9.運命の一着
かなりみっちりと古着屋巡りをし、いくつ試着したか自分でも分からなくなって、いったんクールダウンしようという話になって、アリアと共に街角のカフェに入ることになった。
オーレリアは林檎のシードルを頼み、アイスのハーブティーをオーダーしたアリアの足元には両手が埋まるほどの紙袋が並んでいる。
体にぴったりと密着するパンツスタイルから女性らしいドレープの揺れるブラウス、マーメイドスタイルのスカートなど、一枚一枚厳選していたのは隣で見ていたけれど、こうして見ると中々の数だ。
「すみませんアリアさん。どれも素敵だったんですけど、優柔不断で」
一日の終わりにその日の【保存】の付与の出来高で報酬をもらっているため、古着を数枚買う程度の懐の余裕はあるけれど、いざとなると目移りして結局選びきれなかった。自分がここまで何かを選ぶのが下手だったとは、オーレリア自身思わなかった。
「いいんですよ。こういうのは見て回るのも楽しみ方のひとつですし、謝ることは何もありません。人によっては同じ店に何度も通って数回目にようやく一枚なんて、よくある話ですから」
からりと笑って、アリアは自分の足元に視線を向けて苦笑する。
「厳選しているつもりなんですけど、結構買っちゃいましたねー。でも、こんなに買うなんて久しぶりなんですよ。普段はふらりと足を運んでも、一枚も買わない日もありますから」
「そうなんですか?」
「はい。やっぱりこういうのは、女の子同士でわいわい言いながらというのが楽しいですよね。こんなに楽しい日は、随分久しぶりでした」
気さくで人との交流にも積極的に思えるアリアなのでその言葉は意外だったけれど、年の近い友人はみんなお嫁に行ってしまったと言っていた。
楽しいのが自分だけでなかったなら良かったとしみじみと思う。
「私が最近は図書館と家の往復しかしていなかったので、姉も心配していましたが、今日は本当に楽しかったんです。ありがとうございます、オーレリアさん」
アリアは笑って、カフェの窓の向こうに視線を向ける。それにつられてオーレリアも外を見ると、沢山の人が街を歩いていた。
最初は、この街並みに自分は場違いのように思えたのに、アリアと笑いながら他愛ない話をして店を回っているうちに、いつの間にかそんな気持ちはどこかにいってしまったらしい。
綺麗な服を着て思い思いにオシャレを楽しんでいる人の波を眺めながら、その一部になった自分をなんとなく想像した。
――私は、どんな服を着て、この街を歩きたいんだろう。
そう考えた時、ひらりと翻ったスカートの色に、すとんと納得したような気持ちになる。
「あの、アリアさん。お茶を飲み終わったら、一軒寄ってもいいでしょうか。やっぱり、買いたい服がありまして」
「勿論ですよ! すぐ飲んじゃいますから、行きましょう!」
「ゆっくりで! ゆっくりで大丈夫です!」
「欲しいと思ったものがあったら、すぐに走り出したほうがいいです。そういうものほどタッチ差で手に入らなかったりするものですから!」
目の前でかっさらわれたら、悔しいですよ! オーレリアよりなぜかアリアのほうが闘志を燃やすように言い、ハーブティを飲み干している。
「あは、あはは」
それがなんだかおかしくて、笑い声が出た。アリアはにっこりと笑って、ほらオーレリアさんも、早く! と言った後、同じように笑っていた。
* * *
店を出ると、空を覆っていた灰色の雲はどこかに去っていて、少しだけ残ったふわふわの雲が夕日に照らされて茜色に染まっていた。
「はー、結局古着屋めぐりで一日が終わっちゃいましたね。私は楽しかったですけど、オーレリアさん、他にしたいことありませんでした?」
「いえ、すごく楽しかったです。結局最初のお店に戻っちゃって、すみませんでした」
数軒の古着屋を巡り、何着も試着をしたけれど、結局オーレリアが欲しいと思ったのは最初の店で試着した緑色のワンピースだった。
今は紙袋に包まれたそれを、大事に左手から提げている。
「いえいえ、最初に見たものがずっと忘れられないっていうのは、あるあるですから」
「はい、これが私の「運命の一着」だったようです」
「次はその服を着て、また遊びましょう。王都には美術館や博物館もありますし、東区の屋台で食べ歩きも楽しそうです。なんならうちに遊びに来てもらってもいいですし。たくさんお喋りをしましょう」
私の部屋にも、本がたくさんあるんですよとアリアは笑う。
本は大変な高級品だ。なんとなくそう感じてはいたけれど、アリアは相当裕福な家の出なのだろう。
――それでも、今日一日、金銭的な意味で引け目を感じることはなかった。
緑のワンピースだってそれほど背伸びする必要のない値段だったし、その割にオーレリアの体にぴったりと沿うような、良い縫製をした服だった。
きっと掘り出し物で、アリアはそうした目利きができるのだろう。しかもそれを全然ひけらかすことがなく、この色が似合う、この服がいいと勧めてくれるのだ。
今日が終わってしまうのが、なんだかとても寂しく感じられる。
アリアの勧める軽食はどれも美味しかったし、お喋りは本当に楽しかった。この服にはこういうアクセサリーが似合うとか、この靴はどんなスタイルに合わせるといいと話すのも気持ちが浮き立ったし、時間が過ぎるのもあっという間だった。
自分には素敵な服を選ぶなんて似合わないと思っていたのに、今は運命の一着を着て出かける日が、とても待ち遠しく思えている。
トラムの駅まで向かう間も時間を惜しむように話をして、やがて巡回している車体が近づいてくる。
減速のためのブレーキ音が響き始め、オーレリアは左手に提げた包みをきゅっと握りしめた。
「あの、アリアさん」
「はい?」
振り返ったアリアの水色の髪が夕焼けに染まって淡い紫色に染まって揺れている。
こんな素敵な人を自分の友達と思っていいのか、オーレリアにはまだすこし、気後れするような気持ちがある。
けれど今日一日、アリアと過ごした時間が、勇気をくれた。
「今日は本当に楽しかったです。またこうして遊びたいですし、いつか私が自分の部屋に引っ越したら、――その時は遊びに来てくださいね」
「是非! その時は引っ越し祝いに、私の一押しの店のケーキを持っていきます!」
アリアは屈託なく笑ってくれる。
「ではまた、図書館で」
「はい、また」
減速したトラムの車体に乗り込み、手を振って、ゆっくりと弧を描いて進むトラムから見えなくなるまで、アリアはこちらを見送ってくれていた。
オーレリアは、自分はどちらかといえば後ろ向きな性格であると思っているし、自信などこれっぽっちもない。失敗するのは怖いし、新しいことに踏み出すのも苦手だ。
けれど、未来の約束を楽しみにしているほうが、どうしようもない過去をくよくよと思い返すより、ずっといい時間の使い方だ。
今日一日で、しみじみと、そう思うことができた。




