103話 武芸棟に行きますわ
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放課後、私とサラステラは早速マリアードの教室に向かいました。
窓から外に目を向けると、どんよりとした雲が空を覆っています。
一方でマリアードの表情も、空に負けず劣らず曇っていました。
暫くしてパラパラと雨が降り始めた頃、マリアードは暗い足取りで教室を後にします。
「マリアード、おそわれねばならんのかぁ……いやじゃあああ……」
彼女は人間や獣人のクラスメイトに手を振り、ブツブツと文句を言いながら廊下を歩き出しました。
晴れていれば、校庭の隅に設置されたベンチで本を読んでもらうつもりでしたが、雨が降るならどうにもなりません。
「あ、でも雨じゃ。これは中止じゃろ?」
マリアードがチラチラと後ろを振り返って、こちらを見てます。
私の隣でサラステラが眉を吊り上げ、マリアードを睨んでいました。
「雨天決行」
お蕎麦先輩は鬼ですね……。
雨の中でベンチに座って、ビショビショに濡れた本を読めというのでしょうか。
マリアードがあんぐりと口を開けています。
あれは完全に、私に助けを求めている顔ですね……。
「かぜをひいてしまうのじゃ〜〜……」
口の動きを見ると、こんなことを言っているようです。
サラステラの眉が、さらに上がりました。
「決行」
反対にマリアードの眉が、ズン……と下がります。目が丸くなり、口が三角形になっていますね。
どうやら二人とも、顔で会話をしているようです。まったく、芸が細かいったら……。
とはいえ、埒もない。雨なら雨で、やりようはあるのです。
私は紙にペンで大きく『武芸棟へ行け』と書きました。
武芸棟というのは基本的に武闘科の生徒達が使う場所なのですが、放課後となれば一般にも解放されます。
ここではよく試合が行われていて、その意味では恰好の場所。
しかしながら、ここでの試合はルールがあります。それは、魔術の使用禁止でした。
反対に魔術棟であれば、武器や格闘による近接戦闘が禁止となります。
であれば、魔術棟に行った方が良いと思うじゃないですか。
駄目なんです。だってアーリア一派は脳筋。魔術棟になんか居る訳が無いでしょう。
なので私達にとっては不利な場所でも、マリアードを行かせるしかありません。
とはいえ万が一にもマリアードが怪我をする事など無いよう、万全の体勢を敷いています。
まぁ……それを彼女に知られたら面白くないので、内緒にしていますけれど……。
それにマリアードは、将来リリアード陣営に於ける武力最高の武将。
髪型を含め顔のグラフィックが今の彼女と違うので、私もつい最近まで気付かなかったのですが……。
なので彼女だって一騎打ちをしたところで、そうそう負ける訳がありません。
ちなみにゲーム内でのマリアードは身長が低いという描写こそありますが、今のように四頭身では無かったと思います。それどころか左頬に大きな刀傷があって、精悍な感じでした。
なのにどう間違えたら、今の様な残念ロリエルフババァになるのでしょうか?
正直、正座をさせて問いつめたいですね。
とにかくマリアードは、私の指示に従うことにしたようです。
おっかなびっくりといった感じで、彼女は渡り廊下を伝い武芸棟へと足を踏み入れました。
武芸棟は三階建てで、一つのフロアに三つの部屋があります。
そのそれぞれにグループが陣取り、武技を磨いていました。
一つのグループが使える時間は約三十分で、次に待っているグループが無ければ、引き続き使えるというシステムです。
各フロアの入り口近くには待合所があって、そこには筋骨隆々とした生徒達が犇めいていました。
ああ……嫌ですね、脳筋共って。薄着だし筋肉自慢をしているし……。
マリアードは今、その待合所に紛れ込んでいます。
周りは彼女の三倍はあろうかという人達ばかりで、完全に気圧されていました。
マリアードはチョコンと椅子に座り、ビクリと肩を震わせています。
そんな彼女の下に、訓練で蹴り飛ばされた男が飛んできました。
「うひゃあ!」
椅子からお尻を浮かせて、マリアードが弾みます。
私とサラステラは物陰に身を顰めて、様子を伺っていました。
「飛びましたわ」
「飛んだ」
マリアードは恐る恐る男に手を差し出し、「だだだだ、だいじょうぶか?」などと言っています。
一方、男を吹き飛ばしたのは女でした。
「図体だけで、からっきしだなッ!」
腰に両手を当てて、唇の端を吊り上げて女が言います。
「う、うぐぅ……」
巨漢の男がうめき声を上げると、女はその顔を足で踏み、言い放ちました。
「このラフィーア・アーキテクト・ブルーウルフを倒せる者はいないのかッ!?」
女は銀髪ですが前髪だけが青く、吊り上がった目が特徴的です。
ラフィーア・アーキテクト・ブルーウルフ。その名は間違い無く、アーリア一派の幹部でした。
その事実に気がついたのか、マリアードは瞬時に男へ差し伸べた手を引っ込め、あらぬ方向を向いて口笛を吹いています。
なんと腰抜けなのでしょうか! 面白い程に白々しいですね!
「ちっ……まったく、リリアードなんぞが生徒会長だから、どいつもこいつも腑抜けになるんだッ!」
と……さらにラフィーアがいい募ります。
その声に調子を合わせる、無数の生徒達……。
「「そうだ、そうだー!」」
なるほど……どうやら武芸棟では、こうして宣伝をしている訳ですね。
まあ、ここはアーリアのお膝元と言っても良い場所。仕方ありませんか……。
ですがここで、マリアードの口笛が止まりました。顔を真っ赤にして怒っているようですね。
姉を侮辱されたことが、悔しかったのでしょうか?
「お、お姉様をばかにするなッ!」
あっ、マリアードが言ってしまいました。
椅子から降りて、ラフィーアの前で仁王立ちをしています。
「ん? なんだ、誰かと思えばオマエ、ダメ会長の妹かぁ〜?」
顎を引き、薄笑いを浮かべたラフィーアがマリアードを睨みました。
ああ、なるほど。
あの女、最初からマリアードに気付いていましたね。その上で、あえて彼女の足下に巨漢を蹴り飛ばしたのでしょう。
脳筋のクセに、やる事がセコいです。
「悔しいですが、ここは撤退するしかありませんわね……マリアードに伝えませんと」
私が横を見てサラステラに言うと、彼女は軽く首を振りました。
「いや、丁度良い。ここでラフィーアを倒せば、アーリアの面目が潰れる」
「そうですけれど、あれはアーリア派の中でも一、二を争う武闘派ですわ」
「問題ない」
「でもあなた、マリアードが勝てる相手では無いでしょう?」
「それも、問題無い。やるのは私」
「今、入れ替わるのですか?」
「うむ」
私は仕方なく頷き、様子を見守ることにしました。
一応ですが、先輩を立てようという気持ちからですよ。
◆◆
「と、とと、とりけせ〜〜! マリアードのことはともかく、お姉様をぐろうするなど、ゆるせんぞ〜〜!」
「許せんと、どうなるのだ?」
「どうなるって、どうなるって……!」
グルグル目のマリアードを、ラフィーアが弄んでいるように見えます。
このまま放置すれば、辻試合が始まってしまうでしょう。
そうなったらマリアードが戦闘不能になるか、もしくは敗北を認めるまで勝負が終わりません。
もちろん彼女が勝つ――という可能性もありますけれど。
私はやきもきしつつ、隣のサラステラに目を向けました。
「入れ替わるなら、早くしなさい。勝負が始まってしまえば、介入出来なくなるのですからッ!」
「……私と戦うことを、あの女が断れない状況を作る」
目を細めて、サラステラが前方を睨んでいます。
感情が乏しい様に見えていましたが、どうやら彼女は怒っているのかも知れません。
何だかんだで、リリアードが馬鹿にされるのは面白くないのでしょう。
それは私だって、そうですからね。
「簡単だ、試合をしよう」
ラフィーアが胸の前で腕を組み、言いました。
見下ろした先のマリアードは、声を震わせています。
「じょ、じょ、じょうとうじゃ――このマリ――」
刹那のこと。“ボン”と何かが炸裂するような音がして、マリアードが白い煙に包まれました。
同時に私の隣で、サラステラも煙に包まれます。
煙が晴れると、二人の位置が見事に入れ替わっていました。
「うむ、試合をするか」
頬に人差し指を当て、小さく首を傾げるサラステラが、ラフィーアに言います。
突然のことに右足を半歩下げて、ラフィーアが頭を左右に振っていました。
「なん……だ……いきなり……!? おまッ……サラステラ・フレ・リンデンッ!」
「うむ、そうだ。何だも何も無いぞ。試合をすると言い出したのは、お前だろう?」
「あ、相手は貴様ではないッ!」
「ふむ……私に恐れをなすか。ま、さもあろう」
「恐れてなど、いないッ!」
「では、試合だ」
「チッ! やってやるぜッ! ぶちのめしてやるッ!」
サラステラとラフィーアが、四角い線の内側に入っていきました。
それは先ほどまで巨漢とラフィーアが戦っていた場所で、十メートル四方の広さです。
二人は正面から対峙し、睨み合いを始めました。
その様を私の隣で、キョトンとマリアードが見つめています。
「あ、あれ? マリアードはどうしてここに?」
「あんな相手と、戦わせる訳が無いじゃありませんか」
「ティファ……? 助けてくれたのか?」
「まあ、わたくしではありませんが……」
「でも、ティファじゃ! やっぱりあぶない時には、たすけてくれるんじゃなッ!」
「というか……危険な目になんて合わせるつもり、ありませんわ……」
「あひゃ! あひゃひゃっ!」
マリアードが私に抱きつき、ふわふわの頭を胸元に擦り付けてきます。
まったく、なんだかんだ言って、この子は可愛いんですよね。
私はマリアードの頭をそっと撫でながら、言いました。
「あとでお蕎麦先輩に、お礼を言いなさいな」
……そんな私達の背後に、スッと影が現れました。
「やあ、ティファ。順調そうだね。マリアードちゃんも無事で何よりだ」
「あ、あなた、どうしてここにッ!?」
「そりゃあ……雨だし。ティファなら、ここに来るだろうなと」
「それはそうかも知れませんけれど、ちょ、ちょっと、近いですわッ!」
「近づかないと、見つかってしまうだろう? この像は、それほど大きくないのだし……」
「そ、そうですけれどッ!」
私達のいる物陰というのは、廊下に置かれた騎士の彫像の裏。
台座を含めて三メートルはあろうかという大きさですが、三人を隠すには少し小さくて……。
形としては私が台座に隠れるようしゃがんで、腕の中にマリアードを抱え込み、ラファエルが私に覆い被さるような感じでしょうか。
「ティファの髪――良い香りだね。まるで薔薇の花ようだ」
「おい、このエロゲ主人公。呼吸をするように、甘い台詞を吐くんじゃありませんわッ!」
「甘いかな?」
「大甘ですわッ! クッキーに蜂蜜をたっぷり入れて、その上に砂糖をまぶしたかの如くッ!」
「はは……キミに対してだけだよ。ずっと――そうしていれば良かったのだけれどね」
私の耳元に口を近づけて、ラファエルが掠れた声で言いました。
「そんな言い方……少なくとも、あの子は幸せだったと思いますわ。だって、想い人と結ばれたのですから」
「だと、いいけれど……」
私達の会話を聞き、マリアードがキョトンとしています。
それからニンマリとして、大きく頷きました。
「二人はもう、せっくすをしたのじゃな? そういうことじゃな?」
私はマリアードの頭に指をめり込ませ、懲らしめます。
しかしラファエルは「あはは」と笑い、マリアードを撫でました。
お陰で「ぎゃー! うひゃひゃ! うひゃ、ぎゃーす! うひゃ!」と、マリアードが、おかしなことになっています。
「……する訳が無いでしょう。わたくし達は、ただの親友ですわ」
「……だね」
「それよりも、勝負を見ますわよ」
「ところで、せっくすってなんじゃ?」
マリアード……こいつは……。
眼前に目を向けると、サラステラがラフィーアの前に進み出るところでした。
ユラリと振り子のように揺れながら、サラステラが猫背で進んでいます。
長い黒髪が右に左にと揺れて、じつに不気味な雰囲気を醸し出していました。
対するラフィーアは重心を落とし、左手を前に出して格闘の構え。
それは達人の覇気といったものを、俄に感じさせるものでした。
お互いに三年生ですから、白いブラウスにグレーのスカートとベレー帽をかぶっています。
ですが雰囲気が余りにも対照的で、周りの生徒達も息を飲んでいました。
「まっ、ここで副会長さんを潰せるなら、アリっちゃアリか。クククッ」
口の端を吊り上げて、ラフィーアが嘲弄します。
一方のサラステラは俯き加減のまま歩みを止めて、ゆっくりと息を吐いていました。
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