■21.熾烈極まる航空反撃。
戦艦『長門』ら旧帝国海軍水上艦艇が、民主共和国連邦軍海軍パナジャルス方面艦隊を撃滅してからしばらく、戦線は停滞した。王国軍教導団は戦力拡充に努めていたし、民主共和国連邦軍は最後の攻勢準備にとりかかっていたからである。ところが、パナジャルス方面艦隊の敗北後、民主共和国連邦軍第6軍の補給担当者は困難に直面するようになった。
それはつまり、王国軍教導団による航空攻撃の激化である。
さて。王国軍教導団の航空戦力は、右肩上がりに拡大しつつあった。
先に触れたGHQ軍備縮小局担当者の地道な努力が実を結び始めたか、元・帝国軍人の空中勤務者の間では「アメリカが航空機パイロットを探しているらしい」「この機会を逃したら、今度また空を飛べるか分からない」「爆弾を落とすだけでかなりの給与が期待出来る」「復員して仕事を探すよりも割はいい」といった噂が流れ(相変わらず元・応召兵の態度は変わらなかったが)、航空機パイロットや航空機整備士が日々百名単位で補充されるようになったのである。
すでにGHQ軍備縮小局は、ハードを整えていた。突貫作業でパナジャルス王国東部に複数個の陸上航空基地を完成させ、手元にあった航空機を次々と送り込んだ。なにせ彼らは大日本帝国陸海軍機を、それこそ使い捨てても構わないほど有している。
敵の新型機(先のYak-3や爆撃機)の出現を受けて、まずは航空優勢を保つことが急務であるとされたため、陸軍機は一式戦闘機隼、海軍機は零式艦上戦闘機が第一陣として送り込まれた。本来ならば四式戦闘機や五式戦闘機、紫電改といったより高性能とされる戦闘機が望ましかったかもしれないが、これは掻き集められた搭乗員を思ってのことであった。運用年数が長い、配備機数が多い戦闘機の方が、多数のパイロットにとって操縦しやすいだろう、という考えである。
この戦闘機隊の組織に並行して、爆撃機隊の結成も進められた。こちらは割くべき人的リソースが少なくて済む機種――例えば九九式双発軽爆撃機や二式複座戦闘機屠龍が先行して配備された。重爆撃機がないのは寂しいと言えば寂しかったが、王国軍教導団が求めるのは、先の大戦で連合国軍がやったような戦略爆撃というよりも、野戦における航空支援や点在する物資集積所を焼くことであるから、これでいい。勿論、重爆撃機の配備をしないわけではなく、GHQ軍備縮小局は一〇〇式重爆撃機呑龍や四式重爆撃機の投入準備も粛々と進めていた。
複数回に亘って行われた航空偵察の後、一式戦と二式複戦の戦爆連合による攻撃が実施された。タ弾と37mm機関砲を備えた二式複座戦闘機『屠龍』4機が襲いかかった先は、民主共和国連邦軍第8狙撃兵師団であった。この攻撃で彼らが擁する陸戦ゴーレム――中戦車数輌と、戦車整備所が被弾炎上。また数十名の死傷者が出た。
慌ててYak-3が飛び出して来たが、後の祭りである。引火して爆発し、周囲を呑み込みながら轟々燃え盛る戦車用燃料を眼下に、二式複戦は最大速度で引き上げていく。そしておっとり刀で駆けつけたYak-3の群れに、高空から一挙に一式戦が襲いかかった。
「引込脚ッ――!」
Yak-3の民主共和国パイロットは、頭上から襲いかかる機影を認めて舌打ちした。これまで相手取ってきた鈍足の固定脚(九六式艦上戦闘機)ではないことに気づいたのだ。が、敵新型機の登場に呆けている場合ではない。
彼らは一式戦闘機隼に、格闘戦を挑んだ。
そしてそのまま、墜とされていった。
この戦爆連合を出撃させた王国軍教導団の狙いは、どちらかと言えば対地攻撃というよりも敵邀撃機を誘い出し、攻撃することであった。であるから高空に多くの一式戦を配しており、数的優位は王国軍教導団の側にあったのだった。
一方で民主共和国連邦軍の側は、ただでさえ不利な状況下にもかかわらず、隼が最も得意とするところの格闘戦に挑んでしまった。これでは勝ち目などあるはずがない。最高速度で時速100㎞ほど隼に優っている上、12.7mm機関銃2門に加えて20㎜機関砲も備えているYak-3はその持ち味を活かせないまま、叩き落された。
このあと日没を迎えるまでに、王国軍教導団の航空攻撃は4回実施された。内3回は旧陸軍機による攻撃である。敵軍に対空火器が行き渡っていない上、戦闘機による妨害もない。『屠龍』は八面六臂の活躍をみせた。敵最先鋒である第13狙撃兵師団が握る火砲を優先的に攻撃した後、第6軍の背後にまで進出し、補給物資を満載した竜車の列を蒸発せしめる。この日『屠龍』の機影は、彼ら第6軍将兵に死神として記憶されることになった。
そして残る1回の航空攻撃は、旧海軍機から成る戦爆連合によって実施された。零式艦上戦闘機五二型に護衛された少数の一式陸上攻撃機が投入され、補給車が行き交いする第6軍後背の交通路・物資集積所上空まで進出する。
対する民主共和国連邦軍第6軍は、すぐさまYak-3とI-16から成る邀撃隊を差し向けた。
「零戦が来た以上、お前らに負ける理由がない」
空は決闘場、というよりは旧海軍の人間の憂さ晴らしの場と化した。これまで九六式艦上戦闘機という旧式機で苦戦を強いられていただけに、零式艦上戦闘機に搭乗した彼らはまさに水を得た魚となった。I-16は勿論のこと、ほぼ同格であるYak-3さえも一方的に撃墜する戦果を挙げ、一式陸上攻撃機による爆撃も成功に導いた。
航空攻撃は直接的に敵を屈服させる力にはならず、最後には地上戦で決着をつけるほかはない。が、それでも民主共和国連邦軍第6軍が、苦しい立場に追い込まれたことは事実であった。このまま王国軍教導団の航空攻撃が続けば、日中の補給と部隊移動は困難を極める。
大兵力を背景に悠然と構えていた民主共和国連邦軍第6軍首脳部は、ここに来て焦燥に駆られ始めた。




