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103話 武芸棟に行きますわ

  ◆


 放課後、私とサラステラは早速マリアードの教室に向かいました。

 窓から外に目を向けると、どんよりとした雲が空を覆っています。

 一方でマリアードの表情も、空に負けず劣らず曇っていました。

 暫くしてパラパラと雨が降り始めた頃、マリアードは暗い足取りで教室を後にします。


「マリアード、おそわれねばならんのかぁ……いやじゃあああ……」


 彼女は人間や獣人のクラスメイトに手を振り、ブツブツと文句を言いながら廊下を歩き出しました。

 晴れていれば、校庭の隅に設置されたベンチで本を読んでもらうつもりでしたが、雨が降るならどうにもなりません。


「あ、でも雨じゃ。これは中止じゃろ?」

 

 マリアードがチラチラと後ろを振り返って、こちらを見てます。

 私の隣でサラステラが眉を吊り上げ、マリアードを睨んでいました。


「雨天決行」


 お蕎麦先輩は鬼ですね……。

 雨の中でベンチに座って、ビショビショに濡れた本を読めというのでしょうか。

 マリアードがあんぐりと口を開けています。

 あれは完全に、私に助けを求めている顔ですね……。


「かぜをひいてしまうのじゃ〜〜……」


 口の動きを見ると、こんなことを言っているようです。

 サラステラの眉が、さらに上がりました。


「決行」


 反対にマリアードの眉が、ズン……と下がります。目が丸くなり、口が三角形になっていますね。

 どうやら二人とも、顔で会話をしているようです。まったく、芸が細かいったら……。


 とはいえ、埒もない。雨なら雨で、やりようはあるのです。

 私は紙にペンで大きく『武芸棟へ行け』と書きました。

 武芸棟というのは基本的に武闘科の生徒達が使う場所なのですが、放課後となれば一般にも解放されます。


 ここではよく試合が行われていて、その意味では恰好の場所。

 しかしながら、ここでの試合はルールがあります。それは、魔術の使用禁止でした。

 反対に魔術棟であれば、武器や格闘による近接戦闘が禁止となります。

 であれば、魔術棟に行った方が良いと思うじゃないですか。

 駄目なんです。だってアーリア一派は脳筋。魔術棟になんか居る訳が無いでしょう。


 なので私達にとっては不利な場所でも、マリアードを行かせるしかありません。

 とはいえ万が一にもマリアードが怪我をする事など無いよう、万全の体勢を敷いています。

 まぁ……それを彼女に知られたら面白くないので、内緒にしていますけれど……。


 それにマリアードは、将来リリアード陣営に於ける武力最高の武将。

 髪型を含め顔のグラフィックが今の彼女と違うので、私もつい最近まで気付かなかったのですが……。

 なので彼女だって一騎打ちをしたところで、そうそう負ける訳がありません。


 ちなみにゲーム内でのマリアードは身長が低いという描写こそありますが、今のように四頭身では無かったと思います。それどころか左頬に大きな刀傷があって、精悍な感じでした。

 なのにどう間違えたら、今の様な残念ロリエルフババァになるのでしょうか? 

 正直、正座をさせて問いつめたいですね。


 とにかくマリアードは、私の指示に従うことにしたようです。

 おっかなびっくりといった感じで、彼女は渡り廊下を伝い武芸棟へと足を踏み入れました。

 

 武芸棟は三階建てで、一つのフロアに三つの部屋があります。

 そのそれぞれにグループが陣取り、武技を磨いていました。

 一つのグループが使える時間は約三十分で、次に待っているグループが無ければ、引き続き使えるというシステムです。

 各フロアの入り口近くには待合所があって、そこには筋骨隆々とした生徒達がひしめめいていました。

 ああ……嫌ですね、脳筋共って。薄着だし筋肉自慢をしているし……。


 マリアードは今、その待合所に紛れ込んでいます。

 周りは彼女の三倍はあろうかという人達ばかりで、完全に気圧されていました。

 マリアードはチョコンと椅子に座り、ビクリと肩を震わせています。

 そんな彼女の下に、訓練で蹴り飛ばされた男が飛んできました。


「うひゃあ!」


 椅子からお尻を浮かせて、マリアードが弾みます。


 私とサラステラは物陰に身を顰めて、様子を伺っていました。


「飛びましたわ」

「飛んだ」


 マリアードは恐る恐る男に手を差し出し、「だだだだ、だいじょうぶか?」などと言っています。

 一方、男を吹き飛ばしたのは女でした。


「図体だけで、からっきしだなッ!」


 腰に両手を当てて、唇の端を吊り上げて女が言います。


「う、うぐぅ……」


 巨漢の男がうめき声を上げると、女はその顔を足で踏み、言い放ちました。


「このラフィーア・アーキテクト・ブルーウルフを倒せる者はいないのかッ!?」


 女は銀髪ですが前髪だけが青く、吊り上がった目が特徴的です。

 ラフィーア・アーキテクト・ブルーウルフ。その名は間違い無く、アーリア一派の幹部でした。

 その事実に気がついたのか、マリアードは瞬時に男へ差し伸べた手を引っ込め、あらぬ方向を向いて口笛を吹いています。

 なんと腰抜けなのでしょうか! 面白い程に白々しいですね!


「ちっ……まったく、リリアードなんぞが生徒会長だから、どいつもこいつも腑抜けになるんだッ!」


 と……さらにラフィーアがいい募ります。

 その声に調子を合わせる、無数の生徒達……。


「「そうだ、そうだー!」」


 なるほど……どうやら武芸棟では、こうして宣伝をしている訳ですね。

 まあ、ここはアーリアのお膝元と言っても良い場所。仕方ありませんか……。


 ですがここで、マリアードの口笛が止まりました。顔を真っ赤にして怒っているようですね。

 姉を侮辱されたことが、悔しかったのでしょうか?


「お、お姉様をばかにするなッ!」


 あっ、マリアードが言ってしまいました。

 椅子から降りて、ラフィーアの前で仁王立ちをしています。


「ん? なんだ、誰かと思えばオマエ、ダメ会長の妹かぁ〜?」


 顎を引き、薄笑いを浮かべたラフィーアがマリアードを睨みました。

 ああ、なるほど。

 あの女、最初からマリアードに気付いていましたね。その上で、あえて彼女の足下に巨漢を蹴り飛ばしたのでしょう。

 脳筋のクセに、やる事がセコいです。


「悔しいですが、ここは撤退するしかありませんわね……マリアードに伝えませんと」


 私が横を見てサラステラに言うと、彼女は軽く首を振りました。


「いや、丁度良い。ここでラフィーアを倒せば、アーリアの面目が潰れる」

「そうですけれど、あれはアーリア派の中でも一、二を争う武闘派ですわ」

「問題ない」

「でもあなた、マリアードが勝てる相手では無いでしょう?」

「それも、問題無い。やるのは私」

「今、入れ替わるのですか?」

「うむ」


 私は仕方なく頷き、様子を見守ることにしました。

 一応ですが、先輩を立てようという気持ちからですよ。


 ◆◆


「と、とと、とりけせ〜〜! マリアードのことはともかく、お姉様をぐろうするなど、ゆるせんぞ〜〜!」

「許せんと、どうなるのだ?」

「どうなるって、どうなるって……!」


 グルグル目のマリアードを、ラフィーアが弄んでいるように見えます。

 このまま放置すれば、辻試合が始まってしまうでしょう。

 そうなったらマリアードが戦闘不能になるか、もしくは敗北を認めるまで勝負が終わりません。

 もちろん彼女が勝つ――という可能性もありますけれど。


 私はやきもきしつつ、隣のサラステラに目を向けました。


「入れ替わるなら、早くしなさい。勝負が始まってしまえば、介入出来なくなるのですからッ!」

「……私と戦うことを、あの女が断れない状況を作る」


 目を細めて、サラステラが前方を睨んでいます。

 感情が乏しい様に見えていましたが、どうやら彼女は怒っているのかも知れません。

 何だかんだで、リリアードが馬鹿にされるのは面白くないのでしょう。

 それは私だって、そうですからね。


「簡単だ、試合をしよう」


 ラフィーアが胸の前で腕を組み、言いました。

 見下ろした先のマリアードは、声を震わせています。


「じょ、じょ、じょうとうじゃ――このマリ――」


 刹那のこと。“ボン”と何かが炸裂するような音がして、マリアードが白い煙に包まれました。

 同時に私の隣で、サラステラも煙に包まれます。

 煙が晴れると、二人の位置が見事に入れ替わっていました。


「うむ、試合をするか」


 頬に人差し指を当て、小さく首を傾げるサラステラが、ラフィーアに言います。

 突然のことに右足を半歩下げて、ラフィーアが頭を左右に振っていました。


「なん……だ……いきなり……!? おまッ……サラステラ・フレ・リンデンッ!」

「うむ、そうだ。何だも何も無いぞ。試合をすると言い出したのは、お前だろう?」

「あ、相手は貴様ではないッ!」

「ふむ……私に恐れをなすか。ま、さもあろう」

「恐れてなど、いないッ!」

「では、試合だ」

「チッ! やってやるぜッ! ぶちのめしてやるッ!」


 サラステラとラフィーアが、四角い線の内側に入っていきました。

 それは先ほどまで巨漢とラフィーアが戦っていた場所で、十メートル四方の広さです。

 二人は正面から対峙し、睨み合いを始めました。


 その様を私の隣で、キョトンとマリアードが見つめています。


「あ、あれ? マリアードはどうしてここに?」

「あんな相手と、戦わせる訳が無いじゃありませんか」

「ティファ……? 助けてくれたのか?」

「まあ、わたくしではありませんが……」

「でも、ティファじゃ! やっぱりあぶない時には、たすけてくれるんじゃなッ!」

「というか……危険な目になんて合わせるつもり、ありませんわ……」

「あひゃ! あひゃひゃっ!」


 マリアードが私に抱きつき、ふわふわの頭を胸元に擦り付けてきます。

 まったく、なんだかんだ言って、この子は可愛いんですよね。


 私はマリアードの頭をそっと撫でながら、言いました。


「あとでお蕎麦先輩に、お礼を言いなさいな」


 ……そんな私達の背後に、スッと影が現れました。

 

「やあ、ティファ。順調そうだね。マリアードちゃんも無事で何よりだ」

「あ、あなた、どうしてここにッ!?」

「そりゃあ……雨だし。ティファなら、ここに来るだろうなと」

「それはそうかも知れませんけれど、ちょ、ちょっと、近いですわッ!」

「近づかないと、見つかってしまうだろう? この像は、それほど大きくないのだし……」

「そ、そうですけれどッ!」


 私達のいる物陰というのは、廊下に置かれた騎士の彫像の裏。

 台座を含めて三メートルはあろうかという大きさですが、三人を隠すには少し小さくて……。

 形としては私が台座に隠れるようしゃがんで、腕の中にマリアードを抱え込み、ラファエルが私に覆い被さるような感じでしょうか。

 

「ティファの髪――良い香りだね。まるで薔薇の花ようだ」

「おい、このエロゲ主人公。呼吸をするように、甘い台詞を吐くんじゃありませんわッ!」

「甘いかな?」

「大甘ですわッ! クッキーに蜂蜜をたっぷり入れて、その上に砂糖をまぶしたかの如くッ!」

「はは……キミに対してだけだよ。ずっと――そうしていれば良かったのだけれどね」


 私の耳元に口を近づけて、ラファエルが掠れた声で言いました。

 

「そんな言い方……少なくとも、あの子は幸せだったと思いますわ。だって、想い人と結ばれたのですから」

「だと、いいけれど……」


 私達の会話を聞き、マリアードがキョトンとしています。

 それからニンマリとして、大きく頷きました。


「二人はもう、せっくすをしたのじゃな? そういうことじゃな?」

 

 私はマリアードの頭に指をめり込ませ、懲らしめます。

 しかしラファエルは「あはは」と笑い、マリアードを撫でました。

 お陰で「ぎゃー! うひゃひゃ! うひゃ、ぎゃーす! うひゃ!」と、マリアードが、おかしなことになっています。


「……する訳が無いでしょう。わたくし達は、ただの親友ですわ」

「……だね」

「それよりも、勝負を見ますわよ」

「ところで、せっくすってなんじゃ?」


 マリアード……こいつは……。


 眼前に目を向けると、サラステラがラフィーアの前に進み出るところでした。

 ユラリと振り子のように揺れながら、サラステラが猫背で進んでいます。

 長い黒髪が右に左にと揺れて、じつに不気味な雰囲気を醸し出していました。


 対するラフィーアは重心を落とし、左手を前に出して格闘の構え。

 それは達人の覇気といったものを、俄に感じさせるものでした。

 

 お互いに三年生ですから、白いブラウスにグレーのスカートとベレー帽をかぶっています。

 ですが雰囲気が余りにも対照的で、周りの生徒達も息を飲んでいました。


「まっ、ここで副会長さんを潰せるなら、アリっちゃアリか。クククッ」


 口の端を吊り上げて、ラフィーアが嘲弄します。

 一方のサラステラは俯き加減のまま歩みを止めて、ゆっくりと息を吐いていました。

お読み頂き、ありがとうございます。


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