109話 駄エルフが二人ですわ
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「ねえ、ティファ。どうして会長のバックアップに回ろうと思ったんだい?」
走るリリアードとマリアードの背中を追いつつ、ラファエルが声を掛けてきました。
「え?」
彼の問いに、私は思わずポカンと口を開けます。だってそんなの、決まってるじゃありませんか。
「いいですか、ラファエル。イグニシアとミズホがラフィーアに負けることなど、天地がひっくり返っても有り得ません。しかし、このアホ姉妹では……ノトス、ラトス兄弟と戦って勝てるか、なんだか不安なのですわ!」
「そっか――でもティファ。そんなに心配しなくても、僕は大丈夫だと思うな」
「そりゃ実力で言ったら、きっと勝てるでしょう。でもね、あの二人のことです。とんでもない油断をしかねませんわ!」
「心配性なんだね」
風の様に廊下を駆けるエルフ姉妹の後を追いつつ、ラファエルが苦笑しています。
「心配性って――あなたはリリアのポンコツっぷりを舐めていますわッ!」
「あっ!」
リリアードの悲鳴が上がりました。
言ったそばからリリアードが、廊下に落ちていたバナナの皮で滑っています。
なんだってわざわざバナナの皮に、足を降ろしてしまうのか。
いえ、そもそも何でバナナの皮が廊下に落ちているんだ、という問題もありますが。
とにかく、この有様なのですから、放っておけるものですか!
「ふわぁぁぁああ!」
リリアードが空中で叫び、一回転しています。
何事も無かったかのように着地できたのは、咄嗟に魔法を使ったからでしょう。
まったく、無駄に高性能な女ですね。
「姉さま、凄いのじゃ!」
これにマリアードは手をパチパチと叩き、大喜び。
ただ、こっちの方は器用に人を避けて、喜びながらも無難に走っています。
まあ――マリアードは将来の猛将ですからね。基礎的な身体能力が高いのでしょう。
「へぶッ!」
と思ったら、何も無い所で転びました。
マリアードが両手をつき出し、ヘッドスライディングをかましています。
あ〜あ……。
「ほら、この有様ですもの……」
「はは……何だかんだと言って、ティファが友達想いだってことは理解出来たよ」
「違います。あの二人には、まだ利用価値があるってだけですわ」
「ふうん……利用価値……ね。それで、心証を少しでも良くしておこうと?」
私はラファエルをギロリと睨み、黙らせました。
――――
校舎裏に到着すると、そこはカップル達のイチャイチャパラダイス。
横並びに置かれたベンチには、無数の恋人達が座っています。
そんな中、異彩を放つ男が二人、カップル達を睥睨しながら闊歩していました。決してホモォな訳では無く……彼等こそノトス・バンプ、ラトス・バンプ兄弟なのです。
どうやらまだ、獲物を物色中のようですね。
ここでリリアードが、さっさと辻試合を挑んでくれれば楽なのですが……。
「あわ、あわわわ……マリアード、見てはいかん」
こんな事を言って、リリアードがマリアードの両目を後ろから塞いでいます。
本人はと言えば、若干涎を零しながら、「チュウじゃ、チュウをしておる……」なんてうわ言のように口をパクパクとしていました。
そりゃあチュウくらい、するでしょうよ。だってここ、そういう場所ですからね!
情けない表情で後ろを振り返り、私に指示を求めるリリアード。
仕方が無いので私は右手を前後にブンブンと振って、前に行けと示します。
それから辺りに紛れる様、赤くて複雑な模様のベンチに腰を下ろしました。
もちろん隣にはラファエルが居て――私の肩を抱く様に腕を回しています。
「ちょっと、近いですわよ!」
「こうしないと、ノトス、ラトス兄弟に気付かれるだろう?」
「気付かれて挑まれたら、ラッキーじゃありませんか!」
「それじゃあ、会長に悪いよ。せっかくやる気を出してくれているのだから」
「そんなもの……あら、ラファエル。鼻毛が出ていましてよ?」
「えっ……本当?」
「失礼ですわね。わたくしが嘘を吐いた事、ありまして?」
「……嘘ばかり吐いていると思うけれど」
言いながらラファエルが私から顔を背け、鼻の穴を確認しています。
キシシシ……顔を近づけてくる男など、こう言えば大体、撃退出来ますからね。
「ティファ! 鼻毛なんて出ていないじゃないか!」
「五月蝿いですわね。あなた――わざわざ魔法を使って確認しましたの?」
「したよ! そりゃあ――」
「ああ、もう、女々しいったらありませんわ。男ならドーンと構えていなさいよ」
「ドーンと鼻毛が出ているなんて、嫌だよ」
「まったく……これだからチャラ男は……」
と、不満を口にしつつ、私はノトス、ラトスに目を向けます。
相変わらずターゲットを探しているようですね。
カップル達は彼等と目を合わせないよう、知らん顔をしているようです。
そりゃ、当然ですね。
だってイチャコラしたいのに、どうしてむさ苦しい男の顔を見なければならないのか……やり過ごすのが正解ってものです。
それにしても……本当にあの二人はむさ苦しい。
ノトス、ラトス兄弟は純然たる人間種です。
人間種といえばヴァルキリアにあっては、それだけで知的な種族。
しかし彼等は、どう見ても知性を感じさせる見た目じゃありません。
何しろ彼等の身長は二メートル弱もあって、獣人よりも強い膂力を誇っている。
実際、彼等もゲームの本編に出てくるアーリア麾下の猛将ですしね。
「ねぇ、ラファエル。どちらも坊主頭って、恐いですわね。顔もソックリ」
「ええと……眉毛がある方がノトスで、無い方がラトスだよ」
「何ですか、その嫌な見分け方は……」
「僕もどうかと思うのだけれど、見分けることが出来るだけマシだと思うことにしている」
「ま、そうかも知れませんけれども……」
私は二人の頭を見つめ、げんなりと肩を落としました。
小さな四頭身であるマリアードと比べると、凄まじい身長差です。
やっぱり、代わってあげようかしら……。
そう思っていると、ノトス――眉毛のある方ですね――が振り向き、後ろを歩いていたリリアードに目を付けました。
「あらぁ? これはこれは、生徒会長じゃあないですかぁ?」
「あ、何じゃ?」
リリアードもピタリと立ち止まり、腕組みをしてノトスを見上げます。
ついでにマリアードもリリアードと同じ姿勢でラトスを睨んでいますが、すぐに笑い始めてしまいました。
「あひゃひゃひゃひゃひゃ! 眉毛! 眉毛がないのじゃ! なんじゃ、これはッ!」
四つん這いになって、マリアードがバンバンと地面を叩いています。
ここに至り、カップル達が対峙する兄弟と姉妹に目を向けました。
が――余りにもマリアードが激しく笑うので、リリアードも楽しくなってしまったらしく……。
「ぷぷっ……気様等に、ここで辻試合をっ……ぷぷっ……あひゃひゃひゃひゃ! こっちは眉毛があるぞ、マリアードッ! なんじゃ、こやつら! 同じ顔なのに、髪型を変えるとかではなく、揃って坊主頭で――あひゃひゃひゃひゃ! ――なんで眉毛の有無で分けておるのじゃああああ!」
リリアードも四つん這いになって、地面をバンバンと叩き始めました。
そして辺りのカップル達も、リリアードの意見に同意したのでしょう。
「「アハハハハハハハ!」」
それはもう、大爆笑が巻き起こってしまったのです。
もちろん私も――
「ファーハハハハハハハハハハッ!」
「ティ、ティファ……笑っちゃ……ププッ……ダメだって……アハハハハッ」
いつもは冷静なラファエルもムニムニと口を動かし、結局は笑っていました。
◆◆
案の定と言えばいいのでしょうか……ノトス、ラトスの二人は激しくキレています。
「て、てめぇら! 笑うんじゃねぇ!」
「本当ね……ぜぇったい、許さないんだからぁ〜」
「こうなったら辻試合だぜ!」
「そうよッ! 今笑った人達、纏めて潰してあげるわ! 試合よ! 試合で私達の恐さを、存分に理解らせてあげるッ!」
しかし濃い奴らですね。眉毛付きの方がオカマっぽくて、眉毛無しの方が不良っぽいとか……。
挙げ句に二人とも制服の上から分かる程、筋肉が盛り上がっています。
いわゆるハゲマッチョ、というやつでしょう。
お陰でリリアもマリアも、完全にツボです。
「ぶわははははははっ! 腹が、腹が捩れるのじゃあああああ!」
「姉さま、姉さま! こいつら剣じゃなくて、丸い棍棒をもっているのじゃああああ! あっ! 眉無しの方、先端に鉄球が付いておる〜〜! ひゃひゃひゃ!」
「なんじゃそれは、マリアード! それではこやつ等の頭と一緒ではないかぁあああ! あひゃひゃひゃひゃ!」
「姉さま! 頭と一緒って! ひゃひゃひゃひゃひゃ! どっちも光っておる〜〜!」
ノトスとラトスが上着を脱ぎ捨てました。二人の額には真っ青な血管が浮かび、ピクピクと脈動しています。
「ラトス……予定変更よ。カップルは後回し……先に生徒会長を叩き潰しましょう」
「え? でも兄貴、いいのかよ? キリキアのヤツにはイグニシアとミズホと、あと一応リリアードには挑むなって言われてんだろ?」
「大丈夫――さっき会長が『辻試合』と言ってたでしょう? だから私達は、挑まれたのよ……ククッ」
「なら、いいか! 挑んだんじゃねぇもんな、挑まれたんだもんな! よぅし! だったらコイツ等、素っ裸にひん剥いて、池に放り込んでやらぁ!」
ふぅむ……マリアードが言う様にノトスが鉄の棍棒、ラトスがモーニングスターを武器としています。
「変わった武器だね……連接棍の一種かな?」
「ああ、あれはモーニングスター……星球式鎚矛とも言い、確かに連接棍の派生系です。棍棒状の部分が持ち手となり、鎖で繋がれた星形の鉄球で主に攻撃する武器ですわ」
「……ティファ。解説ありがとう……なんていうか、武器に詳しいんだね」
「ゲーヲタでしたので」
「ゲー……なに?」
「何でもありませんわ」
まあ……どちらの武器であれ、細身の剣が主武装のリリアードは不利。ましてや短剣しか扱えないマリアードでは危険かも知れませんね。
ノトスとラトスが武器を構えました。
リリアード達はまだ笑い転げていて、戦うどころでありません。
まったく――仕方がないですね。
私は彼女達に代わり、戦う為に立ち上がりました。
まだ辻試合は発動していない――これを理由にすれば、暴力による威嚇行為に対して懲罰が可能でしょうから……。
「どこに行くんだい、ティファ?」
「どこって、決まっているでしょう。この状況では、リリア達が危ないですわ」
「まあまあ――もうちょっと待ってみようよ」
そう言ってラファエルが私の手を引き、また座らせます。
「……あなたねぇ! 流石にあの棍棒でマリアードが殴られたらと思うと、ゾッとしますわ!」
「大丈夫だって」
ラファエルが目を細めて、ラトスを見つめています。
瞬間――モーニングスターの鉄球が、マリアードに向かって放たれました。
“ドン”
凄まじい音と共に地面が抉れ、土砂が舞い上がります。
「ひぃっ!」
思わず私は、顔を手で覆ってしまいました。
鉄球がマリアードの頭を割ったのではないかと、不安になったからです。
しかし当のマリアードは後方へ飛び、クルリと回転して着地しました。
「あひゃ……ひゃひゃ!」
そして、まだ笑っています。
「くる……しい」
お腹を抑えながらも腰の短剣を抜き、重心を落として構えました。
「ええと、辻試合じゃな? ……ひゃひゃ……ようし、成立じゃ!」
なんとリリアードではなくマリアードが、辻試合の成立を表明しました。
流石に攻撃をされたことで、笑いも収まりつつあります。「ひー、ふー」とマリアードは息を整えていました。
一方リリアードも漸く立ち上がり、レイピアを抜きます。
「おお、そうじゃった、そうじゃった。我ら姉妹と貴様ら兄弟で、辻試合じゃ」
リリアードがユラリと揺れて、緑色の瞳が輝きます。が――笑い過ぎたせいでしょう。目尻に涙を溜めて、それを指で軽く拭っていました。
それからビュンとレイピアを一閃。風が舞い上がり、彼女が宙に浮きます。
「悪いが魔法も使わせて貰うぞ――たまには精霊どもを呼んでやらねば、機嫌が悪ぅなるのじゃ」
お読み頂き、ありがとうございます。
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