81.パレードと秋の空
第二章の始まりです。お付き合いいただけると嬉しいです。
王都が本格的な秋になった頃、それまでじわじわと上がっていた王都の熱気は最高潮に達していた。
王都中央区の大通り沿いにある四階のバルコニーから見下ろすパレードは壮観の一言だ。同じように通り沿いにある建物の窓から花吹雪が散らされ、よく晴れた秋の青空から雪が降っているような不思議な気分にさせられる。
「あ、来ましたよ」
アリアの声に王城の門の方角に視線を向ける。大通りの両脇は文字通り人で埋まっていて、警備の兵士が両脇をしっかりと固めていた。
管楽が高らかに鳴り響き、煌びやかに装飾された馬の曳くフロートが姿を現すと、通りに詰めかけた人々の歓声が一際大きなものになる。
王都のダンジョンであるエディアカランの二十年ぶりの完全踏破が正式に認定されたのは先週のことで、そこから勲章の授与、踏破した冒険者パーティのリーダーと副リーダーへの叙任、褒章の授与と王都の新聞は一日三回は号外を出すのが日常になっていた。王都だけでなく国内外の関心も非常に高く、周辺の都市や国を跨いでの観光客が押し寄せ、王都には本格的に人が溢れ返るようになった。
フロートの上には、見慣れた黄金の麦穂のメンバーが揃っていて、熱狂的な歓声に笑顔で手を振っている。正式なパレードということもあり、見慣れたカジュアルな服ではなく、今日は全員が正装をまとっていた。
個人的によく言葉を交わす相手で、すでに良き友人と呼べるような人たちなのに、こうして見るとまるで違う人を見ているような気がする。
「南部大豪商の出身で知略に長けたリーダーのライアン、大型の魔物と大剣で対峙する剛腕戦士エリオット、炎を自在に操り精密な飛び道具で敵を翻弄する紅蓮の魔女ジーナ、豊富な魔力を持つ水魔法使いであり、あらゆる知識に精通した碩学の乙女ジェシカ、全ての罠を看破し指先で解除していくパーティの柱である英知アルフレッド。――そして悲劇の廃王子、グレミリオン卿。新聞社もここぞとばかりに煽るので、この熱気はしばらく収まりそうもないわね」
今朝の新聞を開きながら、レオナがすこし憂鬱げに呟く。
廃王子という言葉は、ウォーレンを表す時によく使われる言葉だ。彼が過去に王族の一人であったことはある程度認知されているらしかったけれど、今回の功績で改めて人の口に上るようになったらしい。
オーレリアの周辺も、あのウォーレンの新たな婚約者とはどのような人物かと探りを入れられるようになったものの、事業の表には王都でも顔の広いウィンハルト家のアリアが立っていてオーレリアは表に出ないので、今のところ大きな問題に発展はしていない。
ただ、しばらく黄金の麦穂のメンバーはエディアカラン踏破の英雄として多忙なため、オーレリアの護衛を頼める状況でもなく、今は再びウィンハルト家の居候に逆戻りしている。
このバルコニーもアリアとレオナに招待されなければ、到底座ることの出来なかった席だ。アリアとは普段は気安く名前で呼び合い、レオナにも大変お世話になっているけれど、時々こうして本来ならば自分とは住む世界が違うほどすごい出自の人々なのだと思う瞬間もある。
フロートがゆっくりと近づいてきて、その周辺を警護している兵士の足音と管楽隊のラッパの音が一際大きく響く。タイミングよく吹いた風にばらまかれる紙吹雪が舞い上がり、わあっ、と大きな歓声があがった。
「あちこちに風魔法使いを配置してますね。時々キラキラと輝いているのは水魔法ですね」
「あ、そういう魔法の使い方もあるんですね」
アリアの言葉に少し驚くと、アリアは笑って頷いた。
「繊細な調整ができる水魔法使いや風魔法使いは、舞台とかパレードとか、そちらの裏方で身を立てている人も多いですよ。大劇場ではクライマックスに薄くて長い布を風魔法で盛大にはためかせる演出が流行していた時期がありますし」
「ああいう演出って、派手でいいと評価される時と、大袈裟すぎて却ってみっともないって酷評される時期が交互に来たりするのよね。今はどちらが流行りなのかしら」
「今度大きな舞台があったら行ってみましょうか。オーレリアも一緒に。ウィンハルト家の所有するボックスがあるので」
「お母様が王都に滞在している時は時々付き合わされたけれど、最近はあまり利用していないから、たまには顔を出さないと劇場側にも悪いわよねえ」
「はい、ぜひ」
二人の言葉に返事をしながらも、視線は地上のパレードに釘付けになってしまう。
東部出身のオーレリアにとって王都は巨大で洗練された都市であるし、前世の記憶を思い出してもここまで人が集って熱狂に声を上げている場面は思い出すことができない。この世界の、さらに王都のパレードだからこそ見ることのできる光景だ。
バルコニーは四階だし、フロートに乗っているとはいえメンバーからはかなり離れている。これだけの群衆の中で一人一人を見分けることは難しいと分かっているけれど、ふと、ウォーレンと視線が合った。
彼はそれまで浮かべていた笑顔とは少し違う、ぱっと明るい笑みを浮かべると、手を振ってくれる。それに手を振り返していると、キャア! と甲高い悲鳴が周囲から上がった。
「グレミリオン卿、こちらに手を振ってくださったわ!」
「いやだわ、目が合ってしまったわ!」
バルコニーには多くの席があり、着飾った貴族や裕福な商家の女性がいる。彼女たちはそれぞれ自分と目が合った、手を振ってくれたと言い合っていて、そっと上げていた手を下ろす。
――さすがに、この距離では視線は合わないわよね。
オーレリアも目が合ったので手を振ってくれたのだと思ったけれど、流石に少々、自意識過剰だった気がして恥ずかしくも反省する。
ウォーレンはあまり華やかな場が好きではないのだという。先日会った時も今日のパレードが憂鬱だと言っていて、アリアたちと見に行く約束をしていると伝えるとへにゃりと笑われてしまった。
「オーレリアさんが見ているなら、ちゃんと立派な「黄金の麦穂」をしないとだね」
「またさん付けになっていますよ」
正式に婚約者になったのだから、もしかしたらお互いの関係者と顔を合わせる機会もあるかもしれない。その時偽装であるとバレないように、普段からもう少し距離の近い言葉を使うようにしようと決めたのに、知り合ってからこちらずっとお互い丁寧語だったので、油断するとすぐに元に戻ってしまう。
かく言うオーレリアも、ウォーレンを呼び捨てにするのはまだ全然慣れていない。
「あ、オーレリア。……だめだなあ、すぐ元にもどってしまう。オーレリア、オーレリア、オーレリア」
「……はい」
その復唱は練習であって、自分が呼ばれたわけではないと分かっているのに、繰り返されるとなんだか気恥ずかしくて、小さく返事をしてしまう。
「あ……ええと、オーレリアさ……オーレリアも、俺の名前、呼んでみてくだ……くれるかな」
一人で練習しているのが恥ずかしくなったらしく、照れたようにウォーレンに言われてしまった。この流れでそれは少しハードルが高いと思いつつ、誰の前でもとっさに婚約者らしい態度が取れるように、確かに練習は必要だろう。
「……ウォーレン」
「はい……」
「……さん」
「オーレリアさん……」
かぁ、と頬も耳も、熱くなってしまう。さり気なく、自然に、当たり前のようにそう呼べるようになりたいし、その必要があると分かっていても、改まって声に出すと、なんとも難しいものだ。
「……まあ、おいおい慣れていけばいいですよね」
「ですね、おいおい」
「はい」
そんな会話を思い出して、また少し、頬が熱くなった。
「オーレリア、顔が赤いですが、暑いですか?」
「いえ……ビールを飲み過ぎてしまったかもしれません」
「オーレリアはお酒に強いのに、珍しいですね」
アリアに笑われて笑い返し、誤魔化すようにテーブルに置かれた水のグラスに手を伸ばす。
アリアとも呼び捨てにし合うことになった最初の頃はそれなりに元の呼びかけが混じっていたけれど、今は自然に呼び合えるようになった。
ウォーレンともいずれそうなるだろう。
――ウォーレンさんの前では、赤くならないようにしないと。
ウォーレンは契約上の婚約者であり、大切な友人である。
彼を守りたいし、彼も自分を助けたいと言ってくれた。
煩わせるようなことはしたくないし、間違ってもそんな状況にならないようにしようと、内心で戒めるオーレリアをよそに、パレードの賑やかさは果てを知らぬように、秋の空に響き渡っていた。
某アミューズメントパークのパレード、一度くらい見に行きたいと思いつつ、どんどん初心者にはハードルが高くなってしまいました。




