らない。この一点に尽きるのです。
けれど残念ながら私の力では、これ以上の推理が出来ませんでした。
それでラファエルに協力を頼んだのです。
もちろん彼には、この世界がゲームである可能性、そして私と魔王の繋がりは伏せています。
その上で、リーバを操った者が学院にいるのではないか――と打ち明けました。
以来、私と彼は親友でありながら同志として、共に仲間の仇を討つ為の活動を始めたのです。
その中でクロエとルイード――わんわんですね――には、魔将リーバと繋がりのあった生徒が居ないか、匂いや直感を使い探らせていました。
しかし、結果は芳しくありません。
だって、今わんわんが言ったのは――「リーバの匂いを漂わせている者は、一人も居ませんでした」という意味だったのですから。
「クロエさんの直感に引っ掛かる人も、いなかったのかな?」
「ええ……皆無だわね」
「そっか……うーん……」
クロエの正面に座ったラファエルが、腕組みをして唸りました。
「そんなバカなこと、ありませんわ……絶対……居るはずですもの……」
唇が、震えてしまいます。
ランドの仇が居るはずなのに、誰か分からないなんて……。
「でもティファニーさま。リーバの匂いなんて誰からも……」
「ええ、そうね。私も全身が総毛立つような感覚は、誰からも……」
「クロエの臆病力を持ってしても、駄目ですか……」
「あのね、ティファ。臆病力って何よ? 直感力よ、直感力!」
「そんなの、どっちでも良いのだわ」
「良く無ぇから」
ラファエルが「まあまあ」と言って両手を広げました。
「――だとすると、可能性が高いのはメティル・ラー・スティームですわ」
「一足先に学院を卒業したからね。可能性はあると思うけれど……でも、決して高くは無いと思うよ」
「ラファエルの言う通りですよ、ティファニーさま。去年嗅いだ限りでは魔物の匂いなんて、彼女からはまったくしませんでした」
わんわんの言にクロエも頷き、「私の直感にも引っ掛からなかったわ」と言っています。
「それに、彼女の側にはセフィロニアさまも居る。あの方なら、民が巻き込まれる様な戦争や災害は避けようとなさるはず……」
顎に指を当てて、ラファエルが言いました。
「そうですか? あの人って悪魔的な部分、結構あると思いますわ」
「それはティファの思い過ごしさ。あの方は誰よりも、ティファの身を案じていたのだし……」
「だったらなぜ、メティルの下へ? 悪魔に操られている――という可能性だってあるでしょう」
「それは無いね――だってあの方も、軍師スキルSSなんだから」
「ふぅん……まあ、そうですわね。こんなことなら、味方に引き込んでおけば良かった……」
まあ、逃した魚は大きかった――というところでしょうか。
でも私のイメージではラファエルが諸葛亮、ゲイヴォルグが周瑜、セフィロニアが司馬懿といったところ。決して並び立たないし、だからこそラファエルを選んだのですけれど……。
でもそれなら、どこかに法正とか龐統がいないかしら?
などと考えていたらラファエルがパンを細かく千切って、テーブルの上に起きました。そして一番大きなパン切れを指差し「僕が思うに、これが魔将だとしたら――」と言い始めます。
「美味しそうですわね」
「ティファ、茶化さないで。イグニシアじゃあ無いんだから」
「イグニシアはメロンパンにしか、興味を示さないでしょう?」
「いいから、聞いてくれ」
「ういうい」
頷く私をまじまじと見て、ラファエルが軽く吹き出しました。
「ういういって――はは」
笑いを収めたラファエルが、“魔将”と名付けたパン切れの横に、小さなパン切れを置きます。
「……いいかい、これが魔将だとしたら、それを操る人間がコレだよね?」
それから“操る人”と名付けたパンの隣にもまたパン切れを置いて……三つのパン切れが横に並びました。
その三つを順に指差し、最後に置いたパン切れをチョンと突ついてラファエルが言います。
「で、魔将を操る者に対して、この人物が指示を下しているとしたら――この人物まで魔将の匂いが届くかな? 直感は働くかい?」
「いや、匂わない」
「私も、分からないわね……」
「つまりだ、二人が探さなきゃいけないのは、魔物の臭いを漂わせて学院へやってくる人物――ってことになるね」
「え……それは範囲が広いし、いくら何でも二人だけじゃあ……」
眉を顰めるわんわんに対し、ラファエルが爽やかに笑っています。
「実のところ、それほど多くの人に当たらなくても良いと思う。何故なら、これだけ巧妙に正体を隠せる者は、それだけで限定出来ると思うからさ。例えば知謀90以上の者を訪ねてくる者とかね」
「――さすが軍師スキルSSですわ!」
私が手を叩いて喜ぶと、ラファエルが照れた様に笑います。
そしてまた、説明を続け……。
「具体的に言えば、知謀、統率力共に90を超えている者を重点的に調べれば、恐らく見つかるだろう――というより……実は調べて欲しい人物がいるんだ……」
「何ですの、ラファエル――見当、付いているんじゃありませんか」
「うん、まあ……全生徒の経歴を見ることの出来る生徒会にいればね、予測くらい出来るさ。本当はティファの思い過ごしなら良いのに――とも思ってはいたのだけれど……」
そんな話をしていたらミズホが転がる様に走ってきて、私の前で止まりました。「ハアハア」と荒い息をして、目には溢れんばかりの涙を溜めている――こんなミズホを見るのは、初めてかも知れません。
「マリアードが……マリアードが大変なの! お姉ちゃん、急いで生徒会室へ来て!」
「どうしたのです、ミズホ?」
「いいから、お願い!」
「だから、詳しく……」
「血がドバーって! 顔から血がドバーって! アーリアがやったの! とにかく、早く来てッ!」
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