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106話 結果オーライですわ

 ◆


 喫茶店の帰り道、薄暗くなった目抜き通りを、私はラファエルと共に歩いています。

 夕暮れ時の燃える様な赤い太陽が、私達の影を長く伸ばして。

 行き交う人々も家路を急いでいるのでしょうか――何となく早足です。

 そんな中で私達は、ゆっくりとした足取りで寮へ向かっていました。


 だってラファエルが、「話がある」なんて言うんですもの。

 だから私、仕方なく歩く事にしたのです。馬車で寮へ戻ったら、すぐに到着してしまいますからね。


「ティファ――ああやって人を釣るのは、良く無いと思う」


 仏頂面で、ラファエルが切り出しました。

 基本的に穏やかでニコニコしているコイツですが、何故か私にだけは冷たく当たることがあります。

 まあ、何でも言い合える親友ってやつですから、それも良いのかも知れませんが……。


「何の事ですか?」

「さっきの事だよ。ニアの気持ちを弄んでいる」


 私はラファエルの横顔を見上げ、眉根を寄せて言いました。


「話って、そんな事でしたの?」

「――ああ、そうだよ。いくらなんでも、ニアと僕がデートするなんて……」

「いいじゃありませんか。ニアは喜んでいましたし、あなただって、あれだけの美人と遊びに行けるのですから、楽しいでしょう?」

「ニアにもし好きな人がいたら、どうするんだ! 誤解されるッ!」

「だ〜か〜ら〜! ニアはあなたの事が好きなんですって! 自信をお持ちなさいッ!」


 私はラファエルの前に立ち、彼の鼻に指を当てて言いました。

 彼はイケメンらしからぬ形相――片方の眉だけをつり上げ、文句を言います。


「だとしたら、もっと悪い。僕は彼女の気持ちに、絶対に応えられないんだッ!」

「あら、あなた――ホモでしたっけ?」

「どうして、そんな解釈になるんだッ!?」

「だって、ニアは美人ですわ」

「そういう問題じゃあ無い! 僕には心に決めた人が――」


 今度は私が片眉を上げる番でした。腕を組み、クルリと身体を回転させて、再び歩き始めます。

 

「そうかしら? あなた、ドナの時も最初は、そんなことを言っていませんでしたっけ?」

「その話を蒸し返すのは、卑怯だよ……ティファ」


 言葉に詰まるラファエルを見て、私の嗜虐心が鎌首を擡げます。

 

「まあ、過去の話を出すのは確かに卑怯でしたね。でも、良いじゃないですか。ニアは美人だし、優しいですわ。問題があるとすれば、彼女はヒルデガルドの親友で――ヒルデガルドもあなたのことが好き、ということかしら? モテモテですわね、羨ましいっ♪」

「はぁ――ヒルダは単なる幼馴染みだよ。分からないのかい? 僕はキミの事が好きだと、そう言っているんだけれどね」


 再び横を歩き始めた私を、ラファエルがじーっと見ています。いきなり告白されてしまいましたよ……トホホ。

 まあ、少しは答えてあげますか……。


「あなたが好きだと言ってくれることは、感謝しています。でもね――障害が多過ぎますし、それを越えるような情熱がわたくしには、全く、全然、これっぽっちもありません。それどころか友人としてはともかく、男性としてのあなたは、わたくし――大嫌いなのです。どうしてか、わかりますか?」

「……分からない」

「モテるからですわ」

「嫉妬するってことかい?」

「ええ、ええ。嫉妬しますとも! わたくしの男である部分が、許せんと! 辛抱たまらんと! あなたと代わりたいと思ってしまうのですわッ!」


 ラファエルは眉を下げ、小さな声で言いました。


「なぜ? 僕はそれほど、女性と縁なんて無いよ?」

「これから、あるのですッ!」

「どうして、そう言えるんだい?」


 どうしてと言われても――それはゲームの知識で……とは言えませんしね。

 

「――勘、とでも言いましょうか」


 首を捻る私に溜め息を吐いて、ラファエルが頭を左右に振っています。


「だったら、僕がモテなければいいんだろう?」

「そんなことも、ありませんけれど……」

「じゃあ、どうすればいいんだッ!?」

「どうもこうも……ドナが死んで、もう大分経ちます。あなたが新しい恋をしたって、罰は当たりませんわ。だから友人として、わたくしお手伝いをしようと思いましたの。ほら、今回の件と合わせれば、一石二鳥でしょう♪」


 ラファエルが足を止めて、肩を震わせています。そして、怒りを抑えた声で言いました。


「だったら、ティファもだろう」

「わたくし?」

「ランドが死んだのも、ドナと同じ日だ。だったら――キミだって新しい恋を、してもいいはずだ」


 ラファエルの端整な眉間に、深い縦皺が走っています。


「……それは」


 胸の奥で、淀んでいた澱のようなモノが揺らめきました。

 私は絶望から始まったこの世界に、何の期待もしていない。そのはずでした。

 

 学院に入るのだって、嫌で嫌で仕方が無かったのです。

 全力でエロイベントを回避しようと思っていただけでした。

 そんな中でリモルへの旅があり、仲間達と出会って……。


 もしもアレが、無事に終わっていたら?

 

 私は今頃ランドと、どうなっていたのでしょう。

 エロイベントは回避したいけれど、アイツ、性欲強かったですからね。

 迫られたら私、断りきれません。今頃私は、本当に女になっていた……そんな気がします。


 でもそれが、嫌ではなかった。

 何故なら私はあのとき、純粋なティファニー・ミールとしての幸せを求めたのです。

 だけどそれは打ち砕かれ、男女どちらとも分からないティファニー・クラインの残骸だけが、幽鬼のように現世へ残ってしまいました。

 

 だからこそ、前回魔将に命令を下した魔王が許せない。

 その正体を突き止める為にこそ、ケーニヒス学院生徒会という場所は重要なのです。

 失う訳にはいかない――。

 そして魔王――アイロス以外の魔王を倒さなければ、私は前に進めないのです……。


「わたくしにとっては、何も終っていませんもの……」

「それは――僕も同じことだよ。ドナが生きていたとしても、ランドが生きていたとしても……きっと僕はこの答えに辿り着くだろう。それが、どれ程の苦痛を伴ったとしてもだ。

 だけど彼等は、いないし蘇らない。だから僕はキミと――魔王に対する復讐を誓ったんじゃあないかッ!」


 ラファエルが私を建物の壁に押し付け、黒い瞳で見下ろしています。

 往来の真ん中で、立ち止まって――私達は一体何をしているのか。

 私は目に水が溜まっていくのを、抑えられません。やがて溢れる様に、涙が零れました。


「そうでしたわね……」

 

 少なくとも私は、ランドのことを忘れられない。

 それどころか、心の奥底でどんどん大きくなっていくような気がするのです。

 彼と過ごすはずだった未来――幸福な家庭――女である自分――男だった自分。

 そういったものがグルグルと回って、回って――どす黒い渦になって――生み出された新しい気持ち。

 

「復讐」という名の渦に飲み込まれた私を、あれからずっと支えてくれたのはラファエルです。

 いいえ――共に飲み込まれたと言っても過言ではない。だからこそ私は彼に、この外へと出て欲しいのに……。


「ごめんなさい……ラファエル。あなたには、とても感謝しているのです。だからせめて、幸せになって頂きたいなと……」

「僕は最初――ティファを聖女だと思った。誰も近寄れない、神聖で不可侵な聖女さ。でも――違った……少しだけ変わった、元男の女の子だったんだ」


 いつの間にか、私は震えていました。

 ラファエルがそっと肩を抱いてくれて、そのまま寮まで歩きます。

 おかしいですね……目からずっと、水が零れていますよ……。


「そうですわ、聖女などではありません。それと――訂正なさい。わたくし、男の中の男ですから」

「……ランドが、羨ましいよ。彼の前でだけは、キミが女の子になったんだから」

「ランドはあの日、死にました」

「そうさ。キミの為に死ねたんだ――そしてキミの心に住み着いた。これが羨ましくなくて、いったい何だというのさ」

「バカなことを。ラファエル。あなたは最高の軍師なのだから、生きて魔王に勝つ術を考えなさい」

「仰せのままに……ただし、そのあかつきには――ティファを貰っても構わないかな?」

「まるで、悪魔の取引ですわね」


 大きく息を吸って、吐いて――ラファエルから身体を放します。


「気が――……向いたらで構わないんだ。僕はそれまで、ずっと、いつまででもキミの事を想っているから……」

「ごめんなさい、ラファエル……あなたがわたくしを好きだという気持ちだけは、有り難く受け取ります」

「ありがとう。それじゃあ――」

「でも――あなたを受け入れることは無いでしょう。だから……いつでもニアやヒルダの下へ、いいえ、リリアでもサラステラでも良いのです――彼女達を好きになったなら、遠慮なくお行きなさいな」

「……ティファ」


 この日、ラファエルは寮の入り口まで私を送ってくれました。

 ボンヤリとしていた私は、その後どうやって部屋に帰り着いたのか、よく分からず……。

 あとで話を聞いたら、イグニシアが見つけてくれて、手を引いて部屋に戻ったとのことでした。


 ◆◆


 翌日――午後の授業が終ると、すぐにニアと合流して三年生の教室へ向かいます。


「なんや、なんや? ニアとティファやん、二人でオモロイことやってるんか? ウチも混ぜてぇな!」


 途中、ヒルデガルドに見つかって面倒なことになりかけましたが、ニアのラファエルに対する欲望が勝ったのでしょう。


「な、何でも無ぇだ。ちょっと生徒会の用事を頼まれただけだから、先に戻っててけろ」


 あからさまに目を逸らした怪しい態度でしたが、ヒルデガルドは特にニアを疑う事無く頷きます。


「なんや、せやったらしゃあ無いな。きばりや〜〜」


 ヒラヒラと手を振り、ヒルデガルドは去りました。

 

 ――――


 三年生の教室といっても、シュトラウスとキリキアは学科が違います。なので廊下で合流するだろうからと、私とニアはリリアードを呼ぶフリをして、二人の合流を待ちました。

 ちなみに三年生の教室は、校舎の三階部分にあります。

 

「生徒会長、おられますか?」


 教室の三年生に声を掛けると、すぐにリリアードがやってきました。


「なんじゃ、なんじゃ、二人して〜〜。可愛い後輩が訪ねてくるなど、わしも人気者じゃのう〜〜」


 ニコニコしながら廊下に出て来たリリアードの目を、イラっとしたので抉ります。「ぴぎゃぁああああ!」もちろん、いつもの悲鳴が響き渡りました。


 と――アーリアがニヤリとして、私達の前に現れます。

 迂闊でした。考えてみたら、アイツも帝王学科の三年生でしたね……。


 睨んできたので、私も睨み返します。

 もしここで直接対決なんてことになったら困りますが、生徒会としても後には引けませんしね……。


「よお、ティファニー・クライン。サラステラを使ってラフィーアを倒すとは、やるじゃあないか。何ならどうだ、ここでアタシと遣り合うってのは?」

「ご冗談を、家畜先輩。わたくしが本気で戦ったら、校舎ごと吹き飛ばしてしまいますわ。それでは皆様に、迷惑が掛かってしまいますけれど?」

「ほざけッ!」

「まあ――家畜先輩ごとき、指一本あれば足りるかも知れませんわね……ファーハハハッ!」

「……てめぇ」


 三年生の教室が、ざわめきます。

 去年、私が魔将を倒したという話が広まったせいでしょう。こんな与太話も、信じる者が多いのです。


「まてッ! 止めぬか、貴様らッ!」


 睨み合う私とアーリアの間に、まなじりの下がったリリアードが割り込みました。口元もニヤニヤとしています。

 どうせクラスの皆に、良い所を見せたいだけでしょう。後ろをチラチラと見て、気にしていますし。


 まったく、相変わらず馬鹿なエルフです。

 真正面からアーリアと戦ったら、ボロ負け確定ですよ。

 そういったことを考えているんですかね、この駄エルフは。

 まあ、“あらゆる精霊を使役しても構わない”、というルール無用のデスマッチなら分かりませんが……。


「何だ、リリアード」


 ほら、さっそく顔面を掴まれて、足が宙に浮いているじゃありませんか……リリアードってば。


「いたい、いたい、いたい! めり込んどる。顔に指がめりこんどる! 許してつかぁーさい!」


「「ハハハハハハハッ!」」


 三年生の教室が、爆笑に包まれました。

 ていうか、「つかぁさい」って何ですか。エルフの定義が、まったく分からないんですが。


「白けた……」


 アーリアがリリアードをポイと捨て、私を睨みながら去っていきます。そして振り返ると、リリアードに言いました。


「……こんな目に遭いたく無かったら、さっさと生徒会長をアタシに譲るんだな」

「ぬぬぅぅぅ……わしの邪眼が本調子であれば、このようなことにならなかったものをォォオオ!」


 いやいや。リリアード、あなたの視力は5.0。邪眼どころか健全過ぎますので。

 って、もしかしてさっき目を突ついた私に、全部の責任を押し付ける気ですかッ!?

 この駄エルフ――侮れません。


 さて――こんなことをやっているうちに、シュトラウスも教室の外へ出ましたね。

 どうやら彼はアーリアの逆方向へと向かい、魔導師科のキリキアと合流するようです。

 ちょっと予定外のトラブルもありましたが、結果オーライ。今日は、シュトラウスがキリキアの護衛に付くようです。


 私とニアは厨二臭のするセリフを連発して誤摩化すリリアードを放置し、彼等の後を追いかけました。

 リリアードとアーリアの関係性は元からして、こうだったらしく。

 残念だか有り難いのかよく分かりませんが、生徒会の権威が失墜することは無さそうですので。


 合流したキリキアとシュトラウスは、どうやら階下へと向かっているようです。

 そこで三階から二階へ至る踊り場へ彼等が出た所で、ニアが後ろから声を掛けました。


「シュトラウス・ジーニア・タイガー! 勝負だべッ!」

お読み頂き、ありがとうございます。


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