101話 アーリア・アーキテクト・ゴールドタイガー
◆
アタシはもともと、生徒会の仕事に興味なんて無い。
ただセフィロニアさまの側に、少しでも長くいたいから書記になった。
そうしたら「二年で書記になるということは、エリートコースだね」などと周りに煽てられ、いつの間にか生徒会長候補にされていただけ。
だから別に、生徒会長になれなくても構わない。
そんなことは、問題じゃあ無いんだ。
けどな……だからといってアタシにも、引き下がれない訳がある。
いくら何でも、あのリリアードに負けるのは納得出来ない。
そりゃアイツがリモルで、ティファニーを助けたって話は聞いた。
学年は違うけど、二人が親友だって話も知っている。
でもな――バカエルフだぞ?
それにサラステラが副会長だと?
それも、ティファニーと親交のあるヒルデガルドが推しているから?
そんな理由でアタシより得票数が多かったなんて、納得できる訳が無い!
ふざけるな。
そりゃあティファニーが夏休み中、リモルに行って大変な目に遭ったという話は知っている。
学院中、その話題で持ち切りだったからな。リーバとかいう魔将を倒したって話も有名だ。
学院どころか、世界的に有名な話にもなっているさ。
だから、名を上げたのはティファニー・クラインだ。
間違ってもリリアードじゃあ無いし、サラステラでもない。
もしもティファニー・クラインが生徒会長をやるなら、アタシだって百歩譲って引き下がるさ。
いや――そもそも――アタシだって夏休み中、遊んでいた訳じゃあ無い。
実家に帰って、反旗を翻した周辺部族を平定して回っていんだ。
来る日も来る日も戦いの連続で、それはきっとティファニーの苦労にも劣るモンじゃあ無かったと思う。
けどな……もしもそんなコトが無ければ、アタシだってティファニーを助けに行っていたさ。
何故かって?
はんッ――別に友達でも何でもないけど――アイツはセフィロニアさまの従兄弟なんだよ。
しかもセフィロニアさまが、もの凄く大切にしていらっしゃる。
だからアイツを助けてやれば、ポイントが高いじゃないかッ!
一応、そんな事情をティファニーにも話した。
それでアタシを応援するよう、打診したんだ。
リリアードがバカエルフだってことは、アイツだって知っているからな。
それにアイツと仲良くやれれば、セフィロニアさまだってアタシをもっと見てくれる。そんな気がした。
アレは生徒会長選が始まる前の週、寮の廊下ですれ違った時のことだ。
アタシはアイツに声を掛けて、下げたくも無い頭も下げたってのに……。
「なあ、ティファニー・クライン。リリアードを推すのをやめて、アタシにしねぇか? アタシだって国で内乱が起きていなけりゃ、お前を助けに行っていた」
「は? わたくしが、そんな話を信用するとでも? だいたい、わたくしが入学したばかりの頃、いきなり突っかかってきたのはあなたでしょう? そんな方を何故わたくしが、推薦しなければならないのです?」
「古い話を持ち出すなよ、あの時は悪かった。だがよ――アタシとお前が組めば、魔法と武力で最強だ。天下が取れるぞ」
「天下、ですか。まあ、天下は獲らせて頂きますけれど――でも残念ですわね、家畜先輩。わたくし、組むのは人間だけと決めていますの」
「何? だったら――あのバカエルフも人間じゃあねぇだろ?」
「あら、あらあら、そうですわね――だけれど獣に比べれば、多少は人間にも近いのでは? ……それじゃ、ごきげんよう」
にべもない――とはこの事だ。
冷然とアタシの顔を見上げ、ティファニー・クラインは唇の端を吊り上げて去りやがった。
いっそ、ぶん殴ってやろうかと思ったが、そんな事をしたらセフィロニアさまに嫌われちまう。
だからアタシは、大人しく部屋に戻ったんだ。
選挙の結果は、だから散々だった。
当然のごとくアタシは最下位。
現職の書記が、こうも無様に負けるなんて初めてだと皆が噂をした。
もちろん、面と向かって言うヤツなんていなかったさ。
でもな、悪い噂ってやつは、どうしたって耳に入ってきちまうモンなんだよ。
腹が立ったぜ。ああ、頭にきた。
だから、よっぽど不機嫌そうな顔をしていたんだろうなぁ……。
普段ならアタシに話しかけようともしないメティル・ラー・スティームが、とうとう声を掛けてきたんだから。
あれは、アイツが卒業する間近の事だった。
最後の役員会が終って、アタシが書類を棚に戻そうとしている時のことだ。
「ね、ねぇ、アーリア。あなたは本当なら、三年生がやるべき書記をやっていたのでしゅ……あっ、噛んだッ!」
「噛んだのは、どうでもいいよ。何か用か?」
「うん……だからね、ちょっと心配で」
「心配? 何がだよ」
「……あなたの今後。なんて言うか……もう生徒会の仕事は無いでしょう? だからね、逆に解放されたと思って、残りの学院生活を楽しんだらどうかしりゃ……ちゅっ……はわわ! どうしよう、セフィロニアッ! 噛みまくりまみまみたッ!」
「はいはい……今日も可愛いですよ、メティルさま」
「うー……セフィロニアぁあ」
心配してくれたことは、理解できる。
けれど――この一件は逆効果だった。
むしろアタシの怒りの炎に、油を注ぐことになったんだからな。
何しろセフィロニアさまのメティルに対する態度が、以前と明らかに違ったからだ。
自分に縋り付くメティルの背中を、セフィロニアさまが撫でている。
アタシは、このとき直感したね。
ああ、この二人――付き合っているぞ、ってさ。
要するにアタシは選挙で負けて、男も取られたってことだ。
とんでもない負け犬さ。こんなことじゃ、ゴールドタイガーの名が廃る。
ただ、この時はまだ一縷の望みがあったんだ。
だって考えてもみろ。
セフィロニアさまはティファニー・クラインを最も大切にしている。
だからメティルのことは、本気じゃあないかも知れない――てな。
だからセフィロニアさまが卒業する時、アタシは告白をした。
もちろんこれは、本当に一縷の望みさ。
あれは卒業式の後、学院の門の前だった。
セフィロニアさまは馬車に乗る直前で――乗ってしまえばもう、会えなくなるからって――アタシは勇気を振り絞ったんだ。
正直言って、どんな強敵と戦うより辛かったぜ。
「あの……いつかアタシはヴァルキリアの将軍になります。だから――セフィロニアさまに軍師として来ていただけたら……いえ、来年アタシが卒業したら、ヴァルキリアに来て下さいッ! もし来て頂けるのなら、アタシの全てを差し上げますッ!」
自分でも自覚するくらい、顔が真っ赤だったと思う。
「はは……私を誘ってくれるのかい?」
「は、はいッ!」
「ありがとう――だけどね、私は魔導王国へ行く事にしたよ」
「えっ……クライン公国へ帰るのではなく?」
「はは……そうだね……君には正直に話しておこうかな」
「は、はい……?」
「実はね、私には秘めたる夢があったんだ。それはティファニー・クラインをして、クライン公国の当主たらしめること……」
その夢には、何となく気付いていた。
だってセフィロニアさまは、口を開けばティファニー、ティファニーだったからだ。
それでアタシは、彼がクラインへ戻るのだろうと確信していたんだ。
だけどアタシとティファニー・クラインを女として比べれば、大差ない。
美しさで若干劣るかも知れないが、身体の方は自信がある。
多分アタシの方が、男を喜ばせることが出来るはずだ――そう思っていた。
けれど、セフィロニアさまは魔導王国に行くという。
この時ばかりは、頭が混乱したね。
アタシはメティルに対してなら、女として全ての面で勝っているという自信があったんだから……。
「だったら――なぜ?」
「うん、それはね……ティファニーが私を、必要としなくなったからさ。彼女はやがて、誰よりも大きく羽ばたく――私なんかがいなくてもね……」
「そんなことは無いでしょう。だってセフィロニアさまよりも優れた軍師なんて、いないのだから」
「いやぁ、いるよ。あと二人ね」
「二人?」
「ああ。ラファエル・リットとゲイヴォルグ・ファーレン……この二人さ」
「……あの優男と緑色の髪をした、何を考えているかも分からないヤツが?」
少し寂しそうに遠くを見て、セフィロニアさまは頷いた。
「そう――それでね、その内の一人、ラファエル・リットがティファニーに付いたんだ。となると、私は用済みという訳さ」
「だ、だったら尚更、アタシの所へ……」
「うん、それも良かったんだろうね。もしも君が、メティルよりも先に私を誘ってくれていたら、きっとヴァルキリアに行っただろう――だけど……」
この言葉で、アタシの涙腺が崩壊した。
子供の頃から泣かないことが自慢だったアタシが、声を上げて泣いたんだ。
「うぐっ……それって、それって、もしもアタシが先に好きだって……ひぐっ……言ったら……」
「君と、付き合っていただろうね」
「でも、じゃあ……ぐすんっ……それって……今からでも……」
「今からじゃ、もう遅い。私はメティルを愛すると、そう決めたからね。彼女を裏切れない――そういうことさ」
こうして、アタシの恋は完全に終った。
◆◆
上級生が去って新学期までの間、アタシの心は宙ぶらりんだった。
好きな人がいないだけで、こうもやる気を無くすのか。
せめて生徒会書記であれば、やる事もあっただろう。気が紛れたに違いない。
しかし、だからといって春休みには実家へ帰れるほど、時間も無いのだ。
部屋でゴロゴロしていると、国から一緒にやってきた二人の仲間がバタバタとして現れた。
「おい、ノックぐらいしろッ!」
寝台の上から文句を言うと、二人がビシッと並んで畏まる。
この辺は、流石に軍事国家の出身者だ。無駄に統制が取れていた。
「あの、知ってますか?」
右側に立った女――ラフィーア・アーキテクト・ブルーウルフが言う。
コイツは銀髪で赤目の狼人だ。
といっても只の銀髪ではなく前髪だけが青色で、ブルーウルフ氏族の本流を名乗っている。
だからけっこう強い――確か武力が93なのだが……しかしまぁ、バカだ。
だって考えてもみろ。
いきなり「知ってますか?」なんて言われても、何の事やら分かる訳が無い。
そうなると、こう答えるしか無いだろう。
「何がだ?」
「実はですね、生徒会には不信任ってのがあるんですよ」
「ほう……」
アタシが寝台から身体を起こすと、左側に立っていた女が説明を始めた。
こっちはキリキア・アーキテクト・タイガー。
要するにアタシの氏族の亜流だ。虎人だが、むしろ人間に近い。
耳も僅かに尖っているだけで、ハーフエルフと見分けがつかないような感じだ。
実際コイツは獣人としても中途半端で、武力も少し低い。
しかし、一方でそれを知力で補い嫌な戦い方をするから、皆に一目置かれている。
キリキアが獣人には似合わない眼鏡を中指で持ち上げ、口を開いた。
「まず、不信任案を生徒会に提起します。提起する権限は各クラスの委員長が持っております。そしてこの私――不肖キリキア・アーキテクト・タイガーは三年二組の委員長ですのでッ!」
「うん、お前が提起すると?」
「はいッ! 提起された不信任案は次に、定例生徒会議において投票がなされますッ!」
「ほう」
「この時点で過半数に達すれば、生徒会長及び役員は解任。再度、生徒会長選が行われることになりますッ!」
「……なるほど」
「ただし、生徒会長がこれを嫌った場合――各クラスの委員を解任することが出来ます。この場合は各クラスにおいて再び委員長が選び直されますので、注意が必要ですッ!」
「なるほど……不信任を提出した人物を、生徒会から排斥することも生徒会長は可能――ってことか。だったらキリキア――お前が解任されたら終わりだろう?」
「いいえッ! 既に三年二組の過半数は、押さえておりますッ!」
「へぇ……そいつぁ頼もしいな……で、アタシにどうしろってんだ?」
「簡単です。再び選挙に持ち込みますので、アーリアさまには、生徒会長になって下さいますようッ!」
アタシはキリキアの言葉をボンヤリと聞きながら、曖昧に頷いていた。
手段は要するに、生徒達を脅して回るという事らしい。
それで恐怖を与え、現生徒会への不信感を植え付ける。
アタシが生徒会長なら脅される心配は無いぞと、そういう話だ。
正直、あまり興味は無いが――特にやる事もないので、アタシは「やろう」と頷いた。
この計画には、シュトラウス、ノトス、ラトスといった男子達も賛同していると言う。
彼等もこの部屋に入りたがったらしいが、女子寮ということで遠慮したらしい。
「ま、恐怖で支配するなんざ、アタシらしいや。せいぜい暴れてこいよ。ああ、だけど、イグニシアやミズホが出て来るようなら、アタシに任せろ。ぶちのめしてやるからよ」
ラフィーアとキリキアは大きく頷き、随分と目を輝かせていた。
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