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転生付与術師オーレリアの難儀な婚約  作者: カレヤタミエ


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82/129

82.帰宅

 エディアカラン踏破の正式な発表があってからというもの式典にパレード、パーティに断れない筋との食事といった予定が日々みっちりと入っていて、ウォーレンを含む黄金の麦穂のメンバーの日常は圧迫の一途をたどっている。


 文字通り分刻みのスケジュールになる日もある。定宿にしていた宿に記者が押し掛けるため、最初は理解を示してくれていたおかみも少しずつ困った顔をするようになってきて、胃の痛む日々が続いていた。


 ジーナとジェシカのように拠点に転がり込むことはできない。あそこはすでにオーレリアのものだし、彼女が許してくれても二人のうちどちらかと、もしくは両方との関係を面白おかしく書きたてられるのは目に見えている。


 アルフレッドは家を持っているがプライベートでは仲間と暮らさない主義だし、エリオットは世話になっている道場の寮で寝起きしているため頼る選択肢に入らない。ライアンは現在、ウォーレンよりさらに大変な状態なのでやはり除外である。


 その日、一日の最後の予定は冒険者ギルドに立ち寄り、ギルド長のカルロスとの会合だった。話は短く済んで、着慣れた冒険者の服に着替えてフードを被る。


 幸い、変わりやすい秋の天候に空からはぽつぽつと小雨が落ちていたため、ギルドの周りを張っている記者たちの目を欺くのは容易かった。トラムで中央区まで移動し、本降りになる前に目的地へと足早に進む。


 ――結局、行く当てがここしかないなんて。


 王都のニュースは目まぐるしく変遷していくためそれも今だけのことだろう。スキュラの心臓の処遇が決まり、次に読者の興味を引く別の話題が上がれば新聞もそちらに集中するようになる。


 そう自分に言い聞かせ、門をくぐりドアのノッカーを叩く。中から応答があるまでさほど広くない前庭の向こうを見回したけれど、ここに戻らないことは知られているのか、記者の姿は見当たらなかった。


 やがてドアが内側から開き、エプロンをつけたままの中年の女性がまあまあまあ、と聞き慣れた声を上げる。


「お坊ちゃま! お帰りなさいませ」

「モニカ。ただいま、久しぶり。あと、そろそろお坊ちゃまはやめてくれ」


 四十代後半ほどになるはずだが、相変わらずふくよかで肌艶がよく、年を感じさせない女中頭はニコニコと笑っている。


「まあまあまあ、失礼いたしました。そうですわね、そろそろ旦那様とお呼びしなければなりませんね」

「いや、それもまだ早いけど……。前みたいにウォーレンでいいよ」


 子供の頃から世話になっている女中頭にご主人様と呼ばれるのも座りが悪いし、結婚もしていないのに旦那様と呼ばれるのもなにか違う気がしてそう言ったものの、モニカはあらあらあら、と口に手を当てて笑う。


「立派な旦那様ではないですか。お仕えしている方がダンジョンを踏破し陞爵を果たした時の人で、モニカは誇らしゅうございます」


 一見ストレートな賛辞のように聞こえるけれど、モニカとは幼い頃から――それこそ赤ん坊の頃からの付き合いだ。にこにこと笑っていても、それだけでないことははっきりと伝わってきた。


「それにご婚約もされたとのことで、本当におめでたいことですわ。ええ、本当に、私にだけでなく南部の大旦那様も寝耳に水だと連絡が来ましたが、本当におめでたいことです」

「モニカ……」

「これ、その辺にしておきなさい。――旦那様、出迎えが遅くなり、申し訳ありません」

「トーマス。いや、いいよ。戻るという連絡もできていなかったしね」


 静かに歩み寄ってきたのはモニカとともにこの屋敷を切り盛りしてくれている、使用人頭をしてくれているトーマスだった。


 モニカとは南部の同郷で、夫婦でもある。

 これ幸いとトーマスに上着を預け、リビングに入り、ソファに腰を下ろす。


 この屋敷に戻るのは一年ぶりだけれど、相変わらず清潔に整えられていた。


 王都の中央区にあるグレミリオン伯爵邸――先日陞爵を受けて今は侯爵邸となったこの屋敷は、王族の籍を抜ける折、爵位や領地と共に父から与えられたもののひとつだった。


 元々グレミリオン伯爵家は後継ぎが絶えて王家に預封された爵位のひとつだ。ウォーレンを新たなグレミリオン伯として封じ、王領となって管理されていた旧伯爵領と新たにこの屋敷を与えられた形だ。


 王宮からの召喚があった場合、すぐに赴ける距離にあるこの屋敷は、爵位とともにウォーレンをこの国に、もっと言うならば王都に縛るためのものだ。それに反発するように冒険者になってからというもの宿暮らしを続けていて、領地や財産は母の実家のベルツィオ家から派遣された使用人たちで回してもらっている。


 モニカは元々母であるセリーナの乳姉妹であり、セリーナが第三王子だった父の愛妾として王都に上がった折にも身の回りの世話をする女中としてついてきた。そのため、ウォーレンにとっては幼い頃から世話をしてくれた相手であり、第二の母のようなものだ。


「旦那様、お夕飯はお済ですか」

「まだだけど、あちこちで軽食を出されるからそんなに空いていないんだ」

「では、スープだけご用意いたしますね」


 ひっきりなしに人と会ってはその場その場でお茶と軽食が出るので、一日中ちまちまと食べている状態が続いてここ数日は完全に胃が負けている。


 ウォーレンは元々胃が弱いというわけではないが、精神的な負荷がかかると腹が痛くなってしまう。これは子供の頃からそうで、長く続くと血を吐くこともある。そのせいで昔から【鎮痛】を付与したアミュレットが手放せない。


 昔から忌々しい症状ではあるけれど、最近はあの痛みを思い出すと、路地裏にうずくまる怪しい風体の男におずおずと近づいてハンカチを渡してくれた相手を思い出して、少しだけマシな気分になる。


 ダンジョンから戻ったばかりだったウォーレンは、中途半端に髪が伸び顔の半分を髭で覆われていて、おまけに帰路に負傷したライアンを担いでダンジョンを駆けのぼったため、ひどい有様だった。血まみれだった服だけは着替えたものの神殿に運び込まれた幼馴染みは予断を許さない状態で、今後のことをあれこれと考え込んでいるうちに腹の痛みがきて、路地裏でその波をやり過ごそうとしていた時だった。


 あの時は痛みに朦朧としていたけれど、差し出されたハンカチを受け取ると、なぜかふわりと痛みが引いた。驚いて顔を上げると濃いオレンジ色の三つ編みが二つ揺れていて、心配そうにこちらを見つめる水色の瞳に息を呑んだ。


 彼女は、お大事にと告げるとすぐにいなくなってしまった。痛みが治まっていることに呆然としている暇があったらなぜさっさと追いかけなかったのかと、散々後悔することになった。


 ――でも、また会えた。友人になれただけで嬉しかったのに、婚約までしてもらえた。


 オーレリアはあの頃、臨時雇いの付与術師として図書館で働いていたけれど、その才能を見出されて現在は事業の立ち上げの最中なのだという。


 作っているものについても説明を受けたけれど、しどろもどろに説明をするオーレリアが心配で、話の半分くらいしか頭に入ってこず、後からジーナとジェシカにあけすけに解説されて今度はこちらがたじろいだくらいだ。


 黄金の麦穂には女性が二人いるため、花の時期についてもある程度メンバーには理解がある。薬を使って止めてしまおうかと相談している二人に、後戻りができないことはやめておいた方がいい、それくらいのフォローはすると言ったのはアルフレッドで、他のメンバーもそれに賛成した。


「オーレリアはすごいよ。あの子の作るものはこの先、色んな女の救いになると思う」


 ジーナのその言葉に、なぜか自分の方が誇らしくなってしまった。


 オーレリアは最初から優しい人だったし、他人を気遣う人だった。そんな彼女が作るものだ。それはそうに違いない。


 ――だめだな、変に浮かれてしまって。


 オーレリアと再会して、仮の婚約相手が彼女の友人だと勘違いをして、彼女の友人になんて話を持ち掛けてしまったんだと反省もしたというのに、見合いの相手が彼女だと知った途端、手のひらを返してしまった。


 オーレリアは事業を立てるにあたり、強く、かつ彼女に私的な影響を与える男性の後見人を必要としていた。エレノアが彼女を大いに買っているのは伝わってきていたし、ウォーレンとの話が流れても、別の誰かに同じ話が行くだけだ。


 それくらいなら、自分が彼女を守りたいと思ったのは本当だ。オーレリアは大事な友人だし、彼女の道行きに蔓延る枝葉を多少なりとも落とせるならとも思った。


 けれど、思った以上にオーレリアが婚約者になってくれたことが嬉しくて……自分でも気持ちを持て余してしまう。


 そんなことを考えているうちに胃の辺りにあったどんよりとした感覚は薄れていて、厨房から漂ってくる懐かしい香りに、現金にも腹がぐうと鳴る。最後に立ち寄った冒険者ギルドではお茶を貰っただけなので、思ったより空腹だったようだ。


 出てきたのは柔らかく煮込まれたチキンスープで、子供の頃から体調がよくない日はモニカがよく作ってくれたものだった。今日は生姜がよく効いている味付けで、スプーンで掬ってゆっくりと味わっていると、腹の奥からぽかぽかと温かくなってくる。


 グレミリオン侯爵邸は、使用人の数がとても少ない。管理人としてトーマスとモニカの夫婦を置いていて、あとは裏に広がる庭の整備に庭師と、一応貴族の屋敷ということもあり、馬の世話をする者が一人ずついるだけだ。


 庶民であり専門の教育を受けていないトーマスとモニカは執事や侍女を名乗れる立場ではない。本来なら貴族として専任にそういう者を雇わねばならないが、望まぬ貴族の地位を与えられたという反発で、ずっと放置していたものだ。


 伯爵までは、上は大領地を持ち侯爵や公爵よりも裕福な家もあれば、下は領地の収入だけで細々と続いている、男爵家より倹しい家もあり様々ではあるが、侯爵ともなれば相応の形式を求められる場も増えてくるだろう。


 王家の姫を妻に迎えるのにもちょうどいいという理由での陞爵だったのだろうけれど、先手を打って婚約を発表したため縁談から逃げることはできても、陞爵までは断り切れなかった。

 変わっていかねばならないかもしれないと思う反面、望んで受けた爵位ではないという気持ちもあり、どうにも前向きになれないままだ。


「うん、美味しいよ」

「ようございました。足りないようでしたら他の料理もお作りしますが」

「いや、これで十分だ」


 スープには芋も肉も入っているし、それなりに食べ応えがある。ゆっくりと咀嚼していると、モニカはほう、と頬に手を当てて息を吐いた。


「お坊ちゃま、相変わらず食が細くていらっしゃるのですね」

「普段はもうちょっと食べているよ。最近は忙しくて胃が負けているだけだから」


 冒険者は体が資本だし、偏食ではダンジョンの中は生き抜けない。実際、探索中は地上にいるときの倍は食べているしそれで腹が痛むこともない。


 生きやすく快適なはずの地上より、過酷な探索中のほうが肉体的には健康でいられるというのも、皮肉な話だ。


「デザートに焼き林檎があるのですが、それだけでもおあがりください」


 それも、子供の頃体調を崩したらよく作ってくれたものだ。

 モニカにとってはいつまでも、自分は小さな子供に見えるらしい。


「わかった、もらうよ」


 傍にいるトーマスも、少しほっとしたような表情をしている。


 エディアカランの踏破者であっても、子供の頃から世話になっている相手には中々勝てるものではないし、困ったものだと思いながら案外そういう扱いが嫌ではないというのも、事実ではあった。


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― 新着の感想 ―
「捨てられ公爵夫人」と同じ著者なのに、話しの展開が遅すぎだしダラダラしてるのはなぜ?ウォーレンの心理描写になると、いきなり打たれ弱い小者になるからガッカリしてしまう。
感想欄が開放されてる!第一章の完結と二章開始、おめでとうございますありがとうございます! かっこわるく後出しジャンケンしますと一章後半、もしかして?こうなるかな?とつい予想して外れたり当たったりしまし…
ウォーレンの目線の話を読むと、この人を利用したり傷つける必要がない人達と一緒に生きられたらいいのにって歯がゆくなりますね… いまの騒ぎが落ち着いて、オーレリアとゆっくり過ごせる時間が増えたらいいな。
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