107話 悪魔じゃありませんわ
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三階から下の踊り場に向かって、腰の剣を抜きながらニアが飛びました。
ああ……制服には剣帯が付いていまして、各々、任意の武器を下げているのです。
シュトラウスは左手でキリキアを庇いつつ、ニアに視線を合わせて言いました。
「勝負? 辻試合か……?」
頬をピクリと引き攣らせ、シュトラウスが低い声音で言いました。
彼は黒髪黒目の褐色肌で、後に“黒虎”と呼ばれるヴァルキリアの猛将です。
身長はさほど高くありませんが機敏な動きと高威力の魔法で、ゲーム中でも厄介な存在でした。
「そうだべ! 近頃アーリア派が騒がしいようだから、ここらで現生徒会派の力を見せてやるだ!」
「ふん、駄エルフの猟犬か? 舐めるなよ」
右手で左手を包み込む様にして、シュトラウスがパキポキと骨を鳴らしています。
しかしキリキアがシュトラウスの肩を掴み、退く様に言いました。
「止めろ、シュトラウス。あれはニア・ローランド、不利だ」
「不利だと? 冗談ではない、二年に舐められてたまるか」
唸る様な声を発し、シュトラウスがキリキアを突き放します。
「その女の言う事は、正しいべ。こっちの方が武力も高いし、勝負したくないって言うなら止めないだ」
「ぬかせ。武力の差が、そのまま戦力の差だと考えぬことだ」
「……じゃあ、受けてくれるだな?」
「当然だ」
ニアが空いている左手で、眼鏡をクイッと持ち上げます。
この子、意外と頭脳派だったのですね。まさかこうやって挑発するとは、思ってもいませんでした。
それに、この位置取り。侮れません。
実際、武力はニアが勝っていますが、魔力はシュトラウスの方が上です。
だからニアはシュトラウスが魔法を放つと踏んで、三階へと続く階段を背後にしました。三階では三年生達が見下ろしているので、迂闊にシュトラウスが魔法を放てば、彼等に犠牲が出る位置です。
つまりシュトラウスが魔法を放てば、三年生に犠牲が出てアーリアの評判が下がる。放たなければ、武力の高いニアが優位のまま、と。
朴訥な外見に似合わず、どうやらニアは計算高い。
いえ――違いますね。考えてみればニアには、こうする必要があったのです。
二人は互いの剣先をカチリと合わせ、すぐに激突しました。
狭い踊り場の中で交差する二本の剣は、刃鳴りと同時に激しく火花を散らせます。
ニアはどちらかと言えば槍が得意ですが、今は剣しか持っていない。学院に大きな槍は、持ち込めませんからね。
一方シュトラウスは魔法剣士といった特性だけれど、場所的に魔法を封じられています。
となると、どちらも切り札を封じられている状態。勝敗の行方を予測するのは、ちょっと困難ですね。
でも、それで良いのです。
別に今回は、ニアがシュトラウスに勝つ必要は無い。
私はシュトラウスから離れて、二階へと続く階段部分に避難した女に視線を向けました。キリキア・アーキテクト・タイガーです。
彼女は独断で戦いを始めたシュトラウスを、小声で罵っていました。
「くそっ! シュトラウスのバカめ! 仕事を忘れて戦闘に没頭するなんてッ!」
キリキアは小柄で、黒髪に少しの金髪が混じったショートボブ。
耳は僅かに先端が尖っていて、妖精の血を伺わせます。
黒縁眼鏡を掛けているところが若干ニアとキャラ被りですが、雰囲気は真逆。
何故ならニアがホンワカしているのに対し、彼女は吊り目でギザギザ歯が特徴です。ガブリと食いつかれたら、とっても痛そう。
「シュトラウス! 戦っている場合かッ!」
そのキリキアが、キョロキョロと周囲を見回しながら叫びます。何かを探しているような仕草なので……。
もしかしたら、私達の意図に感づいたのかも知れませんね。さすが、軍師の真似事をやる女だけのことはあります。
……が、もう遅い。だって私が、ここにいるのですから。
三階に立つ三年生達の影に混じって、私は小声で呪文を唱えました。
「此の地から彼の地へ、我を速やかに運ばん」
詠唱に合わせて空間が歪み、歪んだ空間は異次元を経て、キリキアの背後へと繋がります。
私はギョッとする三年生達を尻目に、亜空間へと入りました。
亜空間には三つの出入り口があって、それぞれ先の風景が見えています。
だから最初に私は、キリキアの背中が見える位置へと向かいました。
亜空間――黒や赤や緑や白といったグロテスクな色彩が湾曲し、うねる様に動いている場所――から私は右手を出し、キリキアの肩を叩きます。
「ごきげんよう、キリキアさん」
「なっ?」
振り返ったキリキアの顔が、驚愕に見開かれます。
それはそうでしょう――だって彼女の視線の先にある物体は、私の手だけ。他は原色がうねる、歪な空間が広がっているのですから。
もちろん彼女も魔導師の端くれですから、空間転移は知っているはず。ですが、このように悪魔が使う“亜空間転移”は、初めて目にしたのでしょうね。
キリキアは口をパクパクとさせて、私の手を払おうとしています。
「な、なんだ? だれだ? 私は悪魔など召喚していないッ!?」
失礼ですね……亜空間転移を悪魔召喚と見紛うなんて。
そりゃあ私、ちょっと悪魔と契約をしていますけれど。
まあ、いいです。騒がれると厄介なので、眠らせましょう。
「眠れ――」
ガクリと身体の力が抜けたキリキアを亜空間に引きずり込んで、私はもう一つの出口へ向かいました。そこは、生徒会室です。
途中、一瞬だけ顔を出してニアに言いました。
「ああ、そうそう。ニア――引き分けて頂いて、結構ですわ。あまり無理をなさらずに……」
ニアは剣を高速で回転させると、舞う様に飛んでシュトラウスの剣を弾き飛ばします。
「もう、勝ったべ!」
「……あなた槍の方が得意だったのでは?」
「剣のスキルもSになったんだぁ♪」
あら――流石ニア。やっぱり並の武将では、彼女に勝つ事など到底出来ないのですね。
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