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109話 駄エルフが二人ですわ

 ◆


「ねえ、ティファ。どうして会長のバックアップに回ろうと思ったんだい?」


 走るリリアードとマリアードの背中を追いつつ、ラファエルが声を掛けてきました。


「え?」


 彼の問いに、私は思わずポカンと口を開けます。だってそんなの、決まってるじゃありませんか。

 

「いいですか、ラファエル。イグニシアとミズホがラフィーアに負けることなど、天地がひっくり返っても有り得ません。しかし、このアホ姉妹では……ノトス、ラトス兄弟と戦って勝てるか、なんだか不安なのですわ!」

「そっか――でもティファ。そんなに心配しなくても、僕は大丈夫だと思うな」

「そりゃ実力で言ったら、きっと勝てるでしょう。でもね、あの二人のことです。とんでもない油断をしかねませんわ!」

「心配性なんだね」


 風の様に廊下を駆けるエルフ姉妹の後を追いつつ、ラファエルが苦笑しています。


「心配性って――あなたはリリアのポンコツっぷりを舐めていますわッ!」


「あっ!」


 リリアードの悲鳴が上がりました。


 言ったそばからリリアードが、廊下に落ちていたバナナの皮で滑っています。

 なんだってわざわざバナナの皮に、足を降ろしてしまうのか。

 いえ、そもそも何でバナナの皮が廊下に落ちているんだ、という問題もありますが。

 とにかく、この有様なのですから、放っておけるものですか!


「ふわぁぁぁああ!」


 リリアードが空中で叫び、一回転しています。

 何事も無かったかのように着地できたのは、咄嗟に魔法を使ったからでしょう。

 まったく、無駄に高性能な女ですね。


「姉さま、凄いのじゃ!」


 これにマリアードは手をパチパチと叩き、大喜び。

 ただ、こっちの方は器用に人を避けて、喜びながらも無難に走っています。

 まあ――マリアードは将来の猛将ですからね。基礎的な身体能力が高いのでしょう。


「へぶッ!」


 と思ったら、何も無い所で転びました。

 マリアードが両手をつき出し、ヘッドスライディングをかましています。

 あ〜あ……。


「ほら、この有様ですもの……」

「はは……何だかんだと言って、ティファが友達想いだってことは理解出来たよ」

「違います。あの二人には、まだ利用価値があるってだけですわ」

「ふうん……利用価値……ね。それで、心証を少しでも良くしておこうと?」


 私はラファエルをギロリと睨み、黙らせました。


 ――――


 校舎裏に到着すると、そこはカップル達のイチャイチャパラダイス。

 横並びに置かれたベンチには、無数の恋人達が座っています。

 そんな中、異彩を放つ男が二人、カップル達を睥睨しながら闊歩していました。決してホモォな訳では無く……彼等こそノトス・バンプ、ラトス・バンプ兄弟なのです。


 どうやらまだ、獲物を物色中のようですね。

 ここでリリアードが、さっさと辻試合を挑んでくれれば楽なのですが……。


「あわ、あわわわ……マリアード、見てはいかん」


 こんな事を言って、リリアードがマリアードの両目を後ろから塞いでいます。

 本人はと言えば、若干涎を零しながら、「チュウじゃ、チュウをしておる……」なんてうわ言のように口をパクパクとしていました。


 そりゃあチュウくらい、するでしょうよ。だってここ、そういう場所ですからね!


 情けない表情で後ろを振り返り、私に指示を求めるリリアード。

 仕方が無いので私は右手を前後にブンブンと振って、前に行けと示します。

 それから辺りに紛れる様、赤くて複雑な模様のベンチに腰を下ろしました。

 もちろん隣にはラファエルが居て――私の肩を抱く様に腕を回しています。


「ちょっと、近いですわよ!」

「こうしないと、ノトス、ラトス兄弟に気付かれるだろう?」

「気付かれて挑まれたら、ラッキーじゃありませんか!」

「それじゃあ、会長に悪いよ。せっかくやる気を出してくれているのだから」

「そんなもの……あら、ラファエル。鼻毛が出ていましてよ?」

「えっ……本当?」

「失礼ですわね。わたくしが嘘をいた事、ありまして?」

「……嘘ばかり吐いていると思うけれど」

 

 言いながらラファエルが私から顔を背け、鼻の穴を確認しています。

 キシシシ……顔を近づけてくる男など、こう言えば大体、撃退出来ますからね。


「ティファ! 鼻毛なんて出ていないじゃないか!」

「五月蝿いですわね。あなた――わざわざ魔法を使って確認しましたの?」

「したよ! そりゃあ――」

「ああ、もう、女々しいったらありませんわ。男ならドーンと構えていなさいよ」

「ドーンと鼻毛が出ているなんて、嫌だよ」

「まったく……これだからチャラ男は……」


 と、不満を口にしつつ、私はノトス、ラトスに目を向けます。

 相変わらずターゲットを探しているようですね。

 カップル達は彼等と目を合わせないよう、知らん顔をしているようです。

 そりゃ、当然ですね。

 だってイチャコラしたいのに、どうしてむさ苦しい男の顔を見なければならないのか……やり過ごすのが正解ってものです。


 それにしても……本当にあの二人はむさ苦しい。


 ノトス、ラトス兄弟は純然たる人間種です。

 人間種といえばヴァルキリアにあっては、それだけで知的な種族。

 しかし彼等は、どう見ても知性を感じさせる見た目じゃありません。

 何しろ彼等の身長は二メートル弱もあって、獣人よりも強い膂力を誇っている。

 実際、彼等もゲームの本編に出てくるアーリア麾下の猛将ですしね。


「ねぇ、ラファエル。どちらも坊主頭って、恐いですわね。顔もソックリ」

「ええと……眉毛がある方がノトスで、無い方がラトスだよ」

「何ですか、その嫌な見分け方は……」

「僕もどうかと思うのだけれど、見分けることが出来るだけマシだと思うことにしている」

「ま、そうかも知れませんけれども……」


 私は二人の頭を見つめ、げんなりと肩を落としました。

 小さな四頭身であるマリアードと比べると、凄まじい身長差です。

 やっぱり、代わってあげようかしら……。


 そう思っていると、ノトス――眉毛のある方ですね――が振り向き、後ろを歩いていたリリアードに目を付けました。


「あらぁ? これはこれは、生徒会長じゃあないですかぁ?」

「あ、何じゃ?」


 リリアードもピタリと立ち止まり、腕組みをしてノトスを見上げます。

 ついでにマリアードもリリアードと同じ姿勢でラトスを睨んでいますが、すぐに笑い始めてしまいました。


「あひゃひゃひゃひゃひゃ! 眉毛! 眉毛がないのじゃ! なんじゃ、これはッ!」


 四つん這いになって、マリアードがバンバンと地面を叩いています。

 ここに至り、カップル達が対峙する兄弟と姉妹に目を向けました。

 が――余りにもマリアードが激しく笑うので、リリアードも楽しくなってしまったらしく……。


「ぷぷっ……気様等に、ここで辻試合をっ……ぷぷっ……あひゃひゃひゃひゃ! こっちは眉毛があるぞ、マリアードッ! なんじゃ、こやつら! 同じ顔なのに、髪型を変えるとかではなく、揃って坊主頭で――あひゃひゃひゃひゃ! ――なんで眉毛の有無で分けておるのじゃああああ!」


 リリアードも四つん這いになって、地面をバンバンと叩き始めました。

 そして辺りのカップル達も、リリアードの意見に同意したのでしょう。


「「アハハハハハハハ!」」


 それはもう、大爆笑が巻き起こってしまったのです。

 もちろん私も――


「ファーハハハハハハハハハハッ!」

「ティ、ティファ……笑っちゃ……ププッ……ダメだって……アハハハハッ」


 いつもは冷静なラファエルもムニムニと口を動かし、結局は笑っていました。


 ◆◆


 案の定と言えばいいのでしょうか……ノトス、ラトスの二人は激しくキレています。


「て、てめぇら! 笑うんじゃねぇ!」

「本当ね……ぜぇったい、許さないんだからぁ〜」

「こうなったら辻試合だぜ!」

「そうよッ! 今笑った人達、纏めて潰してあげるわ! 試合よ! 試合で私達の恐さを、存分に理解わからせてあげるッ!」


 しかし濃い奴らですね。眉毛付きの方がオカマっぽくて、眉毛無しの方が不良っぽいとか……。

 挙げ句に二人とも制服の上から分かる程、筋肉が盛り上がっています。

 いわゆるハゲマッチョ、というやつでしょう。

 お陰でリリアもマリアも、完全にツボです。


「ぶわははははははっ! 腹が、腹が捩れるのじゃあああああ!」

「姉さま、姉さま! こいつら剣じゃなくて、丸い棍棒をもっているのじゃああああ! あっ! 眉無しの方、先端に鉄球が付いておる〜〜! ひゃひゃひゃ!」

「なんじゃそれは、マリアード! それではこやつ等の頭と一緒ではないかぁあああ! あひゃひゃひゃひゃ!」

「姉さま! 頭と一緒って! ひゃひゃひゃひゃひゃ! どっちも光っておる〜〜!」


 ノトスとラトスが上着を脱ぎ捨てました。二人の額には真っ青な血管が浮かび、ピクピクと脈動しています。


「ラトス……予定変更よ。カップルは後回し……先に生徒会長を叩き潰しましょう」

「え? でも兄貴、いいのかよ? キリキアのヤツにはイグニシアとミズホと、あと一応リリアードには挑むなって言われてんだろ?」

「大丈夫――さっき会長が『辻試合』と言ってたでしょう? だから私達は、挑まれたのよ……ククッ」

「なら、いいか! 挑んだんじゃねぇもんな、挑まれたんだもんな! よぅし! だったらコイツ等、素っ裸にひん剥いて、池に放り込んでやらぁ!」


 ふぅむ……マリアードが言う様にノトスが鉄の棍棒、ラトスがモーニングスターを武器としています。

 

「変わった武器だね……連接棍の一種かな?」

「ああ、あれはモーニングスター……星球式鎚矛とも言い、確かに連接棍の派生系です。棍棒状の部分が持ち手となり、鎖で繋がれた星形の鉄球で主に攻撃する武器ですわ」

「……ティファ。解説ありがとう……なんていうか、武器に詳しいんだね」

「ゲーヲタでしたので」

「ゲー……なに?」

「何でもありませんわ」

 

 まあ……どちらの武器であれ、細身の剣(レイピア)が主武装のリリアードは不利。ましてや短剣しか扱えないマリアードでは危険かも知れませんね。

 

 ノトスとラトスが武器を構えました。

 リリアード達はまだ笑い転げていて、戦うどころでありません。

 

 まったく――仕方がないですね。

 私は彼女達に代わり、戦う為に立ち上がりました。

 まだ辻試合は発動していない――これを理由にすれば、暴力による威嚇行為に対して懲罰が可能でしょうから……。


「どこに行くんだい、ティファ?」

「どこって、決まっているでしょう。この状況では、リリア達が危ないですわ」

「まあまあ――もうちょっと待ってみようよ」


 そう言ってラファエルが私の手を引き、また座らせます。

 

「……あなたねぇ! 流石にあの棍棒でマリアードが殴られたらと思うと、ゾッとしますわ!」

「大丈夫だって」


 ラファエルが目を細めて、ラトスを見つめています。

 瞬間――モーニングスターの鉄球が、マリアードに向かって放たれました。

 

 “ドン”


 凄まじい音と共に地面が抉れ、土砂が舞い上がります。

 

「ひぃっ!」


 思わず私は、顔を手で覆ってしまいました。

 鉄球がマリアードの頭を割ったのではないかと、不安になったからです。

 しかし当のマリアードは後方へ飛び、クルリと回転して着地しました。


「あひゃ……ひゃひゃ!」


 そして、まだ笑っています。


「くる……しい」


 お腹を抑えながらも腰の短剣を抜き、重心を落として構えました。


「ええと、辻試合じゃな? ……ひゃひゃ……ようし、成立じゃ!」


 なんとリリアードではなくマリアードが、辻試合の成立を表明しました。

 流石に攻撃をされたことで、笑いも収まりつつあります。「ひー、ふー」とマリアードは息を整えていました。

 

 一方リリアードも漸く立ち上がり、レイピアを抜きます。

 

「おお、そうじゃった、そうじゃった。我ら姉妹と貴様ら兄弟で、辻試合じゃ」


 リリアードがユラリと揺れて、緑色の瞳が輝きます。が――笑い過ぎたせいでしょう。目尻に涙を溜めて、それを指で軽く拭っていました。

 それからビュンとレイピアを一閃。風が舞い上がり、彼女が宙に浮きます。


「悪いが魔法も使わせて貰うぞ――たまには精霊どもを呼んでやらねば、機嫌が悪ぅなるのじゃ」

お読み頂き、ありがとうございます。


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