84.宝飾品と勇気の使いどころ
応接室に入るとすでにテーブルの上には大小いくつもトランクが並べられていた。先に部屋に通されていた二人は音もなく立ち上がり、型通りに礼を執る。
「フェルミナス商会の会頭を務めておりますオスカーと申します。この度は、当商会にご連絡ありがとうございました。グレミリオン卿におかれましては、陞爵、まことにおめでとうございます」
「鑑定士のロクサーヌ・モランと申します。若輩者ではありますが、良い品をお届けできますよう、心から尽くさせていただきます」
品よく挨拶をしたのは仕立てのいいモーニングコートを身に着け銀の髪は後ろに撫でつけた、すらりとした体躯の男で、その隣には濃い紫の大きな襟のついたジャケットと同色のスカートのブルネットの女性が同じように頭を下げる。
少年時代を開放的な南部で過ごし、成人後は荒くれ者も多い冒険者として生きてきたこともあり、こうした振る舞いは少し苦手だが、気後れは感じないのは、王族として暮らしたなけなしの数年間のおかげだろう。
「ありがとう。今日は待たせてすまなかったね。気ぜわしいことが多くて、中々時間が取れなくて」
「とんでもないことでございます。いつでも、ご都合のよろしい日時をご連絡いただければ駆けつけさせていただきます」
「これ以上時間を取らせるのも悪いから、すぐにはじめましょう」
貴族が商人を呼び出すのはよくあることだし、その上で待たせるのもさらによくあることだ。二人もそれに慣れている様子ではあるけれど、ウォーレンはそうした権威付けのための時間の浪費はあまり好きではない。二人は頷くと、テーブルに並べられているトランクをひとつひとつ、開けていった。
薄いトランクは宝飾品を持ち歩くためのもので、開くと上部と下部、それぞれに細かく仕切りがされ見栄えの良い角度になるよう、宝飾品が収められている。
トランクによって微妙に石の色が違い、右から左に掛けて少しずつ色が濃くなるグラデーションになるようあらかじめ並べられていた。
「すごいな。どれもいい品ですね」
「東部の鉱山の良質な石で揃えております。色はオレンジと青を中心に、作業の邪魔にならないものをというご指定でしたので、ネックレス、ブローチ、イヤリングを中心にお持ちいたしました」
言葉通り、普段さり気なく使うことのできる小ぶりな装飾品が多い。象嵌されている石が大きめなのは、この数年王都での流行がそうしたものだからだろう。
パレードも陞爵の式典も終わったというのに周辺は相変わらず忙しく、トーマスにいい宝石商を探すよう頼んでから、瞬く間に半月が過ぎてしまった。
その間、僅かな隙間を縫ってカタログを眺め、あらかじめ条件を絞ったにも関わらず、目の前に並べられた宝飾品の眩さに、多少気後れしてしまう。
ウォーレンの周囲には、こうした装飾品を身に着ける女性はそれなりにいた。母も王宮にいた頃は王子の愛妾としてそれなりに着飾っていたし、ライアンの母も豪商の妻として比較的華美な装いを好んでいたし、王宮ならなおさらそうだ。
宝飾品は身に着けている相手の身分だけでなく、その夫や婚約者がどれだけ身に着けている女性を大事にしているか、愛しているかを表す指標にもなる。
流行に合わせるのも大切で、大ぶりの宝石を嵌めこまれていても意匠が時代遅れだと、新しく贈り物をされていないのだと判断されてしまうらしい。
「できれば、あまり流行に左右されず、それでいて地味という印象を与えないものが望ましいんですが、難しいでしょうか?」
「それでしたら、こうした一粒タイプのネックレスなどはいかがでしょう。日常使いならこれひとつで十分ですし、パーティなどの際には重ね付けしていただくことも可能です」
「重ね付け……」
「記念日にあわせて装飾部やチェーンなどを足して贈っていく方もいらっしゃいますよ。二十年目の結婚記念日には王侯の首飾りになるよう、育てていくジュエリーです」
「同じ意匠で、その年はネックレス、次の年はイヤリングなど、数年で同じテーマで揃えの宝飾品になるよう選ぶ方もおられます。あれも素敵ですね」
「そうですか……」
年月をかけて完成する宝飾品というのはとてもいいものだと思う反面、おそらく自分には育てていくジュエリーは難しいだろう。
婚約の品という口実をつけなければ、贈り物ひとつできない情けない男なのである。
宝石はどれも美しいけれど、オーレリアが身に着けるものだと思うと途端にどれがいいのか分からなくなってしまう。
以前は素朴でほっとするような服が多かったけれど、髪を切って流行のドレスを身に着けるようになった。綺麗になりすぎていて、再会した時は本当に驚いたものだ。
けれど、不思議と別人とは思わなかった。どんな装いをしていても、あの人の好さそうな表情やほっとするような雰囲気は、以前の彼女のままだ。
ただ、少し短くなったブラッディオレンジ色の髪が風に揺れていて、周囲で咲き誇る薔薇も褪せて見えるほど、印象的だった。
何を贈ってもきっと似合うだろうと思う反面、どんな装飾品を贈っても装飾品の方が負けてしまうだろうとも思う。
「ご婚約者様は、付与術師であると伺っておりますが」
ロクサーヌの静かな言葉に、並べられた宝飾品を眺めながら頷く。
「ええ、優秀で、忙しい人です。それだけに身に着けるもので負担をかけたくなくて」
できれば、婚約を解消した後もそのまま着けてもらえるものがいい。
オーレリアは遠慮するだろうけれど、お互い利益のある婚約とはいえ、数年間こちらの事情に付き合わせてしまうのだ、受け取ってほしいと言えば、頷いてくれないだろうか。
「それでしたら、作業中に目に入るものが良いと思います」
「目に入るもの?」
「はい。貰ってしばらくは、それを見る度に自分のために選ばれたアクセサリーは気持ちを弾ませてくれるでしょうし、身に着けることに慣れて、普段はつけていることを忘れるほどに体に馴染んだ後も、ふとした瞬間にそれを贈られたときの喜びを思い出すのです。女性として、これほど幸福な贈り物はそうはないと思います。権威付けのための宝飾品も良いものですが、婚約の品ならば、そうした目線で選ぶのも良いかと思います」
「そうですか……」
思えば、母は愛妾として着飾ることはあっても私的な空間ではあまり宝飾品を好むタイプではなかったし、南部に戻ってからはなおさら、あまり目立つような服を身に着けることはなかったけれど、父から贈られた指輪だけは肌身離さず持っていた。
瞼の裏に浮かぶのは、時々指に付けた指輪をそっと眺めている母の横顔だ。そういえば、そんな時間もあったのだと思い出す。
あの時、きっと母は、父と、指輪を贈られた時の喜びを思い出していたのだろう。
「付与は利き手で行いますし、逆の手につけるなら、指輪も邪魔にはならないのではないでしょうか」
「……そうかもしれません」
指輪では邪魔になるだろうと今日は持ってきてもらっていないけれど、ロクサーヌの言葉で、それもいいかもしれないという気持ちになる。
「指輪ならば、様々な意匠を揃えておりますのでよろしければ見本を用意いたしましょう。ご婚約者様の指のサイズを教えていただければ、すぐに調整もいたしますので」
「あ……」
指のサイズというものがあるのだと、今の今まで失念していた。
オーレリアの手を思い出せば、白くて細くて繊細で綺麗で……そんな印象しか出てこない。
――オーレリアに聞く?
どうやって?
君に指輪を贈りたいから指のサイズを教えてもらいたいと言えばいい。そうは分かっているのだけれど。
「……申し訳ないが、すこし時間を貰えるだろうか?」
色々と察したらしいオスカーとロクサーヌは、二人とも商売人らしい綺麗な笑顔で頷いた。
大迷宮と呼ばれるダンジョンを踏破した冒険者であっても、仮初の婚約相手に指のサイズを尋ねるのには、また別の勇気が必要なようだった。
「転生付与術師オーレリアの難儀な婚約」の書籍化が決定いたしました。
それに伴い一部キャラクターの名前の変更を行っています。
活動報告にてご報告もさせていただいています。
今後ともオーレリアの物語をよろしくお願いいたします。




