12:正義への道(提案者寝逃げ)
初投稿ですよろしくお願いします!
「――うぐっ、ぐじゅっ、どうしてこんなことにぃ……!」
薄汚れた留置場の一室にて。銀髪の少女・ヴィータは泣きながら座り込んでいた。
もはや今の彼女は騎士ではない。危険で愚かな犯罪者だ。
罪状は一般人への殺害未遂。しかも、魔導兵装を使った形でだ。どうあがいても重罪だった。
「私、なんであんなことを……」
何千回と自問自答を繰り返す。
だが、どれだけ頭を抱えようと答えは出なかった。
アイリスの隣に男がいるのが見えた瞬間、どうしようもなく頭が沸騰してしまったのだ。
“名誉も、家も、関係ない。今すぐにアノオトコヲ消シ去ラナケレバ――!”
“アイリスの隣にいていいのは、武力も人格も頂点に達した、一握りの英傑だけなのだ……!”
そんな狂おしい激情が、ヴィータの理性を吹き飛ばした。
そして気付けば刃を握り、過去最高の力を以って男を襲ったのだが――、
「くっ……あのクロウという男め。この私に、ああもあっさりと勝つなんて……!」
一瞬にしてヴィータは負けた。
虐待じみた教育により、騎士団でも最上位の力を有していると自負していた少女は、あっけなく蹴散らされた。
「うぅ、クロウぅ……!」
出来ることなら、もう一度挑んでやりたかった。
あぁ、アイリスに負けたのならまだ納得できる。
彼女は国家最強クラスの実力者。十代の内に『一級騎士』となり、白刃の二つ名を与えられた大天才だ。
カームブル家の大人たちが自身で超えるのを諦めたほどの相手なのだ。彼女にならば敗北しても仕方がない。
だが、あんなどこの馬の骨とも知れない男に負けるなんて許せない。
いつか必ず再戦してやる。あの冷血じみた顔面を歪めさせ、「参りました」と言わせてやる。
そうヴィータは息巻くが――……しかし。
「はっ、はは……そんないつかは、訪れませんよねぇ……。
今回の一件で私はおしまい。犯罪者になった者に、もう魔導兵装は与えられない……!」
聡明な頭脳が妄執を掻き消す。
彼女にはよくわかっていた。もう、自分には未来がないことを。
(ちょっとしたトラブル程度なら、ヒュプノ支部長が揉み消してくれるでしょう。あの人はカームブル家の犬ですからね。
だけど今回の一件は、あまりにも事が大きすぎる……!)
兵装による殺人未遂だけでも重罪。
それに加え、自分は『魔導騎士団・副団長』アイリスの関係者に手を出してしまった。
これはもう駄目だ。いくらヒュプノが奔走しようが、アイリスが絶対に許さないだろう。
(もしも……もしもあのクロウって人が、『あの一件はすべて勘違いでした』、なーんて言わない限り……)
そう考えたところで、ヴィータは自嘲げに頭を振った。
――そんな展開はありえない。
どこに自身を殺そうとした相手を庇う者がいるものか。
「あははっ……わたし、おしまいだぁ……!」
膝に顔を埋めるヴィータ。自分の愚かさに死にたくなる。
かくして少女が、未来に絶望していた――その時。
「釈放だよ、ヴィータ嬢」
ハスキーボイスが耳へと響いた。
ハッと顔を上げれば、いつしか鉄格子の前には、カームブル家の犬・ヒュプノが立っていた。
「なっ、ヒュプノさん!? なんでここに……って、釈放!?」
「あぁ、さっさと出たまえ」
……何かの冗談かと思った。
しかしヒュプノは手にした鍵で、本当に牢の扉を開けてしまったのだ。
「さ、おいで」
ゆっくりと歩み寄るヒュプノ。へたれ込んでいるヴィータの元まで来ると、だぶついた白衣の袖元より細い手を伸ばした。
ヴィータはそれをまじまじと見ながら、改めて問い質す。
「あの、釈放ってどういうことですか……!? アナタ、一体どんな手を!?」
「別に何もしていないよ。キミが殺そうとした男……クロウくんがね、『あれは訓練だったことにしてくれ』って言って、被害届を取り下げたんだ」
「はぁ!?」
ありえない――何を言っているのか意味が分からない。
どこに、自分を殺そうとしたものを許すヤツがいる?
そんなお人よしの存在なんて、家の者は教えてくれなかった。
カームブル家の者たちは、『人は誰もが利己的だ。血族以外は野犬と同義と思うがいい』とヴィータに教え込んできた。
ゆえに、信じられるわけがない。
「あはっ――なるほどぉ」
ヴィータは自分の力で立ち上がると、悪意を舌鋒に込めて放つ。
「ぁはっ、あははははは! いやですねぇヒュプノさんっ、どうせお金を握らせたんでしょう!? それであの男は屈したんでしょう! 変な冗談やめてくださいよー!」
そうだ、そうに決まってる。
彼女は自分に言い聞かせるようにクロウをなじる。
「あぁもしかして美女でも当てがったんですかァ!? あの堅物なアイリス先輩に手を出すような男ですからねぇ、見た目がよければ誰でも抱いちゃう脳みそ性欲野郎なんでしょうっ! そうですよ、どうせアイツもアナタと同じクズでッ」
「黙れ」
「っ!?」
ヴィータの罵声は遮られた。
今まで聞いたことがない――明確な怒気の込められた一言によって。
(こいつ……カームブル家の奴隷のくせに……っ!)
かの家の子女に対する言葉ではなかった。
まさかこの腐った犬は、あの男を馬鹿にされたことを怒っているのか?
そんなのは自分の知るヒュプノじゃない。
(たまに屋敷を出入りしては、大人たちへと媚びへつらって便宜を図ってもらっていた寄生虫。正義感なんてとっくに腐れ墜ちた犬……それが私の知るこの人だったのに……)
使用人モドキのクズだったはずだ。
ヴィータはますます訳が分からなくなった。
「ヴィータ嬢。クロウくんはね、キミが『子供だから』という理由で、無償で許すと決めてくれたんだ。そんな彼を馬鹿にしちゃ駄目だよ」
「こ、子供だからって……自分を殺そうとした相手を……? 嘘……」
「嘘だと思うだろう? でも本当のことさ」
そこで少女はハッと気付く。
ヒュプノの濁り切った目に、ほのかな光が宿っていることに。
さらに口元には優しい微笑が。
……ヒュプノのこんな表情、見たことがなかった。
――ゆえに、
「ヒュプノさん、一体何があったんです……? あの男と……クロウさんと、何を話したんです?」
今まで興味のなかった犬に、そんな質問をしてしまっていた。
あの男がヒュプノに何をし、何をもたらしたのか。
それを無性に知りたかった。
「ふふっ、そう言ってくれると思って人払いは済ませてある。いいよ、聞かせてあげるね」
そして、ヒュプノはゆっくりと語り出す。
十代後半にしか見えない美貌に、恋する乙女のような表情を浮かべながら――。
「彼は最初にこう言ったよ。『正義とは何か、思い出せ』ってね」
そこから紡がれる話の数々は、ヴィータにはとても信じられないものばかりだった。
腐りきっていたヒュプノに対し、ためらいもなくビンタをかましたこと。
ヒュプノの座は支部長。社会的に見ればそれなりの大人物であるのに、彼の目にはまったく恐れがなかったこと。
さらにクロウは激昂しているわけではなく、慰めるようにヒュプノを抱き締め、全ての事情を汲んでくれたこと。
ヴィータを守るべき存在として許し、カームブル家の汚い金は決して受け取らなかったこと。
犬の立場から抜け出せないヒュプノに、ならば犬のまま牙を研けと一喝してくれたこと。
そして。
「なっ――私をまともな騎士に育て上げ、カームブル家を内から叩けと……!?」
ヴィータは思わず震え上がった。
あの男、出会ったばかりのヒュプノになんて計画を持ち掛けているのか。
恐ろしい。命知らずだ。あまりにも愚かだ。
「ああ。彼は僕にそう言った。あの目は完全に本気だったよ」
「何を馬鹿なことをっ!」
そんな考えが家の者にバレたら、ヒュプノだけでなくあの男も粛清決定だ。
すぐにカームブル家の英傑たちが差し向けられ、死闘となるに決まっている。
(クロウという男は、それを承知で言ったんですか!? なんて命知らずな……!)
――腐敗した富裕層などいつの時代にもいるものだ。平民ならば放っておけばそれでいいのに、愚かすぎる――!
ヴィータの中でクロウに対する罵倒が渦巻いた。
でも。
「『格好いい』だろう……!? クロウくんは正義と確かな計画を以って、武家一門を断罪しようって持ち掛けてきたんだ……! こんなのすごく、燃えるじゃないかっ!」
「っ――!」
それはまるで、騎士物語のよう。
剣一本で駆け出した辺境の騎士が、勇気と正義を心に燃やし、仲間を集め、強大な悪者たちに挑みかかるストーリー。
そんなあまりにもチープで――しかし熱くなる物語が、クロウを主演にヴィータの中で描かれた。
「って……それ、私に話していいんですか?」
「よくないねぇ。キミにバラされたら終わりだよ」
「はぁ!?」
素っ頓狂な声を上げるヴィータ。一瞬コイツはトチ狂ったのかと戸惑う。
しかしヒュプノはどこまでも真剣だった。少女の両肩に白い手を置く。
隈さえなければ男女問わず魅了するような美貌を、ヴィータの眼前に近づける。
「ヒュ、ヒュプノさん……っ!?」
「いいかいヴィータ。これが、僕の覚悟の示し方だ。
僕はクロウくんのおかげで、また正義の道に生きてみようという気になった。キミを『命懸けでまともにしろ』と仰せつかった。ならば本当に、キミに命を預けてやろう。腐った自分と決別するためにもね」
炎を宿したヒュプノの瞳。
その熱意を前にヴィータは思い出す。
(身体を壊し、引退を余儀なくされた大英雄……『鈍壊のヒュプノ』……!)
二十年以上前、今や腐りきってしまったこの人物が、かつては苛烈なる正義の騎士だった事実を。
「さぁヴィータ。キミがクソみたいな実家に僕のことを告発すれば終わりだよ。
……ってよく考えたらクロウくんも終わっちゃうか。まぁ、彼なら覚悟はしてるだろうしいいよね。それでどうするんだい?」
「え、えっ!?」
「どうするかって聞いてるんだよ。
――このまま悪しき家の奴隷として過ごし、僕のように腐っていくか。
――それとも正義の騎士を目指し、僕と共に光を目指すか」
「なっ……」
幼き少女には、とてもじゃないが決められなかった。
これできっぱりと後者が選べたらよかった。
だが、幼少期よりカームブル家で受けてきた教育の数々が、家に敵対することを拒んだ。
鞭の痛みが全身に蘇る。
「わたし、は……」
声が震える。自分が情けなくなってくる。
――もしもあのクロウという男なら、迷うことなく光の道を選んだだろうに。
それに比べては私は……と、ヴィータは呆然と立ち尽くした。自然と涙が溢れてきた。
そんな彼女を、ヒュプノは優しく抱き締める。
「いいんだよ、ヴィータ。今はそれで充分さ」
よしよしと頭が撫でられた。
――思えば大人にこんなことをしてもらうのは初めてだった。
「じゅ、じゅう、ぶん……?」
「ああ。キミはちゃんと葛藤してくれた。後者を選べない自分を恥じ、涙まで流してくれた。
……キミが完全に家の奴隷と化していたら、迷うことすらしなかっただろうに」
「っ――!?」
ハッと瞳を見開くヴィータ。
あぁそうだ。今、自分はちゃんと迷うことが出来ていた。
決定の先延ばしもまた決定の一つ。この日初めて、ヴィータはカームブル家の悪意に逆らって見せたのだ。
その偉業を成し遂げた彼女に、ヒュプノは心からの笑顔を向ける。
「おめでとう。そしてありがとう、ヴィータ。キミのおかげで死なずに済んだよ。流石にカームブル家と正面切って戦うのは分が悪いからね~」
「えぇ……怖い家ですよ、私の実家は。叩き潰すのに私なんて役に立たないかもですよ?」
「今はそうかもねぇ。でも騎士としてのランクを上げれば、キミの発言力も大きくなる。
その時一言『カームブル家はゴミクズです』って言ってくれるだけで、向こうをだいぶ混乱させられると思うよ?」
「っ、怖くてそんなこと言えません!」
「そこは僕が教育するさ。キミに勇気を付けてみせる。
だからヴィータ。これからは一緒に光を目指そう?」
ヒュプノは抱き締めていた腕を解くと、再びヴィータに手を差し伸べた。
それを見た彼女は、迷いながらもしっかりと手を取ってみせた。
「ふんっ……ちゃんと教育してくれないと、家に密告しちゃいますからね?
あと、アイリス先輩を超えようって目標は変わりませんから。あのメチャクソデカ乳最強女、家に倒せと言われる以前から女として気に食わないんですよ。これからも修行しまくって私が最強になってやりますし~!」
「ふははっ、それでいいよ! キミが強くなって家のトップにでもなってくれれば、それで全部解決するからねー」
――かくして、盟約は結ばれるのだった。
悪に堕ちるだけだった二人は、ある男をきっかけに、まったく別の人生を歩み出す。
それが吉と出るかはわからない。もしかしたら破滅への旅路かもしれない。
だが、
「ふふっ……」
「ふはっ……!」
二人は朗らかに笑い合っていた。
共にしがらみからの脱却を目指し、心からの笑みを交わし合う。
こうしてカームブル家は、クロウの存在により徐々に権威を揺らがされていくことになるのだった。
――なお。
(あああああああああああああああどうしよぉおおおおおおおおー-------!? 寸劇だと思い込んでいてっ、俺ってば貴族一家をブッつぶそー発言をしちゃったよ! ぎゃああああああ!?)
同時刻。クロウは宿のベッドの中でもだえ苦しんでいた……!
そう。全ては『まだ見ぬ支部長が仕掛けたドッキリ』だと思い込んでいたからこその言動だったのだ。
大変なことになっちまったぁぁぁああと今さらながら混乱する。
だが、実は勘違いでした――なんて言うことが出来ず、
(……そうだ、これは夢なんだ! 寝て起きたら全部なかったことになってるんだぁッ! というわけでオヤスミーッ!)
……かくしてクロウは、とんでもないことを言っておきながら現実逃避を敢行。
半ば気合いで意識を落とし、寝息を立て始めてしまったのだった。最悪である。
クロウ「寝逃げでリセット!」
※できませんでした。
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