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第五十七話 十姉妹 楓 その2

 ある程度実力がついたと自己判断した俺は、医師として働く方法はないか、幸助に相談した。


「うーん、この偽医師免許証はすぐには見破られないだろうけど、厚労省に問い合わせれば、簡単にばれてしまうし、病院や診療所で雇ってもらうのは危険じゃないかな。


 大抵偽医者っていうのは、地方の中小病院に単発の当直バイトで働き、次々病院を変わっているようだけど……」


 さすが裏の世界に詳しい彼は、的確なアドバイスをくれる。でも、俺にはそれは不満だった。


「でも、そんな流れ板みたいなのは嫌なんだ! 一つ所で腰を据えて、じっくり患者を診ていきたい!」


「となると、それこそブラックジャックみたいに開業しかないかな?


 でも、それだと厚生省に目を付けられやすいし、私も守ってあげれるかどうか……」


「なら、グループホームはどう? クリニックや個人病院よりは医者の出番は少ないし、嘱託医ってことにしておけば、そんなにうるさくないんじゃない?


 何より、この県はどこにも入所できない老人が多過ぎるってことを学んだよ。


 俺に出来ることは何かをずっと考えていたけど、彼らを助けることが、自分がこの地上に生を受けた意味じゃないかって気がする」


 後半部はディーの台詞を借りたけど、今の俺の気持ちも、あの時の彼女と同じだった。


「……そうだね、あれもいろいろ施設基準があるけど、特定非営利活動法人が運営する、無届の老人施設は世の中に多いし、意外とうまくいくかもしれない。


 そういえば確か、町外れにちょうどいい物件が空いていたはずだ」


「そうこなくっちゃ!」


 俺はつい幸助に抱きついた。


「く、苦しいよ。どうしてこんなにワイルドになったかな。でも、君がこの家からいなくなってしまうのは、寂しいな……」


 俺の胸の下で、彼がぽつりとつぶやく。


「心配すんなって! 往診扱いにして毎日やってくるからさ! それに、幸助を信用している証に、俺のリモコンを置いていくからよ、俺だと思って大切にしてくれ!」


 俺は彼から離れると、いつも携えていたリモコンを、名刺のようにそっと差し出す。


 結局、例のムラージュの説明書には、ICチップの除去方法は載っていなかった。


 詳しい製造法なども含めた、ムラージュの核ともなるべき機密は、真のブラックボックスとなり、決して人目に触れないようになっているのかもしれない。


 よって俺は、盗まれないよう肌身離さずリモコンを持っていたが、彼に預けておくのが一番安全だと思われた。今のところ使用する必要もなさそうだし。


「分かった。大事に仕舞っておくよ。私も君の友達や、ムラージュに関する調査を続けてみる。


 でも、本当に護衛を付けなくても大丈夫かい?」


 幸助は、雄々しい顔つきに似合わず、心配そうに俺に確認する。


「大丈夫さ! こう見えても結構たくましいからね! でも、本当にありがとう!」


 こうして我が楓荘は、町外れにひっそりとオープンした。



 さて、特に広告も打っていないのに、開所した途端、どこから聞きつけたのか、夏の灯火に群がる虫の如く、どっと入所希望者が押し寄せ、六つしかない部屋はたちどころに満床となった。


 と同時に、俺は嵐の小船のように、息も出来ないほどの目まぐるしさに翻弄されることとなる。


 そりゃまあ、従業員が俺一人しかいないんだから、当然と言えば当然だわなあ。


 しかし求人募集しようにも、なるべくお上の目を盗んでこそこそとせねばならず、頼める知り合いなどいるわけもなく、どうすればいいのか見当もつかない。


 あまりにも忙しいときは、十姉妹家の執事の田原剛さんに応援依頼して手伝ってもらうときもあったが、さすがにいつもというわけにもいかず、一か月目にして、早途方に暮れていた。


 いっそもうやめようかと何度も思い詰めたが、一度引き受けた老人達を無責任にほっぽり出すわけにもいかず、まだまだ始まったばかりではないかと叱咤激励し、己に活を入れる。


 そうだ、俺は自分のように、国や世間から見捨てられた行き場のないものを助け、居場所を作ってやらねばならないと誓ったはずではないか。


 ディーに再会したとき、胸を張って報告し、彼女に一緒に住んで、働いてもらえるよう、この楓荘を守っていかねばならぬのだ。


 はたして本当にそんな時が訪れるのか、それは誰にもわからなかったが、その微かな希望の灯だけが、俺の生きる支えになっていたのは確かだ。


 その日のためならば、俺はどんな生き地獄にも耐えられる覚悟がある。


 老人たちを診察し、薬を処方し、採血し、食事を出し、風呂に入れ、紙おむつを替え、便失禁した床を掃除し、話を聞いてやり、時には暴れる老人を後ろ手に抑えて薬を飲ませながら、そう思った。

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