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転生付与術師オーレリアの難儀な婚約  作者: カレヤタミエ


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95/129

95.提携商会と走り出す日

 時間通りに商業ギルドを訪ねると、すぐに商会担当部の部長であるヴァレンティンが対応してくれた。


「アリア嬢、ご足労いただきありがとうございます。オーレリア嬢も、またお会いできて光栄です」

「お久しぶりです。今日は仲介をありがとうございます。こちらはミーヤ・マルセナ。新しく我が商会に在籍していただいた有能な縫製師です」

「は、はじめまして。本日はよろしくお願いします!」


 いつもはポニーテールにしている髪をまとめ、帽子を被ってウエストを絞ったストライプのワンピースに身を包んだミーヤがかちこちに緊張しながら挨拶をすると、ヴァレンティンはどうぞよろしくお願いしますと丁寧に挨拶を返す。


 誰に対しても人当たりのいい振る舞いは、素直に好感が持てた。


「アウレル商会は女性の商会員が多いのですね」

「多いと言っても、本当に少人数ですわ。なにしろ銅ランクの小さな商会ですから」

「ははは、来年の今頃にはどうなっているのか、私もとても楽しみです」

「それにしても、まさかこんなに早く提携先を見つけてくれるとは思いませんでした。年明けになることも覚悟していましたのに」


「勿論、アリア嬢の依頼ということもあり頑張りましたが、冒険者ギルドの方からも多少のせっつきがありましてね。どうも、できる限り早く量産体制に入って欲しい様子で」

「ああ、あちらにも迷惑が掛かっている形になってしまっていますね。でも、お相手がまさかジャスマン家とは」

「王都の紡績産業で手堅くやっている商会となると、決して外せない名前ですしね。我々の役目は二つの商会のお膳立てをすることで、条件は直接話し合っていただくことになりますが――」


 少し先導してもらいながら昇降機に乗り、前回と同じく五階の会議室まで案内してもらうと、ヴァレンティンはにこりと微笑んだ。


「二つの商会が手を取り合って、良い未来に進むことを祈っています」

「ありがとうございます」


 アリアが微笑みながら応じ、オーレリアとミーヤも軽く礼をして、中に入る。


 今日顔合わせをする相手はすでに中で待っていた。立派な髭を蓄えた痩せ型の紳士と、まだ若い、少しぽっちゃりとした青年がソファから立ち上がり、こちらに歩み寄ってくる。


「ジョルジュ・ジャスマンだ。お初にお目にかかる。こちらは息子で繊維事業を任せているティモシー。今日はこのような機会を得た、良い日だ」

「アリア・ウィンハルトと申します。こちらは我が商会の商品開発担当である付与術師の、オーレリア・フスクス。専任縫製師のミーヤ・マルセナです」

「初めまして、どうぞよろしくお願いいたします」

「よろしくお願いします!」


 オーレリアもまだまだこうした場には慣れないけれど、自分よりも緊張しているミーヤが傍にいると、却って冷静になれて少し助かる。


 ジョルジュはやや厳しい雰囲気の紳士だけれど、その息子のティモシーにはなんだか懐かしい印象を覚えた。


「あの、もしかしてお二人は、王立図書館の館長であるジャスティン様のお身内でいらっしゃいますか?」

「ジャスティンは私の兄だが」

「そうなのですね。短い間でしたが、王立図書館でお仕事をしていたことがありまして、ジャスティン様には本当にお世話になりました」


 ジョルジュはかなり痩せ型であるけれど、ティモシーは体形がふっくらとしている分、ジャスティンに雰囲気がよく似ている。懐かしくなってつい笑みがこぼれてしまった。


 三人並んでソファに座り、まずはアリアが丁寧に頭を下げた。


「本日はこうしてお話しする機会をいただけて、ありがとうございます。ご覧のとおり若輩の身ではありますが、良き取引ができるよう、誠心誠意事業説明をさせていただければと思います」


 今日の目的は、吸収帯の製造と付与まで委託の依頼を行う商会との顔合わせである。


 アウレル商会が製品のデザイン・企画し、製造は外部の商会に任せる、いわゆるOEMを請け負ってくれる商会を商業ギルドに探してもらっていたが、思ったよりずっと早く、今日が来た。


 アリアはトランクから書類を取り出すと、テーブルの上に並べていく。


「販売品目は「ナプキン」と「新型おむつ」です。使用法につきましてはこちらに分かりやすく記してあります。現在の冒険者ギルドとの取引数はこちらに数をまとめてありますが、現在に至るまで納品数は予約で終了し、かつ追加納品を求める声は一向に減らない状態です。現在は冒険者を中心に販売していますが、富裕層ラインもあり、こちらも製作の手が追い付いていない状態です。今後半年で販売が見込める数がこちら、一年後の目標数がこちらです」


 それぞれ、どのように商品展開をしていくのか、どういった層をメインのターゲットにしているのかをアリアが丁寧にまとめてくれた書類である。ジョルジュとティモシーは真剣な顔でそれを熟読していた。


「現在製作はどのように行っていますか」

 ティモシーが尋ねると、アリアははっきりとした声で応じる。


「ミーヤを中心に、街の洋裁店で吸収帯を作ってもらい、付与はオーレリアが受け持っています」

「フスクス嬢ひとりで賄える数ではないと思いますが……」

「彼女は王立図書館の【保存】の付与を一人で行っていた優秀な付与術師です。これくらいの数なら余裕をもって回すことができますが、需要の拡大に伴ってさすがに一人で付与を行うのは限界が近づいてきました」


「――宣伝を打っていない状態でこの数が売れて、かつ全く生産が追い付いていない状態ならば。父上、最初から吸収帯専用のラインを作った方がよいと思います」

「そうだな。布小物の製造ラインを転用しようと思っていたが」

「付与が四種類あることでどうしてもある程度高価になってしまいますが、現在王都は未曽有の好景気です。多くの女性が体調さえ許すなら不必要な休みを取らずに働きたいという気風もあります。今一気に話題を作って販売を始めるのがいいと、私は思います」


 見た目はジャスティンに似ておっとりとした雰囲気のティモシーだけれど、ジョルジュにしっかりと意見を述べ、ジョルジュもそうだな、とその意見を受け入れている様子だ。


「王都内での工場建設は、難しいだろう。建てるとしたら西区の大門外になるか」

「布の仕入れの確保と、お針子も募集をかけなければなりませんね」

「新たに工場を西区の大門の外に建てることを提案いたします。その場合、設備投資の半分を当商会とジャスマン商会で負担しあうというのはどうでしょうか。その場合、ミーヤを製造監督者として出向させていただきたいのです」

「アウレル商会は、製造を一任できる商会を探しているのではなかったかな」


 ジョルジュの声に、やや警戒が含まれる。


 アウレル商会からの依頼を受けて製造を行う以上、それはジャスマン商会の商売であり、設備投資や雇用などもジャスマン商会が請け負うことになる。そこに一口噛もうとするのは、委託というより新規業務の共同立ち上げになる。


 在庫の管理や運搬まで、全てをジャスマン商会に任せてしまったほうが手間はかからない。


「勿論、そのつもりです。工場の運営はジャスマン商会にお任せします。ですが、この製品には複数の付与が必要になりますので、そちらのご相談をさせていただきたいのです」

「表面に【吸水】と【消臭】裏面に【吸着】と【防水】ですね」


「生産が始まれば、冒険者ギルドから【防水】と【粘着】を扱う付与術師を派遣してもらえることになっています。そして、このお話は当面、この部屋の中でのみという形にしていただきたいのですが、ナプキン事業に長期で関わってくれる契約を結んだ付与術師には我が商会から【吸水】と【消臭】の術式を提供させていただきます」

「それは……」


 言いかけて、ティモシーは口を噤む。

 ジョルジュは気難し気に腕を組み、黙考するように瞼を伏せてしまう。


「アリア嬢。それは、本気なのですね?」

「もちろん、このようなことを冗談では言いません。ティモシー様、ナプキンはこの先、王都に留まらず大陸中に、そして決して大袈裟ではなく、世界中の人間の半分に必要とされる製品になります。そうなればこの四つの術式は、現在の【温】と【冷】と並び、付与術師なら使えて当たり前の、基本的な術式として世界中に広がっていくでしょう。一度走り出してしまえば、その流れはもう止めることはできませんわ」


「……なるほど、最終的に術式の流出まで、前提に入れているのですね」

「はい。雇い入れた付与術師の雇用契約に関しましても、ジャスマン商会には気を配っていただくことになります。術式の提供を条件に、勤続年数を固定してもらい、公証人に公正証書の作成もしていただくことになるかと」

「それは、まあ、当然そのような形になりますね」


 公正証書は商業ギルドや冒険者ギルドなど、各ギルドを通して行う正式な契約の証として作られる証文である。


 付与の術式は付与術師にとって大きな財産であり、術式を提供した途端仕事を辞められては、元も子もない。そこで、術式の提供と引き換えに何年は勤続を行う旨を正式に書類にして公正証書として残すという手法を取ることになった。


 なお、この契約を無視した場合ギルドを通してあらゆる土地に名前と人相が周知されるので、契約を結んだギルドの管轄の仕事を得るのは難しくなり、実質廃業に追いやられるか、モグリの付与術師として生きていくしかない。


 十年後にはほぼ無価値になっている術式の持ち逃げのために、そこまでする者はいないだろう。


「この事業は果てなく独占できる類のものではありません。五年後にはより良い条件で付与術師を引き抜こうとする商会も出てくるでしょうし、十年後にはこの工場で付与を行っていた者たちが独自に類似製品を販売し始めるはずです。新しい市場を求めて新大陸に渡る者も、ザフラーン帝国に渡っていく者も現れると予想できます」

「だからこそ、大規模な生産ラインを今のうちに整える必要があると、アリア嬢は言いたいのですね」

「ご慧眼ですわ、ティモシー様」


 オーレリアは一日に百や二百の付与を行っても特に体調に支障をきたすことはないけれど、市井の付与術師が一日に行える付与の数はずっと少ない。


 大規模に生産しブランド化に成功している商会は、後発の商会よりずっと有利に商品を展開していくことができる。


「来年いっぱいで王都ならどこでも買えるように、その翌年からは王国内の主要都市にも冒険者ギルドを介して広げていく計画です。ナプキンと言えば誰もがアウレル商会を思い浮かべる。最初の五年でそこまでもっていきます。工場への投資は、そのためのものですわ」

「他都市の工場も、当商会に任せていただけると?」

「請け負って頂けるならば、こんなに嬉しいことはありませんわ」


 そう微笑んで、アリアはミーヤに視線を向ける。


「彼女はナプキンの開発初期から吸収帯の製作を手掛けてくれた、優秀な縫製師です。望まれる製品を肌感で理解していますし、まずは王都の工場で技術指導と、並行して新規デザインの考案をしてもらうつもりです」

「アウレル商会からのお目付け役、というわけですね。術式を預かる以上、当然のことですが」


 ティモシーの言葉に、アリアはころころと笑う。


「いやですわ、そのような意図はありません。――まだまだナプキンを利用したことがある者の方が少なく、ほとんどの女性にとっても初めての製品です。お針子たちも最初のうちは自分たちが何を作っているのか分からない状態でしょうし、富裕層の好むデザインとなればなおさら、どうしていいか分からない者が多いでしょう。ミーヤの存在は、そうした現場の道しるべになります」


 アリアの声は自信に満ちていて、自然とその言葉はそのまま現実になるだろうと信じさせる力があった。


「我がアウレル商会は、名前の通り黄金の道を進んでいくつもりです。互いに信頼し、手を取り合っていく相手として、末永く、よろしくお願いいたします」


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― 新着の感想 ―
捨てられ公爵夫人もそうでしたが、華々しい恋愛メインの小説よりも所謂お仕事小説系が大好きなのでワクワクしながら読ませていただいています。 その流れで主人公が知り得た人と友情を結んだり、時には恋愛に発展し…
更新ありがとうございます! アリアカッコイイですね。
アリアさんが頼もしくなってるwミーヤさんも責任ともなう指導する立場にw オーレリアに関わった女性たちがみんな成長していく姿は嬉しいものですね(^∇^)
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