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第十五話 適材適所

「『赤ひげ診療譚』の昔から、国というものは事あるごとに医療費削減政策を打ち出してきた。


 老人や病人などの弱者が増えすぎると、ある程度以上は金を出せない、でなければ財政破綻するからという錦の御旗の元にな。


 まったくもって、残酷な話だ」


 僕の耳元(?)に、熱い息が吹きかかる。楓にいつもの調子が戻っているのが、真っ暗闇の中でもよくわかった。


「以前も社会的入院を減らすため、介護病床を全廃し、老人有料ホームへの転換をはかるという狂った方針を時の政府が打ち出したことがあった。


 不足分の十万床以上もの老人ホーム増設を、十分な財源もなしにどうやって実現するつもりだったのだ? 


 さすがに反対意見も多く、政策は凍結されてなかったことになった」


 彼女は横になったまま、老人医療について熱く語り続ける。僕は黙って聞いていた。


「それに施設というところは、とかく患者をえり好みする。


 世の中には、介護老人保健施設、特別養護老人ホーム、有料老人ホームなど、多数の種類の老人介護施設があるが、施設数自体が圧倒的に不足しているし、職員数もまだまだ少ない。


 入所には審査があるが、不穏、多動が強い者は、まず真っ先にはねられる。


 施設側として最も理想的な患者は、穏やかで、他者と問題なく過ごし、家族も協力的な老人だ。つまり簡単に言うと『手のかからない者』ということだな」


 そこまで話すと、楓は小さく「くちゅん」と本物のくしゃみをした。熱でも出して倒れられたら困るので、僕は心持ちわずかに、更に彼女に密着してあげた。


「おっとすまんな。というわけで、施設入所者は男性よりも女性が圧倒的に多い。


 お爺ちゃんとお婆ちゃんとを比較すれば分かることだが、大抵後者の方が怒りっぽくなく、他人の言うことを素直に聞いてくれて、落ち着いて過ごせる。


 もちろん例外もいるが、古い時代の本物の大和撫子が、まだ老婆たちの中に息づいているのだよ。


 対して昔の男性はお殿様のように甘やかされ、暴君の如く威張り散らして家庭を支配し、酒や煙草を好きなだけ愛用していたやからが多く、とてもじゃないが協調性のかけらもないような者ばかりだ。


 認知症の増加と共に、従来持っていた易怒性や頑固さが更に強くなり、暴れん坊と化す老人が増えている。


 そんな者はだいたい精神病院に入院となるが、ある程度落ち着いて退院となるも、実の家族にも嫌われ、隔離や拘束も出来ない施設で見ることなど出来ないと、入所も断られる。つまり行き場がなくなってしまうのだよ。


 結局は精神病院や老人病院をたらい回しになるか、介護保険制度のデイサービスやショートステイを利用しながらなんとか在宅で見ていくしかなくなるが、再び問題行動を起こして入退院を繰り返すはめになる。世間は年老いた男性にはとても生き辛い。良く覚えておくことだな」


 僕の脳裏に、夕暮れ症候群を起こした田村さんの禿げ頭が浮かんだ。


 彼も易怒性が強くていろんな施設に入所を拒否され、ここに拾われた人だ。


「じゃあ、全ての男は老人になったら、性転換手術を受けるしかないんですね」


「ハハハ、それは名案だな! やっぱりお前は天才だよ、ゴホッゴホッ」


 楓がむせ込みながら、苦しそうに笑う。そんなに受けなくても……。


「いっそ皆お前みたいなソーセージだったら、寝転がっているだけだから悪さもしないのにな」


「ひどいですよ、楓。いくら僕が役立たずだからって」


「おっと、すまん、すまん」


 楓がやや声音を変えて、珍しく謝罪する。


「どうせ僕なんか、自分で自分のお尻も拭けない要介護者ですよ。移動にも時間がかかるし、料理も洗濯も掃除すらできない。


 なんでこんな生物が知能を持って生きているのか、考えるだに嫌になります。


 きっと生まれる場所を間違えたんでしょうね。本当は深海で寝転がってナマコみたいに暮らしているのがお似合いなんでしょう」


 僕はいじけ気分が抜けず、今まで溜りに溜まった自己嫌悪の念を、爺さんの小便のようにぐちぐちと垂れ流し続けた。今度は楓が黙ってそれを聞いてくれていた。


 やがて、話し疲れて一息入れた僕の背中をポンと軽く叩くと、やや真面目な声になって、こう語った。


「そう拗ねるな。本当に、俺はお前に感謝しているんだ。いつも利用者の相手を頑張ってしてくれるし、今日みたいな問題事が発生しても、何だかんだ言って解決してくれる。


 ネズ公もよくやってくれてはいるんだが、頭を使うことは正直苦手なようでな。


 ま、人には得手不得手があるし、俺達三人はそれぞれ役割分担をしながらうまいこと過ごしているんだ。だから、自分が何もできないなんて卑下するな」


「なんだか、どこぞのグリム童話みたいな関係ですね」


 僕は、昼間中村さんに朗読してもらった例の話をかいつまんで物語った。


「ハハッ、そうだな。あの話に教訓めいたものがあるとしたら、おそらく『適材適所』ということだろう。最後はちとブラックだがな。


 ちなみに俺は、ソーセージが主人公の『へんてこなおよばれ』が、意味不明ながらも不気味で好きだぞ。どんな話かというと……」


 楓が、その、赤ソーセージが白ソーセージを家に呼んで惨殺しようとする衝撃のストーリーを語り始めたせいか、僕はだんだん睡魔に襲われ、ようやく念願の夢の世界へ片足ないけどを踏み入れた。


 しかし、その心地よい安らぎも、ドタドタと階段を降りる音に邪魔され、再び現世に呼び戻された。

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