105話 キューピットですわ
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私がニアを誘ってやってきたのは、『爽やかな光』という名の喫茶店。以前「ケーキが美味しい店」だと紹介されて、ラファエルに連れて来てもらった場所です。
私は今日、昼休みに武闘科の教室へ行きました。そしてニアを、お茶に誘ったのです。
もちろんヒルデガルドには予定があって、彼女が同席できないことは計算済み。
彼女がいたら、いろいろと交渉が面倒になりますからね。
「ニアを使うんなら、マネージャーであるウチを通してもらわんんとな!」
なーんて、言われかねません。
とはいえニアも「ヒルダちゃんが居ないなら〜」なんて言って、最初は渋っていました。
もともと、私と二人で出かけるような関係性ではありませんからね、それも当然でしょう。
だけど……。
「二人だけだと気まずいので、一応ラファエルも誘ったのですが……ニアが来てくれないのなら、今更断る訳にもいきませんし……そうすると、わたくし、ラファエルと二人っきりになってしまいますわね……」
なーんてわざとらしく言ったら、ニアは眼鏡を怪しく輝かせ、「わ、わだすも行くッ!」と言ったのでした。
――そんな訳で……。
放課後、私達は三人で『爽やかな光』にやって来た、という次第。
ですが太陽もまだ高く、外が見える爽やかな窓際の席はいっぱいでした。
なので私達は奥まった薄暗い場所に通され、そこでコーヒーを注文します。
薄暗いといっても、そこはそれ。
暖色系の照明が灯り、柔らかな雰囲気を醸し出す、好きな人は好きであろう場所でした。
まあ、問題は全然「爽やか」じゃないこと位でしょうか。
席は私とラファエルが隣り合って座り、テーブルを挟んで正面に、ニア・ローランドが座っています。
コーヒーが運ばれてくると、ニアがオドオドとして言いました。
「な、なんだべか、話って?」
親友のヒルデガルドが居ないので、ニアは落ち着かないのでしょう。
「まあ、そう慌てずに」
私はメニューをパラパラと捲りながら、ニアに答えます。
「あら、新作のケーキですわ」
「え、どれだべ?」
「ほら――お抹茶! お蕎麦先輩も好きそうなケーキですわ」
「んだな! こんど、ヒルダちゃんにも教えでやんねぇど!」
ニアがメニューを覗き込み、嬉しそうな顔をしました。
まあ、掴みはこんなものでしょうか。
私とニアは知り合い以上、友達未満といった間柄。
お互いに所属するグループが違いますから、二人だけで話す機会も無かったんですよね。
それに彼女はヒルデガルドとセットですから、私が割り込めるはずも無く……と。
「ねえ、ニア。このケーキなんかどうかしら? わたくし、新作よりもチョコレートケーキの方が……」
「んだな! 新作はヒルダちゃんも食べたいだろうし、先に食べたら怒られそうだべ」
「じゃあ、これを注文しましょうか」
「んだな! チョコレートは大好きだべ!」
ジットリとした目で私達を見ていたラファエルが、私の手からメニューをとり上げました。
「ティファ――僕達は、ローランドさんに話があるんだろう? またホールケーキを注文して、そっちに夢中になるのだけは、やめてくれ」
「そんな、ケーキ位で目くじらを立てなくても良いでしょう?」
「生徒会執行部の進退を賭けた問題なんだ。僕達は、今の立場を失う訳にいかない。そんなことは、君が一番分かっているはずだろう」
「それは――そうですけれど……」
腕組みまでして、ラファエルが不機嫌そうにしています。
ニアが肩を竦めて、申し訳無さそうに頭を下げました。
「ゴメンだべ……」
「いや、ローランドさんは悪く無い。ティファが調子に乗っているんだ」
「わ、わたくしはッ……!」
「だいたいね、ティファ。ホールケーキなんか食べたら、また太るよ?」
「またって何ですか! またって! わたくし、冬に増えた体重は、もうすっかり減りましたのッ!」
「だからまた、元の体重に戻す為に食べるのかい? それじゃまるで、冬眠から目覚めた熊みたいだ」
「むぐぐぅぅ……! ああいえばこういう! 嫌なやつですわねッ!」
まったく――ラファエルときたら……。
これだって、ニアを引き込む立派な作戦なんですよ。
それなのに、邪険にしなくたって良いじゃありませんか。
私はラファエルの手を引っ張り、トイレの側の影に引きずり込みました。
「ラファエル――この作戦の意味、分かっていますの? あなたがいるから、ニアがここに来たのですわ。彼女は、あなたに気があるのです。そのあなたが楽しそうにしていなければ、ニアの機嫌だって悪くなるでしょう!?」
「それこそ、おかしな話だ。彼女が僕に気があるなんて、到底信じられない」
「ふん――あなたが信じようと信じまいと、ニアは絶対にあなたに気があるのです。第一、わたくし言いましたのよ――ここにラファエルも来るからって――そうしたらニアは、二つ返事で来るって言いましたもの」
「本当かい?」
「ええ、本当です。最初はヒルダちゃんが居ないなら、行かないって言っていたのですわ」
「そっか」
「羨ましい話ですわね――あれ程の美少女に好かれているのですから。ああ、もちろん――わたくしとしては、あなたとニアがお付き合いすることになっても、全然、全く、本当に構いませんわ。ただ、その場合はヒルダが少し悲しむでしょうが――と言ってもあの二人であれば、あなたを共有することが出来ます。つまりあなたは――」
私はラファエルの胸元を指で突つき、ニヤリと笑って見せました。
「――ハーレムが作れますわ。う〜ん、男のロマンですわねぇ〜。どうです? 少しは親友である、わ た く し にッ――感謝する気になりましたか?」
「ティファ。そのハーレムに、君は居るのかい?」
「居る訳がないでしょう。わたくし、男の中の男ですもの。それこそ、何度言ったら分かるのです?」
「じゃあ、ランドは――」
言った瞬間、口元に手を当てて、ラファエルが口を噤みます。
私も少しだけ言葉に詰まったあと、胸に手を当てて答えました。
「……あんなに想われたら、応えなければなりません。それだけのことです」
「やっぱり君は、女の子じゃないか」
「かも、知れませんね」
言いながら、胸の奥に込み上げるモノがありました。
あの時の私は、確かに少女のようで……。
ランドになら、全てを捧げても良いと思いました。
好きだったのです、私はランドと言う名の少年を……。
それはきっと私の中にある、ティファニー・ミールの心だったのかも知れません。
どうあれ、辛く切ない、実らなかった恋の思い出――。
「だったら僕も、君を想い続けて――」
「無理ですわね、そんなの。だってあなたは――ホイホイ女に手を出す人じゃないですか。この女ホイホイめ」
「僕はそれほど、女性に手を出していないよ」
「ええ、自分から手を出さないことは、認めるに吝かではありません。が――残念ながら、女性があなたに群がるのです。そこに手を出すのですから――やっぱりあなたは女ホイホイですわ」
「僕が今までに手を出したのは、ドナだけだ。真剣になろうとした……彼女だけを想うことが出来たらと……」
「それも認めます……が――わたくし、未来の話をしていますので」
意味が分からない――といった目付きで、ラファエルが私を見ています。
なので私は首を左右に振り、肩を竦めました。
まあ、未来の話なので、理解出来なくても仕方がありませんしね。
「もう、いいです。口論をする為に、呼んだ訳ではありませんので。とにかくあなたは、わたくしの言う事にただ頷いて、ニコニコとしていなさい」
「……それで良い方向に進むんだね?」
「もちろんですわ。ニアが味方になるのは、間違いないのですから」
「分かった――今回は君の言う通りにするよ」
「よろしい。では、先に戻っていて下さい」
渋々頷くラファエルの背を押して、席に戻します。それから少し遅れて、私も席へ戻りました。
「二人は……その……付き合ってるだか?」
カップを置いてから、ニアが口を開きました。コーヒーが半分くらい、減っています。
ラファエルは無言で、横に座った私を見ていました。
どうやら二人きりでいる時間、彼等は沈黙をしていたようです。
私は大きく首を左右に振って、「まさか――」と言うしかありませんでした。
ラファエルのバカッ!
◆◆
「話というのはですね、ニア」
「うん?」
私は精一杯がんばって神妙な面持ちを作り、白いコーヒーカップを両手で抱え込む様にしながら言いました。
「実は今、大変に困った事態になっています。生徒会の件なのですが、アーリアの一派がわたくし達に、不信任案を突き付けようとしておりましてね……」
「ああ、あれだべ……辻試合を一年生にふっかけているっていう。最近じゃ二年生も狙われるようになったべ」
「ええ、そうなのです。これをどうにかしようと思いましてね」
「そりゃ、どうにがせねば、なんねぇべ……」
眼鏡のブリッジ部分に中指を当てて、ニアが頷いています。レンズが淡い光を反射して、なんだか白く光っていました。
その様はまるで「策を弄する知者」といった風に見えるのですが、彼女の訛った口調で全てが台無しです。
「で、ですね。お願いがありますの」
「お願い? わだすに出来ることだべか?」
「ええ――むしろニアにしか出来ませんわ」
力強くニアの手を握り、私は頷きました。
隣でラファエルが白い目を私に向けていますが――気にしたら負けです。
「良いですか、ニア。アーリアの手下で、キリキア・アーキテクト・タイガーという女がいます。わたくし達は彼女から様々な情報を聞き出したいのですが、彼女を常に守っているのが、シュトラウス・ジーニア・タイガー。この男を駆逐して欲しいのです」
「駆逐!? ……そういう仕事なら、イグニシアちゃんがいるでねぇが?」
「彼女は既に警戒されていて、見張られているようなのです。だからイグニシアがキリキアを狙おうとすると、アーリアが出てきてしまう――これでは、どうにもならないでしょう?」
「う……それは分がるけど……じゃあ、ミズホちゃんじゃ駄目なんだべか?」
「ミズホも同様なのです」
やはりニアは、根本的に戦闘が好きな訳ではありませんからね。
竜に乗れば性格が変わるらしいですが、学院内に竜を連れてくる訳にもいきませんし……。
「そりゃ、困っだなぁ〜〜」
「ええ。ですから、是非ともお力をお貸し頂きたいのです」
「ん〜〜だけど……」
なおも渋るニアは、首を傾げて目を瞑っています。
やはりここは、最終兵器ラファエルを発動させるしかありませんね。
「もちろん、お礼は致しますわ」
「お礼?」
少し食いついたようですね……。
「ええ……と言っても、生徒会がお金や物を渡す訳にはいきませんので……」
「んだ。そっただものなら、受け取れんさぁ」
「なので……ラファエルがあなたとデートする――というのは如何でしょう。ね、ラファエル♪」
くるっと横を見て、私はラファエルに笑顔を向けます。ただし、立ち上るオーラで『頷かなければ殺す』――と激しく訴えかけていますが。
「う、うん……そんなことで、良ければね……」
ラファエルが私を見て、目を丸くしたあと棒読みをしました。
分かっていますね、流石です。
私は笑顔のままニアの方を向き、「どうです?」と問いました。
ニアは下から上に向かって、古い温度計のように顔を赤くしていきます。
そしてボソボソと、消え入るような声で言いました。
「え、え……デート? そ、そんな……嬉しいべ……だったら、喜んで引き受けるだ……でも」
「でも?」
眼鏡の奥で、上目遣いにニアが私達を見ています。
「二人は、本当に付き合ってねぇだか?」
「ええ、もちろん。今のラファエルは、誰とも付き合っていませんわ」
即答する私を、ラファエルが恨めしそうに睨みました。
「そ、そうだか! でもラファエルさんとデートって、ヒルダちゃんに悪い気がするけど……!」
「あら? ニアはラファエルと二人きりが嫌なのですか?」
「ま、まさか、そんなッ! 夢みたいだべッ!」
「それなら、良いでしょう。ラファエルだって、こんな美少女とデート出来るのです。喜びなさいな」
「び、美少女なんて、そんなァ……」
頬を赤く染めたまま、ニアがフルフルと顔を横に振っています。
うわぁ……可愛い仕草ですね。
正直言って私、ラファエルが羨ましい!
ニアは目の色が左右で違いますし、青っぽく見える黒髪だって超がつくほど魅力的!
私はラファエルの腕を肘で小突き、「やったな、コノォ! 美女ゲットだぜぇ?」と茶化します。
ラファエルはニアに聞こえないよう小さく溜め息を吐き、私を睨みました。
「後で話がある」
なんですか、もう。白けますね。
私としては、あなたに恋人を作ってあげようという意図もあるのに……。
そりゃ、あなたの気持ちは何度も聞いていますし、少しは可哀想かな……とは思っていますよ。
だけど私は――あなたの親友でいたいのですよ、ラファエル。
だってあなたはドナの恋人で、ランドの友達だったじゃありませんか。
二人を裏切る様なことが、私とあなたの間に起きてはいけません。
だから早く新たな恋でも始めて、とっとと私への想いを断ち切って欲しいのです。
とはいえ、そんな事情などニアとは無関係。
彼女は降って湧いた幸運に、表情を緩めっぱなしです。
さて――話は纏まりましたので、ケーキも無いし帰りましょうか。
私達は約束の確認をしてから、その場で解散となりました。
約束とは、ニアがシュトラウスに辻試合を挑むこと。
その間に私がキリキアを拉致し、実行部隊の情報を掴むこと。
それらが終ったら、ラファエルとニアがデートをすること。
――この三点となります。
私とラファエルは寮へ戻る道を、ニアはヒルデガルドがアルバイトをしているというお店へ、それぞれ足を向けました。
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