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第四十七話 悪夢の旅路 その1

 白一色の世界の中を、シーツに流れ落ちる一しずくの血の如く、赤いポルテが疾走している。


 運転しているのは、サングラスをかけ、ちょっと人相が悪くなった健一郎で、助手席には、死体のように無表情な楓が、白衣にエプロン姿のまま、シートベルトを装着して座っている。


 僕はと言うと、診察室にあった、昨日ネズミを縛っていたロープでぐるぐる巻きにされ、ご丁寧にも後部シートにシートベルトを装着させられ、転がされている。


 まるでソーセージというよりは、チャーシュー作りのために、タコ糸で縛られた豚肉みたいだ。トホホ。


 健一郎は、雪道を危なげなく運転し、明らかに拉致拘束監禁犯なのに、やけにご機嫌で、鼻歌まで歌っている。


 彼は、先程僕を縛り上げた後、まるで催眠術でもかかったように、言いなり状態の楓と僕をポルテに押し込むと、そのまま楓荘を速やかに出発したのだ。


「このポルテは、おたくのヴィッツと同様、トヨタの小型車で、助手席側のドアに大型の電動スライドドアが付いているのが特徴で、とっても便利で、更にポケモンカーのベース車にもなっているんだ、って、ポケモンカーって知ってる?」


 浮かれ調子の彼は、聞いてもいない無駄知識を、さっきからべらべらと、締りの悪い蛇口みたいに垂れ流し続けている。


「ぼ、僕たちをどうするつもりなんですか? これは立派な誘拐ですよ!」


 なんとか声を振り絞って訴えるも、彼は上機嫌のままだった。


「誘拐? それは、人間に対する言葉だろう?


 君やそこの所長さんには、人権なんて立派なものはないんだよ。だってムラージュなんだからさー」


「そのムラージュって何なんですか?」


「……本当に忘れちゃったんだね。我ながら驚いているよ。さすが点滴と電気ショックの組み合わせはよく効くなー」


「な、なんの話ですか!?」


「いやいや、こっちの話さ。さて、ムラージュと言うのは、人体型実習用医療機器のことでですね……」


 そして彼は、医学生が実習用で使用するというロボットについて説明し出した。


 僕もムラージュという名称までは知らなかったが、それが現在医師国家試験にも採用が検討されているというニュースや、中村乙女さんからの伝え聞きなどで、耳にしたことはある。


 恐らく乙女さんが知っていたのも、孫の彼に教えてもらったからだろう。


「しかし実は、ムラージュはロボットなんかじゃなくって、疾病を持った人間のクローンに改良を施したものだったんだ。


 これは医者の間では公然の秘密だけどね。まあ、日本ではまだまだヒトクローン胚の作製は違法だから、ロボットって言い張るしかないわなぁ」


「クローンって……僕や楓がそのムラージュとやらだとでもいうんですか!?」


「この、ムラージュ専用リモコンに反応したのが何よりの証拠だよ。


 こいつはムラージュの運動機能や感情、各種感覚などをコントロールし、まさにロボットのように出来るのさ」


 彼は、ダッシュボードの上に無造作に置いてあるリモコンを、片手運転しながら左手で指す。


「そうか、それで楓が……! でも、僕には全然効かないじゃないですか!」


「それについては自分もよく分からないんだよ。世の中謎だらけだねー」


「それではとても納得できませんね。とにかく、早く僕たちを解放して下さい」


「だから無理だって。君たちはこれから僕と山陰までドライブするんだからさー」


「さ、山陰!? ここから何百キロあると思っているんですか!?」


 僕は自分の精神が、徐々に恐怖に汚染されていくのを感じた。


 この男は僕たちを、山陰の自分のアパートとやらまで連れて行く気なのだろうか?


「大丈夫、大丈夫。あっちはここほど雪が多くないし、自分はしょっちゅう車で往復しているから、慣れたもんだよ。今日の夜には着くと思うよー」


「そういう問題じゃないだろう!」


 いかん、つい我慢できずに怒鳴ってしまった。


「おや、そんな態度でいいのかい? 君の愛しい所長がどうなっても……」


「す、すいません……」


 僕は声量を落とし、10秒間黙ることにした。アンガー・コントロールってやつだ。


 とりあえずここは、様子を伺うに限る。必ず脱出のチャンスが訪れることを信じて。

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