87.高まる需要と増産依頼
冒険者ギルドの応接室に案内され、お茶を傾けながらすこし待つと、急ぎ足のエレノアが入室してきた。
「こちらからお呼びしたのにお待たせしてごめんなさいね、オーレリアさん」
「いえ、大丈夫です。――お忙しそうですね」
「今は色々と気忙しい仕事が多くてね。やっと時間が取れそうだったのでオーレリアさんをお呼びしたのだけれど、そういう時に限って厄介なことが舞い込んだりするのよね」
新しいお茶を淹れてもらい、エレノアはそれをゆっくりと傾けると、気を取り直したように微かに息を吐く。
「オーレリアさんとこうしてゆっくり会うのは少し久しぶりね。お元気そうでよかった」
「ご無沙汰してしまって、すみません」
「いえ、機会を作らないと中々顔を合わせるのも難しいものね。アリアさんの都合が合わなかったのは残念だけれど」
エレノアはそう言うと、茶目っ気たっぷりに「わざとではないのよ?」と微笑んだ。
今日はアリアの予定がつかず、単独でギルドに来ることになったのでウィンハルト家の馬車で送ってもらったけれど、アリアが今日は茶会の予定が入っていることを知っていたのではないかとこぼしていたのを見透かされたようで、すこしギクリとする。
「オーレリアさんも多忙でしょうから、本題に入りましょうか。実は、納品してもらっているナプキンの種類について、少し相談に乗ってもらいたいんです」
「種類ですか?」
「ええ、今はギルドに冒険者用のナプキンを卸してもらっているけれど、そちらを高級ラインに置き換えて納品は可能かしら?」
冒険者用と高級ラインの差は使っている布の違いだけで、付与の内容はすべて同じであるため、吸収帯さえ用意すれば問題はない。
だが、色柄のついたテキスタイルはさらしの生地に比べて割高である。
エレノアは、冒険者への普及のために、できるだけ安価であることを望んでいた。それが何故と思っていると、彼女は僅かに表情を曇らせる。
「ナプキンは想像以上に需要が高く、入荷したら即予約分で終わってしまう状況が続いているの」
「はい……とてもありがたいことです」
「でも、それが全て現役の冒険者に回っているかというと、そうでもなくてね」
エレノアの説明によると、現在オーレリアがギルドに卸しているナプキンは受付にて先着順で予約を取っていて、納品されれば予約者に販売するという方式がとられているけれど、ここに第一線を退いて護衛や警備の仕事をメインにしている冒険者たちも交じっているのだという。
中には、現役の冒険者が購入したものに価格を上乗せして買い取る者もいるのだそうだ。
「彼女たちが使うならまだいいのだけれど、どうもそれを、さらに雇い主やギルドに関係ない者に高く転売しているようなの。一度に購入する個数制限は付けているけれど、焼け石に水ね」
「ええと、毎回同じ人なら、予約を遠慮してもらうというのは、難しいのでしょうか」
「次の入荷の時に売らないというのは難しいわ。彼女たちもギルドに登録している冒険者だから」
たとえ現在は探索をせずに他の仕事をメインにしているとしても、ギルドへの登録料や協賛金は支払っている以上、立派な冒険者であり、ギルドによる冒険者向けの販売やサービスを受ける権利はあるのだという。
「それに、下手に販売を禁止して、その後ろに控えている雇い主が出てくるのも困ってしまうし、現状、打つ手がない状態なの」
ギルドとしてはダンジョンの探索をメインにしている冒険者を最優先にしたいところではあるけれど、互助組織としての冒険者ギルドとしては、他の仕事をしている冒険者を排斥するような事態は避ける必要があるらしい。
「それならいっそ、ギルド内でも冒険者用と高級ラインを取り扱った方がいいのではないかと思うの。冒険者にとっては機能さえしっかりついていれば安価であるに越したことはないし、逆に、現役ではない冒険者たちが購入する分には付加価値があるに越したことはないでしょうし。――オーレリアさんが負担なら、冒険者用の納品数を削っても構わないので、高級ラインのナプキンの納品をお願いできないかしら」
最初から需要を分散させることで、本来届いてほしい層に届くようにしたいというエレノアの気持ちが伝わってくる。
「冒険者用と高級ラインの違いは布だけなので、洋裁店に頼めば来週の分から対応できると思います。割合はどのくらいにしたほうがいいでしょうか」
「今は週に百二十枚を納品してもらっているから、そのうち四割ほどを高級ラインに差し替えていただけるかしら?」
四割とは、思ったより大きな割合だ。
それくらい、探索に赴いている冒険者が入手しづらい状況になっているのだろう。
アリアもお茶会に行くたびに発注を取ってくるけれど、物が物だけに貴族間で欲しいとやり取りするより、お金を払ってギルドから買うほうが楽なのかもしれない。
「それから、増産についての相談もしていきたいわ。現状では、絶対数が足りていないので」
「はい」
「オーレリアさんが付与しているうち、【防水】は他の付与術師にまかせて、【吸着】は【粘着】に代替できないかしら? 【防水】は市井の付与術師に使える者は比較的多いし、【粘着】ならばギルドの伝手で何人か付与術師を募ることができると思うわ」
エレノアの言葉に、唇に指をあてて、考える。
「それだと、かなり単価があがってしまいますよね……」
「富裕層向けは、うんと高額になっても正規ルートからすぐに欲しいという需要はあるので、問題ないわ。見積もりを取ってみないとわからないけれど、【防水】でひとつあたり銅貨二枚から半銀貨一枚程度、【粘着】も同じくらいかしら」
現在、冒険者用のナプキンは銀貨一枚で販売されている。
見積もりにもよるけれど、場合によっては二つの付与を外注するだけで、一気に価格が跳ね上がることになるだろう。
一般的に、商会などで扱っている付与は内容にもよるけれど、ひとつあたり銅貨二枚から銀貨一枚程度のコストがかかる。
たとえば日傘が大銀貨一枚程度だとすれば、そこに【防水】を付与すれば、販売価格は大銀貨一枚と銀貨一枚程度になる。
傘自体が中々の高級品であるけれど、裕福な層の使う傘はこうした付与が入っていることがほとんどだ。
一冊あたり銅貨一枚の本の付与が不人気なのも、その単価の低さが最も大きな理由だった。
ある程度の期間、繰り返し使うことができるとはいえ、ナプキンは基本的に消耗品である。知名度が上がり需要が拡大していけば、いずれ外注を前提にしていかねばならないことは、アリアとも話していたことだ。
今年いっぱいはギルドを通して販売し、かつアリアがお茶会や夜会でそれとなく風聞を広めていく予定だったけれど、オーレリアとウォーレンの婚約の報で、一気に知名度が跳ねあがってしまい、あっという間に供給が需要に追い付かなくなってしまったのが現状である。
「高級ラインは元々値段設定を高くしてあるので、外注しても問題ないと思いますが、冒険者は危険が伴う仕事ですし、【粘着】の付与は実際モニターを募って使ってもらってから、代替できるか検討させてもらってもいいでしょうか?」
【粘着】はオーレリアも試したことがない。まずは自分でも試してみて、かつ、実際に使う冒険者たちに使用感を確認してもらったほうがいいだろう。
慎重に答えると、エレノアは満足したように頷いた。
「そうね。作ってみてから不具合があったでは困るもの。一般用のナプキンは【防水】と【吸着】の付与だけだから、いずれ一般用は完全外注にすることを前提にしていくのがいいと思うわ」
「アリアと相談してからになりますが、了承してもらえたら、吸収帯に【吸水】と【消臭】の付与をしたものを作ってお預けします。そこに【防水】と【粘着】を付与していただけますか?」
「ええ、モニターしてくれる冒険者も、ギルドのほうで信頼できる子を選定してレポートも提出してもらうわ。テスト品に関してはギルドからお支払いをするので、請求書を回してください」
「お気遣いありがとうございます」
頷くと、エレノアは安堵したように息を吐いて紅茶を飲み終えると、すっと立ち上がった。
「もっとゆっくりお話をしてお昼もご一緒したいのだけれど、次の予定が詰まっているから、私はここで失礼するわね。オーレリアさん、もしよかったらギルドの職員食堂を利用していって下さい。王立図書館と同じくらい美味しいと、保証しますので」
本当に忙しいのだろう、エレノアは、また今度ゆっくりお茶でもしましょうねと告げて、名残惜しげに応接室を出て行った。
昼の鐘はとっくに鳴っているし、少し空腹も感じている。王立図書館の職員食堂を思い出して、くう、と微かにお腹の虫が鳴いた。
「――よろしければ、食堂にご案内しましょうか?」
お茶のカップを片付けにきたのだろう、ギルドの職員であり麗しい容姿のケイトにそう声を掛けられて、かあ、と頬を熱くすることになった。
いつも読んでいただきありがとうございます
ミスがあった場合のご連絡は、誤字脱字報告機能をご利用いただければ幸いです。




