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転生付与術師オーレリアの難儀な婚約  作者: カレヤタミエ


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69.資金と個人的なお誘い

「できれば、若い冒険者のためにもう少し安価なものも欲しいのだけれど、これ以上は難しいのよね?」


 仕様書を改めて眺めながら尋ねるエレノアに、アリアはきっぱりと難しいです、と告げた。


「一般の女性が花の時期に服を汚すことなく過ごすだけなら機能を絞った廉価版で十分ですが、常に動き回り休息の時間に交換し、臭いも外に漏らさない冒険者仕様だと、どうしても付与をフルに乗せたものが必要になるので、高価版と同じ仕様になってしまいます。素材の質も落としたくありませんし、それでも量産を前提に、現在冒険者が購入している価格の五分の一程度まで下げた価格です。設備投資や仕入れ、付与術師への報酬と人件費を考えると、ギリギリの価格設定です」


 オーレリアだけなら、本の付与は一日五十冊から六十冊ほど行っていたので、吸収帯さえ安定して供給されていればもっと量産を行うことはできるし、価格を下げても赤字になることはないだろう。


 けれど、事業として行うならばそれでは駄目だとアリアにしっかりと言い含められていた。


 拠点を手に入れても維持費は継続的に必要になるし、今は元婚約者であるアルバートを警戒しているという理由もあるが、オーレリアには護衛が二人ついているので彼女たちに報酬を支払わなければならない。


 図書館のアルバイトとエアコンの発注である程度資金を貯めることができたと思っていたが、何かと物入りであり、その程度の貯蓄はあっという間に吹き飛んでいく。


 人を集めるのも信頼できる人を雇うのも、安定して雇用を続けるのも全てお金が必要だ。感情で一時安くするのは、結局誰のためにもなりませんよ、と折に触れてアリアは教えてくれた。


「そう。――確かに、付与を四つ乗せているのだもの、これ以上価格に関しては無理は言えないわね」

「購入するときにギルドから補助を出すってわけにはいかないの? 駆け出しの最初の一年間は購入した金額の何割はギルドが補助する、みたいなさ」

「それだと転売で悪用する人が出るかもしれないので、購入数には上限を設けなければなりませんね。月に何回以上探索している実績のある冒険者であると証明されてからのほうがいいでしょうし」


 ジーナとジェシカの言葉に、エレノアは仕様書を半ば睨みながら、そうねえ、と細く息を吐いた。


「それについてはギルド長とも話し合わなければならないけれど、男性だけ、女性だけの補助には何かと苦情も出やすいのよね。――まあ、何とかするしかないのだけれど」

「初期はこの価格から下げることは難しいですが、設備投資と人員の配置が済んで事業がある程度以上の規模になれば、価格の見直しはできると思います。これは一気に広がると思うので、そうお待たせすることはないと思いますよ」


 アリアは貴族らしい、涼し気な笑みを浮かべて言った。


「いずれ、これは王都を飛び出して各都市でも販売されるようになると思います。いえ、必ずなります。その時、各地に支部のある冒険者ギルドに協力していただけるなら、こんなに心強いことはありませんわ」

「そうね。……よければ、量産体勢はうちが協力しても良いけれど、どうかしら。拠点が決まるのも時間が掛かったと耳に挟んだわ。王都は今人が押し寄せている状態だし、長く継続的に売れるものなのだから、今は資金より時間を優先したほうがいいのではなくて?」


 よければ我が家から出資しましょうか? とやや圧強めに言うエレノアに、アリアは一歩も引かず首を横に振った。


「いいえ、お気遣いはありがたいですが、拠点に関しては信頼できる筋から購入したかっただけで、資金が不足しているわけではないのです」


 王都の物件が高騰しているとはいえ、物件自体は全くないわけではなかった。値段さえ度外視してしまえば条件を満たす物件もそれなりに見つけることはできたのだ。


 だがレオナに――ウィンハルトに出資の増額を依頼するのは最終手段であるというのは、オーレリアとアリアの二人で決めたことだ。


 出資を受けるということは、口を出す権利を与えることと同じであり、金額が大きくなるほどその権限も強くなる。アリアの実家であるウィンハルト家でも、それは変わらないし、まして他家や他の商会には極力出資を受けないことにしている。


「確かに遠回りはしましたが、そのおかげで黄金の麦穂と知己を得ましたし、ジーナとジェシカという心強い護衛をお願いすることもできました。この結果に私たちも満足しているのです」

「そう。困ることがあったら、いつでも声をかけてちょうだい。私の実家の力を借りてでも、なんとかしてあげるわ」

「感謝いたします、エレノア様」


 美しくも少々威圧的に感じるエレノアに対して敬意を示しつつ、一歩も引かないアリアはしみじみとかっこよかった。


「オーレリアさんからは、何か私に聞きたいことはあるかしら?」


 ナプキンの仕様については書面で提示したし、金額についても妥当であると了承をえた。基本的な交渉はアリアがしてくれるので、アリアが営業ならばオーレリアは商会の名前を背負っているものの、どちらかと言えば裏方の技術者に近い立場だ。


「ええと、いずれということになりますが、ナプキンの事業が少し落ち着いたら、冒険者の方で他に困ることがないか、色々とお話を聞かせてもらえたら嬉しいです」

「困ること?」

「たとえば、エディアカランは水気の多い場所が多いと聞いているので、ブーツや外套に水を弾く付与があれば便利だとか、体を温めるためや煮炊きのためといった、こういうものがあれば過ごしやすい、というものをお聞きしたいです」


 王都の繁栄には間違いなく、ダンジョンからの恵みが一定以上寄与している。

 その根幹を支えているのが探索を行っている冒険者たちだ。


 探索は危険で、それなりに怪我をしたり、帰らぬ者もいるのだと聞く。その分地道な仕事より実入りはいいので、裕福ではない若者がお金を稼ぐために冒険者になることも多いけれど、あまり長くできる仕事でもない。


 自分に大それたことができるとは思えないけれど、ナプキンがそうであるように、そうした人たちを少しだけ支えるものを作っていけたらいいと思う。


「そんなことなら、いつでも時間を作りますよ。ふふ、オーレリアさん。よければ今度、個人的にお茶をしましょうか。私は冒険者の経験はないけれど、ずっと冒険者になりたかったから、娘時代から元冒険者の護衛から色々な話を聞いたり、自分でも調べたりしていたの。それが高じてこの立場になってしまったので、知識だけはあるつもりよ」

「はい、ぜひ」

「あ……っ」


 笑って頷いたオーレリアの隣で、アリアが声を上げかけたけれど、すぐにこほん、と咳払いをした。


「その折は、是非私も同席させてくださいね、エレノア様」


 微笑みながら言うアリアに、エレノアは優雅に、彼女の姉であるレオナを彷彿とさせる、非常に貴族的な笑みを浮かべて言った。


「勿論、二人を心から歓待するわ。とても魅力的な方であることはよく分かったけれど、あなたのパートナーを横からかっさらうようなことは決してしないわ、安心なさって、アリアさん」

「まあ、エレノア様、ご冗談がお上手ですね」


 ほほ、と笑い合う二人をよそに、ジーナはドアの傍に立っていた職員にお茶のお代わりある? と聞き、ジェシカは頬に手を当てて、あらあら、と笑っていた。




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