96.広告と午後のケーキ
オーレリアとアリア、ミーヤがそれぞれジョルジュとティモシーと握手を交わしたところで、ジャスマンの名を持つ二人の雰囲気はがらりと引き締まったものになった。
「量産体勢が整えば吸収帯そのものは半銅貨五枚程度まで抑えられるだろうが、やはり付与が四種類が価格に乗ると、あまり価格を下げることはできないな」
「現在この単価と価格でしたら、銅貨四枚というところでしょうか。雇用する付与術師が増えて需要が高まれば、段階的に価格を下げていくことはできるでしょうが」
「当面は三枚一組のスターターセットを販売し、買い替えの需要が伸びてくる半年から一年をめどに、単品の販売をはじめるべきだろうな」
「とにかくしばらくは、存在の周知に努めたほうがいいでしょう。窓口はギルドと我が商会の棚の他、雑貨店や薬局などにも売り込みをかけたほうがいいでしょうね」
ティモシーの言葉に、ジョルジュはうむ……と顎をさすりながら、重たげに頷く。
「物が物だけに、広告を打つのがかなり難しいな。ご婦人はそうした評判に敏感だ。悪いイメージがつけば、普及にブレーキがかかりかねない」
貴族であり商会を率いる二人は商品としてのナプキンの会話に抵抗を覚えている様子はないけれど、やはり難しいと感じる一面はあるらしい。
「広告に関しては、まず冒険者用ですが、こちらはすでに供給が需要に追い付いていないので、問題はないでしょう。貴族向けも取り扱いが始まればあちらから商会の方に問い合わせが来るでしょうから、必要ないと思います。むしろ最初の方は、多少手に入りにくく、かつ品薄なほうが購買欲をそそるでしょうしね」
「まあ、貴族のご夫人はそうだろう」
「一番数が多く、かつムーブメントを作る必要があるのが庶民向けになると思います。その中でも職業を持っていて、かつナプキンの広告塔になる人を起用しようと思っています。具体的には舞台女優、もしくは高級娼婦になるかなと」
「どちらも高くつきそうですが、それだけの効果は得られるでしょうね」
「はい、好評でも悪評でも、それぞれ効果が見込めるでしょう。ただ、モデルの雇用とイメージコントロールは難しいと思います。第一線の女性にも女性特有の悩みがあることに共感を得られるという向きもありますが、そういった俗っぽいところを表に出すのを嫌う方も少なくはないので」
「そういった方々と知り合うのは、妻が良い顔をしないが、良い縁を探してみよう」
「父上は母上一筋ですから、母上もそこは安心していますよ」
「ふん」
ティモシーの邪気のない言葉にジョルジュは鼻を鳴らすと、とりあえず、と話を変えた。
「工場の建設はすぐに手を付けるとして、急ぎ付与術師の確保を始めよう。提供を受ける【吸水】と【防臭】に関しては、ラインを分けた方がいいだろうな」
「そうですね。術式ひとつでも十分な条件ですし、術者の一日の付与数を考えればその方がいいと思います。工場完成前にある程度吸収帯の生産はできると思うので、冒険者ギルドへの納品数を増やすことは可能だと思います」
「助かります! オーレリアはしばらく高級ラインに専念してもらうことになりますが、工場が完成すれば、そちらもジャスマン商会に委託させていただければと」
「貴族相手の仕事は利鞘が大きいですから、むしろこちらからお願いさせていただきたいです」
年の近いティモシーはともかく、厳格で重々しい雰囲気のジョルジュにも一歩も引かず、アリアはどんどん話を進めていく。
なんとも頼もしい相棒だと、今日もまた、しみじみと思うことになった。
* * *
商業ギルドを辞し、西区の大通り沿いのカフェに入ると、ミーヤはそれまできりり、と引き締めていた表情を盛大に崩した。
「あぁー、滅茶苦茶緊張しました! 頭が猛烈に甘い物を求めています!」
「お疲れ様でした、ミーヤさん」
「好きなものを頼んでください」
メニューを差し出すと、ミーヤはアップルパイで! と、即答する。
アリアはカスタードパイを、オーレリアは少し悩んで、パンプキンパイをオーダーした。
それぞれのケーキと紅茶が運ばれてきて、まずはゆっくりとお茶を傾ける。温かい紅茶が喉を通って胃に落ちていくと、自分でも驚くほどほっとした。
「私も、緊張していたみたいです」
「ジョルジュ様は雰囲気が厳しい方ですし、それは緊張しますよ。でも、あちらもかなり乗り気でしたし、話がまとまって本当によかったです」
「アリアさんにあんな風にプレゼンされれば、それは乗り気になりますよ。なんというか、大きい夢を見せてくれるって感じがしますもん」
アップルパイを崩して添えてあるクリームをたっぷりと載せて口にしたミーヤは、幸せそうに表情を蕩けさせている。
パンプキンパイはこの時期までよく寝かせたカボチャでかなり甘くなっていて、ほくほくとしてとても美味しい。
「私は本当のことしか言ってませんし、口先の大言壮語でその気になってくれるほど、ジョルジュ様は甘い方ではありませんしね。ジャスマン家は紡績に関しては王都一の規模を誇る商会ですので、工場も用地から建設まで、スムーズに進めてくれると思います」
カスタードパイをちまちまと食べながら、アリアはふっと笑う。
「ミーヤさんにはしばらく高級ラインに専念してもらって、工場が完成したら西区に通ってもらうことになると思います。数年後には色々な土地に移動してもらうこともあると思いますが、大丈夫でしょうか」
「私は、お裁縫ができればどこでも! むしろ色んな土地の流行を見られる機会があるのは嬉しいです! むしろ、あんなに高給を提示してもらって、申し訳ないくらいです」
「裁縫の腕があって、こちらの内情をよく理解してくれていて、これが一番重要ですが、信頼できる人というのは、得難い存在ですから。相応の待遇は当然ですよ」
「私はミーヤさんが一緒に働いてくれるのは嬉しいですが、洋裁店のほうは大丈夫でしたか?」
ミーヤはこの世界では成人しているとはいえ、まだ年若い女性だし、何よりマルセナ洋裁店の重要な働き手でもある。
かなり急な話だったので、反対されなかったか心配だったが、ミーヤはからりと笑っただけだった。
「父には少し反対されましたが、母にはやりたいことはやりなさいって背中を押してもらいました。王都を出るかもしれないことはまだ言ってませんが、安心して送り出してもらえるよう、そこはこれからの頑張り次第です」
ガッツポーズを見せるミーヤの目はきらきらと輝いていて、未来への希望に満ちている。
「明日からもバリバリ縫っていきます。オーレリアさんの付与が間に合わないと言われない程度に!」
「頼もしいです!」
大きな交渉を終えた後のケーキは、しみじみと美味しかった。
笑い合って、それぞれのケーキを少しずつ味見しあい、どれも美味しいと言い合って、その日の午後は過ぎていった。
高級娼婦について改めて調べていて、人生がジェットコースターすぎる……となりました。




