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第四十六話 ムラージュ その1

「ムラージュ……人体型実習用医療機器。


 その用途は様々で、人体解剖、蘇生実習、手術練習、OSCE(客観的臨床能力試験)等に使用される。


 形状は人間とほぼ同じであるが、識別および管理のため、皮下に小型ICチップが埋め込まれ、外部からのリモコン操作によって、その運動機能、温痛覚、触覚、感情などを制御出来る。


 その製造法は、『原型』から採取した生きている細胞の細胞核を摘出し、卵母細胞の核と入れ替えたヒトクローン胚に、遺伝子操作を行い、これによって通常の人間の約十分の一の期間での胎児期~乳児期~小児期の発育を可能とする。


 出荷時にある程度の基礎教育を施され、小学校高学年程度の日常会話や読み書き、計算程度は行うことが可能。


 また、人間よりも優れた回復能力を持ち、ある程度の人体解剖実習や、手術練習にも耐えられる。


 解剖モードや省力モードでは代謝機能が抑えられ、殆どカロリーを必要とせず、わずかの経口摂取や点滴で数週間過ごせる。


 OSCE対策として様々な人格設定が施され、個別な性格を持つ。


 人間には従順であるよう、オペラント条件付けが出荷時に施されているが、OSCEモードでは人間的な反応が必要となるため、場合によってはある程度反抗的な態度を示す個体もいる。


 また、成長過程において、条件付けが弱まる場合もあり、再調整が必要なケースもある……」


 ここまで目を通しただけで、あたしはもう耐えられなくなり、軽い吐き気を覚えた。


 自分たちが造られた存在だということは、重々承知の上だったが、改めてこうマニュアル化されたものを突き付けられると、まるで玩具屋のショーウインドウに並べられた高級ビスクドールにでもなった気分がした。


「大丈夫かい? 顔色が悪いよ。何だったら途中でやめた方が……」


 十姉妹幸助と名乗ったその男は、おそらく紙のような色をしているだろうあたしの顔を心配そうに覗き込んでいる。


「いえ、気にしないで。久しぶりに文章を読んだので、目がちかちかしただけよ」


 あたしは苦しい言い訳をすると、試練の如き作業を再開した。


 だが、次の文章を読んだとき、更なる地獄が待っていた。


「ムラージュは、その名の通り、『原型』から造られた複製品であるため、当然『原型』と同じ疾患を有する。


 例えば、型番P-6277は、Pancreatic cancer、つまり膵臓癌を、型番A-0409は、Aortic aneurysm、つまり大動脈瘤を、それぞれ必ず将来的に発現し、その運命から逃れることは出来ない。


 これはOSCEでの使用時に、その疾患を診断させるため必須であり、本製品の重要な特色でもある。なお、精神疾患タイプは別途記載するが……」


「あ、あたしたちは、皆病気持ちだって言うの!?」


「ああ、残念ながらそのようだ。そこにも書いてある通り、君たちは臨床実習で使われるため、それぞれがなんらかの疾患モデルなんだ。


 その病気はいつ発現するのか、それは製作者にしかわからない」


 あたしの脳裏に、「噂では、ムラージュどもは……」という、あの夜のドーテーくんの言葉が蘇る。


 そうか、彼は、あたしたちが「感染症モデル」かどうかを心配していたってわけだ。


「じゃ、じゃあ、あたしの疾患は、いったい……」


「一番最後の方に、型番ごとの対応表が載っている。見てみるかい?」


「……」


 あたしは震える指を無理矢理動かしながら、パラパラとコピー紙を捲る。


 頭の中が、顔面と同じく真っ白になりそうだったが、なんとか両眼を見開き、荒い呼吸をしながらも酸素を脳に送り込む。


 アリの行列のように見える文字列を、霞みがちな視界の中で、懸命に順に見ていく。


「あった!……K-2120」


 忘れもしないあたしの型番、ケイの名前の由来。


 そこには、「K-2120、kidney cancer」とのみ書かれていた。


「kidney cancer、いわゆる腎臓癌だね。早めに対処すれば十分長生き出来る。よかったじゃないか」


 彼は暖かい言葉であたしを励ます。


 あたしの頭はまだ現実を受け入れていなかったが、確かに客観的に考えると、たとえ癌ではあっても、膵臓癌や食道癌などに比べれば、よっぽどマシと言えた。


「そ、そうだ、D-5092は!?」


 あたしは、自分のことはひとまず置いておいて、最愛の相棒の番号を思い出した。


「いや、それは、今見ない方がいい」


 急に彼の声に陰りが差し、空気がよどむ。


「ど、どうして!? そもそも、あの後ディーはどうなったの? 早く教えて!」


「順を追って説明した方がいいかと思って、このマニュアルを君に見せたんだよ。


 とにかくもう少し読んだら、彼女のその後を話そう」


「……分かった」


 やや取り乱してしまったあたしだが、促されて再びコピー用紙に戻る。


 彼が読めと言うからには、まだまだ知るべき事実が書かれているのだろう。


 あたしは閻魔帳を覗き見する亡者の如く、恐る恐る最初の方に戻り、続きを読む。


 そこに、ディーの運命が記されているとは露とも知らずに。

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