54.お茶会と事前の根回し
「来週から、週末はあちこちのお茶会に顔を出して、事業を立ち上げる前の根回しを始めます。なので、しばらくオーレリアと会えるのは平日になりますね」
新しくお茶を淹れ直してもらい、温かいハーブティに口をつけながら、改まってアリアが言った。
「お茶会ですか?」
「はい、簡単に言うと女性が主催して女性客を招いて、お茶を飲んでお菓子を摘みながら時事問題や芸術、噂話といったお喋りを楽しむ会ですね」
アリアの説明によると、主催するのは貴族や裕福な商人の妻や娘といった女性であり、誰を誘ったか、誰が参加したかなどでその家の立ち位置を計ることにもなる、重要な社交の場でもあるのだという。
多くの場合は近い階級と年齢で集まるけれど、時々その枠を抜けて個人的な友人やごく狭い内輪で催すこともあるらしい。
そうした場は結婚相手を探したり、投資や表には出ない噂話など、女性にとって重要な情報交換の場所でもあるのだそうだ。
以前から、ナプキンを売るならまずお金を持っている女性、現状の顧客である冒険者として稼いでいる者以外なら、貴族や富裕層の女性をメインに広めていこうという話はしていた。そこで好評を得れば、自然と広がっていき、それにつれて単価も下がっていくというのがアリアの立てた事業計画の基礎になる。
「侯爵家の夫人や娘あたりに愛用してもらえるようになれば、ぐっと広がりやすいんですよね。商売は、始める前の根回しが最も重要ですから。実際に事業として立ち上げる前に、太いコネをいくつか作っておきたいところです」
「サンプルを用意したほうがいいでしょうか?」
お針子のミーヤにもそうしたように、一度使ってもらった方が機能や便利さがよく分かるだろうとそう尋ねたけれど、アリアはいえ、と首を横に振る。
「それはまだ大丈夫です。そういう方たちはサンプルを試すということはしませんし、実物が必要になるのは少し後になると思います。むしろ高い値がついていて、レアなほうが価値があると感じるので、うんと盛っていきましょう」
そう言うと、アリアは一度立ち上がり、棚からぶ厚い本を持ってきた。開くと一ページに四枚ほど布のサンプルが張り付けられており、様々なパターンを見ることのできる、カタログのようだ。
「オーレリアにはここから素材とパターンの組み合わせを選んでもらって、貴族や上流階級の女性に好まれる製品を作ってもらいます。サイズや形状、布の厚さなどを何パターンも組み合わせて試作品を作り、実際にモニターに使ってもらって、その使用感や感想を報告してもらいます。これに大体二か月ですね」
アリアは来週からお茶会に参加するというのに、そんなに先で大丈夫なのかと不思議に思っていると、顔に出ていたらしくきちんと説明してくれた。
アリアの説明によると、お茶会では、まずこんなものがある、という噂を流すところから始めるのだという。
「特権階級の人間は、新しいものにあからさまに飛びついたりはしないんです。お茶会や社交界を牽引しているのは、私たちの母親世代の貴婦人ですから、最初は話題に出しても「あら、わたくしの娘時代にはそんなものはなかったのに、便利になりましたわねえ。どんな時でも涼しい顔をして美しく振る舞うことがレディの嗜みというものですのに、最近の若い子たちは甘やかされてしまっていますのね、オホホホホ」って反応ですよ!」
オホホホホ、のところで持ったふりをした扇で口元を隠す素振りまでするアリアに、感心しつつ頷く。
冒険者の女性たちにこれほど早くナプキンが受け入れられ広がったのは、きっかけとなり窓口もしてくれているロゼッタが高ランクで信頼されているということもあるけれど、それが彼女たちにとって長年の、そして切実な悩みの種だったということが大きいだろう。
多少困っている程度ならば、海の物とも山の物ともつかない新商品に対して警戒が先に立つものなのかもしれない。
「浸透にはかなり時間がかかりそうですね」
「いえ、そこが社交界の複雑なところでして。安易に流行に乗るのは軽薄にみられるという反面、流行りに取り残されるのはみっともないという価値観もかなり強くあるんです。トレンドに敏感でないのはセンスがなくて格好悪いって陰口を叩かれたりするくらいなので」
どうやらその風潮があまり好きではないらしく、アリアはやや渋い表情だった。
「特にこの数年、服の流行なんてすごいですよ。毎年流行りの型が変わりますし、それどころかワンシーズン中にその型はもう古いなんてこそこそと笑われるようなことまで起きますから。人によっては同じドレスでお茶会に行かない主義と公言したりしますし。私は、気に入った服はある程度繰り返し着たりアレンジしたりしたい方なので、そういう雰囲気はあまり好きではありませんね」
その言葉から、どうやらお茶会が穏やかにお茶を飲んでお喋りを楽しむという雰囲気ではないことがひしひしと伝わってくる。
正直、万年無難なワンピース姿だったオーレリアからすれば、魔境にしか思えない。
「ですので、ナプキンに関しても真っ先に飛びつくことはしないでしょうが、広がらない心配はしていません。便利で快適であることは間違いありませんし、まずはウィンハルト家と派閥を同じくする家を中心に使用者が増えていくかなと思います。そうしてじわじわと話題が広まった頃、社交界にデビューを控えた娘のためにーとか長期の旅行に行くので念のためにーとか、適当に理由をつけて個人的にお姉様に連絡をとってくる方が増えると思うので、そこから少しずつ広めていって、大っぴらに品物のお披露目をするのはその後ですね」
その間にも色々と根回しが必要になるらしい。
オーレリアには思いつきもしないやり方なので、しみじみと、アリアが相棒になってくれたことを心強く感じる。
「お披露目するだけでも、かなり手間がかかるんですね」
「これはもう上流階級のお約束のようなものですね。商人の奥様なんかは、新しい商品を話題にしてもらうために袖の下をかなり積むことも珍しくありませんし、うちは爵位がある分派閥の繋がりが使えるので、そのあたりは楽ではあります」
前世で言うなら、インフルエンサーに商品の宣伝をしてもらうようなものなのだろう。
「大っぴらに新聞広告を打つには、少し取り扱いが繊細な商品なので、まずは口コミでどんどん広げていきましょう。実際の店舗に置くパッケージや商品展開、考えることは色々ありますよ」
「はい」
頷いて、改めて生地のカタログに目を落とす。
アリアが頑張ってくれるのだ、オーレリアはより良い商品を作っていかなければ。
「ターゲットの年代別に落ち着いた色合いから華やかな柄のバリエーションをつけて、シリーズの名前をつけてもいいですし、流行に敏感な層向けなら、限定品を作るとか」
「シリーズの名前に、限定品ですか?」
「はい、例えば、同じ布をたくさん発注すれば単価が下がりますよね。それを何種類か定番品として、それぞれに名前を付けるんです。例えば「シックスタイル」とか「ゴージャスライン」とか「キュート・レディ」とか」
「なるほど……。最初からその名前の柄と決めておけば、買い直すときに迷う必要がないんですね」
「はい。限定品は、定番品が比較的簡単に手に入るようにする一方で、その年のその季節にしか手に入らない柄として作るのはどうかなと。ナプキンって基本的に他人には見せないものじゃないですか。だから柄なんて無地や、定番品だけで十分という人もいると思うんですけど、女性には毎月数日はやってくるものですし、付与を強めにつけても半年から一年に一度は買い替えが必要になりますから、見慣れて飽きたもの以外も使いたいというニーズもあるかなと思うんです」
「いいですね! その時だけしか手に入らないというのは、購買欲をそそりますよ」
「パッケージも特別感を出したり、数量限定にしたり、店舗を構えることができるようになれば、販売は店舗限定にしたり、色々と差別化も図れると思うんです」
アリアはうんうんと頷いた後、頬に手を当てて、ほう、とため息をついた。
「オーレリアさん、時々すごく、商売の才を見せますよね。それは前々から考えていた案なんですか?」
「いえ……はい、そうですね」
今言ったようなことは、前世のブランドやメーカー品なら当たり前にやっていたことばかりだ。自分が考えたと言うにはおこがましく感じるけれど、これを説明するわけにもいかないので、もごもごと誤魔化す。
「あとは、スターターキット……初めて使う人用に、洗い方や保管の仕方などを書いた説明書入りのものを作るとか、似た系統の色合いで三枚セットにして少し単価を下げるとか、一般向けの売り方も色々とできそうですね」
「うふふ、その日が来るのが今から楽しみですね」
「早く、拠点を作りたいですね」
「ですねえ……」
アリアと共に頷き合い、問題が最初に戻り、肩を落とす。
けれど、一人で悩むことに比べればそうした問題に悩むことも、ただ頭が痛いだけではなくそれなりに悪くないものだった。




