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■16.指揮権移譲。

(民主共和国連邦側最後の作戦フェイズです)

 民主共和国連邦軍第8狙撃兵師団・第13狙撃兵師団をはじめとする地上部隊が攻勢準備を順調に進めているにもかかわらず、彼らを統率する第6軍司令部の参謀達は、苛立ちを募らせていた。


「素晴らしい戦果だ、ヴェゴリ第6軍司令官」


 第6軍司令部が設置されている古城、その食堂では会食が開かれていた。軍参謀でもそうそう口にすることのない、肉と卵と香辛料をふんだんに用いた豪勢な料理が湯気を立てている。にもかかわらず、食堂の空気は参謀達の表皮から滲み出る嫌悪感と緊張感で満ち満ちていた。


「此度の会戦でパナジャルス王国軍の主力は壊滅しただろう。前時代的な連中であっても、散り散りになっているのをひとつひとつ潰していくのは手間だからな。まとめて駆除出来たのは素晴らしい」


 軍参謀達が胃の底に食事を流し込み、腹の底に負の感情を蓄積させていく中、恰幅のいい老将官ヴェゴリ第6軍司令官は、「ありがとうございます」と机を挟んで対面した相手へ礼を述べた。周囲の軍参謀とは対照的に、軍司令官はにこやかな笑みを顔面に張りつけている。そして相手も。

 いまヴェゴリ第6軍司令官に相対しているのは、民主主義人類社会前進党・中央委員会政治局の有力者――スマフブアチ政治局員であった。黒縁眼鏡をかけた細身の彼は、上機嫌に笑いながら料理を口に運ぶ。政治局員とは民主共和国連邦の政策を決定する、名実ともに“首脳部”の人間であり、軍参謀はおろか軍司令官からしてもまさに雲上の人間だ。

 ではその雲上の人間がなぜここにいるのか、という話になる。


(ただの視察ならば諸手を挙げて歓迎しただろうよ)


 ひとりの作戦参謀は、すでにスマフブアチ政治局員が来訪した目的に勘づいていた。

 端的に言えば、第6軍の勝ち戦に便乗するべく現れたのである。成功の目が確実である軍事作戦や国内政策などに後から関与し、それを乗っ取って自らの手柄とするのは、このスマフブアチ政治局員の常套手段だった。


(無能だが勘だけは冴えている)


 彼自身には特別な才能も、専門的な知識もない。ただ便乗先が成功するかするまいか、それを嗅ぎ分ける嗅覚と、野心を満たすためならば良心も殺せる図太さを持っており、それを駆使して、彼は平の党員の中からし上がってきたのであった。

 間違いなく第6軍の指揮権は、ヴェゴリ第6軍司令官から――否、第6軍司令官と軍参謀から奪い取られ、スマフブアチ政治局員と彼の子飼いのスタッフのものになるであろう。厚顔無恥なやり方にもほどがあるが、軍参謀らにはどうすることも出来ない。

 おそらくヴェゴリ第6軍司令官もまた、苦々しい思いを抱いているであろう。だがしかし、彼は自身のペースを崩さず、そして常に微笑を絶やさなかった。それどころか彼は、自分から切り出した。


「しかしながら、スマフブアチ政治局員同志。まだまだ油断はできません。小官の手に余るのではないか、そうひやりとさせられる場面もありました。これからもあるでしょう。どうかスマフブアチ政治局員同志の慧眼と高い見識を以て、我が部隊を指揮していただければ……と心の底から思います。いかがでしょうか」


「ほう……」


 スマフブアチ政治局員は、眼を細めた。その瞳の奥に歓喜と猜疑の火が燈った。狙っていた指揮権が自ら転がりこんできたのだから当然だ。

 周囲の軍参謀達がどよめきを押し殺して事態の推移を見守る中、ヴェゴリ第6軍司令官は破顔一笑した。


「いやはや何か裏があるのでは、と思っていただいては困ります! 政治局員同志が指揮を執っていただければ、党中央委員会はますます以てこの方面を後援してくれるだろうという意図もあるのですよ!」


「なるほどなるほど」


 それでスマフブアチ政治局員は納得したらしい。この瞬間、民主共和国連邦軍第6軍の指揮権はヴェゴリからスマフブアチ政治局員に移譲された、といってよかった。

 その後、両者は食事を摂り終えるとお互いに休憩を入れた。


「司令官閣下、小官は我慢なりません」


 ヴェゴリ第6軍司令官が盗み聞きの恐れがない野外に散歩へ出るなり、付いてきていた数名の軍参謀が反発の言葉を口にした。が、一方のヴェゴリ第6軍司令官はにやりと笑って、「まだわからないんですか」と返した。


「……?」


「これで我々は敗戦の責を負うことはなくなりました。あとのことは全部、スマフブアチ政治局員同志になすりつけるつもりです。パナジャルス王国諸侯連合軍数万を撃破し、エルマ村への攻勢準備を整えたのは我々。そして我々から指揮権を強奪し、強力なゴーレムと砲兵が防衛するエルマ村への攻撃を試みて惨敗するのは、政治局員同志――というわけです。そういう筋で動けるように、私は他の政治局員同志に根回しをします」


「お待ちください。我が軍は負ける、と?」


「ええ」


 至極当然のようにヴェゴリ第6軍司令官は頷いた。

 実のところ彼自身にもあまり確証はなかったが、自軍がエルマ村の手前で足踏みをし過ぎ、敵に時間を与えすぎていることが敗因につながるのではないかと恐れていた。先の会戦では近代化された敵部隊は現れなかった。おそらくエルマ村と周辺の山地にて防御陣地を築き、こちらを待ち構えていることであろう。苦戦することは間違いない。

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