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転生付与術師オーレリアの難儀な婚約  作者: カレヤタミエ


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53.世間知らずと学ぶ機会

「塔結石が光らなくなるのは、魔力が抜けたからなんですよね。ということは、魔力を込めることができれば、また光るんでしょうか」

「あ、実際光りますよ。ただ、魔力を込めた人の魔力の属性によって、光に色がついてしまうので風属性の人を選ぶ必要があるんですけど」


 乳白色の塔結石を眺めながら、ふと思いついたことを言うと、アリアが打てば響くように教えてくれる。


「ダンジョンの塔も街灯も、元々は白い光ですよね。それに色がつくんですか?」

「みたいです。火属性の人が入れたら赤く、水属性なら薄い青で、氷属性だと灰色掛かった青になってしまうそうです。二属性持ちだとさらに混じるんだとか」

「それは、面白いですね」

「風属性はほぼ無色の光になるので、それは照明に使うことも多いです。貴族の屋敷の広間には、ガラスと組み合わせてシャンデリアにしたものもありますし」


 塔結石をレンズ状にして全ての属性を込め、丸い台に取り着ければミラーボールができそうだ。


「籠める魔力の量も結構多いみたいで、どうせ定期的に採取できるものなので、街灯に関しては魔力が切れたら都度風の魔法使いに依頼するより、入れ替える方が安上がりらしいです」


 そのおかげで払い下げられる塔結石をこうして手に入れることも、利用することもできるので、民間にとってもありがたいシステムといえるのだろう。


「アリアは、色んなことを知っていてすごいですね」

「元々本で読んだこともありますし、実は、オーレリアとパートナーになってから関連書籍も読み漁ったりしたので、付け焼刃も多いんですけどね」


 そう言って、アリアは悪戯をした子供のようにぺろり、と舌を出して笑う。軽やかに言っているけれど、きっと自分の見えていないところで多くの努力をしているのだろう。


「よければ、お勧めの本があれば教えてもらえますか? 私もできるだけ勉強したいので」

「あ、じゃあ私の読み終わった本の中から、良かったものを貸しますね」


 そう言って、アリアが本棚から抜き出してくれたのは魔石の種類や属性の研究をしたものや、実際に使われている付与の実例と有用性をまとめた内容の本だった。特に後者は、どの作用が付与として存在し、何が存在していないのか詳しくないオーレリアにとってはかなり助かる内容だ。


 うきうきと本を開き、すぐにページに見入ってしまう。【耐熱】や【望遠】などは存在し、【湧水】や【発火】など、かつてあったものの現在は失われている術式についても詳しく書かれていた。


 漢字が思い出せるものも、画数が多くかなり怪しいものや、そもそも知っているかどうかも分からないものもいくつもある。こうして見ると、自分が思いつく術式は本当に一握りだ。


 ――なんだか、懐かしいな。


 本には術式そのものが書かれているわけではないし、オーレリアが思い浮かべる言葉と違う漢字の可能性もあるけれど、記憶をなぞって前世の言葉を思い出す作業は、無性に懐かしい気持ちにさせられる。


 しばらく文字を追うのに没頭し、かちゃり、と食器の触れる音にはっと顔を上げると、お茶を飲んで、カップをソーサーに戻した体勢のアリアの驚いた顔と目が合った。


「あ、ごめんなさい。邪魔しないようにしてたんですけど」

「いえ! つい読み耽ってしまいました」


 壁に掛けられた時計を見れば、本を渡されてからおそらく一時間ほどが過ぎていた。完全に本の内容に意識を奪われてしまっていた。


「すみません、折角時間を取ってもらっているのに」

「いえいえ。オーレリアと親睦を深めるのも大きな目的のひとつなので、全然かまいません。むしろ気を許してもらえている感じがして、嬉しいくらいです」


 アリアは鷹揚に言ってくれるけれど、申し訳なさのほうが先に立ってしまう。


 知り合ったばかりの頃ならば、いくら興味深い本であっても会話をしている相手を目の前にして本に没頭するなどということはなかっただろう。アリアに気を許しているということもあれば、甘えが出てしまっているともいえる。


「その、本当に、失礼を」

「本当に構いませんよ。それよりオーレリアは、私設図書館に来てくれていたときもよく本を読んでいましたし、知識欲も弱い方ではないですよね。複数の付与を行う割に、素材や付与の種類に関してはあまり詳しくないように思えます。なんというか、私から見るとすごくアンバランスに思えるんですけど、何か理由があるんですか?」

「ええと……」


 アリアの言葉に少し考えて、なんと答えようかと唇をきゅっと引き締める。


 自分が世間知らずで無知である自覚はある。特に王都に来てからは、周りの反応を見れば非常識に近いレベルなのだろうと感じる場面もたびたびあった。


 子供の頃から、学校から帰ったら家の手伝いをしたり、従姉妹たちの子守をしたりして過ごすばかりだったし、中等学校を卒業し就職した後も仕事場と叔父の家を往復する以外はやはり家の雑用で一日が終わっていたこともあり、本を読んだり人とゆっくり話をする時間が取れなかったということもあるだろう。


 学校に友達はいたし、職場でも親しくしてくれた人もいたけれど、どうしても周囲より一段貧しい身なりに気が引けたことと、自由になる金銭がなかったことで休日に共に出かけたり、放課後にゆっくりとお喋りをしたりするのは避けていた。


 全てを環境のせいにばかりはできないとも思う。もし自分がもっと気が強く、積極的な性格ならば、何かが違っていたかもしれない。


 無駄飯食らいだと面と向かって怒鳴る叔父と、オーレリアに対してはいつも不機嫌な顔ばかりを見せていた叔母に対して、黙って言うことを聞いていたほうが楽だったからとそこから逃げ出す努力をせず、思考を停止して黙々と毎日をやり過ごしていた。


 王都に来てから振り返れば、自分はなんと狭い世界にいたのだろうと思う。

 どう説明しても楽しい話題ではないし、そんな話をすればアリアはきっと怒ってくれて、多分、痛ましく思ってもくれる。


 けれど、過去はもう通り過ぎて、どうしようもないものだ。そんなもので暗い空気になるよりも、アリアとは今のことや、少し未来の話をしながら笑い合っているほうが、ずっといい。


「私の出身地はすごく田舎で、私設図書館もありませんでしたし、新聞も一部の家庭が読むものだったので、知識を学ぶ機会は王都に比べて少なかったんです。女の子は家の手伝いをするのが当たり前という風潮もありましたし。なので、王都に来てゆっくり新聞や本を読めるようになって嬉しいです」

「ああ、確かに何かを学ぶなら、王都は最高の環境ですね」


 何か察するところはあったのだろうけれど、アリアは明るくそう応じてくれた。


「何かを学ぶのに遅すぎるということはありませんし、幸い私も本が大好きなので、沢山お勧めしますね」

「ありがとうございます、アリア。足手まといにならないよう、私もたくさん勉強します」


 アリアはふっと目を細め、微笑んで、ゆっくりとした口調で言った。


「私、オーレリアに対して物足りないなんて思ったこと、一度もないですよ。出会ったときからずっと勤勉で誠実で、そのうえびっくり箱みたいに面白い人だって思ってますから!」


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― 新着の感想 ―
オーレリアの叔父一家、現代基準だと毒親ではありますが、作中の舞台となってる地域と時代であまり裕福ではない階層としてはまあ普通によくある、善意のない方の人たちなんだろうと思いました。 奨学金がもらえて将…
毒親戚はたかりに来るからなぁ。 信頼を深めて、話せる日が来るといいですね。 ただ、パートナーがお貴族さまなので、平民は近寄らないかもです。 既に処されている可能性もあるし。
うーん。オジの家での境遇は隠さないほうが良かったね。だって、絶対金づるつかみに来るよ?こういう手合。後の面倒の元なんだから、ある程度仕事のパートナーにはプライベート明かさないと。対策立てれないじゃん!…
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