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第二十五話 真夜中の探索 その2

「そうだね、探索途中でつい漫画とか読んじゃうし。勉学の施設のはずなのに、なんでこんなに娯楽品が多いんだろうね。


 でも、ボクは調べれば調べるほど、なんだか嫌な予感がしてくるんだよ」


 ディーが憂鬱な表情で、珍しく気弱なことを言う。


「ど、どうしたの、ディー?」


「いや、なんとなくだけどね。ムラージュって言葉が示す通り、ボクたちは医学教材としての一面を持っているんだと思う。


 実際こうして解剖実習の教材として使われているしね。


 でも、医学生たちの発言の端々には、それ以外のニュアンスを含んでいる気がするんだよ。


 ちょっと言葉ではうまく言い表せないんだけど、ボクたちの奥底には、知らなくてもいいような、むしろ知ってはいけないような、深い深い闇が潜んでいるんじゃないか……。


 奴らに犯されるみたいに内臓をかき回されているとき、ふと、そんな考えに取りつかれるんだ」


 真剣になってあたしに訴えるディーの眼差しは、普段のお気楽さは影をひそめ、切実な色に染められている。


 あたしも彼女の焦燥感に影響されたのか、剥がれた皮膚の下から、胸の鼓動が肋骨を粉砕せんばかりに強く鳴り響くのを感じた。


 しかし、それと同時に、彼女が疑惑の重みに、今までたった一人で耐えてきたことに気付いた。


 ディーは、悩み、もがき、苦しんで、その重さに我慢できず、誰かと分かち合いたかったに違いない。あたしを目覚めさせたのは、きっとそのためもあったんだろう。


「怖い……怖いんだよ、真実を知るのが」


 ディーは捨てられた子猫みたいに、点滴棒ごと身体を抱えて震えていた。


 元々小柄な体が、さらに一回り小さくなったように見える。


 伏せた金髪の下から、ズーッという鼻を啜る音がした。


 あたしは読みかけの小説本を傍らに置くと、母親のように彼女を優しく抱きしめた。内臓を潰さないように気をつけながら。


「大丈夫……きっと大丈夫よ」


「何が大丈夫だってのさ!?」


 急に彼女が、泣きながら叫ぶ。きれいな顔を涙と鼻水でぐしょぐしょにして、生まれたての赤ん坊みたいに大声で、わめく。


「きっとボクたちはやつらの玩具にされ続け、最終的に殺される!


 ボクは死にたくない! 怖いんだよ!」


「大丈夫!」


 あたしは彼女を抱く両手に力を籠め、魂の底から声を絞り出した。


 ディーは驚いて息を呑み、あたしの顔を見詰める。


「あたしよりずっと賢いあんたなら、この首のチップをきっとどうにかすることが出来る! だからきっと大丈夫!


 そしていつの日か、いばらの鎖を引きちぎって一緒にこの牢獄を抜け出しましょう。


 この前海を眺めた時、あんたはそう言いたかったんじゃないの?」


 あたしを目覚めさせてくれたあの日、夜の海を一瞬見つめる彼女の瞳を、あたしは見逃さなかった。


 あれは明らかにあこがれに満ちた羨望の眼差し。彼女は広大な海を自由に動き回れる船団に、強い憧憬を抱いていた。


 そしてそれはあたしも同じ。


 きっと彼女が独学で医学を勉強しているのも、自分たちの謎を解き、このチップを取り出す術を身に付け、ここから脱出するためなのだろう。その相方として、あたしを見出したのだ。


「ケイ……!」


 ディーはずぶ濡れの緑の双眸で、じっとあたしを覗き込むと、やがて小さくこくっと頷いた。


「ありがとう、少し落ち着いたよ。本当に君を選んでよかった。


 ボクね、ずっと一人で不安だったんだ。


 でも、むやみやたらと仲間を起こすと、やつらにばれる可能性が高まるし、そしたらこんな真夜中のお散歩もできなくなってしまう。


 それで、起こすのは一人だけって決めていたんだ。だから、君がいてくれて死ぬほどうれしかった。


 絶対二人でここを逃げ出そう! そして一緒に暮らして結婚しよう!」


「ちょ、ちょっと、同性同士は日本では結婚できないって、そこのエロ漫画で言ってたわよ」


 突然の彼女の告白にうろたえて、あたしはこの前読んだレズ漫画の知識を思わず口走った。


「えっ、そうなの? 残念だなぁ。じゃあアメリカってとこ行こうよ!


 ここって海の近くだし、なんか海越えればすぐらしいよ! 二人で頑張って泳いでみようよ!」


「なんか急に元気になったわね、あんた……。


 ひょっとして、さっきのって、嘘泣き?」


「あ~、聞こえんな~」


 やつはさっそくさっき読んだばかりの漫画のキャラの真似をしやがった。

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