第四十八話 悪夢の旅路 その2
「お、感心感心。さすが優秀なロボットくんだね。
でもさ、僕のやっていることは、合法的な行為なんだから、いいかげんに諦めてくれよ」
「これのどこが合法的なんですか!?」
「だから君たちがムラージュだからだって。そもそも不思議に思わない?
何故人体型実習用医療機器を造るためだけに、違法なクローン技術を用いたり、膨大な手間暇をかけるのか……それこそロボットを造った方が、まだ安上がりだろ?」
「それは……よく分からないですけど、そこまで高性能なロボットは、今の技術ではまだ造れないし、解剖実習などにも使えないからじゃないですか?」
「ま、それは一理あるけど、そこまで高度じゃなくてもいいだろ?
しょせん実習用なんだから。蘇生実習用の人形だって、昔のものは、一枚剥いだら巨大なバネが入っているだけさ。
そこまでリアルだったり、ちゃんと返事しなくても、ある程度使用に耐えれば充分だろ?」
「あなたは、一体何が言いたいんですか?」
心の中に、じわじわと闇が広がっていく。どこにも逃げ場のない、死の灰のような闇が。
「まーだ分かんない? ちゃんとニュース見てる?
最近、ここや山陰みたいな田舎では、慢性的に医者が不足していて、特に小児科や産婦人科は壊滅的だって知ってる?
新人医師は皆、都会の大病院に行ってしまうし、きつくて少子化で先がない科なんて、誰も行きたくない。かといって報酬を上げても、医者ってのはそもそも基本的にどの科も実入りがいいから、ちょっとやそっとの金額じゃ歯牙にもかけない。じゃあ、どうすればいい?」
「えーっと、QOLの向上とか……」
「お、よく知ってるねぇ、quality of life、いわゆる生活の質ってやつだね!
確かに人員の多い科なら、仕事も分担出来て、休みもある程度融通が利くし、楽しい職場生活が送れるってもんだ。
でも、誰もいない、人気のないところでそんなことが出来るかい?
そんな科には誰も入らないし、ますます仕事が苦しくなる。負のスパイラルさ。
そんなもの、政府がいくら休みを推奨しても、机上の空論に過ぎない。
お役所ってのはいつも現場のことを全く知らないんだから嫌になっちゃうよねー」
「……」
「だが、人間、自分の趣味や興味があることに関しては、QOLを遥かに凌駕する魅力を覚えるんだ。むしろそれこそ真のQOLかもしれない。人生の質ってやつ?
そもそも小児科って、どんな人間が行くと思う?」
「はぁ、子供が好きな医学生、とか?」
僕はよくわからないので適当に答えた。
「全然駄目! 子供が好きな程度じゃ、三日もたたずに逃げ出すさ!
あいつらは、『子供が好きで好きでたまらない』、それくらいのレベルじゃないと務まらないんだ。
泣いてる子供が大好きだ! 死にかけている子供がたまらない! とにかくなにがなんでも大好きだ!
こんな奴が逃げずに最後まで残るんだ。正直途中で他の科に変わる医者も多いし、残った勇者は真の『変態』だね!」
彼は自分の持論をドライブミュージック代わりにぶちかましながら、街中を走っていく。
あたりはようやく駅に近付いたのか、ビルが増え、道路は融雪となって水浸しだが、先程よりは走りやすそうだ。
「で、結局何が言いたいんですか?」
僕は降参して兜を脱いだ。彼の理論はなんとか理解したものの、結論が一向に見えてこない。
「しょうがない、じらさず教えてやるよ。君たちムラージュは生贄の子ヒツジだ」
「え……?」
とてつもなく悪い予感が、胸の奥から這い寄ってくる。悪魔の笑い声が木霊する。
「厚労省は、こう言ったんだ。『小児科や産婦人科、および地域医療に貢献する医師には、卒業後、人体型実習用医療機器を提供し、更なる研鑽に役立てて頂く』ってね」




