17:強襲(前編)
「――よ~し、頑張りますよぉ!」
むんっと気合を入れ、銀髪の少女・ヴィータは雑踏の中を歩き出した。
――正直に言えば、最初はやる気のない任務だった。
元々彼女は騎士団本部の所属だ。このセイラムには、『上級騎士』として巡回任務を請け負ったがために訪れていた。
一応この街には騎士団支部があり、そこには当然それなりの数の騎士たちが控えている。
されど、そのほとんどは六級から五級の『下級騎士』と、四級から三級の『中級騎士』ばかり。
ヴィータのような二級から一級の『上級騎士』は、王家の危機に対処するために帝都を拠点とするよう命じられているからだ。
しかし、強き者を中央で独占していては地方の反発を受けかねない。帝都以外はどうでもいいのかと思われてしまう。
そこで示威的な意味も込め、上級騎士を街に派遣して巡らせる任務が存在していた。
「表通り、問題なしっ。路地裏、問題なしっ。あ、猫さん発見!」
キビキビと指をさしていくヴィータ。その目は熱意に満ち溢れている。
――はっきり言えば無意味な仕事だ。大抵の悪人など憲兵と下級騎士たちだけでも片付いてしまう。
わざわざ上級騎士がいるタイミングを狙って、騒動を巻き起こす悪党などいるまい。
つい先日までヴィータはそう思っていた。
ただ、大嫌いなアイリスがこの地方の魔物を狩りに向かったと聞いたから。偶然出会ったフリをして、あの女のことを煽るために任務を請け負ったに過ぎなかった。
だが……今は。
「……こうして頑張っていれば、私も『まとも』ってやつになれますかねぇ……」
切なげに呟くヴィータ。今、彼女は自分を変えようとしていた。
――彼女とて、幼少期までは普通に育てられてきたのだ。武家の娘として、『正義の騎士』への憧れはあった。
だが、彼女の生家たるカームブル家は、アイリスを超えられるような『権威のための騎士』の製造を決行。
そうしてヴィータは歪まされた。家への強い忠誠心と戦闘力のみを求められ、調教ともいえるような教育が行われ続けた。
かくして実力者となった代償に、善性というモノを失ったヴィータ。
市民を守る心など一切ない、どうしようもない存在に成り果ててしまった。
……しかし。
『ヴィータ……今頃どうしているのか……』
そんな自分を、案じてくれる者がいた。
殺そうとした自分を許し、心配してくれる男がいた。
(クロウさん……アナタみたいな人に出会ってしまったおかげで、私ってばもう心の中がグチャグチャですよ……)
カームブル家に逆らう忌避感はある。
家によって植え付けられたアイリスへの憎悪もある。鞭と共に叩き込まれてきたソレらは、簡単に拭えるものではない。
されどヴィータは思い出した。“誰かに想われる嬉しさ”。“誰かに慈しまれる喜び”を。
そして、そんな歓喜を民衆へと与える存在……『正義の騎士』への憧れを。
(私もなりたい。誰かを守り、笑顔に出来るような騎士に。……クロウさんのような人に、私もなってみたい……!)
心に芽生えた憧れを胸に、ヴィータは真剣に巡回をこなす。
街の隅々まで見て歩き、民衆同士のちょっとした諍いにも割って入り、迷子など困った者がいれば笑顔で手を差し伸べた。
これまで『面倒だ』『憲兵に任せろ』『下民風情が貴族の私に手を煩わせるな』と無視して来たいざこざを、積極的に解決していく。
そんな風に必死で仕事をする少女騎士を、人々が嫌うわけがない。
「頑張ってるなぁ嬢ちゃん!」
「世話になっちまったなぁ」
「ありがとうっ、お姉ちゃん!」
――民衆から向けられる、労いと感謝の言葉。そして屈託のない笑顔が、ヴィータの心に沁み込んでいく。
「いえいえっ、それではこれにて!」
気付けばヴィータも自然な笑顔を浮かべていた。
活気あふれる街を上機嫌に進む。
ああ、誰かを倒すためではなく、誰かを喜ばせるために頑張ることは、こんなにも気持ちがいいのか。
人に誇れる行いをすることは、こんなにも心が晴れやかになるのかと。
ヴィータは今更ながらに騎士としての喜びを噛み締めていたのだった。
「さぁて、次に向かう場所は……っと」
商店街を抜けたヴィータは、やがて綺麗な噴水広場に辿り着いた。
気付かなかった。いつしか街を巡り終え、内地側の門前に辿り着いていたようだ。
品のよさそうな人物が次々と街に入ってくる。
「おっと。これはお仕事終了ですかねぇ……」
肩をすくめるヴィータ。
一応周囲は見ておこうと思うが、内地側の門前についてはほぼ問題はないだろう。
なにせこちらの門から入ってくる者たちは、全員帝都付近からやってくる者たちだ。
外地から内地に忍び込もうとする悪人はいれど、内地から外地に行こうとする者はいるまい。
(内地にだって悪人はいるでしょう。でも、外は魔物がいて危ないし、物資も限られています。外地に出る旨味はありませんって)
それゆえヴィータも憲兵たちも、帝都側から訪れる者に対してはあまり警戒をしていなかった。
「心配すべきは、帝都側の人たちに近づくスリとかですが……ふむ、特にそうした輩はいなさそうですね。
よーし、巡回二周目いっちゃいますか~!」
やる気いっぱいに手を挙げるヴィータ。
かくして彼女が門に背を向け、再び街を巡ろうとした――その時。
「貴様は騎士だな? これは好都合だ」
「えっ」
――次の瞬間。
背中に奔る激痛と共に、ヴィータの胸から刃の先が突き出した――!




