10:脳破壊されヴィータちゃん……!
ヒロインキャラ2号初登場だから初投稿です。
「――くすくすくすくす……! 先輩ってば、どうせ今日も野を駆け回ってるんでしょうねぇ~。ワンちゃんみたぁい……!」
艶やかに響く嘲りの声。
この日、武闘派貴族の才媛ヴィータ・フォン・カームブルは、霊壁前の街である女性を待ち構えていた。
「任務でこの辺りに来ていることは知ってるんですよォ、アイリス先輩……!」
悪意に満ちた表情で、魔導騎士『白刃のアイリス』を思い浮かべる。
――アイリス・ゼヒレーテ。
騎士団の中でも最強クラスの腕前を持つ女性だ。
これまでに倒してきた魔物は数知れず。怒涛の勢いで戦い続け、二十代の内に副団長の座にまで上り詰めた女傑である。
腕が立つだけでなく、容貌も非常に麗しいため、民衆からは非常に慕われている人物――なのだが、しかし。
「気に食わない女ぁ、アイリス・ゼヒレーテ……!」
がじりと爪を噛むヴィータ。うら若き美貌が憎悪に歪む。
彼女にとって――武闘派貴族の大人たちにとっては、どことも知れない『野蛮人』の女など邪魔者でしかなかった。
どうしてあんな村娘風情が、我らよりも強いのか。
これでは圧倒的な実力で国を支えてきた我らの『血統』が、見下されてしまうではないか。
このままではいけない。
『ゆえにヴィータよ。お前があの女を超えよ』
カームブル家の者たちは、幼きヴィータに徹底的な武芸教育を施した。
ヴィータは末の娘だった。一族では一番どうでもいい存在だ。
それゆえ大人たちは『壊れたらその時だ』という考えの下、地獄の修練を彼女に強要。
かくして血尿さえ出るような日々の果てに、『十三歳の最年少魔導騎士・ヴィータ』は完成したのである。
――護国のためではなく権威のために戦う、歪んだ騎士の誕生であった。
「あぁアイリス先輩アイリス先輩……! 補給でも何でもいいですから、さっさと立ち寄ってくださいよ。そして罵倒させてくださぁい……!」
アイリス憎しとした教育により、ヴィータも彼女を憎悪していた。
むしろその激情は大人たちよりも強いほどだ。
それゆえヴィータは入団から数か月、ひたすらアイリスを罵り続けた。
あえて行動範囲がギリギリ被る任務を受け、そこで偶然に会った風を装い、直接的な罵倒に思われる寸前の嫌味を言い続けた。
そのたびに、汚物でも見るかのようになるアイリスの視線を思い出す。
「ふぅー、ふぅー……♡」
快感だ。熱い吐息が漏れてしまう。
悔しいはずなのに何も言えない、そんなアイリスの立場を考えると堪らない。
相手は一応副団長だが、社会的な発言力でいえばカームブル家の子女のほうが上。
他の武家の者たちも味方なため、アイリスは黙して耐えるしかないのだ。
「くひひひひっ……! これからもずぅーっと、全力で追い詰めまくってあげますからねぇ、せぇんぱい……♡」
ひたすらに嫌がらせを続け、最後には実力で上回ってやる。
その瞬間、あの金髪の女騎士は完全に壊れてしまうだろう。その様を思いっきり笑ってやりたい。
そんな未来を妄想することが、ヴィータの何よりの楽しみであった。
――こうして最悪の少女騎士が、アイリスを罵るべく街の前で六時間ほど立ち尽くしていた……その時。
「ンっ……♡ くんくん、くんくんくんっ……!♡」
鼻をヒクヒクと鳴らすヴィータ。
感じる。こちら側に向かって、あの女の匂いが近づいてくるのを感じる。
「あッ、先輩くるぅ!♡」
パァっと少女の表情が華やいだ。全身から甘い香りが溢れる。
あぁ、今度はどんなふうに馬鹿にしてやろうか。
せっかくだからナンパされたエピソードでも語ってやろうか? 悔しいだろう悔しいだろうまだ幼いが自分はとてもモテるのだ。身長はまだ低いがお前を罵るようになってから胸周りの発育は非常によくもうFカップもあり、言い寄ってくる男は山ほどいるのだ。無論まったく相手にしないが。
それに比べてお前は浮いた話なんてないだろうアイリス当たり前だだって日々任務漬けで居場所を転々としているうえにこっそりとお前を狙っている男は全力で私が嫌がらせの限りを尽くして潰しているのだからお前は無駄に育ったJカップ(※調べた)を持て余したまま一生独身なんだよアハハハハハッ――と、そんな内容をオブラートに包んで投げつけてやろうか。
それを受けてアイリスがどんな表情をするか、楽しみで楽しみで仕方なかった。
「はやくぅっ♡ せんぱいはやくぅっ♡」
思わずぴょんぴょんと跳ねてしまう。心が浮ついて堪らない。
――そんな彼女の視線の先に、ついにアイリスの馬車が現れた。
雑木林から抜けてきた瞬間、ヴィータは「あぁッ!♡」と嬌声を上げた。
そして全力で眼球に力を込め、憎き女騎士の姿をガン見してみると――そこには、
「…………はぇ?」
……馬車の中には『頬を上気させたアイリス』と、『みだらな格好をした若い男』の姿があった……!
「は、え?」
石のように固まるヴィータ。ふわふわとしていた思考が止まる。
明晰な頭脳から、何かが壊れるような音が響く。
「え、せんぱ……え……?」
徐々に近づいてくるユニコーンの馬車。
距離を詰められるたびに、はっきりと見せつけられる。
――あのアイリスが。あの仏頂面で、自分には不快げな視線しか向けないアイリスが、これまで見たこともない幸せそうな表情で、男と会話している光景を……!
「あっ」
かくして、ヴィータは狂った。
「きっ――貴様ぁぁぁぁあああああぁぁあッッッ!」
気づいた時には駆け出していた。勝手に足が動いていた。
訳も分からない激情が胸を焦がす。ヴィータは一切躊躇わず、魔の短刀を引き抜いた。
「『紫怨風刃フラガラッハ』よッ、私に風の加護を与えなさい!」
禍々しき風が背より放たれ、彼女の身体は加速する。
ケルト神話の武装・フラガラッハ。その逸話は『風力操作』と『怨嗟の応酬』。
使い手の抱く憎悪によって、かの短刀はどこまでも力を発揮するのだ。
「おぎゃぁああああああああああぁあああああ死ねぇええええええ!!!」
怨みの叫びが喉から上がった。
これまでで最大級の風力を与えられ、ヴィータは一瞬で馬車の前まで迫った。
――ああ。こんなに誰かを怨めしいと思ったのは初めてだ。
アイリスの隣にいる男。貴様は一体何なんだ?
(ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなッ! 『白刃のアイリス』は憎らしいほどに孤高でなければならないんだ! どんな悪意にも屈せず冷静で熱く圧倒的で最強な至上の騎士がアイリスなんだッ!
それなのに貴様はっ、あの人になんて顔をさせるんだぁあああああああああああああー-----!!!)
大爆発する謎の激情を胸に、ついにヴィータは男の懐まで迫った。
さぁ、もはや回避は不可能だ。死ね死ね死ね死ね死んでしまえ。
どこの男娼だかは知らないが、アイリスにお前は相応しくない。
彼女に並び立っていい者がいるとすれば、それは彼女に匹敵するような実力者のみ――!
(消えろぉッ!)
そして、少女騎士が怨嗟の刃を突き刺さんとした――その瞬間。
「きゃッ!?」
不意に腕に感じる痛み。
気づいた時には、短刀を握った手を捻り上げられていた。
(えっ、いつの間にっ、えっ!?)
まるで時間を切り抜かれたような早業だった。
さらに男は容赦しない。片手で胸倉をつかみ上げられ、その場に強く引き倒される。
「いぎっ!?」
またも超速。受け身さえ取ることができず、叩きつけられた衝撃で息が漏れる。
屈辱だった。最年少騎士にして天才騎士と呼ばれている自分が……すでにアイリスに迫るほどの実力を持っているはずの自分が、こうもあっさりと叩きのめされるなんて。
その腕前に圧巻するのと同時に、怒りがさらに湧き上がってくる。
(貴様貴様貴様よくもよくもわたしをよくも――!)
ぶっ殺してやる! ただで済ませるかこの下郎め!
嚇怒の炎に燃えるヴィータだが――その炎はすぐさま鎮火させられることになる。
黒髪の男は彼女を膝で押さえつけると、躊躇なく刀を抜いたからだ。
(え)
ここでヴィータは理解した。
今、自分は殺し返されようとしているのだと。
(えっ――いや待ってまってまって!!! 殺人なんてそんなやめてちょっと!?)
言葉を吐く時間すらなかった。
男の握った黒き刃が、喉に向かって振り下ろされる――!
(いっ、いやいやいやいちょっとぉおおおおおおおおおー------!?)
両目の端から溢れる涙。一瞬で全身から汗が噴き、幼少期からの思い出が脳裏を駆け巡る。
逃れられない死が迫る。
(いやだあああああああああああああああー-------!)
ヴィータが終わりを覚悟した、その刹那。――ビタリ、と。
喉を割く直前のところで、刃が停止した。
本当にギリギリの……薄皮一枚に切っ先が触れたところで、だ。
「――ひっ、ひ、ひぃ……!」
たす、かった……。
そう認識した瞬間、身体の力が一気に抜けた。
同時に股座より熱も抜けていく。死ぬほど恥ずかしく思うも、止めることができなかった。
そして、
「貴様は何者だ。なぜ俺を殺そうとした」
「ひっ!?」
男の冷たい瞳に睨まれ、ヴィータは再び恐怖に飲まれる。
喋ろうとしても舌が回らない。
先ほどの体験は、傲慢で邪悪な彼女を黙り込ませるほど衝撃的だったのだ。
あぁ、殺される殺される殺される……このまま何も答えなかったら、今度こそ喉を貫かれる……!
恐れに飲まれた彼女は、思わずアイリスのほうを見た。視線に助命の思いを込める。
このままじゃ後輩が殺されますよっ、副団長なら助けてください、と。
すると、
「……クロウくん。彼女を解放してやってくれ」
その願いが通じたように、アイリスは黒髪の男に退くよう求めた。
どのような関係なのか、クロウという男も素直に従う。
(た、たすかった……)
今度こそ人心地ついた。
あんなに恐ろしい男は初めてだ。まったくの無表情で、完全に殺す動きをしていた。あまりにも怖すぎる。
でも、あの男がどれほどの危険人物だろうが、アイリスに保護されたなら安心だ。あーよかったよかった。
ヴィータがそう思った瞬間、
「――おいヴィータ。これは、一体、どういうつもりだ……!?」
「ひぃいいいっ!?」
灼熱の殺意が、少女を貫く……!
アイリスは本気で激怒していた。
これまでの不快げな表情ではなく、本気で『殺す』ことを考えた殺戮者の顔付きで、ブチ切れていた。
もはや許す気はない。運命の男を傷付けられかけた女は、ヴィータが見たこともない顔で怒り狂っていた。
かくして、一般人への魔導兵装使用・および殺人未遂により、ヴィータ・フォン・カームブルは捕縛されることになった。
「――憲兵たちよっ、この女をひっ捕らえろッ!」
『はッ――!』
アイリスは街に入って早々、兵を呼び出してヴィータを拘束。情け容赦なく留置所に叩き込むよう指示を出した。
「うぇぇぇぇんっ、せんぱぁい……!」
連行されていくヴィータ。
泣き咽ぶ彼女を前に、黒髪の男・クロウは思う。
(――で、あの美少女は結局なんだったんだよ!?)
クロウは知らない。
自分が無意識にアイリスを篭絡していることを。
クロウは知らない。
それにより、アイリスに対して歪んだ感情を抱えていたヴィータの脳を破壊してしまったことを。
(俺、なんか悪いことしたぁ……!?)
キリッッッとした顔で内心戸惑いまくりなクロウ。
そんな彼の精悍な表情に対し、アイリスに呼ばれた憲兵たちは『殺されかけたらしいが、全く動じていないぞ……!?』『カームブル家の天才を返り討ちにしたことといい、彼は一体……!』と戦慄しているが、クロウはまったく気付いていない。
こうして彼は困惑したまま、街にある『帝国魔導騎士団支部』へと向かうことになるのだった――。
・ヒロイン2号、投獄――!(完)
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