106話 結果オーライですわ
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喫茶店の帰り道、薄暗くなった目抜き通りを、私はラファエルと共に歩いています。
夕暮れ時の燃える様な赤い太陽が、私達の影を長く伸ばして。
行き交う人々も家路を急いでいるのでしょうか――何となく早足です。
そんな中で私達は、ゆっくりとした足取りで寮へ向かっていました。
だってラファエルが、「話がある」なんて言うんですもの。
だから私、仕方なく歩く事にしたのです。馬車で寮へ戻ったら、すぐに到着してしまいますからね。
「ティファ――ああやって人を釣るのは、良く無いと思う」
仏頂面で、ラファエルが切り出しました。
基本的に穏やかでニコニコしているコイツですが、何故か私にだけは冷たく当たることがあります。
まあ、何でも言い合える親友ってやつですから、それも良いのかも知れませんが……。
「何の事ですか?」
「さっきの事だよ。ニアの気持ちを弄んでいる」
私はラファエルの横顔を見上げ、眉根を寄せて言いました。
「話って、そんな事でしたの?」
「――ああ、そうだよ。いくらなんでも、ニアと僕がデートするなんて……」
「いいじゃありませんか。ニアは喜んでいましたし、あなただって、あれだけの美人と遊びに行けるのですから、楽しいでしょう?」
「ニアにもし好きな人がいたら、どうするんだ! 誤解されるッ!」
「だ〜か〜ら〜! ニアはあなたの事が好きなんですって! 自信をお持ちなさいッ!」
私はラファエルの前に立ち、彼の鼻に指を当てて言いました。
彼はイケメンらしからぬ形相――片方の眉だけをつり上げ、文句を言います。
「だとしたら、もっと悪い。僕は彼女の気持ちに、絶対に応えられないんだッ!」
「あら、あなた――ホモでしたっけ?」
「どうして、そんな解釈になるんだッ!?」
「だって、ニアは美人ですわ」
「そういう問題じゃあ無い! 僕には心に決めた人が――」
今度は私が片眉を上げる番でした。腕を組み、クルリと身体を回転させて、再び歩き始めます。
「そうかしら? あなた、ドナの時も最初は、そんなことを言っていませんでしたっけ?」
「その話を蒸し返すのは、卑怯だよ……ティファ」
言葉に詰まるラファエルを見て、私の嗜虐心が鎌首を擡げます。
「まあ、過去の話を出すのは確かに卑怯でしたね。でも、良いじゃないですか。ニアは美人だし、優しいですわ。問題があるとすれば、彼女はヒルデガルドの親友で――ヒルデガルドもあなたのことが好き、ということかしら? モテモテですわね、羨ましいっ♪」
「はぁ――ヒルダは単なる幼馴染みだよ。分からないのかい? 僕はキミの事が好きだと、そう言っているんだけれどね」
再び横を歩き始めた私を、ラファエルがじーっと見ています。いきなり告白されてしまいましたよ……トホホ。
まあ、少しは答えてあげますか……。
「あなたが好きだと言ってくれることは、感謝しています。でもね――障害が多過ぎますし、それを越えるような情熱がわたくしには、全く、全然、これっぽっちもありません。それどころか友人としてはともかく、男性としてのあなたは、わたくし――大嫌いなのです。どうしてか、わかりますか?」
「……分からない」
「モテるからですわ」
「嫉妬するってことかい?」
「ええ、ええ。嫉妬しますとも! わたくしの男である部分が、許せんと! 辛抱たまらんと! あなたと代わりたいと思ってしまうのですわッ!」
ラファエルは眉を下げ、小さな声で言いました。
「なぜ? 僕はそれほど、女性と縁なんて無いよ?」
「これから、あるのですッ!」
「どうして、そう言えるんだい?」
どうしてと言われても――それはゲームの知識で……とは言えませんしね。
「――勘、とでも言いましょうか」
首を捻る私に溜め息を吐いて、ラファエルが頭を左右に振っています。
「だったら、僕がモテなければいいんだろう?」
「そんなことも、ありませんけれど……」
「じゃあ、どうすればいいんだッ!?」
「どうもこうも……ドナが死んで、もう大分経ちます。あなたが新しい恋をしたって、罰は当たりませんわ。だから友人として、わたくしお手伝いをしようと思いましたの。ほら、今回の件と合わせれば、一石二鳥でしょう♪」
ラファエルが足を止めて、肩を震わせています。そして、怒りを抑えた声で言いました。
「だったら、ティファもだろう」
「わたくし?」
「ランドが死んだのも、ドナと同じ日だ。だったら――キミだって新しい恋を、してもいいはずだ」
ラファエルの端整な眉間に、深い縦皺が走っています。
「……それは」
胸の奥で、淀んでいた澱のようなモノが揺らめきました。
私は絶望から始まったこの世界に、何の期待もしていない。そのはずでした。
学院に入るのだって、嫌で嫌で仕方が無かったのです。
全力でエロイベントを回避しようと思っていただけでした。
そんな中でリモルへの旅があり、仲間達と出会って……。
もしもアレが、無事に終わっていたら?
私は今頃ランドと、どうなっていたのでしょう。
エロイベントは回避したいけれど、アイツ、性欲強かったですからね。
迫られたら私、断りきれません。今頃私は、本当に女になっていた……そんな気がします。
でもそれが、嫌ではなかった。
何故なら私はあのとき、純粋なティファニー・ミールとしての幸せを求めたのです。
だけどそれは打ち砕かれ、男女どちらとも分からないティファニー・クラインの残骸だけが、幽鬼のように現世へ残ってしまいました。
だからこそ、前回魔将に命令を下した魔王が許せない。
その正体を突き止める為にこそ、ケーニヒス学院生徒会という場所は重要なのです。
失う訳にはいかない――。
そして魔王――アイロス以外の魔王を倒さなければ、私は前に進めないのです……。
「わたくしにとっては、何も終っていませんもの……」
「それは――僕も同じことだよ。ドナが生きていたとしても、ランドが生きていたとしても……きっと僕はこの答えに辿り着くだろう。それが、どれ程の苦痛を伴ったとしてもだ。
だけど彼等は、いないし蘇らない。だから僕はキミと――魔王に対する復讐を誓ったんじゃあないかッ!」
ラファエルが私を建物の壁に押し付け、黒い瞳で見下ろしています。
往来の真ん中で、立ち止まって――私達は一体何をしているのか。
私は目に水が溜まっていくのを、抑えられません。やがて溢れる様に、涙が零れました。
「そうでしたわね……」
少なくとも私は、ランドのことを忘れられない。
それどころか、心の奥底でどんどん大きくなっていくような気がするのです。
彼と過ごすはずだった未来――幸福な家庭――女である自分――男だった自分。
そういったものがグルグルと回って、回って――どす黒い渦になって――生み出された新しい気持ち。
「復讐」という名の渦に飲み込まれた私を、あれからずっと支えてくれたのはラファエルです。
いいえ――共に飲み込まれたと言っても過言ではない。だからこそ私は彼に、この外へと出て欲しいのに……。
「ごめんなさい……ラファエル。あなたには、とても感謝しているのです。だからせめて、幸せになって頂きたいなと……」
「僕は最初――ティファを聖女だと思った。誰も近寄れない、神聖で不可侵な聖女さ。でも――違った……少しだけ変わった、元男の女の子だったんだ」
いつの間にか、私は震えていました。
ラファエルがそっと肩を抱いてくれて、そのまま寮まで歩きます。
おかしいですね……目からずっと、水が零れていますよ……。
「そうですわ、聖女などではありません。それと――訂正なさい。わたくし、男の中の男ですから」
「……ランドが、羨ましいよ。彼の前でだけは、キミが女の子になったんだから」
「ランドはあの日、死にました」
「そうさ。キミの為に死ねたんだ――そしてキミの心に住み着いた。これが羨ましくなくて、いったい何だというのさ」
「バカなことを。ラファエル。あなたは最高の軍師なのだから、生きて魔王に勝つ術を考えなさい」
「仰せのままに……ただし、そのあかつきには――ティファを貰っても構わないかな?」
「まるで、悪魔の取引ですわね」
大きく息を吸って、吐いて――ラファエルから身体を放します。
「気が――……向いたらで構わないんだ。僕はそれまで、ずっと、いつまででもキミの事を想っているから……」
「ごめんなさい、ラファエル……あなたがわたくしを好きだという気持ちだけは、有り難く受け取ります」
「ありがとう。それじゃあ――」
「でも――あなたを受け入れることは無いでしょう。だから……いつでもニアやヒルダの下へ、いいえ、リリアでもサラステラでも良いのです――彼女達を好きになったなら、遠慮なくお行きなさいな」
「……ティファ」
この日、ラファエルは寮の入り口まで私を送ってくれました。
ボンヤリとしていた私は、その後どうやって部屋に帰り着いたのか、よく分からず……。
あとで話を聞いたら、イグニシアが見つけてくれて、手を引いて部屋に戻ったとのことでした。
◆◆
翌日――午後の授業が終ると、すぐにニアと合流して三年生の教室へ向かいます。
「なんや、なんや? ニアとティファやん、二人でオモロイことやってるんか? ウチも混ぜてぇな!」
途中、ヒルデガルドに見つかって面倒なことになりかけましたが、ニアのラファエルに対する欲望が勝ったのでしょう。
「な、何でも無ぇだ。ちょっと生徒会の用事を頼まれただけだから、先に戻っててけろ」
あからさまに目を逸らした怪しい態度でしたが、ヒルデガルドは特にニアを疑う事無く頷きます。
「なんや、せやったらしゃあ無いな。きばりや〜〜」
ヒラヒラと手を振り、ヒルデガルドは去りました。
――――
三年生の教室といっても、シュトラウスとキリキアは学科が違います。なので廊下で合流するだろうからと、私とニアはリリアードを呼ぶフリをして、二人の合流を待ちました。
ちなみに三年生の教室は、校舎の三階部分にあります。
「生徒会長、おられますか?」
教室の三年生に声を掛けると、すぐにリリアードがやってきました。
「なんじゃ、なんじゃ、二人して〜〜。可愛い後輩が訪ねてくるなど、わしも人気者じゃのう〜〜」
ニコニコしながら廊下に出て来たリリアードの目を、イラっとしたので抉ります。「ぴぎゃぁああああ!」もちろん、いつもの悲鳴が響き渡りました。
と――アーリアがニヤリとして、私達の前に現れます。
迂闊でした。考えてみたら、アイツも帝王学科の三年生でしたね……。
睨んできたので、私も睨み返します。
もしここで直接対決なんてことになったら困りますが、生徒会としても後には引けませんしね……。
「よお、ティファニー・クライン。サラステラを使ってラフィーアを倒すとは、やるじゃあないか。何ならどうだ、ここでアタシと遣り合うってのは?」
「ご冗談を、家畜先輩。わたくしが本気で戦ったら、校舎ごと吹き飛ばしてしまいますわ。それでは皆様に、迷惑が掛かってしまいますけれど?」
「ほざけッ!」
「まあ――家畜先輩ごとき、指一本あれば足りるかも知れませんわね……ファーハハハッ!」
「……てめぇ」
三年生の教室が、ざわめきます。
去年、私が魔将を倒したという話が広まったせいでしょう。こんな与太話も、信じる者が多いのです。
「まてッ! 止めぬか、貴様らッ!」
睨み合う私とアーリアの間に、眦の下がったリリアードが割り込みました。口元もニヤニヤとしています。
どうせクラスの皆に、良い所を見せたいだけでしょう。後ろをチラチラと見て、気にしていますし。
まったく、相変わらず馬鹿なエルフです。
真正面からアーリアと戦ったら、ボロ負け確定ですよ。
そういったことを考えているんですかね、この駄エルフは。
まあ、“あらゆる精霊を使役しても構わない”、というルール無用のデスマッチなら分かりませんが……。
「何だ、リリアード」
ほら、さっそく顔面を掴まれて、足が宙に浮いているじゃありませんか……リリアードってば。
「いたい、いたい、いたい! めり込んどる。顔に指がめりこんどる! 許してつかぁーさい!」
「「ハハハハハハハッ!」」
三年生の教室が、爆笑に包まれました。
ていうか、「つかぁさい」って何ですか。エルフの定義が、まったく分からないんですが。
「白けた……」
アーリアがリリアードをポイと捨て、私を睨みながら去っていきます。そして振り返ると、リリアードに言いました。
「……こんな目に遭いたく無かったら、さっさと生徒会長をアタシに譲るんだな」
「ぬぬぅぅぅ……わしの邪眼が本調子であれば、このようなことにならなかったものをォォオオ!」
いやいや。リリアード、あなたの視力は5.0。邪眼どころか健全過ぎますので。
って、もしかしてさっき目を突ついた私に、全部の責任を押し付ける気ですかッ!?
この駄エルフ――侮れません。
さて――こんなことをやっているうちに、シュトラウスも教室の外へ出ましたね。
どうやら彼はアーリアの逆方向へと向かい、魔導師科のキリキアと合流するようです。
ちょっと予定外のトラブルもありましたが、結果オーライ。今日は、シュトラウスがキリキアの護衛に付くようです。
私とニアは厨二臭のするセリフを連発して誤摩化すリリアードを放置し、彼等の後を追いかけました。
リリアードとアーリアの関係性は元からして、こうだったらしく。
残念だか有り難いのかよく分かりませんが、生徒会の権威が失墜することは無さそうですので。
合流したキリキアとシュトラウスは、どうやら階下へと向かっているようです。
そこで三階から二階へ至る踊り場へ彼等が出た所で、ニアが後ろから声を掛けました。
「シュトラウス・ジーニア・タイガー! 勝負だべッ!」
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