102話 罠を張りますわ
◆
サラステラはラファエルの口車に乗って、見事アーリアに敵対感情を抱きまくり。お陰で対アーリア作戦を、彼女はドヤ顔で考え始めました。
窓から夕日が刺し込む時間になりましたが、サラステラがやる気を出してくれたのは良い事です。
何しろサラステラは、呪術という恐ろしいスキルの持ち主。
実際ゲーム中の彼女は呪術を使ってラファエルの自由を奪い、彼を弄ぶということをやっています。
まあ、元の設定がそんな女ですから、間違い無くサディスティックな性格なのでしょう。さっきもリリアードの飲み物を、蕎麦つゆに変えていましたしね。
だからこのままアーリアとぶつかってくれるなら、とても有り難い。暴力女と無表情ドS女の激突なんて、興味をそそられるじゃありませんか……。
と、そのサラステラが、磨き上げた翡翠のような瞳を怜悧に輝かせて言いました。
「アーリア一派が辻試合を挑むのは、今のところ一年生ばかり……だから弱そうな一年生を囮にして、奴らに試合を挑ませる」
「お蕎麦先輩、囮は重要な任務ですわ。弱そうなと言っても本当に弱ければ怪我をしますし、信用出来ない者では、裏切られます。人選は慎重にしなければ……」
「問題無い。弱そうでありながら高い戦闘能力を持ち、なおかつ信頼出来る存在を知っている」
お蕎麦先輩が、人差し指を立てて言いました。
リリアードも、人差し指を立てています。
が――こいつは指を鼻の穴に突っ込み、ぐりぐりと掻き回し始めました。
「誰じゃ、その奇特な人物は?」
リリアードのくぐもった声が響きます。
ラファエルは彼女を横目に、苦笑していました。
「美人がそんなことをしたら、台無しだよ」とでも言いたいのでしょうか?
せっかくだから発言して、リリアードとのフラグを立てて欲しいものです。恋のフラグを!
いくら親友ポジに収まっているとはいえ、私としてはヤツに恋人がいないのは不安で仕方がありません。
といって……あからさまに新しい恋人を薦める程、私も野暮じゃありませんよ。
だってドナを、あんな風に失っているのですから……。
そのラファエルが、チラリと私を見て発言をしました。
「僕等の信頼に足る一年生と言えば、一人しかいないよね」
「……確かに、そうですわね」
私も頷き、彼に同意します。
親友なので以心伝心なのかも知れませんが、それも如何なものかと……。
「なんじゃ、ティファ! ラファエルッ! 分かったなら教えてくれッ!」
リリアードが目をくわっと開き、私に迫ってきます。刮目というやつでしょうか。
それでも右手の人差し指は、鼻の穴に刺さったまま。ちょっと、汚い……。
私は仰け反る様にしてリリアードから距離をとりつつ、答えました。
「マリアードですわ。だって、彼女以外にいないでしょう……わたくし達の意を汲む、弱そうなのに強い一年生なんて」
「ほげッ!?」
私の発言を聞きリリアードの指は、鼻の奥深くまで到達したらしく……。
「ぴぎゃぁぁああああああああああああ!」
夕日で赤く染まった生徒会室に、会長たるリリアードの絶叫が響き渡りました。
そして室内が、別の意味でも赤く染まります。最低ですね。
私はハンカチを取り出し、リリアードの鼻に当てます。
「いだい、いだいのじゃあ〜〜ティファ〜〜」
涙目で訴えかけてくるリリアードに回復魔法を唱え、軽く彼女の頭を撫でてやりました。
「はいはい……まったく……世話の焼ける生徒会長ですわね。そんなことでは、ラファエルに嫌われてしまいますわよ?」
頭を撫でつつ、リリアードの長い耳に口を近づけて言います。
私としては、さっさとラファエルに新しい恋人を見つけて欲しい。
もちろんヒルデガルドやニアでも良いのですが、そこは何となく親しいリリアードを推したくなるのが人情と言うもの……。
と思っていたら――ラファエルが私に対してニッコリと微笑んでいました。
「ティファって、けっこう優しいよね」
なんだと……コラ! 戦闘民族たる私に優しいとは、ケンカ売っとるんか、ダボォ! と思います。腹が立ちました。
「や、優しくなど……! 応急処置は終りましたわ! あとはラファエル! 会長の看護をお願いしますッ!」
私は怒りに任せてリリアードをラファエルに押し付け、部屋を後にしました。
「お、おろかな人間〜〜? わ、わしがいくら魅力的だからといって、変なことはするなよ? 変なことをするなら、結婚してからじゃからなぁ〜〜っ!」
閉めた扉の奥から、リリアードの甘ったるい声が聞こえます。
多分これから、サラステラとリリアードに挟まれて、ラファエル・リットのハーレムタイムが始まるのでしょう。
ま、私には関係ありません。今日の所は部屋に戻って、ミズホ達とお菓子でも食べることにしますか。
そう思っていたら、後ろの扉がすぐに開きました。ラファエルが部屋から出て、肩を窄めています。
「僕を置いていかないで欲しいね、ティファ」
「あら、リリアードは好みじゃなくって?」
「ティファ――彼女はエルフの女王になる女性だよ、僕には勿体ない」
「彼女の方は、満更でも無いのですけれどねぇ」
「……僕はね、ティファ。ドナに酷い事をしたんだ。だからもう、二度と――」
「あなたねぇ、あれは仕方が無かったことですわ。わたくし達は確かに生き残りましたけれど、それが彼女に酷い事をしたというのは、少し違うでしょう」
「そうじゃない、そうじゃないんだ――僕は彼女のことを、心から愛することが出来なかった。他に好きな人がいたから……だから二度と、自分の気持ちに嘘は付きたく無い」
廊下を吹き抜ける風が、私の髪をフワリと撫でました。
ラファエルがじっと、私を見つめています。
「だからリリアードやヒルデガルドの気持ちに答えられない、と?」
「そうなるね」
完全にヤバいやつですよ、これは。
振り出しに戻りやがりました。
ここで「好きな人は誰」なんて聞いたら、完全に私ルート突入じゃねぇですか!
いえ、それは流石に自意識過剰かもしれません。
でもね、君子危うきに近寄らず、とも言います。
そんな訳でここは、逃げの一手でしょう。
“どひゅーん”
私は風になり、自室へと戻ったのでした。
◆◆
翌日のお昼休みに、私とサラステラは一年生の教室へと向かいました。
何でかって? 理由は簡単。
あのリリアードが、昨日部屋に戻ってマリアードに詳細を話すはずがありません。
ちなみにリリアードは今、イグニシアと一緒に新作メロンパンを買うため、授業すらサボっています。
ミズホも一緒に出かけたのですが、これ――風紀委員が風紀を乱しているとしか思えませんね、もはや。
そんな訳で私達がマリアードに直接会い、詳細を話す事にしたのでした。
「マリアード!」
私は廊下から教室にいる、一際小さな影に声を掛けます。
すると「トトト……」と小走りに、影がやってきました。
マリアードが、笑顔を浮かべて駆け寄ってきます。金色の髪が陽光を反射して、キラキラと輝いていました。
「なんじゃ、わが友ティファニーよ!」
私の下へ到達すると、何故かマリアードは振り返って教室中に聞こえる声で叫びます。
何となくマリアードの頭に手を乗せ、撫でてみました。教室にどよめきが起ります。
「……マリアードさま、本当にティファニーさまのお友達なの?」
「じゃあ、リリアードさまの妹って話も、本当かしら?」
教室の中で、ひそひそ話が始まりました。
マリアードがふんすと胸を張り、「なんじゃ、わが友ティファニー!」ともう一度言います。
「しかもティファニーさまを呼び捨てにして……これは……」
「さすがマリアードさま」
頭を撫で続けていると、ようやくマリアードが振り返りました。
「ふっふ――わが人気を見よ、ティファニー! おろかな人族どもを、みごとロウラクしてやったぞー!」
これはきっと私やリリアードの力を背景に、マリアードがクラスで大きな顔をしている証拠でしょう。
そして今、それを証明する為に、私を呼び捨てにしている……と。
このままでは去年までのリリアードの如く、この子も来年にはバカエルフのレッテルが張られることでしょう。
いけませんね。
つまり悪い子には、お仕置きが必要です。
私は指先に力を込め、マリアードの頭を締め上げました。
「ギャースッ!」
マリアードが悲鳴を上げて、廊下を転げ回ります。
「驕れる者久しからず……ですわ、マリアード」
「な、なにをするのじゃあ……マリアード、このクラスでアイドルなのじゃぞ〜〜……」
「文句を言わず、付いてきなさい。あなたにやって貰いたい事があるのです」
「な、なにをやれというのじゃ〜〜! せつめいせよ〜〜!」
「悪い子に説明など、必要ありません。あと、あなたには拒否権もありませんわッ!」
「ひぃぃぃ〜〜〜!」
――――
説明など必要ないと言いつつも、作戦上説明は必須です。
だから私達は食事がてら、マリアードに概要を説明することにしました。
食堂に着くと、すぐに手を振るリリアードとイグニシアの姿が目に入ります。というか、うずたかく積まれたメロンパンの山が、どうあっても目に飛び込んでくるんですよ!
まあ、あれは全部ミズホの分なんでしょうけれどね。ミズホが涎を垂らして、その山をじーっと見ていますから。
私達が近づくと、最初に声を掛けてきたのはリリアードでした。
「席を取って待っていたのじゃ! ほれ、ここに座れ!」
「あ! 姉さまッ!」
イグニシアはメロンパンを両手で持ちながら、牛乳をテーブルに置いてウズウズしているようです。
「ティファ、マリアードに説明をするのだろう? だったら姉の口から伝えた方が良いと思うぞ」
ウズウズしながらも、イグニシアがまともな事を言いました。
風紀委員のクセにメロンパンを買う為に授業をサボった女が、何を言うのか――とイラつきます。
「えいっ!」
私はイグニシアが大切そうに両手で持ったメロンパンの真ん中に、指で穴を開けました。
ぽっかりと空いた風穴を見て、私の心も晴れ晴れとします。ざまぁ!
「あっ! ティファ! 新作に何をするッ!?」
「何でもありませんわ、ちょっとイラついただけです。あなた方は先に食べて、待っていなさい」
「お、おう……やっぱあれか? ティファ、おれが誘わなかったの、怒ってるのか?」
何故か頬を赤く染め、モジモジと言うイグニシア。
「これ、少しやるからさ。そんなに怒るなよ……」
小さく千切ったメロンパンを、イグニシアがおずおずと差し出してきます。
何と言うか、やっぱりイグニシアは美しくて可憐で可愛いですね。
「そ、そんなんじゃありませんわッ」
言いながら、一応メロンパンの欠片を受け取ります。
「な、なら、いいんだけどよ……まあ、仲直りだ」
「わかりましたッ! 穴を開けた事は、謝罪しますわッ!」
「お、おうっ」
嬉しそうにメロンパンを頬張るイグニシアを横目に、私達はカウンターに並びました。
何故か私とイグニシアのフラグが、ビンビンに立っています。まあ、これは折る必要も無いので、そのままで良いでしょう。
今日はバイキング形式なので、各自好きな食べ物を選んで食器に盛りつけ、トレーに乗せて席まで運びます。
私の横に座ったマリアードに、仕事の内容を伝えたのはリリアードでした。
リリアードは丁度、マリアードの前に座っています。
「マリア……辻試合というのを知っておるか?」
「あ、姉さま。あれじゃろ? さいきんいきなり襲ってくるっていう……マリアードのクラスでも、何人かやられておるぞ」
「うむ……お前は大丈夫なのか?」
「マリアードは授業がおわったらすぐティファニーのところに行っておるし、襲われたこと無いのじゃ」
「そうか。では一度、襲われてみてはくれぬか?」
「……なんじゃと、姉さま……?」
マリアードがホワイトシチューをスプーンで口に運びながら、固まっています。
青ざめた顔に、皹が入ったような感じでした。
「何も酷い目に遭えと言うておる訳では無い。ほれ、ティファニーとサラステラが影からそっと見守っておるから大丈夫じゃ」
マリアードがチラリと視線を動かし、イグニシアを見ます。
彼女にしてみれば、武力100超えのイグニシアに守って貰った方が安全――ということでしょう。
でもね、イグニシアは既に警戒されていると見た方がいい。動きが読まれているのです。
その点、私やサラステラなら、近接戦闘に不向きと思われていますからね。まさか護衛に付いているとは思われないでしょう。
「あんしんできぬ〜……ミズホちゃんとか、つよい人がそばにいてほしいのじゃ〜〜」
「マリアード。あなたが協力してくれないと、リリアードが生徒会長から降ろされてしまうかも知れないのですわ。そうなったら、前代未聞の珍事です。あなた方姉妹も、恥ずかしくってロムルスの森に帰る事が出来なくなりますわよ?」
「そ、そうなのか?」
「聞き分けるのじゃ、マリアード。愚かな人族のみならず、獣人族などにナメられる訳にはいかぬ」
リリアードの言葉に、マリアードがゆっくりと頷きました。
「わ、分かったのじゃ……」
こうしてマリアードを説得し、私達は放課後に備えることとなったのです。
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