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転生付与術師オーレリアの難儀な婚約  作者: カレヤタミエ


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68.冒険者ギルド副長との面談

 応接室は思ったよりかなり広く、内装も立派だった。天井からは塔結石を使ったシャンデリアが下がっており、絨毯はふかふかで、出されたお茶のカップはウィンハルト家で使われているものと遜色のない、美しい装飾が描かれたものだ。


「副ギルド長、一番いい応接室を用意してくれたんだなぁ」

「アリアさんもいるのですし、オーレリアさんの活躍からすれば、それはそうですよ」

「応接室が広いと聞き耳を立てにくいってメリットもありますからね。商売を始める前の相手とのお話に使うなら、広い部屋に越したことはないんですよ」


 緊張に少し息苦しくなってきたオーレリアとは対照的に、アリアも、そして冒険者であるジーナもジェシカも明るい口調で話をしている。


 自分が緊張しすぎなのだろうかと思うものの、かといって気楽になれるかというと無理そうだ。コルセットをつけていなければ、緊張感で背中が曲がっていたかもしれない。


 その日、拠点で昼食を摂った後ジーナとジェシカと共に出かけ、東区の冒険者ギルド前でアリアと落ち合った後、この応接室に通された。


 これまで女性冒険者へのナプキンの普及の窓口になってくれていたロゼッタが深層に挑み長期間留守にすることと、需要が増えてきたこともありそろそろロゼッタを介した販売では間に合わなくなってきたこともあり、ロゼッタから正式にギルドを通して商品として販売したらどうだろうと告げられた。


 冒険者ギルドはギルド内に冒険者が必要とする物品を販売するスペースを設けており、そこに現在進めている三枚一組のスターターセットを置かせてもらえないかと打診したところ、今日の面談になったというなりゆきだ。


「普段なら商品を提出して審査を受けて、現在取り扱いのある商品と価格や性能を比べて審査されるという流れなんですよ」

「そうなんですね……」


 今回持ち込んだナプキンは、前例のない商品だからということなのかもしれない。緊張に渇いた口の中を潤そうと紅茶に口をつけたものの、味もろくに分からなかった。


 やがて、重厚な二枚扉が左右に開き、アリアがすっと立ち上がるのに慌てて倣う。


 入ってきたのはゆるやかに波打つアッシュグレイの髪を後ろでまとめた、背の高い美しい女性だった。年頃は三十代半ばほどだろうか。貴族的というのとはまた違う、自信のある立ち振る舞いが優雅に感じられる雰囲気を持っている。


「あら、黄金の麦穂の女性冒険者もお供で来ていたの?」

「あたしらはしばらくこの二人の護衛に雇われてるのさ。エレノア、こちらはオーレリア・フスクス。もう知っているだろうけど女冒険者の間で出回っているナプキンを作っている付与術師だ。隣はオーレリアのビジネスのパートナーでアリア・ウィンハルト。オーレリアさん、アリアさん、こっちはエレノア・ローズ。冒険者ギルドの副長だよ」


「は、はじめまして!」

「お目にかかれて光栄です」

「エレノアです。今日はご足労いただいてありがとうございます。アリア嬢、いえ、アリアさんはお久しぶりですね」

「ご無沙汰しています、エレノア様。どうぞ本日はよろしくお願いいたします」


 エレノアはほほ、と上品に笑うと、オーレリアに明るい緑の瞳を向け、微笑んで右手を差し出してくる。


「オーレリアさん、はじめまして。この度は有用な品をありがとうございます。あなたには一度お会いしてみたかったから、それが叶ってとても嬉しいですわ」

「こちらこそ、お会いできて光栄です」


 どうやら、アリアとエレノアは既知の仲らしい。それならばどういう人となりか聞いておきたかったのにとちらりとアリアを見るのに、目が合うとアリアは悪戯っぽく笑っただけだった。


 改めてソファに座ると、制服を着た職員が新たにお茶を淹れてくれる。


「ふふ、ロゼッタが中々あなたを紹介してくれないから、そろそろ押しかけようかと思っていたの。先日ギルドに足を運んだと聞いて、ちょうどその時私は外出中でね。とても残念だったわ」

「オーレリアにはそれだと逆効果だと思ったんだろうな。急にエレノアが訪ねてきたら、驚いて話もできないよね?」

「あ、はい。いえ、あの」

「ジーナもロゼッタも、私を猛獣かなにかだと思っているのかしら? 取って食いやしないわよ」

「その前に味見で齧るくらいのことはしそうだから――おっと、今のは無し」


 ちらりとエレノアに睨まれて、ジーナは誤魔化すように出されたお茶菓子を摘んでいる。その隣でジェシカはあいかわらずおっとりと「このお菓子美味しいですねえ」と微笑んでいた。


「当該の商品に関しては、貴族のご婦人の使いから外部の者でも買えるようにと何度も問い合わせが来ていて、ギルドとしても対応に追われていたのよ。お話をする必要があると思うのは当然でしょう」


 現在ジーナとジェシカがオーレリアの護衛をしてくれているように、女性冒険者は探索の合間や引退後などに裕福な女性の護衛になることは珍しくないのだという。


 特に貴族の女性は、有望な才能を持つ者の後援、投資を行うことが多いので、希望されて購入の問い合わせする者がいるということは、アリアからも説明されていた。

「やっと正式に商品として取り扱えることになって、ほっとしているのよ」

「お手数をおかけして、すみません。その、ご迷惑でなければエレノア様に、こちらをお渡ししてもよろしいでしょうか」


 差し出したのは、開発が進んでいるスターターセットの色違いを籠に詰めた五種のセットである。複数のセットがあるのはサンプルという意味もあるが、好きな柄を選べるようにという意図と、身分の高い人には広めてもらえるように数を渡したほうがいいというアリアの提案もある。


「こちらの白い布を使っているものは、一般の方にも手に取っていただけるようある程度機能を制限してその分安価にしたものです。この色柄の布を使ったものは、貴族や余裕のある方々に向けた機能が全て乗ったもので、真ん中の無地の色布を使っているのは、現在冒険者に使ってもらっているものと同じものです。こちらは商品の仕様書になります」

「見せてもらうわね。――もう商品の差別化もしているのね。とても分かりやすいし、管理する側も一目で違いが分かって便利だわ」


 感心したようにエレノアは頷いて、目を細めて微笑む。


「その点はウィンハルト家……アリアさんがついているなら問題ないでしょうね」

「恐縮ですわ」


 エレノアはしかりと仕様書に目を通し、うん、と頷く。


「数はどれくらい供給できそうなのかしら」

「ひとまず週に百二十枚、三枚ワンセットで四十セットを予定しています」

「付与による製品なら、買い替えも必要になるのよね? 需要も高いでしょうし、最初の半年は倍にならないかしら?」

「現在生産体制を整えている状態なので、時間が経つほど大量に生産できるようになるはずですが、現時点では難しいです。冬まで準備期間を頂けるなら、その間に生産を進める形もとれますが」

「そう……では、販売ブースでの取り扱いは後にまわして、冒険者へ行き渡るのを優先したほうがいいわね」


 ギルドと契約して規定数を納め、冒険者はギルドから購入し、余剰分をギルド内にある売店で外部の者でも購入できる形にする予定だが、当面は売店の分まで残らないだろうというのがエレノアの予想らしい。


「あの、そんなに数が出るものでしょうか」


 週に四十セット、月に約百六十セットの納品は、オーレリア一人でもある程度余裕をもって付与できる数である。


 王都の女性冒険者が何人いるかは知らないけれど、ある程度行き渡るのにそれほど時間が掛かるとは思っていなかった。


「現在、ロゼッタのパーティが下層への挑戦の準備をしているのは、ご存じですね?」

「はい、それは勿論」

「彼女のパーティは全員が女性で、冒険者パーティでも珍しい編成をしています。すでにシルバークラスでとても優秀な彼女たちですら、深層への探索にはずっと慎重なスタンスだったんです。彼女たちに限らず女性冒険者にとって、花の時期は大きな枷のひとつでした」


 それにも頷く。


 痛みや不快感といった体調不良だけでなく、衛生面の問題、匂いの問題など、花の時期は女性冒険者が長く探索することに大きな障壁になっていたというのは、ロゼッタやその相棒であるノーラからも繰り返し教えてもらったことだ。


「女性冒険者の中には挑戦のために、あるいは稼ぐために薬を飲んで花の時期を絶つ者も、決して少なくはないの。熟練の冒険者ほど、その傾向が強いわ」


 花の時期を止めるための薬が、この世界には存在しているらしい。

 そんなに便利な物がすでにあるなら、それこそ一般にも普及していてもおかしくないのではないかと思っていると、ジーナがはぁ、とため息をついた。


「あたしたちもギリギリまで使おうかどうか、迷ったよねえ」

「ですねえ……私は構わなかったのですが、やはり皆の強い反対を受けましたし、黄金の麦穂は無理な探索は決行しない方針なので、服用しませんでした」

「あの、その薬は、強い副作用があるのでしょうか?」


 オーレリアの問いに、ジーナとジェシカは困ったように微笑んだ。


「効果は覿面だが、一度飲んじまうと二度と花の時期は戻らないんだ」

「冒険者はそれほど長くできる仕事ではありませんし、女性ならなおのことですので」

「あ……」


 二度と花の時期は訪れることはない。つまり、子供を望むことができなくなるということだ。


「ギルドでも特に若い女性冒険者には早計に判断しないように呼び掛けてます。若い子ほど将来を見据えずに無茶な選択をしようとするので、特に二十五歳以下の冒険者にはほぼ販売はしていない状態ですね。それでも、裏で怪しげな商人から購入する人がいなくなることはありませんが」

「そうなんですね……」


 そんな選択をしてしまうほど、花の時期は彼女たちにとって重たい足枷なのだろう。

 エレノアは紅茶を傾けて、重たい声で言った。


「最下層が攻略されて、有名なパーティが王都から離れる一方で、これまで実力はあっても体の問題で深層への挑戦に足踏みしていた女性冒険者が進出してくれれば、ギルドとしてもとても助かるという事情もあります。――それだけではなく、自分の体を損なうことなく実力に見合った結果を出せるようになる、そうなってほしいと思っているわ」


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