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■28.鋼鉄、来たる。

 民主共和国連邦軍第6軍首脳部は、この雨天に賭けた。悪天候下ならば敵の航空攻撃も鈍るのではないかという期待を抱いて、である。

 彼らは事前に集積した砲弾を撃ち尽くす勢いで、王国軍教導団の防御陣地に対する計画射撃を開始した。そして友軍誤射の危険を承知の上で、T-70軽戦車とT-34中戦車を前進させた。

 この緒戦で最も悲惨な目に遭ったのは、この戦車隊の随伴歩兵であった。ソ連軍より派遣された軍事顧問に強い影響を受けている民主共和国連邦軍において、中戦車は敵歩兵の反撃を妨害するために多くの随伴歩兵をその背に乗せて前進する(所謂タンクデサントというやつである)。そして彼らは弾雨と大雨に叩かれて死んでいった。


「敵先鋒が前進陣地に達します!」


 敵戦車隊は王国軍教導団の野砲・迫撃砲による突撃破砕射撃を無視し、鉄条網を踏み潰して前進陣地に至った。砲兵による間接射撃以外は、さしたる抵抗を受けていない。彼らが突撃した時には、すでに前進陣地は空であった。


「もぬけの殻……どういうことだ?」


 生き残りの随伴歩兵らが前進陣地の壕内に転がり込むとほぼ同時に、陣地を突破した最先頭のT-34、その車体側面に火花が散った。


「どこから撃たれた――!?」


 混乱に陥るT-34の乗員。次の瞬間には飛来した三式穿甲榴弾が、T-34の車体側面をぶち破っていた。九七式中戦車の57㎜戦車砲が使用可能なこの穿甲榴弾は、少数生産に終わったものの、60㎜の装甲板を貫徹することが可能な成形炸薬弾である。

 さらに他の戦車もまた一式機動47㎜速射砲や、戦車壕に身を隠した九七式中戦車からの攻撃を受け、大なり小なり被害を出し始めた。加えて前進陣地に達した途端に、王国軍教導団側の曲射砲の射撃もより正確なものとなって、彼らに襲いかかった。


「罠だぁ!」


「前進しろッ、ここに留まっても殺されるだけだ!」


「嫌だ、出たら撃たれ――あがぁあああ゛あ゛あ゛」


 教導歩兵らが放棄した前進陣地には至るところに対人地雷や、その他のブービートラップが仕掛けられており、不注意な兵士は片脚を吹き飛ばされて壕の底をのたうち回った。そこに至って誰もがこの前進陣地が罠であり、敵砲兵部隊にとっては観測済みの好標的であることを理解した。

 九〇式野砲が放つ榴霞弾が頭上で連続炸裂し、破片で肩口や首筋を射抜かれて次々と倒れていく。しかし前進陣地から飛び出した者もまた鉄条網に阻まれ、重機関銃や擲弾筒による集中射撃を浴びて、身動きが取れなくなる。

 しかし損害を重ねつつも民主共和国共和国連邦軍側は前進を続けた。攻撃の要はT-34。この火網の中で動けるのは、戦車とそれに協同する歩兵だけである。T-34の正面傾斜装甲を貫ける王国軍教導団側の直射火器は、そう多くない。一式機動47㎜速射砲で撃破可能かどうか、というところであり、九七式中戦車の57㎜戦車砲が発射する三式穿甲榴弾では貫徹は難しかった。


「まずい、鉄条網がっ……」


 前進陣地の奥に敷設された地雷原と鉄条網の阻止線は、突進したT-34に踏み荒らされ、さらにその巨体の陰に隠れて前進した歩兵たちによって破られた。鉄条網の破れたところに擲弾が撃ち込まれ、数名の歩兵が絶命したが、新手がその死骸を乗り越えて往く。


「そら来た!」


 砲迫の激しい阻止射撃の中を生きて進む敵歩兵と、防御陣地に籠る教導歩兵の間で、射撃戦が始まった。攻め手は新たな鉄条網と地雷原で足止めを食い、そこで死傷者を出したが、文字通りの人海戦術で突破を図り、いよいよ互いに手榴弾を投げ合うほどの距離にまで達した。歩兵同士の射撃戦、近接戦闘であれば、教導歩兵側が容易く敗れることはない。ところが敵歩兵側は、戦車による強力な支援を受けていた。

 T-34の正面で動くものは全て戦車砲と機関銃の射撃に晒された。戦車壕から砲塔だけを出していた九七式中戦車が正面装甲を撃ち抜かれて炎上した。その一方、陣地を突破しようとした1輌のT-34が一式機動47㎜速射砲の十字射撃を浴び、車体側面を撃ち抜かれて停車する。しかしその脇を、新手のT-34が疾駆していく。


「くそ、歯が立たん!」


 教導歩兵の一部は陣地を放棄して後退した。対戦車火器を所持していたとしても、直協歩兵を伴った中戦車を歩兵が撃退するのは難しいものである。敵戦車に真正面から対抗出来るのは同じ戦車であるが前述のとおり、旧砲塔九七式中戦車ではT-34には太刀打ちが出来ない。


(このままじゃ抜かれる)


 峯岡は至極当然のことに思い至った。現状の防御陣地では、敵戦車部隊の衝撃力を吸収しきれない。先鋒を抑え込めたとしても、次、その次、そのまた次と敵戦車は押し寄せる。質でも量でも劣っている以上、敗北を免れないことは明らかであった。

 ところが教導歩兵達は、後退はしても逃亡することはなかった。誰もが敗北の可能性に気づいていただろうが、勇敢に抗い続けた。しかし、それにも限界がある。


「逓信だ、峯岡さん! 後方から戦車が来てる、回りこまれたらしい!」


「後方から……そんな、側面を突破されたのか!?」


 衝撃的な一報に、峯岡は愕然とした。後方からの言伝が正しければ、敵戦車隊は陣地側方の山地を抜け、陣地後方へ出現したということになる。ここを守る価値はもうない。というよりも退路が断たれ、半包囲状態に陥ったことになる。

 その一報から数分もしない内に見慣れた鉢巻姿の九七式中戦車ではない中戦車が、後方から峯岡らへ迫った。見たこともない長砲身を備えた砲塔が旋回し、ぴたりと狙いをつける。そしてその砲口が爆炎と煙を吐き出した。

 1秒後、火を噴いたのは陣地を蹂躙する1輌のT-34であった。秒速800m近い初速で撃ち出された75㎜徹甲弾は、の車体正面装甲を貫くと、その内部を滅茶苦茶に破壊して単なる鉄くずに変えてしまった。


「味方……か?」


 呆然としている峯岡の前に、一輌、また一輌と新たな中戦車が姿を現した。三式中戦車。新砲塔九七式中戦車――そして、先程その先陣を切って現れ、瞬く間に1輌のT-34をほふったのは75㎜戦車砲を有する最新鋭中戦車、四式中戦車であった。

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