第五十話 悪夢の旅路 その3
「というわけで、君たちは、医師たちを釣るいいエサ代わりになったってわけさ。
素晴らしきかな、我が国の医療体制!
この計画を考えた人物は、真の天才であり、悪魔でもあると思うね。とても理にかなっている!」
街を過ぎて、周囲が再び世界の果てのような白銀の荒野になっても、彼の狂った講演会は延々と続いていた。
「でも、僕は少なくとも人間の姿をしていませんよ。なのにムラージュだっていうんですか?」
「ああ、そりゃ君は特別だもの、世界に一つだけのソーセージ。
なんたって自分が発注し、ショッカーも真っ青の大改造手術を受けさせたんだから」
「な……何のために? 怪人とでも戦わせるつもりですか?」
「世の中には様々なパラフィリアがある」
彼は急に話題を変え、少し真面目な口調になった。
「パラフィリアとは、日本語で性的倒錯とか性嗜好異常と訳され、精神医学的に病的と診断される症状のことだよ。
時代や文化ごとの性道徳や社会通念によって基準が異なるので、やや曖昧になっている部分はあるけどね。変態の基準ってのは意外と難しいってところかな。
ただ、定義によれば、患者本人が自分の性的嗜好によって葛藤や苦痛を持ち、その周囲の人や地域社会において問題となっているという条件を満たしていることが必須なんだ。
その種類は多岐にわたり、とても全部は上げられないけれど、有名どころでは、13歳以下の小児しか愛せないペドフィリア、マゾヒズムやサディズムなんかがあり、一般人にも知られている。
他にも露出狂のエキシビショニズム、覗き見好きなスコプトフィリア、死体を愛するネクロフィリア、中には植物を性的対象とするデンドロフィリア、放火によって性的興奮を覚えるピロフィリア、老人愛のジェロントフィリアなんてのまである。
いわゆる世にいう属性っていうものは、全てパラフィリアによって定義されているといっていい。俗にいう寝取られなんかは、ゼロフィリアっていうしね。医学は偉大だよ!」
老人愛と聞いて、ついもじゃもじゃ頭が思い浮かんだ。
人間の性的嗜好が多彩なことは、確かに彼の言う通りだろう。しかし……。
「……で、結局何が言いたいんですか?」
「分からない? つまり君は、自分のパラフィリアを映した鏡なんだ。
自分は彼女と付き合ったけど、ソーローだのなんだの言われて、結局別れてしまった。
せっかくソーロー改善薬まで友達に貰っていたってのに!
それ以来、人間の女は見るのも嫌だ。写真を見てもヘドが出る!
元々二次元好きだった自分は、結局それでもいいかな、と思うようになった。
でも、悲しいかな、健康的な三次元男子として、性欲は無くすことが出来なかったのさ。
しかし生身の女は触れたくもない。ならば、どうするか……その結論が君だ」
「ぼ、僕が!?」
この時ほど動揺を覚えたことは、生まれてこの方なかったといってもいいだろう。
だって、ソーセージなんかに性欲を覚える人間が果たしているのか!?
いや、でも、先程のご高説の通り、植物や放火に対してすら性的興奮を覚える人がいるのなら……。
「そう、生身の女の顔や身体なんて、真の肉欲の前には邪魔なだけだ。のっぺらぼうの肉の塊さえあればいい!
君は元は、金髪の、妖精のような美少女ムラージュだった。
でも、仲間を覚醒させ、脱走させるという罪を犯したため、廃棄処分の憂き目にあった。
そこを自分が無理矢理頼み込んで、ちょこっと記憶を消して、身体を改造するという条件付きで助けてあげたんだから、むしろ感謝してよね!」
「う、嘘だ! 僕はお前なんか知らない! いいかげんなことを言うな!」
僕は、「騒いだら楓を殺す」と脅されていたことすら忘れて、狂ったように吠えまくった。
エコーが狭い車内に反射し、車体をピリピリ震わせる。
そんなバカなこと信じられるか! 嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ!
「嘘かどうか、後で手術記録を見せてやるよ、ヒャッハー!」
彼は僕の叫びなどどうでもいいと言わんばかりに、三下のような奇声を上げる。
白銀の世界が、一瞬、狂気の炎に染め上げられたかのように感じ、僕は多分背中と思われる場所に冷たいものを覚え、身震いした。




