66.拠点と護衛と奇妙な縁
「ジェシカはアルフレッドとは別の意味でめちゃくちゃ頭がよくってさ。探索中もジェシカの知識によく助けられるんだよ。狼避けや野営地の選定、毒のある植物やダンジョン内の食べられる生き物なんかも詳しくてね」
ほおー、と感心してアリアと共にジェシカに視線を向けると、当のジェシカは困ったように頬に手を当てて苦笑する。
「私は水魔法が使える以外は体力はギリギリ人並みくらいで、探索中も気になることがあると足を止めがちなので、あまり他のパーティに欲しがられない魔法使いでしたし、かといって一人で探索なんて無謀ですから、このパーティに入れていただいてとても助かったのですわ。それを言ったらジーナの斥候にはいつも助けられていますし、ライアンは統率役として皆を引っ張ってくれますし、ウォーレンは前衛としてとても心強いですし、エリオットは大剣と盾を振り回すくらいとても力がありますし、アルのお陰で安心して食事をしたり活動費の相談ができていますし」
「バランスのいいパーティなんですね」
アリアが納得したように頷くと、ジーナはあぁー、と腕を天井に突き上げて伸びをする。
「ダンジョンの話をしたら、潜りたくなってきたけど、次に機会あんのかなあ」
活動を休止し、拠点も売ってしまう予定らしいので、再開のめどは立っていないのだろう。それはオーレリアの友人が王都に戻ってこないこととも、多分深く関わっている。
誰もそれについて、詳しい話をしようとしないのでオーレリアもなんとなく聞きそびれているままだ。どんな事情があっても、時間が掛かっても帰ってくると言っていた言葉を信じて、いつか会える日を待つしかないのだろう。
離れてみれば、もっと色んな話をしたかったし、美味しいものをたくさん食べに行きたかったと小さな後悔が降り積もる。何か面白いものを見た時、嬉しいことがあった時、お酒を飲みながら話ができればとても楽しかっただろうにと思い出してしまう。
しんみりとしながらカップの中身を干すと、ジーナは伸ばした手を頭の後ろで組んで背中を反らす。椅子が傾いてギイギイと音を立てているけれどそのバランスは安定していて、まったく危なげを感じさせなかった。
「まあ、どのみちこの拠点が売れたらあたしらは王都から出るつもり。今の王都は宿も取りにくいし、黄金の麦穂以外で王都にこだわる理由はないしね」
「私は王立図書館があるので、できれば王都から離れたくはないのですが、まあ、仕方ないですね」
「王立図書館を利用されているんですね。私も少し前まで勤めていたんです。もしかしたらすれ違ったりしていたかもしれませんね」
王立図書館でアルバイトをしていた時は、その時間のほとんどを作業部屋で過ごしていたけれど、昼食時に食堂を利用する時や書架に連絡がある時は時々中を移動することもあった。おかげであまり好ましくない利用者に絡まれたりすることもあったけれど、司書は皆優しかったし館長のジャスティンにはとてもお世話になって、楽しい職場だった。
「あら、では、夏の盛りにとても涼しかったのはご存じですか? 今年の夏は本当に過ごしやすくて、ついつい長居してしまいました」
「エアコンですね。これから王都では広がっていくと思いますよ」
どうやら本当に気に入っていたらしく、アリアの言葉にジェシカはまあ、と嬉しそうな様子だった。
「ギルドに入ると冒険者が帰らなくなってしまいそうですね」
「そんなに快適なの? ダンジョンのあの湿気に比べたら地上なんて過ごしやすいもんだし、夏なんて暑いのが当たり前じゃない?」
「ふふ、一度味わったらジーナも動かなくなってしまうと思いますよ」
「ま、そんなにいい物なら自然と広がるだろうから、いつか涼しい夏っていうのも感じてみたいけど、どのみち、これから先は寒くなる一方だしね。ああ、そうだ。この拠点を気に入ってくれたなら、移動は秋の終わりくらいまで待ってくれるかな? 雪が降る前の、あたしらの移動が難しくなる前くらいだとありがたいんだけど」
これ以上の条件の物件は見つかりそうもないし、購入の条件としても申し分ない。オーレリアの気持ちはすでに決まっているが、アリアはどうだろうと目を向けると、口元を微かに綻ばせて頷いてくれた。
「それは勿論構いません。私たちの事業もこの冬の間は準備期間だと思っていますので。ところでお二人は、次のお仕事はもう決まっているんですか?」
「いや、色々あって懐は温かいし、この拠点の売り上げの分配もあるから、冬の間はのんびりして、春になったら改めてパーティのメンバーと相談することになると思う。あたしたちが移動するのは、この子はここに住んでるけど、他のメンバーは自分の家があるからっていうのもあるし」
それだとオーレリアたちが居住地を奪ってしまうことになるのではないかと思っていると、あ、大丈夫だよと笑われる。
「元々ここはメンバーが集まって話し合いをしたり武器や防具や、すぐに換金できないアイテムを保管したり仮眠したりするために買ったものなんだけど、あたしたちが勝手に住み着いちゃっただけだから」
「宿だと本がそんなに置けませんから、ここに置かせてもらっているうちに住み着いてしまって」
本はそれなりに高価なものだし、魔法使いとはいえ戦闘職ではないジェシカ一人では何かと物騒だろうということでジーナも通っているうちに住み着いて、今の状態になっていたらしい。
その本は売るか私設図書館に寄付するか、どちらかになるだろうということだった。
「本は高価ですし、これだけ揃えてあると、思い入れも強いのでは?」
「そうですね。でも必要な部分は全て覚えましたし、冒険者は身軽な方がいいというのは、私の師匠の教えでもありましたので、覚悟はできています」
同じ本好きのアリアには、蔵書を手放す選択は辛いものなのだろう。
「あの、お二人に次のお仕事が決まっていなくて、王都から離れる理由が住居の問題だけならば、よければしばらく私たちの事業の護衛をしませんか?」
「護衛?」
「はい、私はともかくオーレリアには当面、日常にそばにいる人がいると、とても助かるんです。ずっと我が家にいてくれると嬉しいんですけど、オーレリアにはそれも気詰まりでしょうし、かといって、特に夜間は一人にしたくないんです」
「アリア……」
確かに、部屋を用意してもらったとはいえ貴族の家であるウィンハルト家にいつまでも居候させてもらっているのは気が引ける。
かといってアルバートのことが決着するまでは鷹のくちばし亭に戻ることも憚られるし、拠点すら見つけられなかった状態で住居用の部屋を見つけるのも難しいだろう。
アリアは拠点と住居を一緒にするのは反対の立場だったけれど、この拠点には個室がたくさんあることだし、実際に事業が回り始めるまで居住することもこっそりと視野にいれていたのでアリアの提案はオーレリアにとっても渡りに船だった。
「今は状況が目まぐるしく変わるので、四六時中警備というより外出時と夜間の拠点を守ってくれる人がいると助かるんですけど。オーレリアはどうですか?」
確かに、今後オーレリアが自宅を持ってそこに望まぬ来客があったとき、一人で対応できる自信はない。
傍に誰かがいてくれれば――それが冒険者なら、とても心強いだろう。
「はい、私も是非お願いしたいです!」
「住み込みの護衛ということになりますから、部屋は今のまま使っていただいて、一階は商会の窓口になるので本は二階の一室を使って図書室のようにすればいいと思います。私の本も少し置かせてもらえると嬉しいですね。ゴールドランクのパーティの冒険者お二人に仕事を依頼するのには依頼料は少し安くなってしまうかもしれませんが、そちらもできる限り頑張らせていただきますので」
「どのみちこの冬は丸々休むつもりだったから、移動しなくていいならあたしは楽でいいな。ジェシカは?」
「もうしばらくここで暮らせるなら、文句なんてありませんわ」
「んじゃ、決まりだ」
ぱん、とジーナとジェシカは宙で手を合わせ、それからアリアに右手を差し出してくる。
「よろしく、アリアさん、オーレリアさん」
「一緒にいる時間も増えるでしょうし、私のことはアリアと呼んでください」
「私も、オーレリアと」
「じゃ、あたしたちのことも名前で呼んで。ね、ジェシカ」
「はい、是非」
「じゃ、改めて乾杯だ!」
新しい瓶を開けてそれぞれのカップにビールを注ぐ。それを軽く合わせて、なんとなく全員で笑い合った。
「拠点も決まりましたし、忙しくなりますよ、オーレリア」
「はい、がんばります、アリア」
「冬の間に内装に手を入れて、オーレリアの作業場も整えてしまいましょう。内装のスタイルも決めなければいけませんね」
路地裏でうずくまっていたウォーレンに声を掛けたのが縁で、拠点と護衛まで手に入ってしまうとは、面白くも奇妙な縁だった。
いつかここで、彼も交えてまさかこんなことになるとは思わなかったと笑いながらビールを飲む日も来るだろうか。
――来るといいな。
それがいつになるかは分からないけれど、毎日忙しくしていれば、案外すぐにやってくるかもしれない。
なぜか66話が更新されていませんでした……。




