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長くなったので、11話になりました。

本日更新、一話目。

流血表現と暴力表現あるので、苦手な方は読まないでくださいな。

触書が出たのは、春も近くなってからの事だった。


薬が効いてリュイが早々眠った夜、イファ達の家をヒジョが裏口からそっと訪れ、いつものようにイファに簡単な食べ物を食べさせてから、切り出した。


「ツァオが写しを寄越してくれたんだけど……、あんた、読めたよね?」


イファはヒジョの娘婿からの手紙を受け取って頷き、紙を卓の上に広げて、ツァオの人柄を思わせるような端正な字を追う。

裕福な家に生まれたヒジョや村長はともかく、村人には簡単な単語しか読めない者も多いが、イファの両親は治療師という職業(しごと)柄、医療や薬草関係の書をよく読んだし、イファもその恩恵に預かって読み書きには明るい。だから触書の内容はきちんと読むことが出来る。


ラン国人、とツァオが寄越した触書の写しにはきちんと対象が明記してあった。


「ラン国人の国内退去を命じる」そう、簡潔に記載されている。

その際、一切のルアンの物を持ち出すのを禁じる、と思い出したように付記されているのを見て、イファはくしゃりと顔を歪めた。


(着のみ、着のまま、出ていけと……)


そういうことか、と唇を噛む。

期限は春節まで。あと、一月しかない。


「荷物をまとめるんだよ、なるべく早く」


ヒジョはイファの手を握って言った。

「何を言うの、ヒジョ」

「――こんなのは所詮脅しさ。ルアン国人もラン国人も見た目じゃわかりゃしない。国境には混血がいっぱいいるし……全部を追い払ったりできるわけがないよ。国守(とのさま)は触書を出して、ラン国に不快な思いをさせたいだけさ!……ったく昏君(ばかとの)だとは聞いちゃいたが……」

ヒジョはいまいましげに舌打ちした。

「じゃあ、私にも関係ないじゃない!」

イファは悲鳴にも似た声をあげたが、ヒジョはピシャリと否定した。

「あんたは違う、一目でどこの人間かわかってしまう」

「私は、ルアンに籍があるわ」

ヒジョの憐れみの視線が、イファの右目へと動いた。

「イファ、わかるだろ……誰が見たって、あんたにはラン国の貴人の血が混じってる」


イファは熱をもった右目を押さえる。

感情が高ぶると鈍く光る金色の目は、彼女が半分貴人の血を引く証だ。


「――あんたは、見せしめに、調度いい。触れに従わなきゃ酷い目にあわされても仕方がないって宣伝になる。それに、あんたは珍しい異能(ちから)を持ってる。面白がって連れ出されないとも限らない」

ヒジョは続けた。

「……数日後に案内人が来るよう、手配をしている。私らに出来るのはそれだけだ。いいね、イファ。ルアンから逃げるんだ」

イファはやはり、首を振った。

「リュイを置いて行けない」

「イファ……」


リュイの具合は、良くない。

ここ半月ばかりは寝て起きて、を繰り返している。そんなイファを置いていけるわけが無かった。


二人の周囲に沈黙が落ちて、ヒジョはまた明日も来るからね、と言って立ち上がった。

明日も訪れて、この頑固な娘を根気強く説き伏せるしかないと判断したのだ。

イファの強情は個人としては好ましい。だが、病身の――先の長くない夫の為にイファが危険に晒されるのは 、忍びなかった。

家を出ようとしたヒジョに、イファは問うた。


「――ヒジョは……優しいね。ほおっておいてくれてもいいのに、私のことなんか」

どこか投げやりな口調だった。イファは疲れている。リュイの一向に良くならない体調に、故郷から追われるという不安に。

それを哀れに思いながら、ヒジョは勝手なことだと内心でため息をついた。

イファを心底憐れむならなにがあっても守って――匿ってやればいい。だが、自分も夫もそこまでの意気地がないのだ。

それなのに、ほおっておくことができない。

「――あんたに、恩があるんだよ」

「ビンワのこと?」

イファは、ビンワの病を治癒したことがある。ヒジョは優しい目で、頷いた。

「ビンワを助けてくれたのはあんただけじゃない。あの子を産むときにね、あたしもビンワも死にかけた。あんたのご両親が居なかったらきっとここには、いなかっただろうよ」


――これまでの村長とヒジョの厚意の理由に合点がいき、イファは曖昧に頷いた。


ヒジョの背中を無言で見送る。

イファの家は、再び、眠ったような静けさに満たされた。





「……ヒジョが、来ていた?」


夜半、針仕事を終えてそろそろ灯りを消そうかと思案していたイファの耳に吐息のような声が聞こえた。

「おはよう?もう――ずいぶん、遅いけれど」

「……寝坊が好きなんだよ、僕」

叩いた軽口にリュイは青灰の瞳を細めて笑い、ゆっくりと体を起こした。


「ヒジョは、なんて?」

「ご飯を持ってきてくれたの、ヒジョは優しいよね」

「イファと同じくらいね」


リュイはそっと手を伸ばしイファの右目に触れた。

彼はイファの目元に触れたがる――具合の悪い時は特に――。

イファの目元をリュイの男にしては細い綺麗な親指が瞼の下をじんわりとなぞり、そのまま、柔らかな頬の形を確かめるように滑り、首元から鎖骨へと彷徨う。

首の後ろに回された手が首筋をそっと引き寄せて、リュイはこつん、と額をイファにぶつける。

互いの視線と吐息が、間近で絡んだ。

久しぶりに味わう優しい指の慰撫にしばらく身を任せ、指とリュイの肌の熱さに、イファは歎息した。

リュイの熱が、やはり、ひかない。


「……ヒジョに、言われたろう?国を出ろって」


何か言いかけるのを察して、イファが夫の口を塞ぐと、リュイは抵抗せずにただ、イファの頬を両手で包んだ。

顔を離して、至近距離で見つめあう。

それから、イファは甘えるように、リュイの痩せた胸元に頭を預けた。髪を梳いてくれる指はいつものように優しい。

何もできないことが、中途半端な力しかないことが悔しい。

ジェンミンは得難い力だと感心してくれたけれど、イファが生粋の貴人なら、リュイに対してできることがもっと、あったはずだ。


(もし、私が本当に腕のいい治療師なら。リュイの痛みも熱さも、病だって全部、取り除くことが出来たかもしれない)


「――いかない、リュイと一緒じゃなきゃ、どこにも」

うん、とリュイが頷く。

困ったように、嬉しそうに、悲しそうに――イファの好きな顔で、笑う。


「本当はどこにも行かないでほしい」


優しい口調に涙がこぼれた。


「だけど、イファは行かないと……そうじゃないと、僕が困る。安心して死ねない」

「縁起でもっ…ないこと、ばっかり」

「でも、そうなるよ――イファ、ねえ、僕の最後の我儘だから。どうか聞いてよ」


駄々をこねる童女のように、イファは首を振った。


「どこかでイファは無事で、笑ってるって……思わせてよ。そうしたらきっと、僕は死ぬ特に寂しくない」

求婚の際を想起させる台詞に、懐かしく胸が締め付けられた。

あれからまだ、一年もたっていないのに。


「ひどいよ、リュイ……残りの人生をくれるって、言ったのに」


うん、とリュイは頷く。

リュイもまたその時のことを思い出したのか、微かに笑ったようだった。


「酷くて、最低な男なんだ。イファを婚姻で縛って。今度は見捨てようとしている。……ねえ、イファ」


イファは声を出せずに、泣く。奥歯を噛みしめていないと、泣きわめいてしまいそうだった。

その涙をぬぐい、リュイは、妻の震える肩を引き寄せた。


「本当に、最後の我儘だから。どうか、イファ、ルアンから逃げて――」






翌朝は冬にしては陽ざしの明るい、気温も暖かないい日だった。いよいよ春も近いのだと実感する。

イファは珍しく朝から具合のよかったリュイに厚着をさせて二人で庭へ出た。


「ねえ、リュイ。村長の家に顔を出そうと思うんだけど」

何をしに、などとは言わない。

リュイはそうだね、と言い身支度をし始めた。

「僕も行くよ。今日は、ずいぶん具合がいいから」

イファは、困ったようにリュイを見ていたけれど、そうね、と言ってリュイの支度を待った。


村長の家へは歩いて半刻もしない距離にある。二人はリュイの体調に合わせて、ゆっくりと休み休み進んだ。


「リュイ、何しに来たんだ」

出迎えたのは、村長でもヒジョでもなく、二人の息子のミンソクだった。

扉を開けたまま、青い瞳を強張らせて二人を見る。

「何って――遊びに来たんだよ。いけないのか?」

年上の従兄らしく、リュイが多少年長風を吹かしながら言うと、ミンソクはちらりとイファを見た。

ミンソクはイファを嫌っている。ラン国人だから。それに、彼が懐いているスーメイがイファを嫌いぬいているから。

けれど、本日のミンソクはイファへの嫌悪より焦りの色のほうが強い。


「リュイはいいけど……イファは、今は帰ったほうがいい」

「どうして?」

声を潜めた少年につられて、イファは小さな声で尋ねる。ミンソクは苦々しげに言った。

「役人が来てる」


イファの肩が思わず跳ねた。以前、役人を名乗る男たちに殴られた痛みを思い出す。


「……なん、で」

「急に来たんだよ。代官が代わるって――新しい代官は、父さんの知らない人だ。今までみたいな融通は効かない……たぶん、あんたの事も」


イファは身震いした。

ヒジョの言葉を思い出したからだ『今の代官は、うちの人の知己だから』、だから、イファの事だって、代官はある程度目こぼししていたに違いない。

帰ろう、とリュイに囁かれてイファは頷く。


二人が踵を返したとき、のんびりとした声が耳に飛び込んだ。


「おや、お客人かな――なに、私たちに構う事はない。――家に入ってもらったらどうだね、坊ちゃん」

ミンソクが背後で鋭く息を呑む。


イファは恐る恐る振り返り、官服の男がにこやかに笑うのを視界に入れた。





「確かに、書いてあるな。イム・リュイの妻。ラウ・イファと、あんたがイファか」


役人は、二人の護衛を後ろに控えさせて、書類を広げ、自分は長椅子に座った。


「――ああ、紹介なのりがおくれてすまんな、小姐。私はホウと言う。この地区の代官に任ぜられて――ちょうど村長に挨拶に来たところだったんだよ」

「ご就任をお喜び申し上げます、旦那様」

立たされたまま、イファは祝いの口上を述べた。

震える両足を見て薄く笑い、四十過ぎの代官は、灰色の目で居並ぶ人々をみわたした。


「この地区ははじめて来るが、この村は、なかなかいい所だ。風光明媚で……作物もよく、取れるとか?」

「はい」

「他の村に比べて、税もきちんと収めているし、村長の娘さんは首都のお大尽に嫁入りしたとか。めでたい限りだな」

「そう、思います」


同意したイファに、代官は書類を突き出した。


「小姐、あんたも新婚だって?そこの兄さんがご主人だって?」

椅子に座らされたリュイが立ち上がろうとするのを、護衛の男が押さえつけて阻止する。

代わりに、村長がにこやかに答えた。


「もうすぐ、一年になります」


ホウは書類に目を落とした。先ほどから男が手にしているのはリュイとイファの婚姻証明書だった。

「ずいぶん奥さんが年上なんだな。とてもそうは見えないが。成程、ラン国の貴人とは不思議なもんだ」

イファは震える声で、精一杯媚をこめて、代官をみた。

「代官さま……私はルアンの人間です……子供の頃から、この村で育ちました。貴人では、ありません……」


ホウは、そうかい、と頷いた。興味なさげに耳をかく。


「ここは、いい土地だ――出された食事も酒も美味かった。親切な村長の身内に辛辣な事は言いたくないが……、私も新任地で問題を起こされちゃ困る。私自身はどうでもいいが、国守(とのさま)は貴人がお嫌いだ。私もお偉い方々の機嫌が取りたいんでね。可哀想だがあんた、触書にある期日までには村を出ていってくれるのかね?」


弾かれたようにリュイがイファを顔をあげて、ヒジョが俯く。

イファは拳を握り締め、唇を噛む。


(……悔しい)


こんな、村に来たばかりの男に故郷を追われるのが悔しい。

悪事を働いたわけではなく、税も払ってもいる。

誰がでていくものかと悪態をつきたかったが、佩刀した役人が三人もいる狭い部屋でそれをする意気地など、イファにはなかった。


せめて、悔しがっていることを悟られないようにと目をきつく閉じて、息を吐けば、なんとか足の震えはおさまっていた。

ずっと俯いていた視線をあげる。金色の瞳が鈍く光を放ったまま、代官を見る。


「――はい、旦那様。ご迷惑にならないよう、そうするつもりでいます」


代官はふうん、と灰色の目でイファを眺めて、にこりと笑った。


「どうやってだね?お嬢さん一人じゃ大変だろう」

「それは……」

村長の手引きでとは言いづらい。イファは言い淀んで……曖昧に答えた。

「なんとか、します。旦那様のお手は煩わせません」

要件は済んだ。

出て行ってもいいだろうかと窺ったイファに、代官は笑顔を張り付けたまま言い放った。


「立派な心がけに、感心したよ。しかし小姐、私はね。若い娘さんを国から追い出して平然としていられるような冷たい役人にはなりたくないんだよ……」

「……?」

いやらしい物言に目を剥く。

「それにあんたは、珍しい異能(ちから)があるとか。――ラン国にわざわざ帰る事はない。それより、この国でその異能を役立てた方が良くはないかね?なんなら、私の伝手(つて)で働く場所を紹介してやろう――」

イファはじとりとした視線に思わず後退って、首を振った。


「――私は、そんな、大層な力はありません。単に治療師です。薬草を煎じたり、そんな事がせいぜいの――」

「傷を治せるとか?」

イファは食い気味に否定した。「まさか、そんな」代官はやれやれ、と残念そうに首をふる。

「なんだ、私の見込み違いか……残念だな。まあ、それならそれでよし、今日の所は失礼しようか」


あっさりと引き下がったので、イファは訝しく思いながらも、ほっとする。


「村長、馳走になったね」

「いえ、わざわざの訪問、ありがとうございました」

護衛が、代官に彼の長剣を手渡すのをなぜだかひやりとした思いでみてしまい、イファは目を逸らした。


先導の護衛のあとに続き、ふと思い出したように立ち止まると、

代官は、ミンソクを手招く。

「坊や、ちょっとこちらへおいで」

「はい……?」

息をひそめてなりゆきを見守っていたミンソクは、つと顔をあげた。

「軍に入りたいと言っていただろう」

両親の戸惑った表情を他所に、少年の顔がぱっ、と輝く。

「はい!」

近寄った少年に微笑みかけて、ホンはシャリ、と音を立てて獲物を拔いた。

「ひとつ、教えてやろう」

そして、笑って大きく振りかざす。

それがまるで生徒にものを教える教師のような優しげな顔だったので、誰も叫ばなかった。

ヒュン、と空気を裂く音がして、白刃が煌めく。


「――刃物は、こうやって使うんだよ」


代官は少年の肩から腰にかけて、無慈悲に獲物を振り下ろした。

少年が絶叫とともに、床に倒れ込む。

イファとヒジョが数瞬送れて事態を察し、鋭く悲鳴をあげた。


「ミンソクっ!」

村長とリュイとが青褪めてかけより、代官は煩わしいとばかりに顔についた返り血を拭う。

イファも駆け寄って膝をつく。

傷口から血の染みが、どんどんと広がって衣服を汚していく。

「子供相手に、なんてことを!」

非難の視線を向けると、彼は平然と言った。


「騒ぎなさんな。致命傷じゃない――だが、血止をしないと死ぬかもしれないねぇ。誰かが、な」

言われるまでもなく、分かっている。

イファは震える手をミンソクに、当てた。ミンソクは自らの身に起きた事が信じられないと言うように目をひらいて、浅い息を短く繰り返している。

「可哀想になぁ、坊っちゃん……、そこの貴人が下手な嘘をつかなけりゃ、私も試すような事をしなくて済むのに」

護衛二人が追従の笑い声を漏らしたが、無論、他の誰も笑わない。

イファは、先端に意識を集中する。力が集まっていくのがわかり、指先が火のように熱い。


「イファ、お願いだよ、お願い…。ミンソクを……」

ヒジョがすすり泣き、イファは頷いた。


(ふさがって、どうか、ふさがって)


イファは焦燥感に、かられながら力を注ぎ込む。こんな大きな傷を、癒したことなどないのだ。

それに、早く塞がなければ、血が失われた事で命が失われてしまう。


(どうか、お願い…っ)


全身汗だくになりながらやっとミンソクの傷をふさぎ、鼓動を確かめた時には、もう、イファはぐったりとしていた。

そのイファの腕を無理やり掴んで立たせると、ホンは灰色の目に可虐の悦びを隠さずに囁いた。


「傷は治せないだって?嘘はいけないな、小姐……ちゃんと役に立ちそうじゃないかお前。新任の土産だ。首都のお偉いさんにに売りつけてやろう」

「待てよっ!」

「リュイ、よして…っ」

リュイが代官の腕に飛びつく。代官は柄を握りなおし、リュイのこめかみを強か打ち付けた、リュイは床に倒れこみ、村長が慌てて駆け寄る。


「病人は寝てな……村長、この娘は貰って行くが、構わないね」


そんな、とヒジョが声をあげる。

イファはヒジョに首を振った。リュイの死んだように眠る顔を見る。これ以上、リュイを危険にあわせたくなかった。

村長は膝をつくと、代官に――或いはイファにだったかもしれないが、床に擦り付けるようにして、頭を下げた。


廊下を引きずられていくイファに、使用人達の、様々な視線が投げられる。あからさまな嘲笑、恐れ、憐れみ、同情。

リュイとイファの結婚式に花びらを投げて、軽やかに笑ってくれた使用人の娘は……震えながらイファを見ながら、けれど、動くことは出来ない。


幼馴染みのスーメイが、青褪めた顔でイファをみて立ち竦んでいる。

代官はスーメイを見つけると、立ち止まって笑った。

「やあ、奥さん。さっきは茶をありがとうよ。あんたの情報のおかげで、いい土産が出来た。治療が出来る異能者だ。しかもラン国人、使い潰しても誰も困らないと来てる」


代官の言葉に、イファは頭の奥を殴られたような衝撃を受けた。

スーメイが、代官にイファの事をわざわざ言ったのか。

そこまで。

そこまで憎まれていたのか。


代官の言葉に、スーメイに流石に非難の視線が集まる。いかにイファが半貴人とは言え、村の一員を、しかも、村長の身内を売りつけたのだから、当然といえば、そうだった。


「あた、あたしは、そんな……っ」

「あんたが言ったのさ。あの娘は半貴人だから、連れて行ったところで誰も困りませんよって。()そう言ってるんだろう?」

楽しそうに言う代官に引きずられて、イファはスーメイとすれ違う。

スーメイが許しを乞うように、イファを見上げた。


「違う、違うんだよ、イファ、あたしは――」


イファはうろたえて言い訳するスーメイを見た。

おそらく、今までにない冷たい目線で切りすてる。

スーメイへの視線には怒りも、悔しさも何もない。ただ、初めてみるモノを観察する目で幼なじみを眺めて一言、吐き捨てた。


「さよなら」


静まりかえる屋敷に、イファの言葉だけが響いた。

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