83.贈り物と贈りたい者
食事を終えて白湯を傾けていると、ところで、と改まってモニカが切り出してくる。
「奥様には、いつ会わせていただけるのでしょうか。大旦那様も近いうちに王都に来ると仰っていましたので、日程をご連絡しなければと思うのですが」
白湯を吹き出さなかったのは、探索で鍛えたなけなしの胆力の賜物だろう。そっとカップをテーブルに置いて、ひと呼吸置く。
「まだ話が整ったばかりだし、相手は仕事も持っている方だからあまり表に出ないことになっているんだ。時が来たらちゃんとするから、それまでは――」
「相手だなんて、オーレリア様ですよね。美しいお名前なのですから、きちんとお呼びしてくださいな」
「………」
オーレリアとの婚約は、すでに新聞で告知してあるのでその名前は公開されている。モニカが知っていても不思議ではないけれど、幼い頃から私的な部分の大半を知られている相手の口から聞くオーレリアの名前は、中々刺激が強い。
「お小さい頃からお仕えしてきたというのに、新聞の告知欄で旦那様のご婚約を知ったのですよ。モニカは嬉しいやら悲しいやら……」
「悪かったよ。……本当に急なことだったんだ」
ウォーレン自身色々と追い詰められている状態だったとはいえ、そのことについてはあまりモニカやトーマスには話したくない。
両親の王宮での日々も、その後に起きたことも、彼らはその場に立ち会っていた。母と二人で南部に戻った時も、母が亡くなった時も、ウォーレンが王族籍を抜けた時も、モニカは自分のことのように憤り、そして陰で泣いていたのを覚えている。
ウォーレンが貴族としての立場を全て放り出し、家に戻ることもせず冒険者をしていた状況に思うこともあるだろうに、いい仲間ができてよかった、昔より活き活きしていると笑ってくれていた人たちだ。
今更王族に戻すために縁談まで用意され、仲間を人質に取られて半ば監禁状態を強いられていたなど、知ればまた嘆かせ、悲しませてしまうだろう。
「とにかく、今は新聞社が嗅ぎまわっていて動きにくいし、相手にもそれで迷惑はかけたくないんだ。しばらくすれば騒動も落ち着くだろうから、紹介するのは、それからでも遅くないだろう?」
「さようですか……。それならば、仕方がありませんわね。大旦那様にもいずれとご連絡しておきます」
「そうしてくれ」
五年も過ぎれば王族の一人としてアイリーンも他の縁談が整うだろうし、なにより下の弟、ヴィンセントの婚約や婚姻、上手くすれば新たな王子の誕生もありえるかもしれない。
ヴィンセントは賢く冷静で思慮深く、静寂の王子の愛称で愛されている、間違いなくこの国の誇る第一王子であり、王太子だ。
しかるべき相手と結ばれて次の後継者ができれば、廃王子などという不名誉な名前で呼ばれている旧王族への好奇もきれいに消えているだろう。
「それでも、旦那様がお屋敷に戻って下さったことは嬉しいですわ。旦那様の選んだ方ですもの、素晴らしい方に決まっていますわね。その日がきたら、奥様にも心からお仕えさせていただきます」
「まあ、うん。……そうだ、トーマス。宝石商に心当たりはあるかな? 買いたいものがあるんだけど」
「宝石商ならば、ライアン様のほうがお詳しいのではないでしょうか」
「あいつには頼みにくい品なんだ……。その、婚約の品を探しているんだが」
レイヴェント王国を含め、大陸では広く、婚約の際に男性から女性に支度金か、そうでなければ宝石などの換金性の高い装飾品を贈るのが習わしである。
母はいつも父から贈られた大粒の宝石のついた指輪を身に着けて、南部の実家に戻った時も大事にしていた。母の遺品としてウォーレンが受け継いだが、女性用のサイズなので宝石箱に仕舞いっぱなしになっているが、今でも売れば相当な財産になるだろう。
王族だった頃は、近づいてくる女性は皆腹に一物があるような目をしていて恐ろしかったし、それは完全にウォーレンのトラウマになっていて冒険者になってからも特別な関係の女性がいなかっただけに、いざ贈り物をとなっても勝手もよく分からない。
この手のことはそれこそライアンが得意なのだが、今のライアンはそれどころではないし、なにより誤解からオーレリアに絡んだというライアンの手は、なんとなく借りたくない。
「お時間があるならば南部から宝石商を呼び寄せることもできますが」
「それだと、どんな品を贈ったのかお祖父様に筒抜けになってしまうからな……」
地元は代々母の実家であるベルツィオ家が代官として治めている土地で、有力な商人とは深い仲だ。第二の実家ともいえるウォーロック家は大豪商であり、それこそあらゆる商人との縁とコネがある。
南部の宝石商を通そうものなら、次に会った時、贈り物のセンスについて老人たちに囲まれてあれこれと言われるのは目に見えていた。トーマスも理解したのだろう、重々しく頷く。
「ならば、王都で一番良い宝石商に連絡をつけてみましょう。旦那様の名で依頼すれば、すぐにでも飛んでくると思います」
「いや、できれば王家の息が掛かっていない宝石商がいいんだ。条件が多くて悪いな」
「ふむ……では若い女性が好みそうな今風のデザインを扱う、若い商会の中でも評判のいい店を探しておきましょう」
「すまないが、頼むよ」
オーレリアとは仮の婚約であり、どちらかが解消をしたくなった時か、最長五年で婚約は解消されるという証書を作ってエレノアに預かってもらっている。
彼女も形式ばったことは望まないだろうし、贅沢や宝飾品を望むタイプとも思えない。
何よりエレノアがその才能を認めた人だ。宝飾品だろうと土地だろうと、自分で金貨を山のように積み上げて手に入れていくだろう。
だからこれは、自分のエゴでしかないと分かっている。
「先にカタログを取り寄せましょう。デザインや価格帯など、ある程度目星をつけてからのほうが選ぶのに手間取らないでしょうから」
「ああ、それだと助かるな」
自分が女性への贈り物に慣れていないことなど、トーマスはお見通しだ。装飾品に関しても、無知もいいところである。
正装した女性の宝飾品など、夜会でギラギラと輝く重たそうなネックレスや、耳たぶは大丈夫なのかと心配になる大振りのイヤリングくらいしか目に入ったことがない。
母は父から贈られた指輪を、とても大切にしていた。あれを望むのはさすがに身の程知らずだろう。何かあった時、婚約者の影をちらつかせるのにちょうどいいからという口実でもつけなければ、そもそも受け取ってもらえない可能性すらある。
――五年後に返却されても、落ち込まないようにしないとな。
そう思いながら、あの濃いオレンジの髪と水色の瞳に似合うのはどんな装飾品だろうと思うと、腹は痛むことはなく、むしろどこか、ほわほわと温かい気持ちになっていた。
名前が被っていたので変更いたしました。




