46:悪意の強襲
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「――『黒龍事変』から一週間。未だに目覚める気配はなし、か…」
とある屋敷の一室にて。
金髪の女騎士アイリスは、ベッドに眠る男の様子を見守っていた。
「クロウくん……」
騎士になったばかりの黒髪の青年、クロウ・タイタス。
彼こそが今回、突如として現れた暗黒龍『天滅のニーズホッグ』を屠った張本人である。
もしも彼が討ち取らなければ、かの龍によって国は荒らし尽くされていただろう。
「よく頑張ったな、クロウくん。キミの活躍はレムリア帝国全土に広まっているよ。キミはこの国の英雄だ……」
そう褒め称えるアイリスだが、その顔色は優れない。
クロウは勝利したものの――龍殺しの代償は重すぎた。
全身の骨折に筋肉の断裂。ありとあらゆる毛細血管の破裂に、臓器破裂。
さらには左腕も完全に千切れ、死に体の有様となっていた。
本当に生きているのが不思議なほどだ。
今はどうにか呼吸を繰り返しているが、それが次の瞬間に止まらない保証は一切なかった。
「あぁ……クロウくん……クロウくん……っ!」
アイリスの両目から何度目かの涙が零れ出してくる。
医者曰く、『臓器の損傷があまりに酷い。持って一週間の命だと思うように』とのことだ。
そして、今日がその一週間目である。
医者の宣告は残酷なほどに正しく、つい先ほどからクロウの呼吸は苦しげになり始めていた。
「ゥ、ぁ……ッ!」
「ッ、クロウくんっ、頼むから死ぬなッ! 私を置いて逝かないでくれ!」
彼の手を掴むも、そこから感じる脈拍はあまりにも鈍かった。
ああ、嫌でも理解させられる。今、この青年の命は燃え尽きようとしていた。
何体もの魔物を屠り、命を奪ってきたアイリスだからこそ、彼に迫る死神の気配をどうしようもなく感じ取ってしまう。
「クロウ、くん……私はキミに救われたんだ……! 騎士に憧れて、騎士になって、されど腐った王族たちや貴族たちに疎まれるうちに疲れ果て、死にそうになっていた私を……キミは救ってくれた……!」
彼と繋ぐ手に力が籠る。
あの日の出来事をアイリスは忘れない。
物語に出てくる英雄のように、窮地の自分を救ってくれた青年・クロウ。
平和を乱す悪を許さず、どこまでも命懸けで戦う彼の存在は、アイリスにとって新たな希望の光だった。
彼と一緒なら、きっと素晴らしい未来が切り開かれると、そう信じていた。
だから、もう。彼がこの世を去るというなら――、
「もしも死ぬなら、その時は、私も一緒に……!」
共に逝こうと言いさすアイリス。
だが、そんな彼女を引き留める者がいた。
「馬鹿なことは言うんじゃありません、アイリス。アナタまで死んで何になります」
幼げな声が早まった選択を咎め立てる。
振り返ればそこには、白きドレスを纏った童女・エルディアが立っていた。
「エルディア……師匠……」
彼女こそは前帝王の妃であり、アイリスの魔導兵装『エクスカリバー』の元担い手だった女騎士である。
その幼すぎる容姿も、使い手の老化を押しとどめる聖剣と適合しすぎた結果だった。
「クロウさんのために戦った子……ティアナさんをアリトライ家に引き渡してきました。だいぶ容態も落ち着いてましたし、直に目を覚ますでしょう」
――今回の『黒龍事変』において、クロウ以外にも表彰されるべき人物がいた。
その名もティアナ・フォン・アリトライ。
黒龍討伐後、クロウに対して襲いかかってきた謎の集団を食い止めた下級騎士である。
彼女に対しては、アイリスも心から感謝していた。
「そう、ですか。それはよかったです。でも……クロウくんは……!」
「アイリス、気をしっかりおし……」
むせび泣くアイリスをエルディアは抱き締める。
……騎士クロウがこのような事態になったことに、エルディアは誰よりも責任を感じていた。
「今回の一件はほとんど、我が子である帝王ジルソニアの差し金です。国内に現れた危険な龍種をクロウさんにぶつけ、さらには存在の隠された暗殺集団『マスカレイド』まで派遣していた」
それに勘付いたエルディアが、弟子であるアイリスに企みを報告。
かくしてクロウとティアナは一命を取り留めたわけである。
現在クロウが寝かされているこの屋敷も、エルディア所有のモノだった。
「まぁ、国内に現れた龍が『天滅のニーズホッグ』であることは帝王も知らなかったようですがね。……本当にクロウさんはよくやってくれましたよ……」
本来、かの魔龍は王族しか知らぬ地に封印されていた存在である。
それが解放されるとはどういうことか。何者かの陰謀が絡んでいると、エルディアは見ていた。
「エルディア師匠……私はこれから、どうしたら……」
「……今はただ、クロウさんの回復を祈りましょう。そして彼がどうなるにしても、後を追おうなんて考えないでくださいね?」
「っ、はい……!」
共にクロウの手を握り、奇跡の回復を希う。
ああ、将来有望な若者が、どうしてこんな目に合わなければいけないのか。
裂けた血袋のようになり、四肢の一つまで欠損した上、なぜ暗殺者たちに襲われなければいけないのか。
こんな理不尽があって堪るか。
「クロウくん……!」
「クロウさん……」
二人の女騎士は天に願う。
もう二度と彼が戦えない身になってもいい。それでもどうか、命だけは助かってくれと。
そして――。
「クロウ・タイタスは、ここか……!」
天は彼に救いではなく、さらなる試練を齎した。
「っ、何者ですか!?」
突然の声に振り向くエルディア。
するとそこには、みすぼらしい恰好をした男たちが立っていた。
その懐に、この屋敷で働くメイドたちを抱き抱えて……!
「なっ、アナタたちっ!?」
「ご、ごめんなさい奥様……! この人たちが、いきなり現れて……!」
呻くメイドの首に、男の一人が鋭いナイフを押し当てる。
白い肌から一筋の鮮血が溢れ出した。
「ヒッ、ヒィイッ!?」
「おい騒ぐんじゃねぇッ! ……状況は分かったな、女ども。お前らが妙な真似をしたら、人質どもを皆殺しにしてやる」
男の言葉に、身動きの取れなくなるエルディアとアイリス。
なぜこんなことになった分からない。そもそも屋敷中のメイドが捕らえられたなら、物音の一つでも聞こえなければおかしい。
それが一切ないとなれば、
「……何らかの魔導兵装を使いましたか。それも、かなり高位のモノを」
確信をもってエルディアは呟く。
様々な伝承の力を持ったあの武器群なら、どんな不条理も起こせることだろう。
「ですが、アレらは貴重品。アナタたちのようなゴロツキが持っているわけがない。となれば与えた人物が……」
「余計な詮索すんじゃねえよ、ロリババア。
――俺たちの要求はたった一つだ。そこに眠るクロウ・タイタスを、ブチ殺させろ……ッ!」
一斉に武器を構える男たち。その中には殲滅系の魔導兵装までもが含まれていた。
「ク、クロウくんを殺させろだとッ!?」
彼らの要求に、そして見た目にそぐわぬ凶悪な武装にアイリスは瞠目する。
……見ず知らずの荒くれ者たちがクロウの命を狙うわけがない。ましてや、国が完全に管理している魔導兵装を所持しているなど有り得ない。
つまり、
「ッ――帝王の差し金だなッ、貴様らぁあああー--ッ!」
怒りを爆発させるアイリス。彼女が刃を抜こうとした瞬間、男らは先んじて何人かのメイドに刃物を突き付けた。
屋敷に響く彼女たちの悲鳴。それに思わず、アイリスは動きが鈍ってしまう。
「くッ!?」
「今だッ、ブッ殺すぜクロウ・タイタスッッッ!」
一斉に襲いかかる荒くれ者たち。彼らの刃が、クロウに届かんとした……その時。
―― サ セ ナ イ ――
吹き荒れるような闇の魔力が、クロウの全身から溢れ出した……!




